第2話ー約束と初恋の継続
神谷と再会してからいつもより長く感じる一週間が過ぎて、また日曜日になった。この一週間はなんだか神谷のことばかり考えていた気がする。
(神谷、ちゃんといるかな?)
心の中でそう呟く。先週と同じ時間にいると言っていたが、もしかしたら何かあって神谷はいないかもしれない。そう考えると少しだけ不安になった。
今日は先週と違って早く起きたがそれでも例の喫茶店に行くのは十時半くらいにする事にした。なんでかと言うとまたバイトが終わった神谷と話す時間が作れるかもしれないと思ったからだ。
歩いてすぐに喫茶店に到着した。前回来た時は全く見ていなかったが、この喫茶店の名前は《愛坂志鶴と手嶋留美の喫茶店 》と言うらしい。
随分と長い名前だな。読み方はあいさかしづるとてじまるみの喫茶店、でいいんだよな。二人で経営している喫茶店なのだろうか。でも名字が違うなら夫婦ではないんだよな。一体どういう意味なんだろうか。
そんなことを考えながら店に入るとすぐ目の前に神谷がいた。
「いらっしゃいま‥‥‥‥あっ、たっちゃん! 良かった、来てくれたんだ!」
「うん。おはよー神谷。ちゃんと来たよ」
「ありがと。‥‥‥‥私、もうバイトの時間終わるからまた一緒の席に座ってもいい?」
やった。狙い通り。これでまた自然な流れで神谷と話せる。
「もちろんいいよ。神谷と話すのは楽しいし」
「やった。‥‥‥‥注文はこないだと同じでコーヒーでいい? 今ならギリギリモーニングが間に合うけど」
「おっ、今日は間に合ったか。じゃあコーヒーだけでモーニングよろしく!」
「おっけー! ついでに私もモーニングセット食べよっと。実は朝ご飯ほとんど食べてなかったんだよね」
神谷が厨房の方へ行ったので俺も席に座る。
時間が時間だけにほかの客はほとんどおらず、すぐに神谷がコーヒーとモーニングセットのトーストとゆで卵を二組持ってきた。
「お待たせっ! はい、モーニングセット。あとたっちゃん確か甘いもの好きだったよね。小倉トースト用の餡子サービスです!」
「おお! ありがと、神谷」
餡子を貰えたことも嬉しかったが、それよりも神谷が俺が甘いものが好きということを覚えててくれたことの方が嬉しかった。確かそんな会話をしたのは中学一年くらいだった気がする。
「いえいえ。と言うか今日は私が全部奢ってあげよう。また来てくれたお礼に」
「えっ? いや、さすがにそれは悪いよ」
「いいのいいの。その代わり今日も私の話し相手になってね」
「ん‥‥‥‥じゃあお言葉に甘えて」
神谷に天使のような笑顔を向けられながら言われたことを断ることが出来るだろうか、いや断じて出来ない!
‥‥‥‥と言うことで情けないことに同級生の女の子に奢ってもらうことになってしまった。
「でもやっぱり悪いから次は俺が奢るね」
「本当に!? 私、前から行きたかった店があるんだけど、今度連れてってよ」
なんだか妙に返事が早かった気がする。もしかして神谷は最初からこれが狙いだったとか。
‥‥‥‥さすがにそれは考え過ぎか。
もし仮にそうだったとしても男として一度言ったことを曲げるわけにはいかないよな。
「おっけーいいよ。じゃあ今度そこに行こうか」
「やったー! ありがとたっちゃん!」
喜んでくれたならよかっ‥‥‥‥あれ?
(それってもしかしてデートじゃないの? )
いや、別にちょっと二人で出掛けるだけだし、今日奢ってもらうお礼をするだけだし。デートじゃないよな。浮かれちゃダメだぞ、俺。
‥‥‥‥でも高校生の男女二人が一緒に出掛けるってそれだけでもうデートなんじゃないだろうか?
「‥‥‥‥」
「おーい、たっちゃん? どうしたの、なんか怖い顔してるよ」
「神谷さ、俺と二人で遊びに行くのっていいの?」
「‥‥‥‥どういうこと?」
「俺と二人でいる所を友達とか‥‥‥‥その、彼氏とかに見られたら困るんじゃないかと」
‘’彼氏‘’、という部分だけは自然と声が小さくなった。
それを言った瞬間、神谷の表情が曇る。背後に鬼でもいるんじゃないかと思うくらいのオーラが見えた気がした。
「‥‥‥‥えーと何かな。龍樹くんは私に喧嘩を売ってるのかな? 彼氏がいない私に」
「いや、まさかそんなつもりは。ただ気になっただけで‥‥‥‥」
「‥‥‥‥はぁ。まったくたっちゃんは。‥‥‥‥私、こう見えても結構一途なんだよ」
神谷は小さくため息をついてすぐに表情をほころばせた。
それにしても、一途? 神谷は急に何言ってるんだろう? 今の話の流れで神谷が一途ってことは関係あるのか?
「私の小学生の頃からの初恋はまだ続いてるんだよ。だから今は彼氏なんていないよ」
「えっ! 初恋‥‥‥‥ってことはつまり?」
俺の疑問には神谷は微笑むだけだった。
初恋‥‥‥‥初恋ってことはそういうことだよなぁ。
実は俺は小学四年生の頃に神谷りのに告白されている。それも小学生にしてはかなりド直球に。告白の方法はラブレターで、文面はこうだった。
たっちゃんへ
ずっと前から好きでした
もしよければ付き合ってください
りのより
だが当時の俺はこの告白を断った。理由は簡単。その時はまだまだ子供だったのだ。手紙にあった付き合ってください、という言葉の意味がまったく分かっていなかった。だから俺はほとんど何も考えずに断ってしまったのだ。
「えーと‥‥‥‥神谷、それは」
「ああ、ごめんごめん。なんか変な空気にさせちゃったね。今の話は忘れて。そんなことより食べよ食べよ。ここのトーストすごいおいしいから」
慌ててトーストを口に運ぶ神谷に習って俺もトーストを食べる。
「うん。確かにおいしいね」
「でしょ!」
喫茶店特有の厚切りトーストはバターがよく染み込んでいて、外はサクサク中はフワフワでとてもおいしかった。餡子を乗せ、小倉トーストにするとまた違った風味となり、それもまた絶品だった。
「たっちゃんさ、小学二年生の頃の担任の山岸先生って覚えてる?」
神谷がさっきまでの話題を無理矢理逸らすように別の話を始める。俺もあの話を続けたいとは思っていなかったからこっちにとっても都合のいいことだった。
「山岸先生ってあの給食の時にいつも塩おにぎり作ってくれて大人気だったあの山岸先生?」
「そう! その山岸先生にこの間偶然会ってさ‥‥‥‥」
その後はあんな会話をしてすぐだと言うのが嘘みたいにいつも通り神谷と話していた。相変わらず神谷は会話スキルが高いようだ。
話が一段落ついたので時計を見てみると、一時間程経過していた。やっぱり神谷と話していると時間が早く進んでいく気がする。
「‥‥‥‥じゃあ俺はそろそろ帰るよ。楽しかったよ、ありがとね」
「うん。またね」
「っと、大事なこと忘れてた。神谷、連絡先教えて。交換しとかないと今度遊びに行く時困るし」
「ああ、そうだね。ちゃんと一緒に遊びに行ってくれるんだね。そういえばさっきは話の途中で終わっちゃってたから、もしかして行ってくれないかと思ったよ。‥‥‥‥‥‥‥‥ありがと、たっちゃん!」
神谷の顔に笑顔が咲いた。高校生となって大人っぽくなった神谷だったが、その笑顔は欲しかったものを買ってもらえた少女のようなあどけなさの残る笑顔だった。
お互いの連絡先を交換し、挨拶を交わして喫茶店を出て家路につく。
その日の夜は神谷のことを考えていたせいで眠れなかった。
(神谷はまだ俺のことを‥‥‥‥俺は‥‥‥‥)
そんなことを考えているとスマホから着信音がした。神谷からの初のメールだった。
『差出人:神谷りの
title こんばんは!
たっちゃん。今日はありがとね。あと、変な事言っちゃってごめん。忘れて。
約束は忘れないでね! もう少しで夏休みだから夏休みになったら二人で遊びに行こうね! 二人で遊びに行くのってなんかデートみたいだね笑
楽しみにしてます!
Fromりの』
(神谷、デートみたいって‥‥‥‥)
自然と顔がにやけてしまっているのが分かった。さっきデートなのか違うのかを考えていたが、神谷がデートと言うならデートでいいだろう。そう考えるとなんだか無性に気分が高揚してきた。
高まった気分そのままに神谷にメールを返信するが、それでも一度上がったテンションは中々収まりそうになかった。
明日は月曜日で学校だというのに眠気は全くなかった。
「ああ、今夜は寝られそうにないな」
俺は一人呟いた。
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