備考その3 謎の面接
「ちょっとこれ読んでみな」
そう言いながら、渋い味を出しているおじいさんは遼太郎に紙を渡した。このおじいさんは、杖をつくようなおじいさんというよりかは時代劇で殺陣をしていそうなおじいさんである。近くにいるだけでも威厳に負けてしまいそうな人だ。ヤクザをやっても生きていけそうだ。
渡された紙はどうやら何枚か挟まれていたものの一枚のようで、左上の角が破れていた。
「これはとあるドラマのワンシーンだ。ここの看板が主演でな。もう放送されたからそれ自体には価値はない。さあ、読んでみな」
そう言うと、おじいさんはソファに深くもたれかかった。向かいに座っている遼太郎はしばらく黙読していた。遼太郎の後ろに立っている僕も遠巻きにその内容を見ていた。
「どうした、早くしな」
遼太郎はビクッと肩を震わせ、おどおどと読み始めた。渋いおじいさんはまるで瞑想しているようだった。
特に何が起きたわけでもなく、只々読み終えた。僕から言わせてみれば、いわゆる棒読みだった。ここまでひどい音読を聞くと逆に感激である。
重い沈黙がしばらく続いた。おじいさんは静かに目を開けた。
「ちょっと紙を」
遼太郎から紙を受け取るとおじいさんはしばらく紙を見つめると、遼太郎に一言添えて紙を返した。
「ここにはナレーションなどはない。君が読むセリフ以外は書かれていない。とはいえこれだけでも場面は想像出来るはずだ。君の想像する場面を思い浮かべて、もう一度読みな」
無愛想だなクソジジイめ。まるで自分が遼太郎の親になった気分だった。
遼太郎はその言葉を真摯に受け取っているようだった。しばらくおじいさんの方を向いたまま何かを考えていた。そして視線を落とし再び黙読を始めた。
クソジジイ…。おじいさんは先ほどのように深くもたれて瞑想しているようだったが、今回は細目に遼太郎を見ていたらしく、遼太郎が目を落として黙読したのを見届けると顔に僅かではあったが笑みが浮かんだ。そして大きく深呼吸をしてソファに身を任せたのだった。
その動作が無性に腹が立ったが、おじいさんなりに何かに気付いたのだろうと心を落ち着けた。
遼太郎は黙読を終えたらしく、落としていた視線を一気に真上に投げ上げた。天を仰いだまま、遼太郎はぶつぶつと何かを言い始めた。おじいさんは先ほどとは違い、黙って瞑想していた。
遼太郎3分ほど天を仰いでいた。首が痛くならないのかと不思議に思っていると、遼太郎は再び視線を落として、一息ついた。そしてまっすぐな視線をおじいさんに向け、
「お願いします」
と言い放った。おじいさんは瞑想したままだった。
結果をいえば遼太郎は事務所に勤める……?所属する……?……まあそんなことが決まった。
僕は遼太郎の2回目の挑戦をする直前あたりからあまり覚えていなかった。
わかったことはある。遼太郎はいわゆる完璧人間なのである。2度目の挑戦を覚えていない理由はハッキリしている。1度目の挑戦とはまるで別人の遼太郎が、僕の目の前にいたのだ。
もう1つ覚えてるといえば、あのおじいさんが瞑想をしながら笑みを浮かべていたことくらいだった。
今更だが、ここまでは遼太郎の話であり、監視期間が終わったら関わることはない。何が言いたいかというと、別にこの話は結果だけ明かして飛ばしてよかった気がする。
外に出ると既に暗くなっていた。とにかく僕はもう寝たかった。いやだめだ。まだ寝ちゃダメだ。ご飯食べてない。
にしても何が嬉しくてあの一室に男3人…いや、男2人漢1人でいなければならなかったのだろうか。ふと、あの一室の場面に思いを巡らせる。もうあそこまでくると僕の存在意義がなくなってくる気がする。
昌平のおっさんには、まだ心配だからと言って遼太郎の監視を続けてはいるものの、今となっては金をもらうためにストーカーしているような状態になっている気がした。なんと言ったってまだ4日目だ。そんなところで止めていては話にならない。とはいえこのままストーカーを続けていると、誰に責められるわけでもないのに、僕の精神が削れていく。せめて遼太郎がもっとダメ人間だったら救われていたかもしれない。
結局僕は遼太郎の監視を続けることになった。それが幸か不幸かはわからない。だがこの時、違和感を感じるべきだった。何が何でも話が上手すぎると。遼太郎は監視対象になった理由があったのだと。
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