第1章 水無月学園と俺 008

「どこにいってたの? ただでさえ私がいったこと有耶無耶にしつづけてるのに」

「そこについては、弁解も何もない!」

 俺はとにかく開き直って見ることしたできなくなっていた。

 だって、だいたい俺の魔法とか馬鹿にされる筆頭の地味系だし!

「兄ちゃん、大人しくお縄についたほうがいいぜ」

「お兄ちゃん、お縄についたほうがいいらしいよ」

 瑠璃ちゃんめっちゃ他人事じゃねえか。せめて、兄事ぐらいまでは興味を持ってくれよ!

 しかし、この状況どうするべきか、改めて考えてみようじゃないか。

 レイハートが起こっている理由は、単純明快だ。先日魔法を明かすと言っていたのを有耶無耶にし続けているからである。ならば、それを教えてやれば場が収まるかといえば、ここまで溜まってしまった鬱憤を解消するには足りないだろう。

 よし、ならばこういう時は、キスをすればいいんじゃないか。

 いや、駄目だ。それこそ火に油を注ぐどころが俺が火だるまになる可能性がでてきてしまう。

 だいたいさ、俺は悪くない気がするんだよ。休日に出かけるとかさ、そもそも男女比率が親族混じりでも3体1じゃ居場所がないと感じちゃうのはしかたのないことだと思うんだよ。

 そうだ、俺は悪くないんだ。

「ところで、リリアさんは何故兄ちゃんにそんな怒ってるんだ?」

 春陽ちゃんそれも知らずにそっちついちゃったのかよ。女と兄どっちが優先度高いんだよ。

 瑠璃ちゃんは等々この場からいなくなっちゃってるし!

「あなたのお兄さんの魔法を知りたいのよ。それで、教えるって言ってたのに機能は有耶無耶にされて、しかも今日は家からずっとでていってるじゃない?」

「それは兄ちゃんがいけねえぜ! でも兄ちゃんの魔法何回かリリアさん見てるはずだと思いますけど」

「他の人にもそう言われたし、本人もそういってたね。だけど、さっぱりなの!」

「ならば、この場で見せてやる!」

「ちょっ、春陽ちゃん!?」

 その解決法かいかがなものかと、突っ込むまもなく跳び蹴りをかまされた。

 躊躇も、手加減もなしの跳び蹴りである。

 当然、その程度の蹴りならば常人がしていたのであれば人間の体はひどくて骨折だろう。

 ただ、春陽ちゃんの跳び蹴りの場合は、軽くて骨折なのだ。そして今回に至っては、蹴りどころが悪く、内側から骨が出てこようとして腹から血がでてしまう。

「おまえ……いきなりはやめろって……」

「ちょ、ちょっと!? お兄さんとはいえ手加減しないと、ていうかどんな威力!?」

「ほらほら、リリアさんよく見てよく見て。ちょっとグロいかもしれないけどよく見て」

 そんな凝視しないでくれ、恥ずかしいから。

 俺の腹はどんな過程でかは知らないがしっかりと治るわけだ。

「……これが?」

「そう、これが兄ちゃんの魔法!」

「……春陽ちゃん、よくもやったな!」

「わー! 兄ちゃんが怒った!!」

「待てえ!!」

 いくら俺でもそろそろ一度は怒るぞ!

 それどころか人様の前でZ指定ギリギリか入ってしまうかもしれない、状態になりかねない蹴り入れやがって。俺だから17歳制限レベルで抑え切れたものをお前は!

「今日の夜は覚悟しておけよ!」

「に、兄ちゃんまさか……瑠璃ちゃん助けて!」

「私は寝たいからリビングでやってね」

 ものすごい笑顔で突き放した瑠璃ちゃんだった。

「いやあぁあああ!!」

「ふっふっふ……はっはっはっは!!」

「……どういうこと?」

 俺がレイハートの顔で一番見た回数が多いのは困惑顔だと思った。


 そして、夜になり俺はリビングで春陽ちゃんとふたりきりになった。

「かなり久しぶりだな。母さんがいないなら、お前を守るものはいないんだぜ。春陽ちゃん」

「ちょ、ちょっとまとう、兄ちゃん。落ち着こう。力比べでアタシに勝てると思っているのか?」

「逆に聞くけど、春陽ちゃん。俺が親切丁寧に力比べを挑むと思っているのか?」

 すでに、春陽ちゃんとのアドバンテージは身体能力でできてしまっている。だが、俺はギリギリの回避のみに特化すれば春陽ちゃんを超えている自信があるのだ。つまり、交わしてカウンター一撃で決められる競技なら勝てる自信がある。

「ルールは簡単だ。俺から2分間逃げきれたなら俺はこの矛を収めよう」

「それなら、アタシが勝ったら、言うこと一つ聞いてもらうからな!」

「いいぜ! 俺に勝てたらな!」

 力比べじゃなければ、俺は妹に負けないんだけどな!

「その他にルールはあるか?」

「ない!」

「ぬかったな、兄ちゃん。それじゃあアタシが攻撃できちゃうぜ」

「男に二言はない! スタートの合図はレイハートが風呂に入る音だ!」

 この時間なら、確実にあいつは風呂にはいる。そして風呂の扉を開け閉めする音はこのリビングならば耳を澄ませば聞こえてくる!

 そして数分、ガチャッという音とともに俺と春陽ちゃんは、家を壊さない程度の勢いでの戦闘を開始した。

「先手必勝!!」

「やっぱりな。見え見えだぜ!」

 春陽ちゃんの急所を狙った一撃を俺はかわす――そして、

「んっ!?」

「どうかしたか、春陽ちゃん」

 俺はニヤニヤしながらそう言ってやる。

「どうかしたも何も、兄ちゃんちゃんとやれよ!」

「俺はちゃんとやってるぜ。しっかりと捕まえるには体力を削ってからじゃないとな!」

「胸つかむのは関係ないだろ!」

 感情のままの攻撃に変わる。春陽ちゃんの弱点は、少し集中が切れると感情がむき出しになってしまう純粋さだ!

 そんなピュアなの萌える要素でしかないだろ!

「んんっ!」

 ていうか、やばい。春陽ちゃんの色っぽい喘ぎ超えに近い声を聞いているとドキドキしてくるな。

 戦闘開始してから1分45秒で、俺は春陽ちゃんを捕まえて、勝利が確定する。

「に、兄ちゃん……はぁ……んぅ……」

「は、春陽ちゃん」

 しかし、捕まえ方が悪かった。ソファの上に完全に俺が押し倒した状態になってしまっている。

 そして先程までに受けた精神ダメージのせいで、俺の精神も揺らいでいる。

 というか――ドキドキする!

 春陽ちゃんってこんなに可愛かったっけ。

 いや、もちろん俺の妹ふたりはそれなりに可愛い部類だとは思うんだけど、春陽ちゃんはレイハート的な美しい系でも、稲光的なロリかわいい系でもなく。

 むしろ、兄の俺ですらかっこいいと思うような場面もある系の女子だったはずだ。

 いや、しかし目の前にいる、若干動いた後のせいで顔が赤みを帯びている春陽ちゃんは、俺の今まで見た女子のなかでもかなり可愛い部類なんじゃないか。

 ていうか、むしろ1位に近いんじゃないだろうか。

 俺の心臓の鼓動が絶好調なりー!

 ……だめだ、落ち着かない。

 ていう、もう認めちゃっていいんじゃないか。

 俺の妹は世界一可愛いってことを認めていいんじゃないか。

 世界中の女子を集めた大会で1位はとれなくても、妹を集めた大会でなら1位をとれるんじゃないか。

 少なくとも、口に出して連呼するほど可愛いという気持ちがあるわけじゃないが、今こうやってでてきてしまったものはすでに抑えることはできそうになかった。

 俺の思考には霧がかかって、駄作の映画を名作だと今なら言えるくらいに混濁していた。思ったよりも精神的には俺も弱いらしい。

 俺の腕はソファを壁とするなら壁ドンみたいな状況になってるわけで、片手は手持ち無沙汰になっているわけ何だけど、どうすればいい。

「に、にいひゃん……」

 春陽ちゃんが、何故か久しぶりにすら感じる声を出した。

 その声もまた色気を発していて、気づけば体を寄せてしまっている俺がいる。

 断じて、変態ではない俺だが、この時ばかりは変態と言われても仕方がないと思う状態だった。

 そして、春陽ちゃんを見る。

 春陽ちゃんを見つめる。

 その表情は簡易表現するならば、うっとりしているようで、もう少し踏み込めばとろけたような表情をしている。

「にいひゃん」

 疲れなのか、それとも別の要因なのか舌っ足らずの発音でそう言う春陽ちゃん。

 焦点が若干あっているかも怪しいが、確実に俺を見ている。

「きて」

 きて?

 なにが?

 来て?

 どこに?

 おそらく、普段の俺ならばそんな突っ込みを超えに出していただろう。

 だが、俺はとにかく混濁した思考のまま、とにかく優しく残っている手をその胸に近づけて――

「何してんの?」

 イレギュラー。

 不意打ち。

 野暮。

 予定外。

 いや、救済者の声がリビングの扉が開く音とおもになった。

 そして扉近くの時計を見ると、数十分間これを俺たちは続けていたようだ。

「なんで、実の兄の如月伊織くんが妹である春陽ちゃんを押し倒して、慈愛顔をしながら胸を触ろうとしているの? そして、春陽ちゃんもなんで、それを顔を赤くしながら受け入れているの?」

 話だけ聞いていると、どこかの有名作品の行動を無意識的に行ってしまっているじゃないかとか、自分で突っ込みを入れたくなってくるが、そんな場合ではない。

「な、何故、俺は妹さもありなんな顔で押し倒しているんだ!?」

「な、なんで私は兄ちゃんに押し倒されながら抵抗もしてないんだ! 熱でもでちゃってたのかな!」

 さて、この完璧でわざとらしすぎるシンクロ演技。評価はどうだ、レイハート。

「ふうん……まあ、他人の家族仲に口出しするつもりはないけど、そういう関係だったんだ~」

 どうやら、失敗。むしろいじり倒そうとしている目だ。

「そ……そんなわけ無いだろ。レイハート。そもそも、そんなんだったら俺はどんな状況であろうと女子にプロポーズするわけがないじゃないか」

「そ……そんなわけないじゃん。そもそも、アタシは恋愛とかはあんまり興味ないし、兄ちゃんなんて全然タイプじゃないからな!」

 春陽ちゃん、そのセリフは若干ツンデレマジックが混じっている。選択肢的にはノーマルコミュニケーションになってしまうやつだ。

「まあ、ごゆっくり。私は寝るね。おやすみ」

 そう言って、レイハートは外へと出て行ってしまった。

「に、兄ちゃん……」

「な、なんだ。春陽ちゃん」

「勝負……」

「あっ……」

 そういえば、流れであんなことになってしまったが、俺の勝ちだったな。

「兄ちゃんが勝った時の条件聞いてなかったけど……ど、どうする?」

「そ、そうだな……全然、考えてなかったわ」

「じゃ、じゃあさ……風呂でも久しぶりに一緒に入る? 背中流してやるよ」

「お……おう」

 元々兄妹にしては仲が良いほうだと思っていた、俺と春陽ちゃん。

 だが、この日を境にほんの少し、ほんの少しだけ更に仲良くなったのだった。

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