その時気づく、この思い
睦月 古
第1話ー再会と再び手に入れた関係
「ニュースの時間です。昨日午後十時頃、徒歩で帰宅途中の女子高生(十七)がナイフを持った男に襲われるという事件が起こりました。女子高生は腕や足などの数カ所を切られましたが命に別状はありませんでした。犯人の男は身長約百七十cm程度‥‥‥‥」
「うわー、これうちの近くじゃん。‥‥‥‥やばっ、この場所よく通るところだ。 こわいねー」
何の気なしに一人つぶやく。今日は日曜日で高校は休み。 両親は二人して朝から中学の同窓会に行っているため家には俺一人だ。
いつもと比べたら遅すぎる朝を迎えてなんとなく点けたテレビに映るニュースを観ていたら、近所で通り魔事件と聞いて少し驚いた。 しかしどうせ自分には関係ないだろうと決めつけ、これから何をしようかと思案する。
「どうせ一人なんだし朝ご飯食べに喫茶店でも行こうかな」
よし。そうと決めれば早速行動。最近家の近所に出来た喫茶店が少し気になっていたのでそこに行くことにした。
家から歩いて五分程度でその喫茶店に到着した。
カランコロン、という入口のベルの音と共に入店して近くの席に座る。
するとすぐに水とおしぼりを店員が持ってきた。
「いらっしゃいませー」
という女性店員の声を聞いて俺は驚いた。慌てて店員の方を確認してみると、そっちも驚いた表情をしていた。
「‥‥‥‥あれっ、神谷?」
「あっ、たっちゃん!」
彼女は俺と小学校、中学校と同じ学校に通っていた神谷りのだ。
中学まではそれなりに仲が良かったのだが、別々の高校に進学して約一年半、お互いに連絡先を知らないこともあって一度も会っていなかった。
「久しぶりだね。元気だった?」
「うんっ!元気だよ。そっちも元気そうだね。‥‥‥‥何かちょっと雰囲気変わった? 」
「ん、そう? 神谷の方こそ 変わったんじゃない?」
改めて神谷を見てみると中学時代とはかなり違っていた。当時から同級生の中でもかなりレベルの高い方ではあったが、高校生になってさらに磨きがかかったようだった。
‥‥‥‥要するに驚くほど可愛くなっていたのだ。短めだった綺麗な黒髪は肩までかかる程度まで伸びていてとても神谷に似合っているし、元から整っていた顔は薄めの化粧が組み合わさって色っぽさすら感じられるほどである。
「そんなに変わったかな? 参考までにどんな風に変わったか教えてよ」
「えーと‥‥‥‥なんと言うか‥‥‥‥そのー」
「なんで言い淀んでるのさー。ちゃんと教えてよー」
「‥‥‥‥ちょっ、神谷腕掴まないでよ。‥‥‥‥分かった、ちゃんと言うから。腕離してよ」
神谷が甘えるような声を出しながら腕を掴んできたので俺は堪らず了承してしまった。
さてどうしよう。もういっそ正直に言ってしまおうか。
「‥‥‥‥はい、腕離したよ。さあ、どこが変わったのか教えてよ!」
「えーと‥‥‥‥ちょっと見ない間に綺麗になったね。その髪の長さとかも似合ってるし。なんと言うか女子と言うより女性って言った方が良いみたいな」
結局正直に言ってしまった。
「っっ! ちょっ、何言ってるのよ! 冗談はやめてよ!」
「えっ、別に冗談を言ったつもりは無いけど‥‥‥‥」
俺の言葉を聞くとみるみるうちに神谷の顔がトマトのように赤く染まっていく。さらに頬を膨らますものだからますますトマトみたいだ。
そんなに恥ずかしがらなくても良いのに。ちょっと綺麗になっただとか、髪型が似合ってるとか言っただけじゃないか。
確かに俺は普段はこんな事は言わないけど。
「‥‥‥‥」
(恥ずかしい! 凄い恥ずかしい! 俺はなんでこんな馬鹿正直に言っちゃったんだ!)
自分の失敗に気づいた途端に全身が熱くなっていくのを感じた。額には冷や汗が浮かび、自分の顔が真っ赤になっていくのが分かった。
「ご、ごめん! 今のはちょっと違くて‥‥‥‥いや違わないけど‥‥‥‥あの‥‥‥‥えーと‥‥‥‥」
「自分で言っといて赤くならないでよ! こっちの方が恥ずかしいんだから!」
二人して顔を真っ赤にしてうつむいていると、他の席から店員である神谷に声が掛かった。
「すいませーん。注文お願いします」
「あ、はーい。少々お待ちください。‥‥‥‥じゃあ私もう行くから、たっちゃんも注文決まったら呼んでね」
そう言い残すと神谷は他の客の所に行ってしまった。
「‥‥‥‥そういえば俺も朝ごはんを食べに来たんだった」
神谷と話すのに夢中になって危うく忘れてしまうところだった。
さて、何を食べようか。メニューを見てみるとなかなかの種類で選びがいがありそうだ。
かれこれ三分ほど悩んで頼む物を決めたので店員の神谷を呼ぶ。
「すいませーん」
「はーい。今行くー。‥‥‥‥間違えた! 今行きまーす」
言い直した。可愛い。
「お客様、ご注文はお決まり‥‥‥‥ねえ、私、別にたっちゃんになら敬語使わなくても良い気がする」
「俺は全然良いよ。‥‥‥‥で注文はコーヒーと卵サンドで」
「りょーかい。すぐに持ってくるね!」
神谷は言うなりそそくさと店の奥へと行ってしまった。
五分もしないで卵サンドとコーヒーを何故か二つ持って神谷がやって来た。何だか妙に笑顔だった。
「はい、コーヒーお待たせ! ねえ、たっちゃん。私もバイトの時間終わったからここに座っても良い?」
「ああ、良いよ。もう終わりなんだ。早いね」
俺が許可すると神谷はすぐに正面の席に座った。
「うん。まぁ、モーニングの時間帯だけだからね」
「あっ!モーニング、忘れてた」
「大丈夫大丈夫。もう十一時過ぎているからモーニングサービスはやってませーん」
「えっ? もうそんな時間か」
モーニングサービスとは愛知県を中心に行われている喫茶店のサービスのことで、ドリンクを頼むとトーストやゆで卵などが無料で付いてくる、というものである。だがモーニングサービスというだけあって、ほとんどの喫茶店は午前十一時までしかやっていない。
「もう、たっちゃんもう少し早く来てくれればモーニング出せたのに‥‥‥‥次はちゃんともっと早く来てね」
「うん。そうするよ」
その後は神谷と昔話に花を咲かせていた。小学生の頃の話や中学生の頃の話を神谷としたのは、正直凄く楽しかった。話すのが楽しくて、卵サンドの味をあまり覚えていないほどだ。
昔からそうなのだが神谷はとても話上手だと思う。こっちから大した話題を出したつもりもないのに気付いたら会話が弾んでしまっている。話しててとても心地よくて、あっという間に時間が過ぎてしまう。
「‥‥‥‥あれっ! もうこんな時間! たっちゃん聞き上手だからついいっぱい話しちゃった」
「いや、俺が聞き上手なんじゃなくて、神谷が話上手なんだよ。‥‥‥‥じゃあ俺そろそろ帰るね」
「ごめんね、ずっと引き止めちゃって。でも久しぶりにたっちゃんと話せて楽しかったよ」
「こっちこそ神谷と話すのは楽しかったよ。‥‥‥‥それじゃあ、またね」
神谷に手を振ってレジへ行き会計を済ませる。もしかしたらもう神谷と会うことはないかもしれない。そう気付くとなんだか少し寂しい気持ちになった。
そんな時、後ろから声が聞こえた。
「たっちゃん! ‥‥‥‥えっと、私は毎週この時間にここでバイトしてるから‥‥‥‥」
「‥‥‥‥?」
何かを言いたげな神谷を見て俺は首をかしげる。一体何が言いたいのだろう?
「‥‥‥‥また来てね!」
神谷は顔を真っ赤にしながらそう言って店の奥へと消えて行った。
「‥‥‥‥」
俺は何秒かその場から動けなかった。なんとか体を動かし店の外に出たが、先程の神谷の事が頭から離れなかった。
‥‥‥‥可愛すぎか! あんなふうに言われたら行かないわけないじゃん
俺は来週もここに来ることを固く決心した。
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