第2話

 ふと、沈んでいた意識が浮上する。


(……なんだかすごく眠い。

 体がうまく動かないな……。えっと、昨日は……アレ? 何してたっけ)


 目覚めの直前、限りなく無意識に近い領域の思考がつらつらと浮かんでは消え、しばらくそれが続いた後、だんだんと思考がはっきりとしてくる。


(あれ、昨日はサークルの皆と飲んで……そこから記憶が……)


 重い瞼を開け、周りを見回そうとするも体が思うように動かせない。


(!? 何コレ、視界もぼやけてるな)


 しばらく周りを見ようと集中していると、体の中で何かが動いた様な感覚がして目の周りが温まり、次第に視界がはっきりとし始める。

 そして、俺の目には現代日本では珍しいのだろうが、ひとまずは何の変哲もないであろう木の天井が映し出された。


(知らない天井だ……って、テンプレ反応してる場合じゃないな。

 確か昨日は、サークルの飲み会に行って、強引な先輩に無理やり飲まされたんだったよな。

 それでだんだん気持ち悪くなって、……なんか体がプルプル震えるようになってた気がするな。

 そこら辺からあんまり記憶が……、ってこれ急性アルコール中毒じゃあ……)


 そこまで考えたところで、ぼんやりと眺めていた自分の手が異様に小さいことに気がついた。

 ちいさく、プクプクとしており、白くてなめらかな肌は非常に柔らかそうだ。まるで赤ん坊のような、というか赤ん坊そのままの手に思考が止まる。


(はっ? えっ? ナニコレ?)


 握って~、開いて~、よく出来ました~、パチパチパチ~、って、いかん、何考えてるんだ俺、しっかりしろ。


 本当に自分の手確認するために握ったり開いたりしているうちに今の状況についていけない脳が現実逃避を始めてしまっていたので元の思考に引き戻す。

 そこで、今までの自分の反応にふと思い当たるフシがある事に気がついた。


(……これってもしかしてもしかすると、所謂転生的な物ですか?)


 自分は割りと、というよりかなりサブカルチャーにどっぷり浸かっていた部類の人間だったので、ネット小説サイトなどで最近流行りの異世界転生、転移物の話は結構読んでいた。そのため、今までの自分の反応がそれらの小説の主人公たちの反応、しかもかなりテンプレに近い部類の反応であったことに気がついたのだ。


(なんとなくだが現在の状況を把握する事ができた気がする。と言うか出来たはず。これが夢じゃないなら。

 パニックに陥りそうになったらとりあえず、どんなにバカバカしかろうとも自分の納得できる理由を捻出することが大切なんだ。うん)


 とりあえず現在手元にある情報を整理してみることにする。


(昨日の、と言うか本当に昨日かどうかはわからないけど、とりあえず俺はあの飲み会で急性アルコール中毒になって死んだ、と)


 死因:急性アルコール中毒


 って、なんか微妙っていうか、こんな死因嫌だ……。


(体が動かないのは赤ん坊だから、目があんまり見えなかったのも多分そのせいかな……?

 あれ、でも今見えるようになってる? 何でだろ、体の中でなんか動いた気がしたってことはもしかしてこの世界魔力ある?)


 と、そこまで考えたところで、唐突に得体の知れないめまいに襲われ、クリアだった視界が再びぼやける。


(!? 気持ち悪い!! もしかして、魔力使ったせい?)


 あまりにも酷いめまいに加え、頭が割れるかと思うほどの頭痛に襲われ、初めての感覚に訳も分からないままに恐怖を覚える。

 そして、赤ん坊である俺の意識はそこで踏ん張ることも出来ず、容易くブラックアウトした。



 それから、どれだけの間意識を失っていたのかは分からないが、周りが騒がしくなって目が覚めた。

 意識を失った時よりはマシになっているが、めまいも頭痛も残っているし少し熱っぽい気がする。体中がだるくて、目を開けるのすら億劫なので目は閉じたままだ。どうせ開けたところではっきり見えないし。


 頭の痛さに思わず呻いたら、「だう~」とか言う気の抜けた声が出た。恥ずかしい。


 そして、それとほぼ同時に、何かとてつもなく苦い液体を吸い飲みで口の中に注ぎ込まれた。思わずむせて吐き出しそうになったが、おそらく薬だと思ったので何とか飲み込むと、心なしかめまいと頭痛が楽になったので、これは魔力回復薬か何かなのだろう。

 飲み終わると、俺に薬をくれた人は二言三言俺に声をかけ、なにか硬いもので俺の頭を撫でる。

 声は深みのある男性のものだったが歳は分からなかったし、生憎ながら何を言っているかも分からなかった。


 ……少し期待していたが、どうやら俺の転生に言語チートは無いらしい。

 そんなことよりも、俺は今、何よりも俺の頭を撫でている物の事が気になっていた。


(これ、絶対生身の感触じゃないんだが……。義手でも使ってるのかな?

 ほら、某錬金術士の兄弟の兄のほうみたいな、思った通りに動く義手。

 現代でも一応完成はしてるらしいけど、ファンタジーでも魔法でどうにかなりそうじゃん)


 この手(?)の主は多分俺の親なんだろう。

 そうでなければ撫でられていてこんなに安心するはずがない。


 俺は頭痛とめまいが治まったことと、俺の頭を優しく撫でる手の無機物的な冷たさが与えてくれる心地よさに身を任せ、再び眠りについたのだった。



 次に目を覚ました時には、あの薬のおかげか、おおよそ体調は元に戻っていた。

 目を開けてあたりを見回す。あのめまいは怖いが、ほんの少しだけあの時の感覚を思い出しながら目に力を入れる。徐々にはっきりしてきた視界にまた前回と同じ木張りの天井が見える。


(眠ってる間に移動とかはしてないみたいだ)


 動かしにくい首を動かすと、俺はどうやら赤ちゃん用のカゴに入れられているらしい。

 前回の反省を活かして、体の中の魔力(多分)を気にしながら周りを見ていた所、若干の倦怠感を覚えたため、視力の強化をやめる。多分この倦怠感が魔力切れの兆候なんだろう。


(それにしても暇だな……体動かす練習でもするか?)


 赤ん坊の体は筋力もないし、骨もまだくっ付ききっていないところがあるってどこかで聞いたことがある為、そんなに無茶なことは出来ないが手を握ったり開いたり持ち上げたりする分には問題ないだろう。

 特に手を開いたり閉じたりってのは繰り返すと握力が弱い人なら大人でも結構疲れたりするので、体を動かすトレーニングとしてはほどほどの難度だしちょうどいいだろう。握力の強化にもなるしな。


(それにしても騒がしいな。

 音からして下の階だとは思うんだが……ん?

 まてよ? この喧騒、居酒屋とかにそっくりだな。

 ってことはここは宿屋? 俺の親は旅でもしてるのか?)


 暇になった途端、今までなんとなく聞き流していた喧騒が気になり始め、その喧騒が酒場のソレだということに気がついた。お陰で俺の親に対する疑問が余計に増えたが、まあ気にしても仕方がないと思い親が帰ってくるのをおとなしく待つことにした。



 とは言え赤ん坊は一日の大半を眠って過ごすものであり、俺の体も例に漏れずいつの間にか眠ってしまっていたらしかった。

 目が覚めたのは下腹部をムズムズとしたこそばゆさに襲われたからであり、俺は暫くの間、ソレが何を意味するのかに気が付かなかった。そして気がついたら気がついたで大いに驚き、赤ん坊の体は俺の意思に反して勝手に大泣きし始める始末である。

 さて、皆さんお察しだとは思うが何が起こっていたかというと、俺はオシメを替えられている真っ最中だったのである。


(ま、まあ赤ん坊だしね。当然っちゃあ当然だけどそこまで考えてなかったっていうか想定外というか……)


 どうにかこうにか気持ちの整理をつけると、火がついたかのように泣いていた体の方もだんだんと落ち着いてきた。


(うわ、凄く変な感じだ。体ギャン泣きしてるのに頭のなかだけ冷静って……体と精神が別物みたい、って、別物か)


 まだ精神のほうが体に馴染んでいないんだろうかと当たりをつていると、急に抱き起こされる。いきなり訪れた浮遊感に少しだけヒヤッとするが、すぐにしっかりとした安定感のある抱え方に変わったので、少しだけ身動ぎをして落ち着ける場所を探した。


(何だろ、腕がやたらと細いし硬い……骨みたいだ)


 目の前にはぼんやりと俺を抱えている人物の人影があり、全体的に黒いが、顔のあたりは白いので、多分黒い服を着ているんだろう。

 声からして父親であろうこの人物のことが気になった俺は、またこっそりと視力を強化し、じっとその人物を見つめる。



 そして、じわじわとクリアになっていく視界の中、最初に浮かび上がったのは、至近距離で俺を見つめている人間の頭蓋骨だった。


(ひぎゃあああああああああああああああああ!?)


「びえええええええええええええええええええ!!」



 その後、肉体的にも精神的にも気の済むまで泣き叫んだ俺は、あの骸骨によってミルクを飲まされ、再び赤ちゃん用のカゴに戻された。

 その手つきが以外にも丁寧だったことにも驚いたが、何よりも驚いたのはやはり顔である。当たり前だこんちくしょう。

 手や腕が細く、固かったのにも納得がいった。だってガチで骨なんだもの。


 ……暫くの間は夢に見そうだ。


 そして明らかにお前魔物だろうって外見なのに宿に泊まれていること自体が不思議で仕方がない。

 もしかしてそういう種族の人類が普通にいるのだろうか。

 一つの疑問を解消したら、別の疑問が更に増えてしまった。ホント何なんだあいつ。


 因みにミルクは地球で飲んだものよりも濃厚だったが、その分癖も強かった。多分人によって好みが分かれるところだろう。地球で言えば山羊のミルクに近いのかもしれない。飲んだことはないけど。


 そんなこんなで、驚きはしたが案外すんなりとあの骨のことを父親だと受け入れてしまった自分の適応力に呆れながらも、俺はこの世界における親との衝撃ファーストコンタクトを終えたのであった。



 異世界に転生したら、父親が骨でした。

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