Report.11
「毎日見てると飽きますねぇ……」
僕らは起床するとすぐに僕らは演劇場へ向かい、遼太郎の練習をずっと見ていた。流石に辛いものがある。ゆったりとした観客席に体を委ね、控えめに欠伸をしてから、彼女は猫のように大きく伸びをした。無意識のうちに僕の目線は彼女に釘付けになっていた。
「……ふぅ」
長い伸びを終え、彼女はこちらに気付いた。僕は慌てて目を反らす。視界の端で英里が不思議そうに首を傾げているのが見えた。僕は時計を一瞥する。
「暇なら何か話しましょうよ」
僕はやや強引に話題を振った。
「そうですね〜。前も言いましたが、取り敢えず敬語をやめましょう。と言っても私も出来てないか」
えへへと彼女は笑った。
「そういえば英里……先輩?」
「私は先輩よっ!」
誇らしげな顔をこちらに向けてくる。
「……英里は遼太郎を何で知ってたの?」
「何で言い直したの!も〜」
誇らしげな顔が崩れてむすっとした顔が表れる。
「んー、何て言ったらいいかな。私と遼太郎は実家が同じ状況でさ。私の父さんが小さい町工場見たいのやっててさ」
「遼太郎の家庭がシングルマザーなのは知ってる?知らなくても話は続けるけど私の家庭はシングルファザーでさ」
「私の父さんと遼太郎の母親が知人でそこそこ家も近いから互いに助け合ったこともあったんだ」
「因みに、今その工場に遼太郎の弟も働いてるよ」
ますます遼太郎と英里の間柄が気になるではないか。まあ知っていた理由も何となくわかったし……。パッとしない何かが胸の中でもやもやしている。
「んじゃあ、仁志……君?」
彼女が困った様子を見せた。やっぱりあまり馴染みのない人を呼ぶ時は困るものだ。
「それ以外になんて呼ぶつもりさ」
「仁志ちゃん」
「即答かよ」
「それは置いといて、仁志ちゃんは彼女とかは」
「おいお前ら」
いつの間にか遼太郎が側に立っていた。
「大丈夫か?」
僕の左隣にいる遼太郎は、脇腹を抱えて歩いている。顔色は見るからに悪い。
「あいつの毒突きめちゃめちゃ嫌な所に刺さるよな……」
そう言うと遼太郎はイテテと呟いた。
「遼太郎が悪いんだよーだ」
僕のすぐ右隣を歩いている英里は顔を突き出して遼太郎に向かって舌を出した。遼太郎にそんな安い挑発を……。
「このクソ女が」
安い挑発に簡単に乗った。遼太郎が満面の笑みで言い放つと、目の前を歩いていた中年の女性がビクッと肩を震わせこちらに振り返った。僕は吹き出しそうになるのをこらえて遼太郎に背を向けた。
「あ、いえ、あなたに言った訳では」
「クソ女で悪かったですね!」
中年の女性は大声で怒鳴り散らして早足で去っていった。僕は堪えていた笑いを解き放つと、隣の彼女も同時に笑い出した。
「くっそ〜。俺が何をしたっていうんだ!」
「ふんっ!バチが当たったのよ!」
なおも英里は挑発を続ける。遼太郎という名の紳士はもうそこにはいなかった。何だか中学生のじゃれ合いを見てる気分だった。1つ言わせてもらえるとすれば、わざわざ僕を板挟みにしないで欲しい。
「お前!そんな風に言ってていいのか?」
遼太郎がわざとらしく強調して言い放つ。
「遼太郎に弱みを握られた事なんて一度もありません〜」
英里が惚けた顔を浮かべる。
「お?言ったなお前。そう言えば英里の好きな人ってひとおぉッッッ」
英里は光速を超え、遼太郎の脇腹を再び捉えた。
それから次の僕の休暇まで、学生生活のような平和は続いた。本当に何気ない日常を過ごした。そして僕の2回目の2連休、事件は起きた。
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