モンスターハウス!! ~異世界に転生したら父親が骨でした~

横島マナコ

幼少期

第1話

 オークや人間、馬などの死体が散乱する荒野に真っ黒なローブを羽織った人骨が、ぽつんと佇んでいた。

 そして、その腕の中では、元は白かったのであろう血で汚れた布に包まれた赤子がスヤスヤと眠っている。

 大気には未だ濃密な血の匂いが漂っており、乾いた地面には流れた血が染み込んで、辺り一面をドス黒い赤色に染めている。

 ソレは暫くの間、その腕の中で眠る赤子をじっと見つめていたが、やがてカタカタと骨と骨のぶつかる軽い音を鳴らしながら笑い出す。


「……僕もこれまた厄介なものを拾ってしまったものよ」


 カラカラと、いかにも面白いといった風情で笑う声は男のもので、若い様にも聞こえるが聞き様によっては年老いている様にも聞こえる。

そこにアンデッドの類に特有の禍々しさ等は一切無く、それどころか澄み渡る様な清々しさを感じさせる。そんな不思議な声だった。


 骨の名前はヴィルマーといった。

 ソレは、アンデッドでなく人でなく、神や精霊の類ともまた違う、非常に中途半端な存在だった。


 ところで何故、この骸骨男がこんな夥しい数の死体が転がる場所で赤ん坊を抱えているかというと、事はこの場面より数時間前に遡る。



 それは、この動いて喋るいかにもアンデッドか死神かといった風体の男が、その日の気分でなんとなく荒野を散歩していた時の事であった。


「ふん、この荒野は毎度毎度曇だな。ちっとは晴れんのか? まあそんなことを気にしても致し方ない。何か暇つぶしになるものがあればいいのだがな、……うむ、そうだな。久々に荒野から出て町にでも行くか?」


 ヴィルマーが大きな声でそんな独り言を只管くっちゃべっていた所、(骨の身でどうやって五感を得ているのかは分からないが)不意に微かな剣戟の音や血の匂いが風に乗ってこのヴィルマーのいたところにまでやってきた。それも、聞こえてくる罵声や悲鳴の数からして結構な大人数がやりあっている様子だった。


「何ぞ、野党でも出たのか」


 ヴィルマーは風を纏ってふわりと浮かび上がると、その音や匂いの原因となっている場所へと飛ぶ。

 上空から様子を窺ってみると、おびただしほどのオークの群れが荒野を渡ろうとしたのだろう商隊を襲っていた。

 従来のオークならばその商隊が連れていた護衛だけでも十分対処できたであろうことをヴィルマーは見て取ったが、ソレはあくまでも『ただのオーク数体ならば』という話であり、今商隊を襲っているオーク達は数が尋常でなく多いことに加え、装備は下手な人間の持っているものよりもずっと良い。

 そんな風にヴィルマーがオークを観察している間にも、あれよあれよという間に逃げ惑う人々が駆逐されていく。


「ああ、オークキングが湧いたのか。なんとまあ気の毒に……。こりゃ全滅だろうよ」


 恐慌の最中にいる人々は、おそらくそれなりに手練なのであろう護衛数人を除いて誰一人として統率個体がいることに気付けていない様子で、ただ闇雲に逃げ惑っている。


「オークキング自体はここに居ないようだがオークジェネラルがいるな……、ざっと見て二百はいるということは中隊か」


 普通、オークは力が強いが重鈍で、多くとも八匹程度の少数のコロニーを作って暮らしている。

 だが、一度ひとたびオークキングが現れると、オーク達のコロニーは瞬く間に併合され、オークは強力な軍隊を作ってあちらこちらから物資や女を強奪するようになるのだ。

 オークキングに率いられているかどうかはすぐに見分けることができる。

 なぜなら通常時は良くて布の服一枚に棍棒程度だった装備が、オークキングが現れた途端、動物の皮や木、石などで作られた防具を身につけ、剣を持つ者などもいるくらいには装備の質が向上するからである。

 そうして人間や他の魔物を襲い、装備を強化していった結果が今日、ここにいるオークたちの軍隊だ。

 装備が揃っていないオークは、力が強く図体がデカいものの、重鈍であり、脂肪や筋肉で剣が通りにくいとはいえ連携なども全く取ろうとしない為、それなりの実力を持つものならば比較的簡単に倒すことのできる魔物だ。それに対して、オークキングに率いられたオーク達は装備が整う上に、連携を取り、剣や槍といった武器の扱いを覚える。

 たったそれだけかと思うかもしれないが、それだけでも脅威度合いはずいぶんと跳ね上がる。

 そもそも武器も防具も連携も、力を持たない人間が何とか生き残るために編み出したものだ。それを人間より地力の優れたものが使えばどうなるかなど推して知るべしである。


 それはさておき、上空からオークに蹂躙される人間を眺めていたヴィルマーの目(空洞なのだが)がふと、商隊の一角、ある馬車に留まった。


 その馬車はごく一般的な、何の変哲もない幌馬車で、大人四人とある程度の荷物が乗るような中型のものだ。

 馬は既に死んでおり、馬が倒れた際に馬車ごと倒れてしまったらしく、馬車も横倒しになってしまっている。

 その場車の前には数匹のオークと、何かを抱えた女、そしてその女を背に庇う様にして剣を振るう商人らしき男がいるが、男の剣の腕はイマイチのようで数匹で連携しあうオーク達に翻弄され、だんだんと馬車の方へと追い詰められていっている。

 体がすくんで動けない様子の女に向けて男が何かを言うと、女はハッと我に返り、僅かにためらうような素振りを見せるが、男が更に何かを言うと力強くうなずいて、何かを大事そうに抱えたままオーク達の数が比較的少ない方へと走りだす。

 オーク達はせっかくの得物を逃がすまいと女の方へと向かおうとするも、決死の覚悟で邪魔をする男に阻まれてなかなか女の方へと向かえない。

 その間に女は只管走り、女の進行方向に居たオークたちが女を捕まえようと掴みかかって来るたびに、ぎりぎりのタイミングでオーク達の顔面に魔法で生み出した突風をぶつけてすり抜けるようにして包囲を抜けようと奮闘する。


「ほう、なかなか出来るもんだ。元冒険者か?」


 実のところヴィルマーには人間達を助けるだけの力があるのだがあえてそれをしないで静観していた。

 元人間であるこのヴィルマーからすれば何とか助けてやりたくない事もないのだが、ヴィルマーの見た目が見た目であるし、人間に化けることも出来なくもないがそこまでしてまで助けるのは面倒だった。

 かと言ってこの姿のままでは魔物であるリッチと見間違えられても文句は言えない。

 そしてリッチは見かけたら即冒険者ギルドに報告が必要なレベルの魔物であり、報告があった場合即効で討伐隊が組まれることになる。

 人助けをして討伐されるなど本末転倒極まりないとヴィルマーは思う。

 第一、この世界の共通認識として「自分の身は自分で守るものだ」というものがある。要するに助けようが助けまいがそれは個人の自由なのだ。

 そんなジレンマを僅かにだが感じていたヴィルマーは女から目を離し、暫しどうしようかと考えた後に、とりあえず統率個体を倒し人間を巻き込まない程度の範囲のオーク達を一気に殲滅することにした。


「オークジェネラルは……と、いたな。『アイスバレット』」


 魔法名を言い終わるか言い終わらないかの内に鋭く尖った親指ほどの大きさの氷の礫がキュインと風を切る甲高い音を立てて発射される。

 発射された氷の礫はヴィルマーによって完璧にコントロールされ、減速することも障害物にぶつかることもなくオークジェネラルの右目から脳へ貫通し、頭蓋骨で反射、その中身をかき混ぜる。

 頭蓋骨を貫通しないようにわざと威力を落としてある辺り、かなりえげつない魔法だ。

 そして、それから一拍おいて、オークの中でも一際大きな体躯を誇っていたオークジェネラルは目から血を流して崩れ落ちるように倒れ、それに気がついたオークたちの動きが一瞬止まり、そこから恐慌が起こる。

 あらぬ方向へとかけ出すもの、手当たりしだいに暴れるもの、きょとんとした顔で立ち尽くすもの。それは死んだオークジェネラルの周りからじわじわと広がり、ついにはオーク軍全体へと広がった。

 急に統率を乱し始めたオークの様子に気が付く人間とそうでない人間がいるが、気がついた者は今がチャンスとばかりにオークの数を削る。


「あまり大きな魔力を使うとあいつらに気付かれるかもな……。ふむ、ちょうどいい死体も転がっているしソレを使うか。幸いここで死んだ奴はアンデッドになるのが早い」


 ヴィルマーはそう呟くと、オークや人間に気が付かれないように、魔力をほんの少しづつそこら中に転がっている死体へと伸ばし、馴染ませる。死体をアンデッド化させようというのだ。

 普通の野山に弔われずに放置された死体は一週間ほどで動き出すと言われているが、この荒野では一日か、下手をすれば数時間で一丁前のアンデッドが生まれる。場所による誤差などもあるし、何より人間、恐怖や脅威、苦痛にさらされている間は体感時間が伸びるのというもの。たとえ少々アンデッド化を加速させたとしてもよほど勘のよい者以外には気づかれないだろう。


「さて、仇討ちをさせてやろうじゃあないか」


 次々に起き上がってくるかつて仲間だった死体達に、人もオークも驚き、警戒し始める。

 人間側の表情に半ば絶望や諦念がが混じっている気がするが、ヴィルマーはそれを仕方がなかろうと無視をし、オークのみにけしかけた。



 それからまもなくして、オークの死体が量産されてはそれらが動き出し、と次第に戦力は逆転し、ついにオークたちが逃げ出したことで決着がついた。

 役目を終えたアンデッドたちが崩れ落ち、あっという間に動かないただの死体に戻ると、生き残った者達は必要な荷物や、再利用可能な馬車、生き残った馬などをかき集める、助かる見込みのある怪我人のみを回収し、そそくさと出発してしまった。

 残ったのは様々な死体と放って置こうと置くまいとやがてそれらの仲間入りをするであろう重傷者達のみであり、そういった者で未だに体力の残っている者達は皆うめき声を上げ、死にたくない、助けてくれ等と最後の力を振り絞って叫び声を上げていた。


 人目を気にする必要がなくなったヴィルマーはそんな者達の横たわる大地へゆっくりと降り立つ。

 その光景は、さながら死神の降臨の様だ。


「そういえば、さっきの女は生き残ったのだろうか? ……男は死んでるな」


 先ほど目に留まった、おそらく夫婦であったのだろう男女のことをふと思い出したヴィルマーは、二人の居た方へと足を向け、その先で馬車の前で倒れている男を見つけた。

 アンデッドになってなおその場を動いていない所を見ると、今回はオークと戦え、人を襲うな等と言った単純な命令しか出していなかった事もあり、生前の思いに行動が引きずられてしまったのだろう。その場でオークたちと戦い続けた様だ。


「女は、と、……ダメかぁ。まあここに残ってる時点でお察しだったか」


 地面に蹲る様にして死んでいる女を見て、ため息を吐くような仕草をする骨。当然息なんてものは出ない。

 と、そこで蹲っている女の腹の下で何かがもぞもぞと動く気配を感じ、ヴィルマーは女が何かを抱えていたことを思い出し、そうっと女の体を退かし丁寧に横たえる。


「なるほど」


 そうして見つけたのが冒頭で彼が抱えていた赤ん坊であり、これが冒頭の光景が出来上がるまでの事の顛末である。

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