第35話 死神

『……………………は?』


 予想外の言葉に、男たちは全員、けな顔で固まり……


「だからさぁ、俺に向かって、全力で魔法撃ってって言ってるんだよ」


 その反応をうまく聞き取れなかったのだと解釈かいしゃくし、タクトはもう一度、今度はより分かりやすいだろう言葉に言いえて、



「それなら、あたしがやろうか?」



 後ろから、声をかけられた。


「ん?」


 タクトはゆっくりと、そちらを振り向き、


「…………え? 君、なんで、ここに……?」


 愕然がくぜんとした。


 なぜなら、そこに、いたのは……


「ん?」


 黄土おうど色の髪に、赤いひとみをした少女で……


 自称学内でいちを争う、ちょうほういんの少女で……


 命に関わる災厄さいやくき散らすという、三厄さんやくの神が一人、死神の、ココアで……


 ココアは一瞬きょとんとすると、にこやかに笑って、言う。


「まぁ、そんなことはいいじゃない。それより――」


 そしてちらりと、大樹に目をやり、


「早くしないと、また動き始めるよ? あれ」


 見れば、切りかれたうでが、再生し始めていた。


 タクトはそれに、なんとも言えない顔を浮かべ、


「それはまぁ、そうなんだけどさぁ……」


 と、大樹の復活以上に気になることがあるからか、え切らない態度をとる。


「ならちゃちゃっとやろうよ。あ、あたしが代わりにってのは、あの人たちは結構消耗しょうもうしちゃってるからってことだよ?」


 なんて、ココアは相変わらずにこやかに笑って、


「……テメェ、いつからここにいた?」


 リヤルゴが、低いこわで、言った。


 そのけんにはシワが寄り、ひどいらたしげに、ゆがめられている。


 目つきもころすようにするどく、かすかながら、殺気さっきを感じる。


 それはおそらく、返答次第では、ということだろう。


「ん~?」


 ココアは考えるように上を向き、くちびるに人差し指を当てて……


「あっ!」


 答えが見つかったのか、パッと花が開くように笑顔になり、


「ひ・み・つ☆」


「んだとぉ?」


 リヤルゴのひたい青筋あおすじが――


「恐らく、初めからですわよ」


 なだめるためか、即座にエリスが言う。


 しかし、その表情はひどく、あきれたようで……


 リヤルゴは一つ舌打ちをすると、ココアを苛立たしげににらみつけた。


「ああ、そりゃそうだろうなぁ。あのらいは、てめぇのだもんなぁ?」


「あはは。やっぱ気づいてた?」


「たりめぇだ! いたんだったらはなから手伝ってりゃ――!」


「無理だよ」


 ココアは、断言だんげんした。


「…………」


 リヤルゴは一度、口を閉ざす。


 ココアは笑顔を消して、真面目な顔で、言う。


「あたしはパワータイプじゃない。もしアレをフルで撃ったとしても、君らの全力魔法と同等か、それ以下だよ」


「なら――」


「仮に君らと攻撃をそろえたところで、アレは炎ではないし、邪魔じゃまにしかならない」


「んなもんやってみなけりゃ――」


「わかるよ。だって君ら……」


 ココアはスッと、視線を鋭くして、



?」



 それは、めるような、さげすむような、酷く、めたで……



「それに、死人だけは出ないように、こっそり援護してたしね」


「…………」


「だから、エリスならともかく、君らにどうこう言われる筋合いは、ないよ」


 ココアはそう、つまらなそうに、言って……


 それに、リヤルゴは、


「……お前、どこまで知ってる?」


 どこか、神妙しんみょうな顔を、浮かべていた。


 それはまるで、ココアのしんを探るかのように。


 だからココアは、


「どこから、の間違いじゃない?」


 そう言って、肩をすくめた。


「…………」


 リヤルゴは、なにも答えない。


 ココアは気持ちを切り替えるかのように嘆息たんそくすると、


「だから、待ってたんだよ。ソロ最高攻略難度、四十二の、君をね」


 そう言って、軽く笑った。


 それに、タクトは、


「……もういい? 早くしないと、さすがにヤバいよ?」


 あせっているのかよくわからない半眼はんがんで、言った。


 タクトの言葉通り、大樹はすでに、うごめき出している。


 完全に回復するまで、もう一分いっぷんもないだろう。


 だからココアは、いままでの会話をすべて無視されたココアは、たのしそうに、笑った。


「あはは。いいね、その感じ。あたしは好きだよ?」


「なんでもいいから――」


「わかってるよ。炎を全力でぶち込めばいいんでしょ?」


 ひらひらと手を振ってさえぎり、そのまま左手を、前に突き出す。


「んじゃ、いくよ?」


「いつでもどうぞ」


 タクトの言葉に、ココアは一つ、大きく息を吸って、


「《劫焔破ごうえんは》!」


 ココアの左の手のひらに、にぎこぶしほどの、小さな火球が現れた。


 それはぐんぐんと、見る間に大きくなっていき、


「行け」


 ココアの声に応じ、直径三メートルほどの、巨大な火炎が撃ちだされた。


 それはさながら炎のりゅうがごとく、火柱ひばしらとなってタクトに向かう。


 タクトはそれを、しっかりとえ、


「【アルガント】」


 たん、左手がひらめき――


 ズガンッ! と、銃声が響いた。


 すると、火柱は消え失せ、


「【オルジェイル】」


 つぶやいた。


 すると、タクトの右手が閃き、その手に純白じゅんぱく拳銃けんじゅうが現れた。


 タクトはそれを、みずからのこめかみに当てて……



 ――引き金を、引いた。

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