第34話 耳を疑う宣言

 見通しが、甘かった。


 振り向けば、入り口がうでおおわれ、出られなくなっていた。


 さらに、


「エ、エリスさん! こっちからも出てきました!」


「あーもう! こんなときに、あの男はいったいどこでなにをしているんですのッ!?」


 これまでのろうもあってか、さすがのエリスでも、手が回りきらなくなっていて……


(……そういや、アイツはどこにいんだ?)


 それは、いっつもニヤニヤとてきに笑う、クソみたいな男。


(救援を呼びに行ったか? ……いや、アイツなら飛び込んでくるはずだ)


 ならば、まだ可能性はある。


 それに、


(この状況なら、クソ眼鏡も動いてるはずだ)


 だとすれば、もう一人の隊長が……


(……いや、アイツは来ねぇな。来るとしたら、向こうの隊長か)


 ならば、それまでえきることができれば、


「もういやだッ! もう終わりだッ! どうせみんなここで死ぬんだよッ! これ以上がんったって、意味なんかねぇよッ!」


「そうだよッ! こんなことになるなら、俺は参加なんてしなかったッ! なんで俺が、こんな高難度のとこに来なくちゃ行けなかったんだよッ!」


「それもこれも全部、アイツがッ!」


 そう言って、何人かの男が武器を投げ捨て、リヤルゴをにらみつけた。


 それに、


(あんのクソガキ共が……ッ!)


 リヤルゴは怒りに、顔を真っ赤に染め上げた。


 それは、隊長である自分への態度に、ではない。


 あんな者たちを受け入れてしまった自分自身に、でもない。


(この緊迫きんぱくした状況で、下げるようなしやがって!!)


 リヤルゴが怒っているのは、冒険者としての心構えに対する、甘さにだ。


 迷宮攻略は、常に命がけでいどむもの。


 高難度であろうとなかろうと、それは変わらない。


 にもかかわらず、それを理由にを起こし、あげくのてに、まわりに当たる。


 それは自ら、生存率を下げているに他ならない。


 仲間をみちれにしようとしているに、他ならない。


(ただ一人で勝手すんならそれでいい。だが、まわりを巻き込むんなら、それ相応の覚悟を持ちやがれってんだッ!!)


 リヤルゴはこれ以上ないほどの、怒りの形相ぎょうそうを浮かべた。


 そのまますさまじいみ込みで、入り口のそばにいる部下の元まで一気に駆け寄り、


「…………ん?」


 眉を、ひそめた。


 なぜなら、



『――――――――!!!!!!!』



「うわッ!?」


「な、なんだ!?」


「急に、入り口が!?」


 入り口をふさいでいた腕が、切り裂かれたから。


 大樹はもだえるように奇声を上げる。


 そしてその切り裂かれた隙間から、なにかが飛び出した。


 それはぐるりと、部屋を一周するかのように、次々と、腕を根元から切り裂いていく。


「あれは、いったい……」


たたり神の……じゃ、ねぇな」


 その場の全員が、呆然ぼうぜんと、それを、ながめ……



『――――――――!!!!!!』



 そして、部屋全体を駆け回り、すべての腕を切り終えると、部屋の入り口で立つ人物の手へと、戻っていった。


 大樹はうめくような奇声を上げて沈黙ちんもくし、


「……アイツか」


 リヤルゴはその人物を睨むように見据え、


「さて、もう一発いこうかな」


 その人物は、もう一度それを投げようと、


「あら、もう終わりか」


 しかし、それはまるでまぼろしだったかのように霧散むさんし、消え去った。


 それでも、その人物はひるまない。


 へらへらと、やる気も緊張きんちょうもまるで感じられない、笑顔で、


「んじゃ、げよっか」


 くるりと、身体からだを部屋の外へ方向転換てんかんした。


 そしてそのまま、スタスタと歩いていき、


『…………』


 しかし、突然のことに頭が追いついていないのか、誰一人として、そこから動かず……


 それに気づいて、そいつが頭だけで振り向く。


「…………ん? あれ? 逃げないの?」


 と、不思議そうに首をかしげる人物に、


『…………』


 やはり、誰も反応を返せない。


 それにそいつは、ポリポリと頭をいて、


「あー……もしかして、あれ倒したいとか?」


「……それは、俺にけん売ってんのか? クソ純無魔導師バハムート


 ようやく動けたリヤルゴが、鋭い目つきでそいつを、純無魔導師バハムート――タクトを、睨む。


 まるでころすような、鋭い視線。


 それに、タクトは、


「いや、普通に聞いてるだけなんだけど」


 と、じん動揺どうようすることなく、肩をすくめた。


 リヤルゴは軽く鼻を鳴らして、言う。


「……俺たちはここに“攻略”しに来たんだ。あいつを倒せなきゃ、攻略になんねぇだろうが」


「ふーん」


 タクトはあごに手を当てて天井を見上げ、考えるりをする。


 そして、リヤルゴを、辺りの冒険者たちを、眺め、


「ならさぁ、君らのこと、信用してもいいかな?」


「あ゙?」


 顔をしかめるリヤルゴ。


 タクトは気にすることなく、「どう?」と、視線で問いかける。


 リヤルゴは眉をひそめ、少しの間、考えて……


「……その言葉の、意味によるな」


 そう、答えた。


「意味?」


 タクトは首をかしげる。


 リヤルゴはどこか真剣な表情で、言う。


「俺等に害が……そうだな、下手したら死ぬレベルの害があるってんなら、隊長として認められねぇ」


「ああ、そういうこと」


 と、タクトは納得といったようにうなずいて、


「それなら気にしなくても大丈夫だよ。君らに危害は加えないから」


 そう言って、笑った。


 へらへらと、笑って言った。


 それに、


「…………」


 リヤルゴは、しんを探るような目を、タクトに向けて、


(……うそついてる感じはしねぇし、ついたところで、こいつにメリットはねぇか)


 そう、判断した。


 だから、うなずきながらも、嘆息たんそく混じりに、言う。


「わかった。やってみろ」


「オッケー。んじゃあ、炎使える奴って、いる?」


「炎?」


「うん。炎」


「……いねぇこともねぇが、さっき二回試して駄目だったんだ。いまさら――」


「そうじゃなくて」


「あ゙?」


「普通に使えるやつがいればいいんだけど」


 リヤルゴは眉をひそめてげんな顔を浮かべるが、やってみろと言ってしまった以上は、したがうしかない。


「……おい」


 少しめんどくさそうなリヤルゴの声にこたえるように、数人の男が、前に出てきた。


「んじゃあ、ちょっくらお願いしたいんだけど」


 と、タクトはへらへらと、ほんとにやる気があるのか疑わしくなる笑顔を浮かべ、




「俺に魔法ってくんない? できれば、全力で」

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