備考その5 休日
結局僕は豚キムチ炒めと言うものを作ることになった。材料も少なく、何より説明に「簡単」と書いてある。戸惑ったと言えば、にらの数え方がわからなかったことくらいか。
豚キムチの材料を数量通り買い揃えた。料理酒や醤油はそもそも持ってないのでまるまる買う羽目になった。昼飯の時間もとっくに過ぎていたので惣菜とおにぎりも買っておいた。というより今日の夕飯も惣菜とおにぎりでよかった気がする。指に料理酒と醤油の入ったビニールが細くめり込んでいる。手料理を作ろうと思った自分を呪った。
家に着くとほぼ何も入っていない冷蔵庫に材料を詰めた。何も知らなかった僕は醤油と料理酒まで冷蔵庫に詰めた。その後、買ってきた惣菜とおにぎりで腹ごしらえをした。はっきり言うとコンビニのお弁当やおにぎりの方が美味しかった。
しばらく漫画のプロットを書いてから調理に取り掛かった。レシピ通りの数量をレシピ通りの手順で調理していく。書いてあることはよくわからなかったが適当にやればなんとかなるものでかなり美味しそうに出来上がった。キムチの刺激的な匂いが食欲を刺激する。見ているだけでヨダレが出てきた。だが僕は決定的なミスを犯していた。料理本を読んで作った人はもしかしたら経験があるかもしれない。料理本は基本2人分や4人分の数量が書かれている。僕は4人分の豚キムチ炒めを作ってしまった。僕は食い意地は張っているものの大食らいというわけではない。平らげるのはかなり苦しい作業だった。本当に料理本は不親切である。何故1人分で書いてくれないのだろうか。たくさん作る人はそれを人数分かければいいのだから1人分でいいじゃないか。まあいい、次からは気をつけよう。
しばらく漫画の内容を考えていたが、いつものごとく浮かばない。気分転換に監視対象のファイルを開いた。レポートは監視3日目で止まっていた。暇つぶしにはもってこいかもしれないが今日のような休暇はどうすればいいのだろうか。どうせあのおっさんに提出すると思うとそれほど真剣に書かなくていい気がする。僕は休暇は日記にすることにした。
レポートを書いていると遼太郎の変化が激しすぎると改めて実感した。それが遼太郎なのかもしれないが、違和感とも不安とも受け取れる、なんとも言えないものが胸に広がった。追及しても分かりそうにないのでそのまま見逃すことにした。
監視をしていた分のレポートを書き終え、今日の分のレポートを残して再びやる気を失った。何もしたくないのだが、何かをしなければならないという使命感がある。何かやる気の起こることはないだろうが。ふと外を見るとビルの個々の窓から光が出ているのが目に入った。僕の中には幾つかの選択肢があった。
・やる気は起きないが強制されることをして無理やり暇をつぶす。
・やる気の起きることをする。
・やる気のいらないことをする。
結局寝ることにした。
窓から優しい光が漏れているのを感じた。耳をすますと、雀だろうか、鳥のさえずりが聞こえる。穏やかな朝だ。ただ、暑い。うっすらと目を開けて時計を確認する。まだ7時だ。この頃早く起こされてたせいで早起きが少し体に馴染んでしまったようだ。二度寝しようとも思ったが寝るには暑すぎたので起床することにした。そういえば遼太郎の部屋ではいつもクーラーをつけていた。電気代を考えないくらいの余裕があるのだろうか。
僕は再び昨日の選択を迫られた。しばらく考えていると我ながら名案を思いついた。あのコンビニならばやる気が出るかもしれない。何せ漫画の参考にもなるかもしれないし、自殺監視人についてもう少し詳しく聞きたい。何度も言うが不純な動機などない。
コンビニに着くとまず僕はレジを確認した。レジをしているのはメガネをかけた女性と、昨日僕を迎えに来てくれた女の人だった。今は客は僕くらいで、2人は楽しげに話していた。なんだか話しに割って入るのも気が引けたので週刊誌コーナーで立ち読みして時間を潰すことにした。昨日読んだものの、2度読んでも悪いことはない。
包装されていたことをすっかり忘れていた。この頃色々忘れている気がする。歳だろうか……。本を戻して再びレジを見ると話に区切りがついて昨日の人が品出しに回るようだった。これは好都合である。コンビニで商品回転率が高いのは劣化の早いお弁当、おにぎり、パンである。品出しするのが多いのはそこであろう。僕はそこへ先回りしてお弁当で悩んでるフリをした。しばらくすると案の定、彼女はここへ来た。
「あの」
振り向いた彼女は僕を見ると少し戸惑った表情を浮かべた。
「どうしたんですか?」
僕は距離を詰めて彼女に耳打ちした。
「あのメガネの子も監視人なんですか?」
僕がメガネの子を一瞥すると彼女も同じように一瞥した。
「あー、あの子ですか。監視人ではありませんよ。事務員さんです。今月は監視人やその補佐が多いので事務員さんが出てきてくれてるんですよ」
なるほど。
「で、どうしたんですか?」
詰めていた距離を離した。
「やることがなくてここの手伝いでもできないかと…。それと監視人についても詳しく聞きたいです」
「なるほど〜。んじゃまず品出し手伝ってもらえます?」
彼女は可愛らしい笑顔を浮かべながら横に置いてあるダンボールを指差した。
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