第25話 足止め

 迷宮攻略勝負の最前線。


 半径三十メートルほどの大広間。


 そこでは大勢の者たちが、魔物をらしながら我先われさきにと駆けていた。


 駆けながら、あらゆる魔法をぶつけ合い、互いに牽制けんせいしあっていた。


 その先頭集団をひきいる人物が、ちらりと後ろを見る。


「……そろそろ動くか。リヤルゴ」


「ああ、わかってるよ」


 リヤルゴが走りながらうなずく。


 アレックスは口元にわずかな笑みを浮かべ、走る速度を落とした。


 そのまま列から抜けて、立ち止まり……


「エリスさん! アレックス先輩が出てきました!」


 立ちふさがるように、エリスたちをえるアレックス。


 それにエリスは、


(やはり、そうきましたわね)


 当然のように、


が参加していない以上、彼が足留めに動くことはわかっていましたわ)


 必然のように、


(ただ、思ったよりも少し、早かったですけれど……)


 けれども少しいぶかしげに、視線をするどくした。


 そして、さけぶ。


「彼はわたくしが引き受けます! その間に全員、駆け抜けてください!」


 それに、アレックスが笑った。


「させると思うか? 《シャイニング・ウェーブ》!」


 アレックスがとなえる。


 すると、広間をおおうほどの巨大な光のなみが現れ、エリスたちをみ込まんと押し寄せてきた。


「くッ……!」


 エリスは苦い顔を浮かべ、なんとかして被害を抑えようと、即座に魔法を――


「…………え?」


 その横を、駆け抜ける影があった。


 影はエリスの真っ正面に立ち、両手で持ったつえを、津波めがけて突きつける。


「《こうなるひかりよ、ものまもれ*アブソリュート・ライト》!」


 その言葉と同時、あわい黄色に輝く、巨大な光の防護壁ぼうごへきが現れた。


 防護壁は、いとも容易たやすく光の津波を受け止める。


 そして、そのすべてを受けきると、壁は役目を終えたとばかりに消滅しょうめつし、


「ほう、ここでお前が出てくるか」


 アレックスが、たのしそうにつぶやいた。


 影はしっかりと、アレックスを見据え、


「あの人はわたしが引き受けます! エリスさんは皆を連れて、先へ行ってください!」


「なっ!? あ、貴方あなたお一人では――!」


「大丈夫です!」


「…………わかりました。クレープさん、無理はなさらないでくださいね!」


 エリスたちは影――クレープの横を駆け抜け、


「お前一人で引き受ける? 俺も随分ずいぶんと、甘く見られたものだな」


 だが、アレックスがそれを許すはずもなかった。


「【カルドブラン】!」


 言葉と同時、アレックスの手元に、ひとりの大剣たいけんが現れた。


 神々こうごうしくきらめく、白銀はくぎんやいば


 ごう装飾そうしょくほどされた、金色のつば


 身のたけほどもある大きさのそれを、アレックスは両手で持ってかまえ、


「《ファースト・ステップ》」


 その姿が、ぶれた。


「【セントニムル】!」


 それを見たエリスは、即座に叫ぶ。


 すると、エリスの手元がひらめき――キィンッ! と、甲高かんだかい金属音が響いた。


 見ると、エリスがアレックスの大剣をふせいでいた。


 その手には、銀色に輝く円錐えんすい形のやり――ランスを、持っていて……


「ほう、流石さすがだなエリス。よく俺の動きを見切ったものだ」


「あら、いまのはただの調しらべでしょう? それよりも、目の前の女性を無視するというのは、いささか失礼ではないかしら? ヴァルフレアさん」


「フッ。普段であれば、無視などしないさ」


「そう……それは、残念ですわね!」


 大剣を押し返すように、ランスをよこぎに振るうエリス。


 アレックスはその勢いを利用して後ろにび、距離をとる。


 エリスは追撃ついげきしようと、ランスを構え、


「《シャイニング・ウェーブ》!」


 再び光の津波がおそいかかる。


「《ブライト・テンペスト》!」


 エリスが唱えた。


 すると、エリスの周囲……いや、広間の三分の一をくすほどに巨大な、まばゆく輝く光の嵐が巻き起こった。


 それは、光の津波とぶつかり合い……




 ッゴォォォォ――――ン…………!!!!




 竜巻と、津波。


 そのすさまじい魔力まりょくほんりゅう同士は、とてつもない衝撃音を響かせながら、互いに互いを、打ち消した。


 しかし、


「《シャイニー・スフィア》!」


 アレックスはそれを、想定そうていしていた。


 すでに新たな魔法の準備を終えていた。


 アレックスの周囲には、直径十五センチほどの光の球が、いくつも現れていて、


「行け」


 アレックスはそれを、自身のななめ後方めがけて飛ばす。


 そこには、


「しまった!?」


 必死ひっしに駆ける、仲間たちがいて……


 エリスはとっさにランスを投げた。


 それは高速で彼等に降り注ぐ光の雨をつらぬく。


 だが、さすがにすべては防げず、幾筋いくすじかの光の雨が降り注ぎ、


「きゃあああああ!!」


「うわあああああ!!」


 だが、


「…………って、あれ?」


 アレックスは足止めに専念せんねんするつもりなのか、その雨は彼等の前方に降り注いだだけで、誰一人として、直撃したものはいなかった。


「そこで大人しくしていれば、はさせん」


 アレックスはそう告げると、ゆっくりとエリスに振り向き、


「俺は一人たりとも、ここを通す気はないぞ?」


「あら残念。わたくしがおとりだと、バレていましたのね」


「当然だ」


 ニヤリと笑うアレックス。


 エリスは深く、大げさにため息を吐き、


「本当に残念ですわ。ヴァルフレア家のあと取りである貴方が、向かい合った女性を無視する、とても酷い方だったなんて」


「その戯言たわごとは、挑発ちょうはつのつもりか?」


「そんなつもりはありませんわ。ただ、いまは決して、無視するべきではなかったというだけですから」


 そう言って、エリスは笑う。


 ニヤリと、てきに、エリスは笑う。


 アレックスは眉をひそめ、


「…………まさかッ!?」


 エリスのねらいに気づき、あわててその場から離れようと駆け出し、


「いまさら気づいても、おそいですわよ」


 エリスの言葉通り、気づくのが遅かった。



「《われもとむ、しきもの隔絶かくぜつを*ルミナス・シール》!!」



 その言葉が洞窟どうくつ内に響いた――たん、アレックスの周囲の地面から、淡い黄色の光が立ちのぼる。


「くそッ……!」


 アレックスはとっさに飛び越えようとするも、光はあっという間にドーム状に伸び上がり、


「……間に合わんか」


 またたく間に、光のおりに閉じ込められた。


 それでもどうにかしようと、大剣を振るい、


「…………これは、やられたな」


 剣は容易くはじかれ、その結界けっかいには傷一つつけられない。


 簡単にはこの檻からけ出せないであろうことを理解し、アレックスは諦めたように、ため息を吐いた。


 エリスが自慢げに言う。


「ですから、そう言ったでしょう?」


「ああ。あいつを無視したこともそうだが、もう少し早く、アレを使うべきだった」


「残念ながら、貴方がアレを使っていたとしても、結果は変わりませんでしたわよ」


「ほう、なぜそう言いきれる?」


「彼女はわたくしの援護者サポーター部隊の副隊長。そのサポートの実力は、学内でもに入りますわ。だからたとえ貴方がアレを使っていたとしても、彼女の魔法は決して防げない」


「ふん、随分と信頼しているんだな。お前はこうなることをわかっていたのか?」


「そんなのは当然――」


 エリスは自信満々に胸を張り、


「急いでくださいエリスさん! おそらく、五分ほどしか閉じ込めておけません!」


 クレープの声に、我に返った。


「……わかりました。皆さん、ここはクレープさんに任せて、一気に追いつきますわよ!」


 そう言って、エリスを先頭に、彼等は通路へと消えていき……


「……まったく、時間かせぎも見抜かれるとはな。俺の完敗といったところか?」


 なんて、肩をすくめるアレックス。


 クレープは呆れたように笑った。


「なにを言ってるんです? いままで、私たち全員を足止めしておいて」


「フッ、それはただの結果論だ。……やはり、俺のもとに来る気はないのか?」


「せっかくのおさそいですけど、友達は裏切れませんから」


「そうか、それは残念だ」


 アレックスは微笑びしょうを浮かべ、ゆっくりと、地面に腰を下ろして……


(…………さて、ここからだな)


 そのひとみには、静かな覚悟を、たたえていた。

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