第1章 水無月学園と俺 007

 まあ約束を有耶無耶にしながら、今日は休みだ。

 ただ、妹以外が家にいる休日というのも初めてで落ち着かないから外に出てきてしまった。

 別段やることもなく自転車に乗って出てきてしまったのは、失敗だったな。

 ちなみに自転車の種類は、タイヤが細いタイプのマウンテンバイクだ。

 太いのでもいいけど、舗装された道路が多いこの辺ならこっちのほうが、走りやすいんだよな。

 そしてたどり着いたのは、ショッピングモールだった。

 いや、外にでてるからこういうのはアウトレットって言うんだったっけ。駄目だな。

 俺の知識不足を高校入ってすぐの休みで痛感してしまったじゃないか。

「あれ、そういえばここらへんってショッピングモールとアウトレットどっちもあるのか……なんという無駄な土地の使い方を」

 でも、潰れないってことは需要と供給は成り立ってるのか。

「おや?」

「ん?」

 ベンチに座ってうなだれていた俺を、多分見て声を出した奴がいると思う風に聞こえる。

 顔をあげたら――数少ない友人の一人が居た。

「七々原か。こんなところで奇遇だな」

「如月さんこそ、男一人で何をしているのだ。このアウトレットはどちらかと言えば服屋とかが多くて、如月さんのイメージはあっちの方にあるショッピングモールだったぞ」

「ここそんな店ばっかだったのか。どうりで妙に女子の集団とカップルばかりで男集団が居ないわけだ」

「メンズは奥だからそのせいもあるとは思うがな」

 やばい、そう考えるとすごいここでうなだれてたのが恥ずかしくなってきた。

「それで、如月さんは買い物……には見えないが、何をしていたのだ?」

「あえていうなら家にいたくなかっただけだ。ちょっと、寮ということで新居人がきたんだが。まだ少し気まずくてな」

「そうなのか」

「そうなんだ……ああ、そういえばお前一人暮らしになってから掃除ちゃんとしてるか?」

「うっ」

 こいつあからさまに、図星的な声出しやがったな。

 中学時代――つまりは実家時代はこいつの部屋に何度か掃除にいったもんだ。

 女子力が欠如しているというほどじゃないが、片付けについてはマジで壊滅的だからなこいつ。

「まあ、さすがに女子寮じゃ。俺もいけないからちゃんとやれよな」

「いや、うちは全然平気だぞ。むしろ彼氏連れ込んでる先輩もいるしな」

「なんだと!?」

 本当にそれは女子寮として、防犯その他は大丈夫なのか。

「まあ、そういう輩をかためた隔離寮ともいわれているそうだが」

「お前はその隔離寮にいれられたことを、今一度考えなおしてみるべきだ」

「ふん、私としては名誉だ!」

「こいつ、開き直ってやがる!」

「なんならくるか? さすがに、今の部屋に入れるのは無理だが」

 落ち着け、俺。

 考えろ、俺。

「よし、行こう」

 即決したぞ、俺。

 まあどうせ暇だし、そんな無法地帯ならいってもいいよな。友達に誘われたわけだし、俺が全面的に悪いなんてことにはならない。

「よし、ならばいこう!」

「あれ? 買い物とかしにきたんじゃないのか?」

「いや、ジョギング途中でウィンドウショッピングでもしようと思って、立ち寄っただけだ。如月さんと天秤にかければ答えは明白だ」

 忠誠心がものすごく重いよ。

 そんなこともあり、アウトレットモールの最寄りにある水無月学園女子寮にたどり着いた。

 ただ、この前の電話でも言ってたとおり隣にも寮があるんだよな。

「そっちも女子寮なんだよな?」

「その通りだ」

「隔離棟の隣とはまた難儀だな」

「それは少し失礼ではないか。まあ、否定はしないが」

 でも、休みだというのに出入りは少ないな。そろそろ昼時だし出かける奴がいてもいいと思うんだけどな。

「どうせ、俺やることねえし部屋の片付けしてやろうか?」

「い、いや……如月さん相手に断りたくはないが、変な噂がたってもよくはないだろう」

 すごい、冷や汗だぞお前。

 大体今更噂ったって、そんなものお前には関係ないだろ。

「あ、神楽ちゃんが帰ってきた……男と!?」

「なに! 噂のご主人様か」

「いや、あんな事言って彼氏とかそういうのじゃないの」

「でも、神楽ちゃんやで?」

「「「あぁ…………」」」

 お前、この短期間で何やらかしたんだ!

「…………」

「いや、お前まで顔隠してうつむいてるんじゃねえよ」

「如月さん……ここはどうか穏便に」

「お、おう。今日はやめておくか」

 寮の中に七々原が入って行くと、待っていたと言わんばかりに捕まって運ばれていった。

 それを見終わった後、俺はショッピングモールでも行こうかと思ったんだが、隣の寮からでてきたロリに近い見た目の知り合いを見つけたので、こそこそと近づいてみる。

「むむ……どっちにいけばいいんだこれは」

 さて、どうやって声をかけるべきか。普通に声をかけるのでは面白くないんだよな。

 それにしても、やっぱり可愛いよな。

 レイハートはたしかに可愛いが美人混ざりだ。だけど、こいつは純粋に可愛さの塊に近いんじゃないだろうか。

 つまり、こういう場合は、至って元気にいやらしさなく、そしてフレンドリーにいくのが正解だ。

 俺は足音を立てずに後ろから駆け寄り、彼女の体を目一杯抱きしめた。

「稲光! 休みに奇遇だな!!」

「きゃーっ!?」

 ほほう、こんな声もお前は出すことができるのか。脳内ボイスメモに保存しておいてやるぜ。

 という感じに突然後ろから抱きつかれて、悲鳴を上げるロリ少女、稲光音夢。

「いやあ、暇だし、七々原もよんだのに置いてっちゃって寂しかったからさ! でもそしたらお前がいるじゃんか! もうそしたら人恋しさに抱きしめるしかないだろ!」

「いやーっ!? きゃーっ!?」

「こらっ、暴れるな。頬にキスがしにくいだろ!」

「ひいいやああああああ!!」

 稲光は最大の悲鳴を上げて、放電した。

 そして数十秒後。

「如月くん……何? 今のは」

「いや、なんていうかこう。衝動にかられてな」

 放電を食らって若干服が焦げたが、傷はすぐ治る程度に抑えられてた。

「寮に誰もいなくて助かったわね……寮に人がいたら通報間違いなしだったから」

 ていうか俺の周りで瑠璃ちゃん以外で、女子言葉を久しぶりに聞いた気がする。

 まて、瑠璃ちゃんも若干違うな。となると、珍しいかもしれない。

「しかも、どさくさに紛れて若干胸も触られたし……ていうか揉んだでしょ」

「着痩せするタイプなんだな」

「うるさい!」

 稲光の魅力に気づけただけでも、今日は収穫がありまくりだな。

「だいたい頬にキスができないってなによ!」

「いや、そのままの意味だけど」

「たしかに、私は背伸びしてもそうそう人の顔にキスできる身長はしてないけど。あんただって、低いでしょ!」

「いや、低くはないよ! 低くは……うん、ないよ!」

「男性平均よりは低いでしょうが……どちらにせよ女の子の胸揉むって、普通通報ものだからね。付き合ってでもない限り」

 付き合ってれば良いタイプなのか。

「何してたんだ? ここの寮生か遊びに来てたとか?」

「ここに住んでるのよ……って、ああ……もういいや。このままいくわね」

「何のことだ?」

「口調とかよ」

「ああ、俺はそっちの方がいいと思うけどな」

「そう? なんか、この口調で話してると生意気って言われることも多かったから変えてたんだけど」

「……お前も苦労してるんだな」

 身長低いだけで、下に見られてそういういちゃもんつけれくる奴らいるよな。

「それで、今日のことこのままで済むと思ってないわよね?」

「…………まて、土下座ぐらいならするが。去勢とかは勘弁だからな」

「わたしをなんだと思ってるのよ!? 買い物付き合いなさい」

「買い物?」

「中等部から通ってたけど、寮に入ったのは今年で入り用のものが多いの。荷物持ちとしてあなたの休みを献上しなさい」

「まあ、別にいいけど」

 中等部の頃から入ってたってことは、俺と瑠璃ちゃんと春陽ちゃんと同じ感じなのか。あいつらも中等部に春陽ちゃんは2年前から、瑠璃ちゃんは1年前から入ってたけど、寮に入ったのは俺と一緒の今年だし――まあ少し早めに入ったから、周りから見れば馴染んでるんだろうけど。

 俺の休日の午後はこうして稲光と過ごすことになった。

 目的地はショッピングモールだったらしく、地図を見てるのに道に四苦八苦しながら辿り着いた。

 教えてやれば良かった気がするが、何故か教えたらこいつのプライド的な何かを砕いてしまいそうだったから言わなかったけど、実際どっちが正解だったのか。

「それで、何を買いに来たんだよ」

「ドライヤーと、トースター」

 ドライヤーはわかるが、トースターってなんだトースターって。

 パン派なら必須なのかもしれないけど、わざわざ買いに来るほどなのか。

「となると家電量販店か。3階の西フロアだな」

「わかったわ。いくわよ」

「歩き始めた所悪いがそっちは東だ」

「…………」

 無言でこっち向いてむくれるなよ。

 エスカレーターにのって3階まで言って色々と確認するが、周りからは不審な目を向けられる。主に俺に。

 これはおそらくロリコンとか犯罪者的な誤解を受けているんじゃないか。

 みなさん、こいつはれっきとした高校生なんですよ。

「これとこっちどっちが性能いいのかしら?」

 そんなことはつゆ知らず、ドライヤーを選んでいる稲光。

 こんな感じの状況がトースターを含めて購入が確定するまでの1時間続いた。

「なによ、だらしないわね」

「体力は有り余ってるのに、精神的体力がなくなりそうなんだよ」

「……?」

 きょとんとされてしまったよ。

 可愛いは正義っていうのを、今まで俺は信じていなかった太刀だが……少しだけわからないでもないと思った。

 寮の前につくと、ここまででいいと言われてしまう。

 流石にお隣ほどセキュリティ甘くないよな。

 俺はレイハートへの気まずさなどさっぱり忘れ去って、自転車にのって家に帰ったわけだ。

「それで、どこに出かけてたのかな~」

 そして笑顔で待ち構えているレイハートに捕まることとなった。

 何故、こうなった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る