第2話 二人の隊長

 テルンがさけんだ瞬間、ちょうが爆発した。


 それは次々と、さながら粉塵爆発ふんじんばくはつのごとく、周囲一帯いったいさくらいろめ上げる。


 そんな巨大な爆発のほんりゅうから飛びだしたテルンは、悪態あくたいを吐きながらほおぬぐった。


「ったく、クソが。相変わらずあぶねぇことしやがるぜ」


「テルン大丈夫?」


「大丈夫だぜ、こんくらい」


 そう言いながらも、爆発に巻き込まれた身体からだひどくボロボロで、一目見ただけでかなりの重傷だとわかる。


「ちゃんと治してもらいなよ?」


「わかってるぜ」


「……いまのは?」


「あ? あー……アイツの魔法だぜ」


 タクトの問いにテルンは一瞬まゆをひそめると、キョロキョロと辺りを見回し、とある方向を指をさした。


 そちらに目を向けると、一人の少女がいた。


 桜色の長い髪に、どこかかいそうな茶色のひとみ


 手足はすらりと長く、口には白いぼうじょうのものをくわえ、つかごうしょうほどされたサーベルを片手に持ち、いまはそれを面倒めんどうそうにかたかついでいる。


 そんな、酷くだるげな少女だった。


「ちなみに、氷の方はあっちだよ」


 そう言ってパンが指し示したのは、空色のショートヘアーに、感情がみえない金色の瞳。


 つばの広いむらさきがかった黒のとんがり帽子をかぶり、なにかを支えるように胸の前に出された手の上には、カバーのしっかりとしたあつい一冊の本が浮いている。


 そんな、酷く冷たい印象を受ける少女だった。


 そんな二人の少女をみたタクトは、


(……こん属性ぞくせい。それも、かなりのレベルでそれを使いこなしてる)


 スッと、視線をするどくした。


 それは、尊敬そんけいと、警戒けいかい


 混属性というのは、二つ以上の属性が混じった色のことだ。


 髪と瞳が同じ色をする純属性じゅんぞくせいぐ、しょうしゅとされる色だ。


 鍛練たんれんしつだい後天的こうてんてきとくできる分、純属性にはおとるとされる、色だ。


 だが、ここは自身の持つ中で最も強い属性が髪色に、二番目に強い属性が瞳の色に現れる世界。


それが色に、それも髪色に現れているとなれば、その意味合いは大きく変わる。


(あれがたぶん、エリス派の隊長だよな)


 タクトはしなさだめするように、二人の混属性どうながめ、



『――ボスのげきを確認。演習を終了します』



 しつな声がひびくと、景色が黒っぽいさっぷうけいなものに変わり、そのまま迷宮の外へとてんそうされた。


 その後担任である黒髪紺眼こくはつこんがんの女性――リヴェータからのそうひょうを聞き終えると、生徒たちはぞろぞろと出口へと向かい、


「……おい」


 桜髪の少女が、近づいてきた。


 タクトはそちらに目を向け、


「俺になんか用?」


「……この前、クレープのこと助けてくれたんだって?」


 クレープ、というのは、タクトのクラスメイトである少女のことだ。


 タクトがこの学園に編入へんにゅうした日、色々な偶然ぐうぜんが重なって、結果的に彼女を助けたことになっている。


 だがそれは、結果そうなっただけ。


 タクトにとっては、ほんきわまりないことだ。


 タクトは彼女を助けようと思って助けたわけじゃないし、なんならげようとさえしていた。


 だからタクトは嘆息たんそくじりに肩をすくめ、


「たまたまそういう流れになっただけだよ」


「だろうね。あんた、そういうタイプに見えないし」


 少女は鼻で笑って言うと、ボリボリと後頭部をき、


「……でもまぁ、一応れいは言っとくよ。ありがとう」


 どこかれくさそうに、そっぽを向いて言った。


 だからタクトは面倒そうにため息を吐き、別にお礼を言われるすじいはないと答えようと、


「ただ、あたしはあんたを認めたわけじゃない」


 その前に、少女が言葉をいだ。


 少女はタクトをあつするかのような鋭い目つきで、


「それと、クレープに手ぇだしたら、ぶっ殺すから」


 高圧的こうあつてきに、そう言った。


 それにタクトは、


「さいですか」


 と、つかれたように肩をすくめる。


 少女は鼻を鳴らすと、きびすを返してその場を後にした。


 それはあきれか納得なっとくか、タクトは半眼はんがんでその後ろ姿を眺め、


「ああ言ってますけど、ほんとに感謝かんしゃしてるんですよ?」


 と、すぐ近くから声が聞こえた。


「ん?」


 声の方へ振り向けば、空髪の少女が立っていた。


 それも、


「あ、申し遅れました。私はパトリシア=ホームズ。あの子はリンダ=ロバーツと言います」


 なんて、さっきの印象とはほど遠い、優しげな微笑ほほえみを浮かべて。


 だからタクトは、少しまどいながら名乗り返す。


「あっと……俺はタクト=カミシロです」


「もちろんぞんじていますよ? むしろ、知らない人はいないんじゃないでしょうか」


「あら、こんななりしてるから?」


「ええ、おそらく。そしてそれは、クレープちゃんにも当てはまります」


「だろうね。あの属性いろめずらしいし」


 クレープの色は、むらさききん


 すなわち、やみひかり


 属性としては大して珍しくもないが、組み合わせとしては非常に珍しい。


 だからタクトはへらへらと笑いながらそう言い、パトリシアもそれにうなずいた。


「そうなんです。それにあの子わいいでしょう? だから時々からまれることがあるんです。いつもは私かリンダがらすんですが、流石さすがにいつも一緒というわけにもいかなくて」


 パトリシアは頬に手を当てながら嘆息して言うと、


「だから、助けていただいたのは本当に感謝していますし、あなたの存在もうれしく思ってるんです」


 にっこりと、笑った。


「俺の存在?」


 首をかしげるタクトに、少女は満面の笑顔でうなずき、


「ええ。あなたのように目立つ方がいれば、その分クレープちゃんから関心かんしんがそれますから」


「……へぇ、ずいぶんと友達思いだね」


「でしょう? もちろん私もリンダと同じ考えですから、その辺はよく考えてくださいね? さん」


 にくを皮肉ととらえていないのか、あるいは、気づいた上でか。


 しょうを浮かべそう言うと、パトリシアは出口へと歩いていった。


 タクトはその背中を、口元をわずかにゆがめて見送り、


「ったく、今回も持ってかれたな」


 と、ケインが話しかけてきた。


 タクトは視線をそちらに移す。


 そこには、タクトの仲間がそろっていた。


 だから、


「まぁ、こっちは四人しかいないしね」


 タクトはそう言って、肩をすくめた。


 およそ一月ひとつき前におこなった純無魔導師バハムート争奪戦そうだつせんの結果、タクトはケイン派にぞくすることとなった。


 しかし、ケイン派にはリーダーのケインを始め、テルン、パン、そして新たに加入したタクトを含めても、わずか四人だけしかいなかった。


 それはケインの方針ほうしんである、ただ弱いだけの奴はいらないというものからくる、少数精鋭せいえい


 そしてそれは、確かな実力を持っていた。


 実際にタクトが入る以前、わずか三人のときから、学園の最大勢力――エリス派と並ぶとしょうされていたほどだ。


 ぼへ~っと、なにを考えてるのかまるで読めない顔をしているタクトに、ケインはため息混じりに応じる。


「そらまぁそうやけど……パティはともかく、せめてリンダのアホがおらんかったら、今回は勝てとったで」


 リンダは基本、授業や攻略演習をサボってどこかに行っている。


 パトリシアにしたって、演習が低難度のときは図書室にこもり、本を読みふけっている。


 今回のようにエリス派の隊長が揃うことは、かなり珍しいのだ。


「それはまぁ、運が悪かったってことで、次を考えようよ」


 相変わらず欠片かけらも感じられない表情でタクト。


 パンは頭の後ろで手を組みながら、ちらりとテルンを見やり、


「でも、このままじゃテルン“が”危ないよね」


「……なんか引っかかる言い方だぜ」


「気のせいじゃない?」


 ジトッとした目を向けるテルンに、パンは気にめるりも見せず、平然と言う。


 それに、


「ん? 危ないって、なんかあんの? そののこと?」


 と、タクトが不思議そうに首をかしげた。


 それにケインがなんともいえない顔で嘆息し、


「ちゃうねん。危ないっちゅーんは、このまま演習で点取れんかったら、赤点あかてんになるかもしれんねや」


「テルン頭悪いから、じつで点取っとかないとだめなんだよね」


「……ったく、なんでテストなんてもんがあんだぜ。強けりゃそれでいいだろうに」




「…………え? テスト?」

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