備考その4 突然の休日

泉 仁志



この日は昨日よりさらに早く起こされた。起こしたのは遼太郎ではなく、弁当のおじさんだった。

「ごめんなさい、すっかり忘れてました。休みですよ」

休み?何の話だ。意識が朦朧としていて理解することが出来なかった。

「あれ?まさかこれも聞いてないんですか?」

…あっ、監視の話か。

「あー、聞いてますよ。確か週に3日休めとか…」

あれ?今日6日目じゃなかったか。

「あ、そこまで説明したんですか…。取り敢えず迎えの子が来ますので、帰りがてら話してもらってください」

そう言っておじさんは遼太郎を一瞥した。ここでは遼太郎の迷惑になるということを言いたいらしい。やはり悪い人ではない。

部屋から出ようとすると扉がひとりでに開いた。自動ドアになったということではなく、ちょうど人が入ってきたのだ。




そこには見た目は女子大生ほどの綺麗な女の人が立っていた。




そして僕はその人を知っていた。




その瞬間、自分の目の前にいるおじさんの正体を思い出した。




「あーーーーーーっ!!!」

2人は慌てて僕を制止する。女の人に手を引かれ、おじさんに背中を押されてようやく部屋を出た。おじさんは僕が出たのを確認すると、静かに扉を閉めた。

「急に叫ばないでください。耳が痛いです」

彼女は迷惑そうな、どこか嬉しそうな顔で僕に訴えてきた。

「いや、だってあのおじさんも君もコンビニの…」

「あれ、バレてましたか」

彼女は優しい笑みを浮かべた。少し胸が苦しくなったのを感じた。




彼女とおじさんはコンビニで働いている人だ。それも僕の住んでいるアパートのすぐ近くのコンビニだ。わかりやすく言えば、昌平のおっさんと会ったあのコンビニだ。おじさんと監視人として出会ったときに、どこかで会った気がしたのは気のせいではなかったのだ。しかしどうして監視人が2人もあのコンビニにいたのだろうか。聞きたいことを彼女にぶつけてみた。

「あーやっぱりあのおっさん説明してませんでしたか〜。ちゃんと説明出来ないんですかね…」

半ば諦めたような表情だった。

「えーと、休暇についてですが、基本は週に2日から1日です。どちらでも選択出来ます。ですが、監視対象が危険人物であると判断された場合のみ、休暇が週に3日になります」

朝早いせいか人通りが少ない。その少ない人々は皆不思議そうな顔をして彼女を見ている。僕はそこでヘッドホンを付けっぱなしだと言う事にに気づいて静かに外して電源を切った。彼女はそんな様子に気付いてか気付かずか説明を続けていた。

「私たちがコンビニにいた理由は少し大きい話です。私たちが自殺監視機関に所属しています。まあ簡単に言えば国の機関です。実はこれが色々な会社と協定みたいなものを結んでいるんですよ」

「協定?」

「そう、協定。例えばファーストフード店やらスーパーやらコンビニやら土木関係やらファミレスやら。とにかく色んなところと協定を結んでます。詳しい内容は私も知りません。監視の仕事は年に3回までと聞きましたよね?」

「あ、そんな話ありましたね」

ほとんど忘れていた。

「つまり9ヶ月くらいフリーな期間ができるわけですよ。その期間だけ他の仕事をするというのも厳しい話なので、働きたい人はその協定を結んだ働き先の中から選んで働くことができるんです」

もう僕は話について行っていない。完全に置いてかれている。フリーな期間はぼーっとしていたいのだが。

「もちろん働かないという選択肢もありますが、基本監視人はきっちりした人が選ばれるので働かない人は0に近いそうです」

そうはいかないようだ。完全に思考を見抜かれた気分だ。

「質問はありますか?」

思いつかない。取り敢えず思いついた事を言ってみよう。

「なんであなたはあのコンビニに?」

「近いんですよ。私の家から」

なるほど、じゃあ僕も同じコンビニだな。不純な理由などない。決して。

「まあ休憩時間に甘いもの食べれるからってこともあるんですけどね」

彼女は小声で呟き、こっちを向いてえへへと誤魔化した。






趣味とは。


人の人生を充実させるもの。糧として日々を生き抜くためのもの。暇をつぶすもの。受け取り方はそれぞれだと思う。

僕の趣味ってなんなのか。今まで漫画しかやってない。こうして暇をもらうと何をしていいかわからなくなる。己の無趣味さを噛み締めながらも何もする気も起きず、帰ってきてからベッドで横になっていた。いい加減腹も減ってきたがコンビニまで歩く事すら面倒に感じる。ペンを取る事すら面倒に感じている。とりあえず何を食べるかを決めよう。それからコンビニに行こう。こういうやる気のないときはラーメンなどパパッと終わらせられるものがいい。いや、逆に面倒なものを選んで気持ちを奮い立たせるのもいいかもしれない。だが、コンビニで買うという前提があるため、面倒なものが思いつかない。ふと、遼太郎の実家で食べた手料理を思い出した。あー、手料理を食べたい。





よし、作るか。





僕は料理を作ったことなどない。学生の頃に調理実習などがあったが、何故か周りの女子が「やるからいいよ」と仕事を持っていってしまった。理由は今でもわからない。包丁を僕に持たせたくなかったのか。何にせよ、おかげで僕は料理経験など皆無である。





少し距離はあるが本屋に出かけることにした。先ほどまでめんどくさがっていたのはとうに忘れていた。外に出ると凄まじい熱気が体を襲ってきた。しばらく早朝や日が沈んだ後に行動していたため、外の暑さを感じる機会が少なくなっていた。僕は即座に行き先を駅のホーム内にある本屋に変更した。





本屋に着くと僕は第一に週刊誌や月刊誌の置いてあるコーナーに向かった。今日は月曜日で、週刊誌の最新号発売日である。また、人も少ないので遠慮なく立ち読みした。





30分ほどかけてじっくりと読んだあと、単行本の発売状況を確認し、いよいよ本題である。僕が今日ここに来た理由は料理本を買うためである。初めは料理本のコーナーにいるのが気恥ずかしく、人が来るとつい反応してしまっていた。そんなことを繰り返していたとき、1人の男性が1冊の料理本を手に取った。その男性はオールバックで、見るからに表の人間ではない。オールバックの男は本をパラパラと捲った後、ややご機嫌にレジへ向かった。その様子を横目で見ていると、ビクビクしている自分が情けなく思えた。僕は堂々と居を構えて料理本を貪り読み始めた。





料理本とは不親切なものである。表紙には「初心者のための」やら「誰でもできる」などと書いてあるが僕には中を見ても全くイメージが湧いてこない。材料さえわからないこともしばしばあるほどだった。諦めて僕は目に付いた本を買うことにした。





僕はそのまま近くのスーパーに向かった。歩きながらパラパラ読んでいたが中々簡単そうなものは見つからない。そこで僕は一度本を閉じ、再び開いたページのものを作ることにした。僕はしばらくどこを開けるか悩んだのち、真ん中あたりを思いっきり開いた。




茶碗蒸し




僕は再び本を閉じた。




***



海崎 颯人



その日の俺は外で飲む気分ではなかった。何か嫌なことがあったわけでもなく、ただ単に家で飲みたかった。それだけだ。





俺は帰路の途中ではあったが本屋に寄り道する事にした。俺は時々料理本を見て自分でつまみを作ったりしている。店で出る物も美味いが、自分で作ると味の加減をできるのでそれはそれで好きであった。




俺は料理本の中からつまみの特集をした物を適当に探り出す。何ページか流し読みをしながらレジへ向かう。つまみのサムネは、俺が知っているものから知らないものまで様々であった。作る前から楽しみになって来た。




俺は本を閉じていそいそとレジへ向かった。

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