第26話 感染

 アレックスが足留めをしている頃、リヤルゴひきいる先頭集団は……


「あれが、ボス部屋だな」


 すでに、迷宮の最奥さいおうを目視できる位置まできていた。


 距離にして、百メートルほどだろうか。


 ボス部屋まで一直線のその通路を、リヤルゴたちは駆けていた。


 リヤルゴのすぐ後ろを走る男が言う。


「思ったより楽勝でしたね、隊長」


 リヤルゴはそれに振り向かず、一瞥いちべつだけして、言う。


「馬鹿言うな、勝負はまだ終わっちゃいねぇんだ。最後まで気ぃ抜くな」


「は、はい、そうですよね。すみませんでした……」


 男はしょんぼりと、肩を落としてうつむき。


 リヤルゴは前方へと顔を戻して、


(第一、いまだにあの野郎が仕掛けてきてねぇんだ。むしろ警戒するとこだろうが)


 けわしい表情を浮かべ、いらたしげに舌打ちをすると、前を見たまま、言う。


「わかりゃいい。とっとと前向いて走れ」


「はい!」


 そんなやり取りの最中も、彼等は常に、駆け続けている。


 そして、ボス部屋までおよそ、三十メートル。


 あの男がどこで仕掛けてくるかと警戒を強め、なにが起きても対応できるように、全身の神経をまし……


「隊長!」


「へっ、やっぱ来やがったか」


 リヤルゴは不意討ちでなかったことをいぶかしみながら、後ろを見やり、


「……どういうことだ?」


 眉を、ひそめた。


 なぜならそこにいた相手は、ケインなどではなく……


「そんなッ!?」


「アイツ等は総隊長が抑えてるはずじゃ!?」


 リヤルゴが属するばつの総隊長――アレックスが足止めしているはずの、エリス派たちだったからだ。


 それも、数人ではない。


 そのほとんど全員が、追いかけてきているのだ。


 それを確認したリヤルゴは、あきれたようにため息を吐いた。


「ったく、アレクの野郎はなにしてやがんだ。全然足止めできてねぇじゃねぇか」


「隊長! どうしますか!?」


「どうもこうもねぇ、何人かで足止めしろ。まだかなりの距離があるとはいえ、恐らくボスを倒せるほどの時間は――――ッ!?」


 そこで、突然リヤルゴが飛び出した。


「え?」


 リヤルゴのそばにいた男が何事なにごとかと振り返り……


 ――ガキィン! と、通路に金属音が響き渡った。


「な、えッ!?」


 突然のことに狼狽うろたえる男たち。


 リヤルゴははらんだ瞳で、エリスをにらみつける。


「あの野郎、いきなりやってくれんじゃねぇか……!」


「大丈夫ですか隊長ッ!?」


「誰の心配してやがる! テメェらはとっとと先進め!」


「りょ、了解です!」


 男たちはあわてたようにボス部屋のとびらをくぐり、


「ったく、飛び道具ってのは、便利なもんだなぁ!」


 リヤルゴは吐き捨てるように言うと、投げつけられたランスを地面に思いっきり突き刺し、部下たちに続いてボス部屋へと駆け込んだ。




 ――そこは、巨大な空洞くうどうだった。




 人が四桁は余裕に入れるのではないかというほどに、広い場所。


 その中に、数十ではきかないほど、数えきれない数の魔物がひしめいている。


 中でも特筆とくひつすべきは、アルマジロようの魔物――ロックアルマジロ、その親玉だろう。


 それは三メートルほどの大きさをほこり、魔物たちの中心に居座っている。


 恐らくは、あれがボスなのだろう。


 それを見たリヤルゴは、ひどく嫌そうに顔をしかめた。


「チッ、よりによってこのパターンかよ……。お前ら! アイツ等が来る前に、とっとと片付けんぞ!」


『うおおおおおおおお!!!!』


 リヤルゴたちは一斉いっせいに魔物のれに飛び込み、次々となぎ払っていく。


 一体。


 十体。


 三十体。


 あっという間に、魔物の数を減らしていき、


「わたくし達も行きますわよ!」


 エリスたちが到着した。


 そこからはさらに戦闘がげきし、またたく間に魔物は仕留められ、



『クルルァァァァ!!!!』



 ついに、ボスが動き出した。


 それはせいを上げて身体からだを丸め、そのままゴロゴロと、地響きを起こしながらすさまじい速度で転がり、


「行くぞテメェらぁ!!」


「行きますわよ皆さん!」


 だが、彼等にとっては敵じゃない。


 彼等にとっては、脅威きょういじゃない。


 丸まり、ゴロゴロと転がるそれは、ただの的でしか、ない。


 すなわち、先に当てた方が、勝者となる。


 だから彼等は、全力の一撃を叩き込もうと、





 ――直後、巨大な地震が、迷宮をおそった。





「んなッ!?」


「しまっ……!?」


 バランスをくずした彼等の一撃は、例外なく床へと放たれ……




 ――地面が、爆発ばくはつした。




 すさまじい轟音ごうおんを響かせ、そこかしこの地面から、次々に爆炎ばくえんが巻き起こる。


 彼等の渾身こんしんの一撃が、それとほぼ同じ箇所かしょで起これば当然、床はどんどんとくずれ始め……


「チッ! くそがッ……!」


 逃げようにも、吹きれる爆風のせいで上手く動くこともできず……


「テメェ等! なんとか自力で生き残れ!」


「皆さん、わたくしの元を離れないでください!」


 その場にいた全員は、暗いやみの底へと、呑み込まれた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る