桜散る頃に

精華忍

私の独白

 もし、一連の顛末を物語にしてまとめようとするなら、主人公を二人用意しなければならないだろう。そもそも、〝彼〟と〝彼女〟が出会っていなければ、私も、あの子も、あの人も――何も変わらないまま、運命という大河に飲まれ、日常という砂漠に埋もれていた。どちらか一人が欠けていればこの物語は始まりすらしていなかっただろうし、成立していなかっただろう。それだけは自信を持って断言できる。それでも、どちらか片方を恣意的に、無理やり、選べというならば、それはきっと〝彼女〟だろう。〝彼〟ではない。もちろんこの私でも。

 今だから言える。この物語は救いようのないバッドエンドだ。でも、私はトゥルーエンドでもあると思っている。どんなに〝彼〟と〝彼女〟が不幸にさらされようとも、私たちが顔を背けたくなるような惨劇が起ころうとも、物語の終幕は今の形しかありえない。誰かが――たとえば私が、まだ無垢だったあの頃にタイムリープなりで戻ったとしたら、違う結末を迎えることは容易だ。〝彼〟と〝彼女〟を会わせなければいい。その瞬間に私は立ち会わせてはいなかったが、それが可能な立場に、私はいた。でも、それはあの二年間を否定することになる。必死に、誰もが最善を尽くそうとしたあの日々を、私は無駄だったと思いたくない。誰も、最悪の結末なんて望んでいなかった。ただ、私たちは未熟だった。生を受けて十余年の子どもには、あまりに重い選択だった。

 私たちは別に、特別な人間というわけではない。そこらにいるただの人間で、当時もただの学生だった。私たちのようなグループを日本で探したら、ものの一日で複数見つけることも可能だろう。言ってしまえば、私たち全員の人生に大きな影響を与えたこの物語の結末も、日常と何ら変わらない、ありふれたものかもしれない。当事者……いや、登場人物たる私にとって悲惨な結末だったとしても、関係のないその他大勢にとっては地方紙の三面記事程度のインパクトしかなかったかもしれない。

 何がいけなかったのだろう? あれから数年経った今でも、最善策を模索している。大人になった今なら、スキルアップした今なら、もっといい方法をとれただろうか。いや、きっとできない。インシデントが分かっていなければどうしようもなかった。それが分かっているからこそ、いつまでもこの呪縛から逃れられない。

『まったく……仕方ないやつだなあ、キミは』

 あの日の〝彼女〟の言葉がよみがえる。

 きびしい残暑が終わった初秋の夕方。空は晴れていたのに、大粒の雨が降っていた。夕日に照らされて茜色に染まった雨粒を額に受けた〝彼女〟は、穏やかな顔を私に向けて微笑んだ。

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桜散る頃に 精華忍 @oshino_shinobu

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