第39話 暗黒眼鏡

「さすが、とでも言っておきましょうか」


 りょうへ向かう帰り道、そんな声が聞こえた。


 アレックスは声の方へと視線を動かし、


「……なんの用だ? 暗黒眼鏡くろめがね


 ぜんとしたように言いながら、目だけで仲間たちに先に帰るよううながす。


「よし、そんじゃあ解散かいさんだ。ほら帰った帰ったぁ」


「みんなお疲れさまネ。帰ってゆっくり休むといいヨ」


 それを受け取った男女が仲間たち全員に聞こえるように言い、そのまま彼らを引き連れ、その場を後にする。


 その背中がある程度遠ざかってから、暗黒眼鏡――ルーベルが、肩をすくめながら口を開いた。


「なんの用かなんて、聞かなくともわかっているでしょう?」


「…………」


 アレックスは無言のままかたまゆゆがめる。


 ルーベルはちらりとその横に目を向け、


「それより、あなたは帰らなくてもよろしいので?」


「はっ。話を聞かなきゃ、俺が納得なっとくできねぇだろうが」


 アレックスのとなりでは、リヤルゴがおうちしていた。


 リヤルゴは鼻を鳴らして言うと、にらむかのようにルーベルをえる。


「聞いたところで、納得できるかは別だと思いますがね」


 ルーベルは肩をすくめると、一つせきばらいをした。


「さて……にしても、さすがは学園の最強候補筆頭ひっとう、アレックス=ヴァルフレアさんですね」


 ひときのする笑顔を浮かべて言うルーベルに、アレックスはいやそうに眉をひそめ、言う。


「……だから、なんの話だ?」


「なんの話って、わかってるくせに~。さっきの迷宮攻略のことですよ~」


「…………」


「いや~、実にらしいですよ。突然難度三十三という高難度迷宮に落とされながらも、一切の死者を出さずに攻略する。それも、戦いなれていない一年ばかりの、とてもばんぜんとは言えない構成のチームで!」


「…………」


「これであなたは、より優秀であると、まわりに示せることでしょう!」


「…………」


「いや~、実に素晴らしい! 本当にすごいことですよこれは! なにしろこの僕のオーダーを、これ以上ないほど完璧にこなしてくれたんですから!!」


 なんておおぎょうに手を広げてこうこつとしたように言うルーベルに、


「オーダー?」


 と、リヤルゴがげんな表情を浮かべた。


 ルーベルは相変わらずさわやかに笑い、


「さっき言った通りですよ。僕は彼に、『なるべく実力のない一年だけのチームでいどんでください。ただし死神さんがあなた方を地下迷宮に落とそうとしてるので、それの攻略をに入れて』とお願いしたんです」


 なんて、とんでもないことを言ってのけた。


 実際それは、一歩間違えれば、いや、普通に考えてだいさんになるだろうこうだ。


 しかし、アレックスはそれを実行に移し、なおかつ完璧にこなしてみせた。


 それは自身の力を、そしてなにより、純無魔導師バハムート争奪戦そうだつせんに参加した全員の実力や性格を完璧にあくしていたからこそなせるわざだ。


 会って間もないタクトでさえも見事なまでに理解し案内してみせた正確な観察眼と、あまの経験にもとづいたるがぬ自信からなる、離れ業だ。


 リヤルゴは一つため息を吐き、アレックスに目を向ける。


「ったく、それでを連れてったのか」


「ルールは違反していないだろう」


「確かに違反はしてねぇし、別に悪かねぇが……らしくねぇとは思ったな。たぶんそう感じたのは、俺だけじゃねぇだろうよ」


「だろうな」


 アレックスは当然といったように軽く笑う。


 それは、を含めたチームで参加したことだけでなく、わざわざで足止めを行ったこともだろう。


 実際にケインはみょうな感じだとつぶやいていたし、エリスも足止めが早いと感じていた。


 リヤルゴは面倒めんどうそうに顔をしかめ、


「それにアイツだけハブとか、あとでなに言われっかわかったもんじゃねぇよ」


「それは……」


 と、アレックスは痛いところをかれたというように深刻しんこくな表情を浮かべ、目をせた。


 リヤルゴは頭に手をやりながら、ダルそうにため息を吐いて言う。


「……つってもまぁ、ある意味まるわかりなんだけどな」


「……そうだな。アイツは俺がなんとかしよう」


「はっ。たりめぇだ」


 深いため息を吐いて言うアレックスに、リヤルゴが鼻を鳴らす。


 そんな二人の会話のすきはからい、ルーベルが口を開いた。


「そしてその代わりに、“地下迷宮の情報”と、“一部の方が持つクレープさんの落ちこぼれというイメージをふっしょくする案”をお教えしたんです」


 それに、


「クレープってお前、そういうことだったのかよ」


 と、あきれたようにまゆを寄せるリヤルゴ。


「……しょうさいを伝えなかったのは、すまないと思っている」


 アレックスは申しわけなさそうに言う。


 リヤルゴはつまらなそうに鼻で笑い、


「はっ。すまないでむ話でよかったな」


「……すまない」


 そう言って、頭を下げるアレックス。


 リヤルゴはもう一度鼻を鳴らすと、不満げな顔のまま、ルーベルに目を向ける。


「……で? テメェが待ちせてたのはなんだ? ほうしゅうに今回ドロップしたほうでも渡せってか?」


「いえいえそんな。使えるかどうかもわからないようなものを報酬にしようなんて、僕はじんも思ってませんよ」


「じゃあなんだよ?」


 いらたしげに問うリヤルゴ。


 それにルーベルは、スッと、真剣な顔つきに変わり、


「あなた方は彼を、タクトくんを、どう思います?」


「どう、って言われてもなぁ……」


 リヤルゴはなんとも言えない顔で、ちらりとアレックスに目をやる。


 アレックスはしばしうでを組んで考え、顔を上げた。


「……まぁ、まだ知り合って間もないんだ。これから理解を深めていけるんじゃないか?」


「そういう意味ではありませんよ」


「あ゙? ならどういう意味だよ」


「もう少し、具体的に言ってくれないか?」


 眉をひそめる二人に、ルーベルは少し考えるりをすると、


「そうですね。では――」


 とても爽やかな、人好きのする笑顔を浮かべ、



と比べて、どう思いますか?」



 その、言葉に、



『…………』



 その場が一気に、張りめた。


(……これはさすがに、み込みすぎましたかねぇ……)


 ルーベルは背中に冷や汗を浮かべながらも、爽やかに笑い続ける。


 いや、動くことすらゆるされないほどのきんちょうのせいで、表情すらも、変えられなくて……


「……そうだな。はっきり言って、あの人とは比べ物にならん」


 だが、それも数秒。


 アレックスの嘆息たんそく混じりの言葉で、その緊張はやわらいだ。


 ルーベルは内心で安堵あんどしながら、言う。


「と言うと?」


「あいつは能力を使った後、倒れて自力では動けなかったそうだな」


「……みたいですね」


「あいつの技は、負担がありすぎる。あの人と違って、そう易々やすやすとは使えない代物だ」


「だから、比べ物にならない?」


「同じ属性いろをしているからと言っても、特性とくせいが違ければ比べようはないだろう」


「……まぁ、それもそうですね」


「話はそれだけか?」


「……リヤルゴさんも、同じ意見で?」


 そう言って、ルーベルはリヤルゴに目を向ける。


「あー……」


 リヤルゴはぐしゃぐしゃと髪をでると、なんとも言えない表情を浮かべた。


「方向は違うっつーか、なんとなく似てなくもねぇが……まぁ、比べ物にはなんねぇよ。ただまぁ、どっちも相当なぶっこわれだありゃ」


「なるほど」


 ルーベルは一つうなずくと、スッと静かに一歩下がり、


ちょうなお話、ありがとうございました」


 二人に向かって、れいにおをした。


 それに、


「では、こちらからも少しいいか?」


 と、アレックスが言った。


「なんでしょう?」


「…………」


「……ふむ」


 アレックスの視線にうながされ、ルーベルはゆっくりと姿勢をただす。


 それを確認したアレックスは、一つ息を吐くと、真面目な表情に変わり、



「俺に権力を持たせて、なにをさせるつもりだ?」


「それは相応の権力を持ってからおっしゃってください」



 なんて、平然と、笑顔で返すルーベル。


 アレックスは鼻を鳴らし、


「ふん。ならもう一つ。なぜそうまでして、純無魔導師バハムートの話を聞こうとする?」


「…………」


「ただの無属性むぞくせい魔導師まどうしであるお前と、なにか関係でもあるのか?」


「…………」


 ルーベルは人好きのする笑顔で固まったまま、なにも答えない。


「…………」


 しばらく待ってみても、それは、変わらなくて……


「…………」


 まるで微動だにしないルーベルに、アレックスはあきらめたようにため息を吐いた。


「……まぁいい。誰にも秘密の一つや二つはあるものだ」


「ご理解いただけてこうえいです」


 爽やかな笑みで言うルーベルに、アレックスはもう一度鼻を鳴らした。


「ふん。では、俺はこれで失礼する」


「俺も帰らせてもらうぜ」


 そう言って、二人はスタスタと、寮の方へと歩いていく。


 ルーベルはその背中を、見えなくなるまで見送り、


「……やはり、大した情報は得られませんでしたね」


 そう言って、肩をすくめた。


 そして、ゆっくりと振り返り、遠くをえる。


 そこには、綺麗な青空が広がっていて……


 しかし、


「…………」


 そのひとみは、まるでその先をみているかのように、暗く、光っていた。

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