エピローグ

 らんの迷宮攻略から数日。


 場所は変わり、ビレイブ王立おうりつどう学園がくえん――その、ちょう室。


 そこでは、先日起きた騒動そうどうの話がなされていた。


「――――以上が、事の顛末てんまつです」


 淡々たんたんとその騒動の説明をし終え、黒髪こくはつ紺眼こんがんの女性――リヴェータが、書類から目を上げる。


 するとそこには、少女がいた。


 視線の先には、一人の、少女がいた。


 その少女はの背もたれに寄りかかり、そっぽを向いたまま天井を見上げている。


「……聞いておられますか? 理事長」


 リヴェータはげんそうに眉をひそめ、目の前の少女に言う。


 すると、理事長と呼ばれた少女は、天井に目を向けたまま、


「んー? だいじょぶ、だいじょぶー。ちゃんと聞いてたわよー?」


 と、手をヒラヒラと振って答えた。


 リヴェータはいらちか、しんか、けんにシワを寄せて嘆息たんそくすると、


「書類をここに置いときますので、目を通しておいてください。では、私はこれで」


 そう言って、書類を少女の前にそなえつけられた机に置くと、きびすを返した。


 そしてそのまま部屋から出ていき、パタン、と、とびらが閉められて……


「さ、て、と……」


 それを確認すると、少女はぱさり、と書類を手に取る。


 ペラペラと紙をめくり、知りたい部分を探し、


「お、あったあった。えー、と、入ったばつは……あら、へぇ……てっきりフリーになるかと思ってたけど、なかなか面白いとこに入ったわね。それだけ力をつけたってことかしら」


 どことなくうれしそうに、その部分を読み進め、


「そ、れ、に~。クラスにはそこそこ、めてるみたいねぇ~」


 ふふっと、軽く笑った。


 それはまるで、我が子を見守る、母親のように。


「あとの心配は、結局どれだけ仲間を増やせるかってことだけどぉ~……まぁ、なんとかなるでしょ」


 少女はバサッと書類を放り、再び椅子の背もたれに身をあずける。


 そのままくるりと、椅子を半回転させ、窓の外をながめる。


 そこには、清々すがすがしいほど、れいな青空が広がっていて……


 どこまでも、いつまでも、それが続いていくかのような気さえして……


「…………」


 だが、そんなことはありえない。


 そんな未来は、ゆるされない。


 彼女はスッと、目を細くする。


 だが、それも一瞬いっしゅん


 気持ちを切り替えるように息を吐き、ちらりと書類に、そこに記された名前に、目を向ける。



 ――編入生へんにゅうせい、タクト=カミシロ。



 黒いかみに黒いをした、純色じゅんしょく無属性むぞくせい


 それは純無魔導師バハムートと呼ばれる、あく象徴しょうちょう


 じんの生まれ変わり。


 五年ぶりに学園にやって来た、台風の目。


 さげすまれ、ののしられ、否定され続けて。


 それでもひとりだけでは生きられない、あわれな化け物。


 独りだけではしん発揮はっきすることもできない、憐れな、化け物。


 彼女はそれを、しっとりとしたひとみで見つめ、


「さて、この子はいつ、アタシのもとにたどり着けるかしらねぇ?」


 それは、五年か。


 十年か。


 それとも――


「ああ。早く来てくれないかしら」


 彼女はうずうずと、恍惚こうこつしたように、


「あのくさった世界を、クソみたいなコトワリを、ころしに」


 暗い笑みで、つぶやいた。

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