第37話 とっておきの情報

 大樹をほふってすぐ、タクトの装束しょうぞくと剣がさんし、


「ああ、やっぱこれ……連発するもんじゃ……ない……よ、なぁ…………」


 そうつぶやくと、タクトはその場にたおれ込んだ。


『…………』


 それははげしい戦闘のいんか。


 はたまた困惑こんわくか。


 それとも、純無魔導師バハムートに対する、か。


 誰もがそれを、だまって見つめ、


「おつかれさま」


 いつの間に近づいていたのだろうか。


 そばでココアが、にこやかに笑いかけている。


 タクトは目を閉じたまま、声でそれを判断し、


「ん? あー……確かに、結構疲れたね」


「んで? あたしはどうしたらいい?」


「あー……とりあえず、あの双子が脱出口おさえてるから、そこまで運んでくんない?」


「双子……テルンくんと、パンちゃんだね」


「うん。お願い」


「場所を教えてくれないと、どうしようもないかな~」


「ん~……分かれ道を左、あとはまっすぐ道なりで」


「はいよ~」


 返事もおざなりにタクトをおぶり、ココアはさっさと歩きだして……


「…………」


 リヤルゴはその後ろ姿を、目を細めてながめていた。


(……これが、アイツの戦い方か)


 それは、とはまるでちがうものだった。


 それこそ、と言ってもいいほどに。


(同じ属性いろだからって、なんでも同じわけじゃねぇってのは、よく知ってたはずなんだがな)


 リヤルゴはボリボリと頭をいて、一つ、ため息を吐く。


 そして、彼等のあとに続いて帰ろうと、


「……ん?」


 大樹がいた場所に、なにかかんを覚えた。


 よくよく目をらしてみれば、大樹が燃やされたはいに混じって、黒いなにかが落ちている。


(……大樹からドロップしたほうか?)


 リヤルゴがゆっくりとそれに近づき手に取ってみると、それは一組ひとくみの、黒い手袋だった。


 指の部分が切り取られているため、防寒具としての機能はうすそうだ。


(……純無魔導師アイツに渡すにしても、能力の鑑定かんていが先だな)


 リヤルゴはあのどこか抜けてるけ顔を思い浮かべてそう判断し、それをふところにしまった。


 それに、たとえ秘宝を手に入れたとしても、その秘宝が本人にあつかえるかどうかは、完全に別問題だ。


 げんにリヤルゴは、半分はで、秘宝ぶきを使っていないのだから。


「さて、帰ったら一度、試験のやり方を見直してみるか」


 頭を掻いてぼやくように言うと、彼等の背中を追って、歩きだした。






 ◆◆◆




 らんの迷宮攻略を終え外に出ると、リヴェータがうでを組み、おうちして待っていた。


 そして、ゆっくりと口を開く。


「……さて、言いたいことはあるか?」


 それは、タクトたちがなにをしてきたのか。


 なにをしでかしたのか。


 そのすべてを知っているというような、あきれたような、ホッとしたような、そんな、顔で……


 だからタクトは、


「もう、いいよ」


 そう言って、ココアの背中からゆっくり降りる。


 そして、一つ、大きく深呼吸をすると、リヴェータのひとみをしっかりと見つめ返し、


つかれた」


あばりねぇぜ」


「おなかすいた」


「アホばっかやったな」


「……先生がおっしゃってるのは、そういうことではないと思いますわよ?」


 なんて言ってくるタクトたちに、リヴェータは深くため息を吐いて、言う。


「お前たち、色々とやらかしたそうじゃないか」


「あら? 先生よく知ってんね」


「先に出てきた奴等からたれ込みがあってな」


 ちらりと視線を横に移す。


 そこには地下の通路で会った人たちがいた。


 大したもなく、みな無事のようだ。


 クレープにいたっては、満面まんめんの笑みでブンブン手をってきている。


 リヴェータはそれを一瞥いちべつすると、呆れたように言う。


「さて、ではもう一度だけ言うが、なにか言いたいことはあるか?」


「……今回のけんは、全て、俺に責任がある」


 そう、アレックスが言った。


「……ほう?」


 リヴェータは一瞬いっしゅん意外そうな顔をすると、面白そうに口元をゆがめた。


 アレックスはどこか苦しそうな表情を浮かべ、


暗黒眼鏡くろめがねそそのかされてしまい、多くの者に迷惑をかけた」


 そう言うと、後ろにいた者たち。


 そして、先に脱出していた者たちに目を向け、


「俺のままに付き合わせ、に、あのような危険に巻き込んでしまって、本当に、申し訳なかった……!」


 深々と、頭を下げた。


 だから、


(……すごいな。この人)


 そう、タクトは思った。


 実際、それは信じられないことだった。


 アレックスはだいぞくの一員だ。


 権力けんりょくだけで言えば、この中の誰よりも上だ。


 にもかかわらず、素直におのれの非を認め、頭を下げる。


 平民へいみんに向かって、頭を下げる。


 それはなかなか、できることではない。


 普通の貴族に、できることではない。


 だから、タクトはおどろいたように目を丸くした。


 リヴェータは数秒瞑目めいもくしてうなずくと、ゆっくりと目を開け、アレックスを見る。


「……よろしい。今回はおおに見よう」


「……ありがとうございます」


「気にするな。あの眼鏡が関わっていたとなれば、担任である私にもせきがあるからな。とりあえずあとなぐり飛ばしておこう」


 なんて物騒ぶっそうなことを言い放ったリヴェータは、ちらりと、今度はココアを見やり、


「それで? なんでお前までいる?」


「あはは。細かいこと気にしたらシワが増え――」


「よろしい。望み通り戦争といこうか」


「すいませんでした」


 言うと同時にれいをするココア。


 リヴェータはこめかみに手を当てながら嘆息たんそくすると、


「……まぁいい。ただ一つ、今回のは、お前と眼鏡の思惑おもわく通りか?」


「ん~……結果で言えば、そうかもしれないです。ただ、お互い別々に動いてたんで、途中いくつか合わないとこがあるかもしれません」


 と、ココアは起き上がり、宙に視線を移しながら答えた。


 リヴェータはそれに一つうなずくと、


「思惑通りならそれでいい。ただ、もし思惑から少しでも外れていたのなら、次からはわずかでもはずさないように動け」


「は~い☆」


 ココアは元気よく返事をする。


 リヴェータはそれを一瞥すると、今度はタクトたち全員を見るように眺め、


「で、だ。結局、勝ったのはどこだ?」


「……ボスを仕留めたのは、純無魔導師バハムートだ」


 リヴェータの問いに、リヤルゴが眉をひそめ、苦い顔をしながら言う。


 それにアレックスが意外そうな顔をした。


「ボス? リヤルゴ、そっちにも出ていたのか?」


「あ? そっちって、まさか……」


「ああ。俺の方でもいたぞ。ほれ、せんひんだ」


 言いながら、アレックスは懐から黒いチョーカーを取り出してみせた。


「ったく、それで来なかったのかよ」


「それはおたがい様だろう」


 取り出したチョーカーを懐にしまい直すと、リヴェータが親指でタクトを示し、


「……それで? リヤルゴ側はタクトこいつがやったとして、お前の方はどうしたんだ?」


「俺が倒しました」


「ふむ」


「ですが、ケインの協力がなければ、倒しきれなかったと思います」


「なるほど。となると……」


 片方のボスを倒したのがタクトで、もう片方はケインの協力があったからこそ倒せたのならば、勝者を決めるのは簡単だ。


 リヴェータはちらりとケインに目を向け、


「いや、その決め方はフェアやない」


 ケインは首を振って断言だんげんした。


「ほう?」


 リヴェータは面白そうに口元を歪め、視線で理由を言ってみろと問う。


 ケインは少しだけまゆを寄せながら、その視線に答えるように言う。


「あのアホ共が仕組んだことなんやったら、純無魔導師こいつに能力使わせることを考えとったはずや。ほんなら、なにかしら活躍かつやくの場を用意しとったはずやし、ワイも……いや、ワイ以外も、それに乗った」


「……なるほど。つまり、けんりょうせいばいということか?」


 リヴェータの問いに、ケインはうなずいてこたえた。


「では、今回の勝者は、どう決める?」


「それは……まぁ、それぞれん派閥とこの話も聞いとったみたいやし、後はこいつ自身で決めたらええんやないですかね?」


「ふむ……二人も、それでいいのか?」


 残るケイン派の二人――テルンとパンに目を向ける。


 すると二人は、


「オレはあにしたがうぜ」


「ボクも、二人がいいなら別にいいよ」


 なんて、当然のように答えてきて……


「そういうことらしいぞ?」


「えー……いきなりそう言われてもなぁ……」


 トントンびょうに進んでいった話に、タクトはなんとも言えない微妙びみょうな顔を浮かべる。


 確かに、タクトはそれぞれのばつの話を聞いている。


 聞いてはいるが、理解まではできていない。


 タクトが知ってるのは、戦い方や、とくしょくくらいのものだ。


 タクトはだるげにため息を吐き、


「よぉーし、それならなやめるタクト君に、とっておきの情報を教えてあげようじゃないか☆」


 なんて、ココアが満面の笑みでそんなことを言ってきた。


 だからタクトは、


「…………」


「おおう、なんだいそのは? もしかして、あたしのことが信用できないって言うのかな?」


「そりゃそうでしょうよ。あんなことされたら」


 信用なんてまるでできないと、ジトッとした目を向けながら言う。


 ココアはほがらかに笑い、


「あはは。細かいこといちいち気にしてたら、女の子からモテないよ?」


「いいよ別に。モテたいわけじゃないし」


「あらそう? でも、情報は多いに越したことないんじゃない?」


「それは……まぁ、そうだけど……」


 不承不承ふしょうぶしょうながらも納得したタクトに、ココアは笑って言う。


「あはは。それじゃあ教えてあげるよ」


「押しつけるの間違いやろ」


「なんでもかんでも反応すると思ったら大間違いさ。まずアレックス派ね」


 鼻で笑うケインをスルーし、ココアはとっておきの情報とやらを自慢げに話し始めた。


「アレックス派は基本的に、三年で構成されてるんだよね」


「ふーん」


「それはまぁ、試験のこともあるし、なにより、エリス派が二年のほとんどと、一年の半数以上をに置いてるからなんだよね」


「そりゃすごい」


「つまり、君がアレックス派に入ったら先輩にこび売ってるクソ野郎だと見なされます」


「…………は?」


「次にエリス派だけど、構成員は女と男が七対三ぐらいの割合なんだよね」


「…………」


「タクト君の実力なら、いままで不在だった特攻者アタッカーの副隊長になれる可能性があると思う」


「……それで?」


「隊長格は全員女の子な上に、副隊長はかなり目立つポジション。さらに君のふにゃふにゃした性格的に、君がエリス派に入ったら色んなとこからはんかんを買います」


「…………」


「最後にケイン派だけど、まず、人数が少ない」


「……そうだね」


「そして、あんまし本気を出さない」


「…………で?」


「ふにゃふにゃしてて敵を作りたくないけど、実力はあって強い人を求めてるタクト君。人が欲しいけど、見込みのない者はいらないケイン派。お互いにゆうえきなように思えるけど……実質じっしつ、そうとも言いきれません」


「……その心は?」


「さっきも言ったように、ケイン派は人が少ない。それこそ、援護者サポーターは一人もいません」


「え? マジで?」


「……ああ。ほんまや」


援護者サポーターなんて、オレ等にはあんまし必要ないんだぜ」


「ってより、単純に人がいないだけなんだよね。ボクらというか、ケインが色んなとこから警戒けいかいされてるから」


「へぇ……」


「まぁつまり、君の願いをかなえるためには、ケイン派では多分足りない」


「…………」


「以上のことから、タクト君が入るべきなのは……」


「……入る、べきなのは?」


 ごくりとのどを鳴らし、その先の言葉を待ち、


「あたしと一緒に、フリーで仲間増やそうぜ☆」


「あ、ごめん。それはやだ」


「なんですとッ!?」


 驚いたようにズサッと大げさにあと退ずさりするココア。


 タクトはへらへらと欠片かけらもない笑顔を浮かべ、


「でもまぁ、フリーでってのは、結構よさげ――」


だ」

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