第3話

 謎の骨こと、ヴィルマー・ローエンシュタインは先日拾った赤子の世話に非常に手を焼いていた。


「一体全体何なのだあの赤子は。

 赤子が身体強化の魔術を使うなぞ、前代未聞ではないか!

 少なくとも私は聞いたことがない!!」


 初めは散歩だけのつもりでいたが、思わぬ拾い物をしたがために、予定を変えて町へと乳児用のミルクや、その他育児に入り用な物を買いに来たところまでは良かったのだ。

 以前面倒臭がっていた擬態に割く労力も、自らの道楽とあっては苦にならず、すんなりと町へ入り、宿を取り、例の赤子を預けて買い出しに出た。


 生まれて間もない赤子を放置して出かけるとは何事だという意見もあるかもしれないが、実はこの男、育児に関する知識などまるで持っていないのだ。

 ここの所面白いこともなく、ひどく退屈な日々を過ごしていた。だからなんとなく赤子を拾ってみた。それだけの話なのである。


 が、買い出しから戻ってからがまずかった。

 まず、宿に戻って早々、宿の女将に赤子をおいて出かけるとは何事かと怒鳴りつけられ、育児の何たるかや、生まれたばかりの赤子の死にやすさ等をこんこんと説教され、しまいには説教なんざ聞かなくてもいいからさっさと子供の様子を見に行けと尻をひっぱたかれた。

 ヴィルマーはあんたが引き止めたのではないかという文句が喉元まで出かかったが、何とか飲み込んだ。

 こういう状態の女性に何か文句をいうと、油に火を注ぐ結果になりかねないということを知っていたからである。

 そして、女将にひっぱたかれた尻をさすりながら部屋に戻り、赤子の様子を見ると顔色が非常に悪く、すわ何事かと調べてみれば魔力切れを起こしているではないか。

 何故赤子が魔力切れを起こすのかとか何があったとか色々と言いたいことはあったが、魔術師であるヴィルマーには、赤子が現在非常にまずい状態にあることが手に取るように分かったため、慌てて魔力回復薬を調合して飲ませた。

 手持ちの材料の関係で、効果はあるのだがとにかく苦く不味い、大人でも吐き出しかねないような薬しか作ることが出来なかったため、赤子が飲めるのか不安であったが、少しえづいただけで存外すんなりと飲んでくれた。

 赤子の様子が落ち着いたのでひとまず寝かしつけ、女将に色々と質問しに行くことにした。

 分からない時は経験者に訊くのが一番だというのがヴィルマーの持論だ。


「なるほどね。子育ては初めてかい」

「ええ、まあ。拾ってしまったものは仕方がないと育ててみることにはしたものの、どうにも勝手がわからなくって」

「じゃあみっちり叩き込んであげるよ。この女将に任せときな!」


 しかして女将は全くもって頼もしい女性であった。



 そんなこんなでヴィルマーは、オシメの変え方、赤ん坊の抱き方、ミルクは人肌に温める等、赤子を育てるのに必要かつ基本的なことを叩きこまれた。

 今ヴィルマーは魔法によって人の姿をとっているが、元の姿であった場合、女将にしごかれながら育児を学ぶ骨という大変シュールな光景が出来上がることになる。

 そんなことを半ば現実逃避気味に考えながらも、しっかりと知識を吸収し、モノにしていく。

 昔から飲み込みが早いと褒められることが多かったヴィルマーは、淡々と新しい知識を習得することが得意だった。


「これでひと通りは終わりさね。がんばりなよ」

「ええ、ありがとうございました。これでなんとかなりそうです」


 素の時とはだいぶ口調が違うのは、単にヴィルマーがPTO、つまり時と場所と場合をわきまえているというだけなのだ。

 女将が怖いとかいう理由では断じて無い。……はずだ。


「やはり怒り狂う女性はドラゴンより恐ろしいという言葉は至言だな」


 ……閑話休題。


 自らの部屋に戻ったヴィルマーは、早速学んだことを実践してみることにした。

 ……いや、せざるを得なかった。


 部屋に戻った途端、強烈な悪臭に襲われたのだ。

 原因なんてものは一つしか無い。


「よ、よりにもよって初めての実践がこれになろうとは……」


 赤ん坊のウンチというものは大人のものと臭いが違う。

 とは言え臭いことには臭いし、おまけにほぼ水分しか取っていないがためにベチャベチャなのである。

 ヴィルマーが拾った赤ん坊は、おおよそ生後二、三ヶ月ほどなので、ちょうどウンチが臭くなりだす頃でもある。


「ぐぬぬ、……眠っていて大人しいのがせめてもの救いか。今のうちに済ませてしまおう」


 初めは眠っていたので、今のうちだとオシメを外したところまでは良かったのだが、それに気がついたのか赤子が目を覚まし、火がついたかのように大泣きし始めた。


「いかん、咄嗟に魔術で黙らせそうになった」


 物騒なことを言いつつも、何とかオシメを替えてやると、次第に赤子も落ち着き始める。

 何とかなだめすかして泣き止んだ赤子を見て、なんとも言えない達成感を得る骨。やはりシュールだ。


 骨は、オシメを替えるために机の上に寝かせていた赤子を抱き上げると、赤子用のカゴへと戻す。

 赤子用のカゴとは言っても。オークに襲われた馬車の残骸の中からから適当にくすねてきた、綺麗で大きめ、かつ頑丈そうなカゴに何枚もの布を詰めただけの簡易ベッドだ。


 因みに、戻す際に赤子がジーっと見つめてきた為、なんとなく視線が逸らせなくなって見つめ返していたら再び大泣きされたのは余談である。

 慌ててなだめて寝かしつけた後、我に返って納得した。


「そりゃあこんな骨がガン見してきたら泣く。ヘタすれば大人でも泣くわ」


 微妙に落ち込むヴィルマーであった。

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