第4話

 俺が赤ん坊に転生してから数日たった。

 俺とあの骨は相変わらずあの宿に泊まっている。


(と言うか体は生後二、三ヶ月だからこれは憑依になるのか?)


 何故二、三ヶ月なのかというと、確か前世で、生まれて二、三ヶ月の赤ちゃんは目がまだ見えないが、手足を少しづつ動かせるようになるとか何とか学校で習ったことがある気がするからだ。

 

 でもまあ、今は、そんなことどうでもいいんだ。


「■■、ルッツ、■■■■」


 今問題なのはあの骨である。

 最近やたらと話しかけてくるようになったあの骨の言葉を、意味が分からないなら分からないなりに真剣に聞いていた所、やたらとこのルッツという単語を聞くようになったのだ。


(もしかしてもしかしなくても俺の名前だろうな……十中八九そうだろうな……)


 呼びかけられているのがわかっているこちらとしては、反応せずに無視するのはなんとなく忍びないのだが、如何せん赤ん坊がどれくらいの時期に反応を返しだすのか分からないので、今のところは『聞こえてきた音が気になってますよ~』という風を装って声が聞こえてきた方向に若干顔を向けるにとどまっている。


(赤ん坊プレイって意外と大変……ってプレイじゃねえよ!)


 あの骨が頻繁に話しかけて来る様になった事以外は、特に何事もない日々が続いている。

 そのせいと言っては何だけど、暇すぎて自分でボケて自分にツッコむ遊びを覚えた。

 ぼっちか俺は。


 暇だったので異世界転生のお約束事を幾つか試してみた。

 ステータスオープンと念じてみたが何も出てこなかった。残念。

 だが新しい発見もあった。

 あの体の中にある熱い物の正体は、やっぱり魔力だったらしく、一日に数分づつ例の視力強化に使っていたら、総量が増えてきたのか強化していられる時間の限界が伸びた。

 視力強化と同じ要領で手足に魔力を回してみたら、手足の動きがだいぶスムーズになった。

 多分これは身体強化だろうな。

 魔力関係の試みがトントン拍子で上手くいったので、魔法を使えるか試してみたくなった。

 ……だって魔法使えるようになったら試してみたくなるに決まってるじゃん? 俺は悪く無いと思うんだ。

 周りに被害が出ないであろうそよ風をイメージして魔力を体の外に放ったら、本当に風が吹いた。

 ……まあ、『あれ? 今風吹いた?』って感じの微々風レベルだったけど。

 あの骸骨は、やはり真っ黒なローブを着ているだけあって魔法使いらしく、俺が魔力を使うと何かを感じるらしく、じっとこちらを見つめては時折首を捻ることを繰り返している。


(もう数日は一緒にいて多少はあの顔に慣れはじめたとはいえ、表情無いし何考えてんのかさっぱりわからん……。

 俺が魔力使ってるのを訝しんでるのか?)


 ……まあ声の調子で機嫌が良いのか悪いのか位はわかるのだが。


(まあ、とにかく言葉を覚えないとどうにもならないよな。

 ……ここは赤ん坊の学習能力に期待、かな)


 そんなことを考えていると、不意に眠気が首をもたげる。

 赤ん坊の体は少し物を考えただけで眠くなってしまうので、あれこれと考えるには向かない。

 だが、寝る子は育つとも言うし、睡魔に逆らってまで考えなくてはならないことがある訳でもないため、俺は毎度の事のようにすんなりと意識を手放した。



 次に起きた時、俺は俗にいうおんぶ紐で誰かの背中に結わえ付けられて町の中を歩いていた(歩いているのは俺じゃないが)。

 まあ、俺を背負うのが誰かといえば一人しか居ない。

 どうやらあの宿は既に引き払った後の様で、奴はちょっとした大荷物を抱えている。

 背中は俺が占領しているため、抱えるしかなかった様だ。

 あの骸骨面で町中を歩いても大丈夫かと一瞬不安になったが、もう既に歩いているというのに何の問題も無いため、何らかの手段で誤魔化しているのだろうという事に気が付き、心配するのを止めた。

 生憎、背負われているのであいつがあの骸骨面をどうやって誤魔化しているのかは分からないが、すれ違う人たちの反応を見ても、真っ黒なローブにフードの陰気な男が赤ん坊を背負って歩いていることに驚く人が居るくらいで、奴の顔を見て驚いている人は見当たらない。


(ホント、どうしてるんだろうな)


 今、奴の顔がどうなっているのかは気になるが、見えないものは見えないのだから仕方がないと諦めた。

 そして、その代わりとばかりに俺は、初めて見る異世界の風景を満喫することにしたが、魔力切れを起こしそうになったので、慌てて視力強化を止めた。

 ただ背負われながら歩くのは只管つまらなかった。


(音は聞こえるのに周りは見えないってどんな生殺しだよ!!)


 退屈のあまり俺は寝た。



 またまた次に起きた時、俺は城に居た。

 な……何を言っているのかわからねーと思うが(ry)

 実際何が起きたかわからない。

 何 処 だ 此 処 。


(えええええー……。

 俺寝てから多分そんなに時間立ってないはずだぞ……。

 おい、俺が寝てる間に何が起きたし。

 だれか~!! ここはどこですか~????)


 起きたらどこかに寝かされていて、魔力も少しは回復していたようなので周りを確認したら、目の前にはあの宿とは比べ物にならないほど豪奢な天井、もとい天蓋が広がっていたのだ。

 その衝撃は推して知るべし。


(まさか人生二度目にして初めて天台付きベッドで寝ることになろうとは……)


 前世の布団よりも寝心地の良いふかふかベッドに埋もれながら、俺は今現在の状況に付いて行くことが出来ず、前世の布団とこのベッドの差をしみじみと感じながら遠い目をしていた。


(スゴク、ヤワラカイナー……)



 何故かいつの間にかどこぞの城に居た日から、また数日たった。

 城と言っても内層から想像しただけで本当に城かどうかは分からない。

 もしかしたら貴族とかの屋敷みたいな感じなのかもしれないけれど、外装は見ていないし、そもそも部屋から出ていない。


 この城に来てからというもの、つきっきりで世話をしてくれているメイドとあの骨にしか会っていない。

 メイドは一人だし、あの骨と会うのも一日数回様子見ついでに遊びに来る時だけだ。


 赤ん坊の体で出来ることは少ない。

 出来ることといったら、せいぜい寝ること食べること、ことばにならない声を出し続けることやゴロゴロ寝返りをうつこと位しか思いつかない。

 それらを此処数日で徹底的にやりつくし、それでも足りぬとばかりに暴れた。

 その過程でメイドにはさんざん迷惑をかけたが、彼女は嫌な顔ひとつしなかった。

 ……というか彼女は基本的に無表情だし何も喋らない。

 そして、おそらく彼女も人間ではない。

 見た目は完全に人間なのだが、何かが違う。

 何が違うとはっきり言い表すことが出来るわけではないのだが、どこか無機質な人形めいたものを感じるのだ。

 この違和感は、ロボットなどが人に似てくれば似てくるほど気味悪くなっていく、所謂『不気味の谷現象』と親しい物を感じる。


 話が逸れたが、何を言いたいのかを端的に言ってしまえば、俺は今、退屈で死にそうになっている。

 退屈は人を殺すと言うが、まったくもってその通りだと思う。

 退屈すぎて頭がおかしくなりそうな気がしてくる。


「うぃうあ、ぇあ~」


 言葉はまだ喋ることが出来ないし、そもそも言葉もまだ理解できていない。

 かなり今更だが、骨の名前が今日になってやっと分かったので口に出して言ってみたら、よりにもよってぎょっとされた。

 お前の顔の方がぎょっとするんだけどなんて言えない。

 おいそこ、物理的にも言えないだろとか思わない。


 赤ん坊が意味のある言葉を話しだすのって、確か1歳くらいだったしな。

 生まれて数ヶ月しか経ってない赤ん坊に自分の名前呼ばれたら誰だって驚く。


 因みに骨の名前はヴィルマーで、メイドの名前はエラだった。



 それからまた数ヶ月経った。

 赤ん坊の成長とは早いもので、体つきが前と比べてずいぶんとしっかりし、まだハイハイこそ出来ないが、支えなしで座っていられるようになっていた。

 言葉も、喋ることは出来ないがある程度の簡単な会話なら理解できるようになり始めた。


「絵本の時間だぞ! 我が愚息よ!!」


 そしてヴィルマーが限りなくウザくなっていた。


 体が大きくなり、だんだんとまともな反応を返すことが出来るようになった頃からだろうか。

 奴はやたらと俺に構ってくるようになり始めたのだ。

 今だっておもいっきり抱きしめられて頬ずりされている。

 ハッキリ言って、骨が抱きついてくるとかホラーでしか無い。

 何処のゾンビゲーだって感じの絵面だ。


 [骨が親馬鹿(骨)にクラスチェンジした。▼]


 別にめでたくねえよ。

 おいエラ、何笑ってやがる。

 普段の無表情は何処に行った。

 笑ってないで助けてくれ。


 ほとんどのスキンシップはいちいち反応していたらこちらが疲れるだけなのでスルーしているが、時々やってくれる絵本の朗読なんかは言葉と物を結びつる事に役立つため、有り難くご拝聴することにしている。


 また、これまでと話の内容は変わるが、時折廊下の方から爆発音? や破壊音? が聞こえてくることが増えた。

 実は今までも何回か聞こえてきたことはあったのだが、ここまで頻繁ではなかったのでそこまで気にしていなかったのだ。


(気にしてなかったっていうより、気にしたら負けっていうか、気にするだけ無駄って感じだったんだけどね……)


 どうせ部屋から出ない赤ん坊の俺が気にした所でどうする事も出来ないのだ。

 おまけに今のところ何の実害もないのだから、まさしく気にするだけ無駄である。


「……ということで、えいゆうはじゃしんをたおし、おひめさまとけっこんしてすえながくしあわせにくらしましたとさ。おしまい。

 ……ふう、おこちゃま向けの本というのはどうにも駄文が多くてイカンな。

 仮にも神を殺すのに何の代償もなく殺せるわけがなかろうに……(ブツブツ)」


 アホが何か子供向けの絵本に対してマジレスしているがそれは気にせず放っておこう。


 俺は何かを悟った気分になった。

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