第33話 推定難度、三十台

「……終わったか?」


「だと、いいんですけれど……」


 勝ちどきを上げる者たちをしりに、リヤルゴとエリスは、大樹のいた場所を中心に、辺りを警戒けいかいする。


 それに気づき、勝ち鬨を上げていた者たちもだんだんと、声をひそめていき……


「…………」


 そのまましばし、静寂せいじゃくが、部屋を包み込み、



『――――――!!!!』



 地面から、大樹がえた。


 それはうねうねと、悪くうごめき出して……


 リヤルゴは顔をしかめて舌打ちすると、振り返ってる。


「チッ! あれでもまだ足んねぇか……復活ふっかつまでの時間は!」


「二分です!」


「さっきと変わんねぇか……ってこたぁ、何度か仕留めりゃいいってわけじゃなさそうだな」


 何事なにごとか考え込むように、大樹をえるリヤルゴ。


 そこへエリスが近寄り、


「リヤルゴさん。ここはやはり撤退てったいを――」


「あ゙あ゙!? ふざけんな! ここまで来といて、いまさら手ぶらで帰れるかよ!」


「ボスの情報を得られただけでも充分でしょう。これ以上続けても、こちらが疲弊ひへいするだけですわ」


 その言葉はもっともだった。


 倒し方がわからない以上、続けたところで、意味はない。


 リヤルゴはガシガシと頭をで、一つ、ため息を吐いた。


「……くそッ。お前はあとどれぐらい、アレを使える?」


 アレ、というのはおそらく、大樹のうでを切りいた魔法のことだろう。


 エリスは数瞬すうしゅん瞑目めいもくして、


「……そうですわね。多くもっても、三分といったところですわ」


「チッ……! アレクの野郎が来りゃあ、まだなんとかなりそうだったんだが……仕方ねぇ、今回は撤退を――」


 と、リヤルゴが撤退を宣言しようとしたとき、



『――――――――!!!!!!!!』


『ッ!?』



 大樹が、一際ひときわ大きなせいを上げた。


 リヤルゴは舌打ち混じりに大樹を見やり、


「くそッ、もう動き始め――ッ!?」


 目を、ひらいた。


 なぜなら、


「そんな、動きが変わってますわ!?」


 大樹の動きが、先ほどまでとはあきらかに、違ったから。


(……兆候ちょうこうはまるでなかったはずだが……)


 リヤルゴは視線をするどくして、考える。


 最初に仕留めた時と、先ほどの二度目。


 復活にかかる時間は、全く変わらなかった。


 ならば、


(俺の殺気さっきに反応したか、たまたま急所きゅうしょでもいたか……あるいは、アレクの方でなんかあったってとこか?)


 どちらにしろ、これで勝機しょうきがみえた。


 なぜなら、ボスの行動の変化は、追い込んだあかしだから。


 ボスの本気は、追い込まれた証だから。


 だから、リヤルゴのやることは決まっている。


 隊長のやることは、決まっている。


 撤退か、攻略か。


 その判断を、くだす。


 リヤルゴは即座に選択し、声を張り上げた。


「恐らくこれでラストだ! 気合い入れろォ!!」


『おおおおおおおおおお!!!!!!』


 リヤルゴが選んだのは、攻略。


 負傷者はあっても。


 まんしんそうの者がいても。


 勝機はみえた。


 いまここで、ありったけを注ぎ込めば、勝てるのだ。


 自分が標的となって時間をかせぎ、エリスが三分間まもれるのならば、勝てるのだ。


 だからリヤルゴは声を張り上げ、



『――――――――!!!!!!!!』



 大樹が、さけんだ。


 ぐらぐらと、部屋全体が音を立ててれる。


「警戒しろ!! 新しいパターンが来るぞ!!」


 リヤルゴの声に、全員が構える。


 なにがあってもいいように。


 なにがあっても対応できるように。


 なにがあっても、死なないように。


 そして、



『――――――――!!!!!!!!』



 床、壁、天井。


 部屋のいたるところを突き破り、いくつもの腕が生えた。


 それは例外なくうねうねと、あやしく、蠢いていて……


「チッ、めんどくせぇな」


 リヤルゴは一瞬顔をしかめて吐き捨てると、


「来いやオラァ!!!」


 その全身から、すさまじい殺気があふれ出した。



『――――――――!!!!!!!!』



 大樹は奇声を上げて、そこら中の腕を振り上げる。


 壁、地面、天井から、伸びるように腕が飛び出し、リヤルゴにせまる。


 リヤルゴはそれをしっかりと見据え、



 ――直後、腕が次々に振り下ろされた。



 その衝撃しょうげきで、部屋全体がぐらぐらと、大きく揺れる。


 リヤルゴは大量の腕と、それが引き起こすすなけむりまれ、姿が見えなくなった。


 だが、大樹は止まらない。


 大樹は止まらない。


 何度も何度も、執拗しつようなまでに、腕を振り下ろし続ける。


 まるで親のかたきのごとく、その場に腕を打ちつけ続ける。


 もはや地面はくだけ、えぐれ、それでも大樹は止まらない。


 脅威きょういを消し去ろうと。


 かんなきまでに、たたつぶそうと。


 強く強く、何度も腕を、振り上げて……



『――――――――』



 やがて、その腕が止まった。


 腕はゆっくりと、元の長さまで戻り、うねうねと蠢く。


 それはまるで、視界が晴れるのを待つかのように。


 仕留めきれたかを、確認するかのように。


 そして、徐々に煙が晴れていき……

 


「……なんだ? それで終わりか?」



 リヤルゴが、立っていた。


 その身に傷一つつけず、平然と、立っていた。



『――――――――!!!???』



 大樹は混乱したように奇声を上げ、


「テメェ等! 準備はいいかァ!!」


 リヤルゴは獰猛どうもうな笑みを浮かべて、


「隊長! 新入りがまだですッ!!」


 男が、あわてたように叫んだ。


「んだとぉ?」


 リヤルゴはひどかいそうに、眉をひそめて、


「ったく、めんどくせぇ……撤退だッ!! 全員部屋から出ろ!!!」


「え、あ、はい! 総員そういん撤退!! 戦線せんせんだつする!!」


 男が声を張り上げ、それに合わせて、男たちは入り口へと走り出す。


「え? え?」


「えと、どういうことだ……?」


 ただ、数人はそれに、ついていけてなかった。


 恐らくは、新入りなのだろう。


 きょろきょろと挙動きょどうしんに、駆けていく男たちを見送り、


「なんで、逃げ――ッ!?」


 その足元から、腕が飛び出した。


「う、うわああああああ!!!!!」


 次々に地面から腕が飛び出し、逃げ遅れた者たちを突き上げていく。


「チッ、クソがッ……!」


 リヤルゴは顔をしかめて舌打ちをらした。


(あんの素人しろうと共が、腕が生えた時点で、こんくらいわかんだろうが!)


 心の中で悪態あくたいをつきながら、リヤルゴは大樹へと駆け出し、


「さっきも言っただろぉがよぉ。俺のこと、無視してんじゃねぇ!!」


 リヤルゴから一気に殺気がふくれ上がる。


 大樹は一瞬、動きを止めるが……


(……まぁ、そうなるわな)


 リヤルゴに向かう腕は、たったの二本。


 大樹のみきから、生えているものだけで……


(あんだけやって倒せねぇってなりゃあ、そりゃ矛先ほこさきは別にいくだろうよ)


 完膚なきまでに倒したと思った相手が全くの無傷だったとなれば、相手を変えるのは、ごく当然のことだ。


 だからこそ、リヤルゴは撤退を命令した。


 完全に意表いひょうを突き、すきだらけになったあの一瞬をのがしてしまったのならば、もう勝機はない。


 リヤルゴはそう判断して、撤退を命令した。


(なのにあのバカ共……ッ!)


 それを理解できずに、困惑する。


 それを無視して、立ち尽くす。


 迷宮攻略は、一瞬の判断ミスが命取り。


 一瞬一秒が、生死を分ける。


(命令を無視すんなら、そこからは自己責任……って、言いてぇとこだが……)


 だがそれも、多少は仕方ないとも感じていた。


 彼等はまだ、なれていない。


 アレックス派の戦い方というものに、れていない。


 先達せんだつとの交流に、れていない。


 常に生死のさかいを生きる、冒険者に、れていない。


(まぁ、あとはあのおひとしのお嬢様じょうさまがなんとかすんだろ)


 そう考えて、リヤルゴは一気に大樹に接近し、




『うわああああああ!!!!!』


「ッ!?」

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