第38話 選択

「いまここで、どこに入るか決めろ」


 リヴェータはどこか、ぜんとした顔で言う。


 タクトは面倒めんどうそうに半眼はんがんでリヴェータを見やり、


「えー……でも先生、なるべく自由にがモットーなんでしょ? 生徒のしゅせいおもんじるなら、別にフリーでも……」


「……ああ。確かに、それが私のモットーだし、なにをしてもいいとは言ったな。……だが、『面倒を起こさない限りは』、とも言ったはずだが?」


(あー……確かに、そんなこと言ってた気がする)


 なんて、ぼへ~っと昨日きのうのことを思い返し、その間にも話は続く。


「君みたいにふにゃふにゃしていたら、また今回のような面倒が起こる。あるいは起こされる可能性がある。だから早く決めろ。私の時間と給料きゅうりょうを必要以上にうばうな」


「……それ、後半がほんですよね?」


「だったらなにか問題あるのか?」


「……いえ、なにもありません」


 タクトは真顔で答えると、


(……でも、そうかぁ……)


 宙を見上げ、考える。


 そのうち答えを出すべき話だったが、いまここで、入るばつを決めなくてはならなくなった。


 だから、現時点の情報をもとに、一番いいだろう派閥を考え、


「俺は、退たいさせてもらおう」


 そう、アレックスが言った。


「…………え?」


「行くぞ」


「あ、おい!」


 アレックスはそのままスタスタとその場を後にする。


 リヤルゴたちもあわててそれに続き……


「……責任をとって、ということでしょうか?」


「さぁな。でも、これでたくや」


 残されたエリスは眉をひそめ、ケインは肩をすくめる。


 そして、


貴方あなたの方では、タクトさんの実力は発揮はっきしきれないと思いますわ」


「お前の方じゃ、ような敵を作るだけやろがい」


 なんて、互いに視線をぶつけ合い、


「二人は、絶対にタクト君がしいのかな?」


 と、ココアが間に割り込んできた。


「え?」


「なんやいきなり」


 エリスは困惑したような顔を浮かべ、ケインは眉をひそめる。


 ココアはにこやかに笑いながら、


「ん~? エリスはただ、誰かにり合ってるだけで、本当に彼が欲しいわけじゃないんじゃないかな~、と、思ってね?」


「…………」


「ケインはケインで、実力のある奴なら誰だっていいって気もするし~」


「……別に、誰でもってわけやない」


「なら、決まりじゃないの?」


 ココアが言った。


 笑顔を消し、肩をすくめながら、そう言った。


「あ?」


「なにが、ですの?」


 ケインとエリスはいぶかしげな表情でココアを見る。


 ココアはわかんないのとでもいいたげに軽く嘆息しながら、


「エリスは。ケインは視線をそらしたけど、一応は。なら、じゃないの?」


「それは……」


 その言葉に、エリスは思わず目を泳がせ、


「……なんかここの人って、勝手に話進めるよね?」


 と、タクトがげんなりしたように口を開いた。


 ココアは一瞬キョトンとすると、面白そうに笑いだし、


「あはは。君が一人でさっさと決められないから、あたしがよさそうな方を提案してあげてるんじゃない」


「さいですか」


 タクトはそれだけ言うと、


(……でも、そうだなぁ……)


 再び宙を見上げ、思考をめぐらせた。


 アレックスが辞退となると、選んだところで断られるだろう。


 エリス派は人が多いため、あいしょうのいい者がいる可能性は高いが、その分、敵とは言わないまでも、相性の悪い者も多くなるだろう。


 さらに、エリス自身も、タクトだから欲しいというわけでもないようで。


 対し、ケイン派は誰でもいいというわけでもないらしく、比較的自由に動けて楽そうだ。


 だが、圧倒的あっとうてきに、せんりょくが足りない。


 タクトは三つの……アレックス派を抜いて、二つの派閥を比べ、さいりょうと思われる方を考える。


(……とりあえず、俺の目的から考えてみるか)


 目的。


 それは、消えたあの子をさがしだすこと。


 そのためには、仲間を作る必要がある。


 タクト一人では、本気で隠れた彼女を捜しだすことなど、とうてい不可能だから。


(……となると、俺のやることは――)


 エリス派ならば、相性のいい奴を見つけて仲間になる。


 あるいは、そいつを引き抜く。


 ケイン派ならば、単純に仲間を増やす。


 ただし、ケインの目的にも協力できるような、仲間を。


(……やることは大して変わんないけど――)


 重要なのは、いまじゃない。


 重要なのは、学園生活じゃない。


 学生の内では、学業のあいには、彼女を捜しだす余裕はない。


 もしかしたら、その実力すらも、いまはないかもしれなくて……


(だから、その先を考えると……)


 エリス、ケインの二人を考える。


 二人のらいを、考える。


「…………」


 エリスはおそらく、貴族なのだろう。


 勢力を拡大して力をする必要があるならば、恐らく、貴族なのだろう。


 ならば、卒業後にそんなひまはない。


 タクトを手伝う暇はない。


 そもそもフリーの冒険者になる貴族など、ほとんどいない。


 普通は王国の騎士隊に入り、国のために迷宮を攻略する、王国専属せんぞくの冒険者になるのだ。


 だからエリスには、いつ見つかるかもわからない人捜しを手伝える暇は、ない。


「…………」


 対してケインは言っていた。


 自分の目的も、学生のうちにどうにかできるものではないと。


 ならば……


「……決めたよ」


 タクトは言う。


 覚悟を決めた、ひとみで。


 彼等は、しっかりとその瞳を見つめ、答えを待つ。


「ひとまずは、君のとこにするよ」


 そう言って、タクトはケインに目を向けた。


 エリスは結果がわかっていたとばかりにあきらめたような笑顔を浮かべ、ケインは肩をすくめて、言う。


「はっ。ひとまずは、か」


「この先なにがあるか、わからないしね~」


「そりゃそうや」


 なんて、タクトとケインは互いにへらへらとした笑みを浮かべる。


「では、お前はケイン派ということでいいんだな?」


 と、いままでそのやり取りを傍観ぼうかんしていたリヴェータが口を開いた。


 タクトはしっかりと、それにうなずく。


「はい」


「わかった」


 リヴェータは一つうなずくと、「さて、とっととまつしょを完成させねばな」、とぼやきながら、さっさと背を向けて歩き去っていった。


 それをしばし見送り、


「さて……ほんなら、それまではよろしくたのむで」


 そう言って、ケインが右手を差し出した。


 それに、


「こちらこそ」


 へらへらと笑って、タクトも同じく、右手を差し出し、




『それぞれの目的を、たすために』




 固く、あくしゅを交わした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る