Report.10
「来週だ。いよいよ来週だ」
練習の帰り道、神妙でどこか笑みを含んだ顔で遼太郎は呟いた。
「何が?」
「お前がいつも見てるもの」
「あー、劇か」
「そうそう。いよいよ来週なんだ」
「へえー。まあ頑張れよ」
後方を見るとやや距離をとって英里が付いて来ている。僕らの歩調に合わせているためかトテトテと早歩きで、どこか愛らしかった。僕が歩調をやや緩めると遼太郎も同じように歩調を緩める。再び後方を見やると、英里もやや歩調を緩めてホッとしたような表情を浮かべていた。
「どうした?」
「いや、何でもない」
遼太郎は後ろを一瞥した。そしてこちらに再び顔を向けた時、遼太郎の顔は嫌な笑みを浮かべていた。
「お前もしかしてさ、あの子気になるの?」
「は?」
ドストレート過ぎないか。
「気になる、か。まあ気にはなるけど、それまでだな」
「えーっと、どういう事?」
「気にはなるけどそれ以上でも以下でもないって事」
「……お前さ、今まで女の子と付き合った事くらいあるよな?」
……。
「ない」
「え?」
「ない!何度も言わせんな!」
「え?お前その歳で?マジかよ」
いつものように公共の場という事を気にせずに大笑いしている。横目に後方を見ると、案の定英里は動揺していた。
「え、んじゃお前ってさ」
なんだ、まだ聞く事があるのか。
「そういう経験もないの?」
「そういう経験?」
「あんな事やこんな事」
遼太郎は[自主規制]などのジェスチャーをした。
「……聞かなくてもわかるだろ」
「バレンタインの時チョコ貰えた?」
「本命は1回もねぇ。義理はたくさんもらったけど」
「……もしかしてさ、その義理チョコ箱とか高そうなやつだった?」
「箱はいくつかあったね。高そうなやつと言われても僕は疎いからな……」
「箱って……。それ絶対義理じゃないぞ」
「義理って言ってたぞ」
「あのなぁ……」
「僕は色恋沙汰には鋭い方だぞ。学生の頃なんか誰かが付き合ったらすぐわかったし」
遼太郎はしばらく唸り、指を二本突き立てた。
「……2択だ。自分周辺に疎いか、お前自身鈍感だが自分では鋭いと思ってるだけかだ」
「……そんなに酷いの?」
「うん。酷い」
「……」
結構ショックだ。
「まあ何にせよ、周りには気を配れよ」
「はいはい」
遼太郎は後ろを振り向いてもう一度こちらを向いた。
「いいか!周りに気を配れよ!わかったな!」
念を押しすぎではないか。後ろからパタパタと忙しい足音が響く。
「ちょっと〜〜〜!」
英里が遼太郎を思いっきり突き飛ばした。
「何言ってるんですか!」
「いや何って……」
「もう!ちょっと来て!」
2人はやや距離を進めて僕から離れてしまった。何やらコソコソ話していて聞き取れない。英里もヘッドホンを付けているため、周囲の視線は変わらない。にしてもひとりぼっちはなかなか辛い。
「いいですか!」
英里が一喝すると遼太郎は小さくなって言い訳をした。
「そのままだとあいつ気づかないぞ」
「うぅ……。その時は私から言うから大丈夫です!」
「普通男から言わない?」
「普通じゃなくてもいいですー!」
ふんっと彼女は遼太郎に背を向けて僕の背後に回り、僕の背中を押した。
「さ、行きましょ行きましょ」
「何話してたの?」
「仁志くんは関係ないっ」
「え?男からとか女からとか……」
「だーーー、いーきーまーしょー」
更に強く押してくる。
「どうしたの積極的になっちゃって」
遼太郎が横槍を入れる。
「遼太郎君は黙ってて」
未だ嘗て見た事のない鋭い目つきが遼太郎を捉える。
「ごめんなさい……」
なんだか妙に馴れ馴れしい気がしてならない。
「2人は知り合いなの?」
「まぁ……ねぇ?」
英里が遼太郎を睨んだ。
「こんないい人だと思わなかった?いやぁ」
「ん?なんか言った?」
今にも睨み殺しそうな勢いだ。
「ごめんなさい」
こいつら仲良さそうにしやがって。少しからかってやるか。
「2人とも仲良いね〜。お似合いだね〜」
場の雰囲気が凍りつくのを感じた。
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