第36話 純無魔導師

 ――辺りに銃声がひびく。



「…………え?」


「なッ……!?」


「へぇ?」


 タクトの行為に、エリスは呆気あっけに取られ、リヤルゴは驚愕きょうがくし、ココアは面白そうに口をゆがめ、



「…………」



 タクトはふらふらと、全身を、脱力だつりょくさせて……




『――――――――!!!!!!!!』




 大樹が、さけんだ。


 そして、そこら中のうでを伸ばす。


 それは無防備なタクトめがけて、勢いよく突き出され、






「《燃相赫灼ねんそうかくしゃく*サラマンダ》」




 タクトの全身から、れんの炎がき出した。


 炎は巨大な火柱となって一瞬にして腕をみ込み、そのすべてを、焼き払う。



『――――――――!!!!!!!!』



 大樹はのた打つようにうごめき、せいを上げて……




「なんであいつ、炎を……」


 誰かが、呆然ぼうぜんつぶやいた。


 だが、それに答える者はいない。


 そこにいるすべての冒険者が見守る中、徐々に炎が弱まり、その姿が、あらわになる。


 そこに、いたのは……




「……なんですの、あれは……?」



「赤……いや、黒か? ……どちらにしろ、ひでぇもんだな」



 エリスとリヤルゴが、真剣な、しかしどこか、かなしい顔で、呟いた。


 なぜなら、炎の中から姿を現したタクトは、まるで別人だったから。



 炎のようにゆらゆらとらめく、黒の混じった紅蓮の装束しょうぞく



 そこからのぞく、げたかのように黒く変色し、だが、ところどころが、ただれたようにあかく光っている、



 その手には、紅蓮の炎をまとった、ひとりの剣を、にぎっていて、



「…………」



 だが、そんなさまでもなお、タクトはへらへらと、あやしく、に、笑っていて……




 それはまるで、悪魔あくまだった。




 なんとか人の姿をたもったそれは、まさしく、悪魔だった。




 だからこそ、エリスとリヤルゴは、痛ましそうにその姿をながめ……



「…………」



 だが、そんな表情を浮かべているのは、二人だけ。



 ココアは興味深げにそれを眺め。



 他の者たちは、唖然あぜんと、愕然がくぜんと、目を、ひらいて……






「化け物……」



 誰かが、呟いた。



「化け物……」



「化け物……」



「あれが、純無魔導師ばけもの……」



 られるように、口々くちぐちに呟く。



 異形いぎょう怪物かいぶつ



 悪魔のしん



 最凶さいきょう最悪の、純無魔導師ばけものと。



「本当に、大丈夫なのかよ……?」


「殺されたり、しないよね……?」


 その呟きに、彼等は一瞬にして、静まり返った。


 顔を青くして、その場からゆっくり、逃げ出そうと……



(……信用ってのは、こういうことだったか)


 リヤルゴは小さく、ため息を吐いた。


 タクトの言葉。


 それは、危害は加えないから、そちらも変な真似はするなという、警告けいこく


 ボスを倒してやるから、敵には回らないでくれという、楽欲ぎょうよく


 それを理解したリヤルゴは、もう一度、つまらなそうにため息を吐き、おびえた顔を浮かべる奴等に振り向いて、



「あはは。君たちなに言ってんの? 姿を変えるほうなんて結構あるでしょ? それよりも、もっと面白いことあるじゃない」



 ココアが、わらった。



『え?』


 逃げ出そうとしていた者たちが、動きを止める。


 それにココアは、ニヤリと、怪しく笑い、




「タクトくんの眼、?」


「なんだとッ!?」



 バッと、その場の全員が一斉いっせいに、タクトのひとみに目を向けた。


 みれば確かに、その眼は赤く、変わっていて……




 だが、それはありえないことだった。




 だがそれは、ありえないことだった。





 秘宝によって、本来持っていない属性ぞくせい魔法まほうを使うことはできる。




 本来持っている属性であれば、その色に変えられる秘宝もある。




 だが、本来持っていない属性に、本来持っていない色に、色を変化させる秘宝も、魔法も、この世には存在しない。




 タクトは純無魔導師バハムート




 純色の無属性。




 サブ属性など、持っているはずがない。




 だから、彼等はありえないと目をり、驚愕に、固まって……






「あー……思ったより強力きょうりょくなのぶちこまれたな。まぁ、頼んだの俺だけど」



 タクトが言った。


 タクトは自身の姿を眺めてぼやき、肩をすくめた。


 そして、剣のさきを、大樹に向けて、




「さぁ、きみすべてを、つぶそうか」




『――――――――!!!!!!!!!!』



 大樹は奇声を上げて、両腕を振るう。


「《瞬刹しゅんせつ》」


 ――せつ、タクトの身体からだきらめいた。



 瞬刹。



 それは、脳のリミッターを外して、力を限界まで引き出す魔法。


 制限時間もインターバルも存在しない、自身の能力を、限界までね上げる魔法。


 ただし、身体への負担が大きく、連発したり、長時間使うのには向かない、魔法。


 だが、そんなものは関係ない。


 そんなものに、興味はない。


 タクトはおのれの限界まで、速度を上げる。


 脳と身体の限界まで、速度を上げる。


 脳が焼かれる感じがする。


 身体がきしんで悲鳴を上げる。


 それでも構わず、速度を上げる。


 そして、せまり来る腕を超高速でくぐり、


「《急泣きゅうきゅう》」


 呟いた。


 すると、タクトの視界に、スコープのようなモノが現れた。



 急泣。



 それは、相手の急所をサーチする魔法。


 サーチした位置を、自分の視界にスコープとして表示させる魔法。


 その色で相手の弱点属性をも見分ける、魔法。


 スコープは大樹の下――地面にまって見えない、根っこの方を指し示した。


 色は、赤。


 すなわち、炎だ。


「弱点は……地中か。そりゃ、苦戦するよな」


 タクトは呟き、しかし動きはゆるめない。


 限界まで引き出された速度を保ち、一気に大樹との距離を詰め、 




『――――――――!!!!!!!!!!』




 地面、かべ、天井。


 部屋のいたるところから、腕が生えた。


 先ほど燃やされた部分が再生したのだろう。


 それはいままでとは比べ物にならない、すさまじい数と速度で、タクトに迫る。


 それに、タクトは、


「どれだけ来ようと構わないけど、時間ないからすぐ終わらせるよ」


 スッと、視線をするどくした。


 そして、一つ、小さく深呼吸をして、



「《燎原斬りょうげんざん》!」



 紅蓮の炎が、辺りを包んだ。


 腕をすべて、切りいた。


 剣を振るったのだ。


 限界まで力を引き出された状態で、全力で、剣を振るったのだ。


 それは暴虐ぼうぎゃくのごとき、めつ剣撃けんげき


 紅蓮の炎は切り裂いたすべての腕をくし、残った方の腕すらもい尽くそうと、あかく、赫く、燃え上がる。




『――――――――!!!!!!!!!!』




 それは悲鳴か、はたまた、ごうか。


 大樹はけたたましい奇声を上げた。


 だが、タクトは止まらない。


 タクトは止まらない。


 止まることなど、許されない。


 タクトの魔法は、魔力よりも、体力をひどく、消耗しょうもうする。


 だから、時間はかけられない。


 時間をかける、余裕はない。


 だからタクトは、全力で大樹に駆け寄り、





『――――――――!!!!!!!!!!!!』





 大樹の顔が、その、口が、大きく大きく、開かれた。


 そしてその中心に、光が集まる。


 あわみどりの、光が集まる。


 それは、圧縮あっしゅくされた魔力のかたまり


 食らえばひとまりもないであろう、破滅の一撃。


 だが、けるわけにはいかない。


 避けることは、できない。


 避ければ体力がつかわからないし、後ろでみてる者たちに、直撃してしまうから。


 それに、仮に避けたとしても、あれを避けきれるとは、思えない。


 だからタクトは、一直線に大樹に迫り、



「いいね、その技」



 笑った。


 ニヤリと、怪しく、てきに、笑った。


 大樹はそんなタクトに狙いを定め、






『――――――――!!!!!!!!!!!!』






 放った。



 大きな音を立てて、放たれた。



 それは巨大なビームのように。



 終焉しゅうえんをもたらす、ごうのように。



 それも、超高速で動くタクトが、決して避けきれないどうで。



 タクトは目前に迫る死の脅威きょういを見据え、



「悪いけど、俺にそれはかないよ」



 笑った。




「俺に対するすべての魔法は、一切いっさいひとしく、かえる」




 笑い、構え、



「《業喰ごうしょく》」



 光のおびを、切り裂いた。



 業喰。



 それは、魔力を喰らう魔法。


 魔力を喰らい、己の力に還元かんげんする魔法。


 放たれた膨大ぼうだいな魔力の塊は、一瞬にして喰らい尽くされ、剣に宿やどる。


 そして、


「【アルガント】」


 その魔力は、剣をつたって、銃へと移る。


 タクトは左手を突きだし、その銃口を、大樹に向けて、




「《赫焉魔弾フレム・ディ・レブロ》」




 引き金を、引いた。


 十メートルはあろうかという、巨大なごうが撃ちだされた。


 それは寸分すんぶんくるいもなく、大樹を喰らう。


 地中に張りめぐらされた根をも、容赦ようしゃなく、喰らう。




 そして総てを灼き尽くし。




 塗り潰し。




 呑み込んで……





『――――…………』




 大樹は、はいとなって、消えた。




 そして、




「ああ、やっぱこれ……連発するもんじゃ……ない……よ、なぁ…………」




 紅蓮の装束と剣がまぼろしのようにさんすると、タクトはその場に、倒れ込んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る