クリスマス特別編

作者より


クリスマス特別編です。本編とはそれほど関係ないのでがっつり読むなり、軽い気持ちで楽しむなり、流し読みするなり、読まないなり、皆様の判断にお任せ致します。それでは、どうぞ。




***


泉 仁志


いつもとは少し違う街。行き交う人々はいつもの様に忙しそうではあるが、どこか浮かれた雰囲気が街全体に広がっていた。

僕は手で口元を覆い、軽く息を吐く。指の合間から漏れる吐息は白く色付き、儚く消えていく。ふと、隣のショーウィンドを眺めた。針葉樹のような植物やイルミネーションが満遍なく散りばめられた枠の中央に、豪華なケーキの見本が鎮座している。

リアルが充実している者たちが愛する人と共に過ごす日、クリスマス。勝手な解釈ではあるが学生を越えたばかりの僕にはそうとしか受け取れなかった。

「仁志ー」

やや懐かしい若い男の声が耳に入った。僕は振り返り、ゆっくりと歩き出した。






「……で」

自分でもわかるくらいに顔が引きつっている。

「何の話かなぁ?」

自宅からやや離れた、大通りにあるお洒落な喫茶店で、僕はやや声を潜めて重装備をしている遼太郎に尋ねた。

「何って……ねぇ?」

遼太郎の隣には千穂が座っていた。復縁に成功してから経過は聞いていなかったが上手くやっている様だ。それはいい。仲睦まじい事はいい事だ。2人は容姿端麗でよく釣り合っている。

僕が許せない事は、今僕の隣に座っている——

「……ねぇ?」

英里が来る事を教えてくれなかった事だ。教えてくれたところでどうというわけでもないがこちらも心構えというものがある。

「仁志君よぉ」

遼太郎がやや改まって口を開いた。

「今日、クリスマスだよね?」

「そうだな」

遼太郎はやや口角を上げる。

「誰かと過ごすの?」

僕は無言で微笑みかけた。

「英里がショッピングに行きたいそうなんだけどさ。俺たちと一緒に行こうかなって思ってたんだけど、それだとなんか……あれだし」

遼太郎は千穂と英里に順番に顔をあわせる。

「だから仁志も来ない?」

「別にいいけど……」

渋々了承はしたが、鼓動は高鳴るばかりである。

「よし、んじゃあ決まりだな。行くか」

「え?今から?」

「じゃなきゃいつ行くんだよ。おい2人とも聞いてたか?」

英里と千穂は楽しそうに会話を繰り広げていた。2人は聞いてるよと軽く返事をして、すぐに元の世界へ戻っていった。遼太郎は振り返り、肩を竦めた。




***


海崎 颯人


「あーー……」

タバコを吹かしていると、昌平がめんどくさそうに項垂れ始めた。

「クリスマスだってのに何でこんな事するかなー」

昌平は頭を掻きむしる。

「先輩その内禿げますよ」

優しそうな中年男性は、鼻で笑ってそう言う。

「もう禿げてもいい歳なんだがなぁ」

昌平は哀愁を漂わせながら呟いた。

「海藻でも食べたらどうですかね?」

中年男性––池谷 彰は眼鏡を外しながら答える。

「それで解決出来たら苦労しねぇよ。そもそもまだ禿げてねえよ」

昌平は軽く笑う。

「まだ、ですか」

彰は眼鏡を大事そうにケースにしまい、顔を上げる。そこでようやく見慣れた顔となった。

「何はともあれ今日の仕事は終わりですね。先輩、颯人君、お疲れ様です」

昌平は軽く手を振りながら、思い出した様に俺たちに尋ねる。

「そう言えば、お前ら今日暇か?」

彰は少し考え込み、暇ですねと答えた。昌平はこちらに顔を向ける。俺は軽く頷いた。

「なら飲みに行かないか?久々に3人でさ」

不意に扉が勢いよく開いた。そこには鼻血で顔の下半分を血に染めた男が、震える手で折りたたみナイフを支えていた。

「お前ら……何でこんな事を……」

そう言って男はジリジリと俺と昌平に近づいていく。彰は扉の隣にいた為に死角となり、気付かれずにいた。その彰は興味津々な顔でその様子を眺めている。

昌平は淡々と語った。

「何でもクソもねぇよ。お前らみたいな小さい暴力団が俺らのとこの技術を簡単に取れたと不思議に思わなかったのか?」

昌平は無表情のまま言葉を連ねる。

「どうせお前らに作れねぇし作らせねぇ。作ったとしても破壊する」

そこまで語り、昌平は頭を掻きむしった。彰は眼鏡を取り出していた。

「とりま、今大事な話をしてるから」

彰は眼鏡を掛けて、ゆっくりと歩き出した。

「じゃあな」

彰は後ろから強引に男の頭を鷲掴み、足を払ってそのまま地面に顔面を叩き落とした。

「トドメは?」

「一応」

「了解」

その短い会話で、男の運命は決定した。

部屋全体に不気味な音が響き渡った。






「さて、何話してたっけ」

何も無かったかのように会話が再開される。

「飲みに行くって話でしたね。俺が飲めないって事知ってて誘ってるんですか?」

彰は力無く転がっている人間の中から適当に目星をつけ、その服で手を拭っていた。

「1人コーラでも飲んでるか?」

昌平は冗談めかしく笑う。

「嫌に決まってるじゃないですか。まあまずここを出ましょうか。それに服を着替えないと」

彰は眼鏡を同じ動作で仕舞い、歩き出す。

「そうだな」

昌平は大きく伸びをして歩き出した。俺はタバコを地面に捨て、タバコの火を踏み消した。



***


泉 仁志


マスク、サングラス、ニット帽にネックウォーマー。これを室内で、それも大型ショッピングモールの店舗の中でしているのだから完全に不審者である。

「これとかどうかな?」

服を自分に合わせながら、千穂がやや控えめに遼太郎に尋ねる。遼太郎は悩んだ後に、何やら僕の知らぬ言語を口走った。

「そっかー」

そう言って千穂は服を戻す。先程から2人が繰り返すその行為を、僕と英里は呆然と眺めていた。

「千穂、今こいつが何言ったかわかったの?」

苦笑いを浮かべた英里が恐る恐る尋ねた。

「え?何で?外国語喋ってるわけじゃないからね」

ファッションの最前線をゆくもの達の言っている事は理解出来ない事がある。今はまさにそれだ。

「俺の感性に任せなさい!」

冗談とはいえ、こういう所が遼太郎の残念なところだ。





「さて、次行こうか」

遼太郎がそう言って先頭を歩こうとする。僕は見るに見かね、遼太郎に耳打ちをした。

「お前その格好何とかならないのか?」

「え?あー、顔?」

僕は軽く頷く。

「しょうがないじゃん。俺だってこのメンバーで楽しみたいからこんな変装してるんだぞ」

遼太郎のマスクから溜息が漏れる。

監視期間を終えた後、こいつは劇がきっかけとなりドラマの役者としてスカウトを受けた。そのドラマは記録的大ヒットを残し、遼太郎はすっかり人気俳優として顔が割れてしまった。そのため、無防備に外に出れば軽いパニックが起こってしまう。

にしても……。

「あんな無精髭生やした男がこんな事になるとはねぇ」

「ん?なんか言った?」

「何も言ってません」

監視を何度か経験した身からして、本当に遼太郎は楽だったと思い直した。



***


海崎 颯人


「さみぃ……」

オヤジ達の口元から白い吐息が漏れる。

「寒いですねぇ。適当に店に入りますか」

「そうだな……」

ちょうど見えてきた古びた居酒屋に、3人のいかついオヤジ達は安堵の吐息を漏らした。その時だった。3人のオヤジ達の目線は1人の人間に注がれた。その人間は視線に気付くことなく通り過ぎていく。俺たちは顔を見合わせて、その人間についていった。





それは長年の経験からなる直感だった。恐らく俺を含めた3人は全員同じ予想を立てている。

俺は、その人間からは殺意こそ感じないが、何か嫌なものを感じた。それだけだ。そもそも人生の半分以上を病と向き合ってきた俺には直感以外頼れるものが無かった。恐らく他の2人はもっと論理的に考えているだろう。

とにかく、その人間は何かをやらかす。それだけは確かだった。



***


泉 仁志


「暗くなってきましたねえ」

英里がわざとらしく呟いた。

「本当だな。そう言えばツリーが点灯する時綺麗らしいけど見に行くか?」

満場一致だった。





外に出ると、大きな木が大量のイルミネーションに身を包んでいた。空には星1つ見当たらなかった。あるのは厚い雲。がっかりだ。

人は徐々に溢れかえってきた。遼太郎と千穂は先程別行動となり、2人は身バレなどの不測の事態を避けるために店内に待機。そして僕英里はともにツリーの点灯を見守る事になった。

「大きいねぇ」

「大きいね」

横目に見ると、英里はどこか不安そうな表情を浮かべていた。

「仁志君、ちょっと私の話をしてもいいかな」

「……いいよ」

英里は俯いた。

「私ね、恋をした事が余りないの。今までに……2回かな?」

「1回目は小学校にもなってない時。私は家が近い2人の男の子とよく遊んでたの。2人とも年上で、1人が遼太郎なんだよ」

「もう1人の名前は覚えていないけど、今思っても恋だったと思う」

「それで2回目の恋なんだけど……」

英里はさらに深く俯向く。

「……大丈夫?」

英里はゆっくり顔を上げた。

「うん、ありがと。それで2回目の」

「誰かあああぁぁぁぁぁ!ひったくりだぁぁぁぁ」

英里の言葉は途中で遮られてしまった。声の方へ顔を向けると、1人の男が物凄い形相で走り抜けていく。それも束の間、周囲の人々が次々に男を押さえ込んで行き、最後にはその男は動けなくなってしまった。

「あ、ありがとうございます。これが無かったら……」

サラリーマンらしき男が心底ホッとした表情を浮かべる。その直後、押さえ込まれていた男が奇声を放ち、押さえている人々を蹴飛ばし立ち上がった。その手には、ナイフが握られていた。男はデタラメにナイフを振り回し続ける。遠い街灯が照らすその光景は実に不気味であった。

突如、視界の端で何かが鋭く光った。周囲に金属が衝突する音が響き渡り、男の握っていたナイフは何処かへ飛んで行ってしまった。

男は呆気に取られていた。そして周囲はその男に降り掛かる不運を、固唾を飲んで見守っていた。

「おい」

ドスの効いた声が、静まり返った広場に響く。そこにはオールバックの、細身の大男が降臨していた。男が振り返ると同時に大男はその胸ぐらを掴み、男を軽々と持ち上げる。

「お前は何処へ行くんだ?」

大男は無表情で訳のわからない質問をする。

「まあとりあえずは警察署だな」

大男はそう言ってにやけると、後ろにあるクリスマスツリーに向かって大きく振りかぶり、手に持っていた男を投げ飛ばした。

普通の人間ではありえない馬力。投げ飛ばされた男はツリーの頂上の星の手前で落ち、クリスマスツリーがベットのように男を受け止めた。

大男は大きな舌打ちをする。

大男は僕らを一瞥したかと思うと、ノソノソとツリーの傍を通って去っていった。

気付くといつの間にか、雪が降り始めていた。




無事、ツリーは点灯した。




「ツリー綺麗だった?」

遼太郎はサングラスを外していた。重装備から覗いた目が嫌な笑みを含んでいる。

「おやおやぁ?お2人さん随分仲良くなったみたいだねぇ」

「え?何で?」

遼太郎は指差した。

「手、繋いでんじゃん」



あっ。



英里も僕もそんな顔だったと思う。

ひったくりの件でいつの間にか手を握っていたらしい。

僕らはゆっくり手を離した。遼太郎の目は呆れ返ったと言う感じだった。僕は苦し紛れに言い訳を口走る。

「いやまあ、色々トラブルが、ね」

「ふーん。こっちもトラブルがあったよ」

遼太郎がやれやれと肩を竦める。

「こんなに変装してるのにばれたんだよね。『あなた!河原遼太郎でしょ!』とか言われてさ」

信じがたい話だ。重装備をした状態の遼太郎に、元の面影は一切ない。どれだけ俳優を愛せば見破ることができるのだろうか。そこまで来ると気持ちが悪いとも言える。是非その人物の顔を見てみたいものだ。

「なんか、ハーフアップの眼鏡の子だったよ」

コンビニで働いている時に同じ仕事をしているハーフアップで眼鏡の子が熱烈に遼太郎について語っていた事を、僕は思い出した。



***


海崎 颯人


「やっぱりねぇ」

「でしょうねぇ」

気にかかった男を追いかけた結果、案の定その人間は盗みを働いた。その様子を、俺たち3人は少し離れた角から見ていた。盗みを働いた男は周囲の人達に抑え込まれ、次第に身動きが取れなくなっていく。

「意外とあっさり終わったな」

「いえ、彼は刃物を持ってましたから……」

そう言った直後、男はナイフを振り回し始めた。

「ほら」

「『ほら』じゃねえだろ。取り敢えずあれ止めないとな。彰、投げナイフあるか?」

彰は内ポケットに手を突っ込んだ。

「ありますよ」

「殺すなよ」

「あいよ」

その短い会話で、標的は決まった。彰は軽く振りかぶり、ナイフを投げる。それは回転することなく真っ直ぐ飛んでいったかと思うと、男の握るナイフに命中し、そのまま奥の壁に突き刺さった。

「流石だ。颯人、後処理よろしく」

俺はゆっくりと歩き出した。








「おかえり。んじゃ今度こそ飲みに行こうか」

チラチラと白いものが目に入る。

「雪……か」

「……熱燗っすね」

「久々に颯人の声を聞いたと思ったら……全く……」

昌平はやや呆れた顔で呟いた。

「そういえば颯人、病気どうなんだ?」

「今は落ち着いてるっす……。骨の発達と筋肉の発達がまだ上手く互いを抑えあってるみたいで……。本来は激痛みたいっすけど」

「痛みを感じないのはデメリットもあるけど、やっぱ羨ましいねえ」

「……先輩、あの……俺やっぱコーラでいいです」

彰が不意に口を開く。

「何を今更……。彰人に任せたらどうだ?あいつ酒に強かったろ」

彰人とは彰の人格の1つだ。彰は多重人格者である為、やや付き合いづらい。

「彰人に任せてもいいんですが戻った時に結局潰れるんですよ」

彰は憂鬱そうに俯く。

「少しずつ慣れていこうぜ」

昌平は彰の肩を叩いて明るく励ます。

「先輩……。そのセリフ聞き飽きました」

居酒屋の看板が目に止まった。

「まあ、まずは飲もうや」



***



昌平


「ただいまー」

家に明かりは灯っておらず、当然ながらおかえりなどという声は帰ってこない。

「あー久々に飲んだなぁ」

そう言ってコップに半分程度水を注ぎ、一気に飲み干した。それから和室に向かい、奥の仏壇の前に座る。いつもの動作を終えたところで、帰ってくるはずのないものを期待して、俺は今日も語りかける。

「今日はクリスマスだな。こいつ、喜ぶといいな」

そう言って俺は丁寧に包装された箱を取り出し、仏壇の前に置いた。

「……お前ら、生きてたら何歳なんだろうな。お前は俺みたいに中年のおばさんだろうな」

哀しい笑みが溢れる。

「こいつなんか生きてたら何歳なんだろ。もう成人してるのか?……いや、まだかな」

いつものように、自然と言葉が溢れる。

「もう……見れないんだよな」

そしてまた、涙が溢れる。

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