備考その1 監視対象一家

作者の前書き


今更ですが、Fileは章、Reportは話、備考は番外編となっています。番外編は本編と関わりはありますが、ちょっと個人的な話になっており、知らなくても本編を楽しめるという話です。それとは別に特別編と言うものがあり、本編の登場人物を使ってはいるものの本編とほぼ関係がありません。そんな話がありました程度のお話となります。それでは、どうぞ。



***

泉 仁志


なんだか耳元が騒がしい。それも片側だけ。少しずつ意識が覚醒していく。

「ぅぅううおおおおおきろおおぉぉぉぉぉ」

「うわぁぁ!!??」

体が跳ね上がり、後ろの壁に頭をぶつける。頭を抱えてしばらく悶える。昨日の遼太郎と同じ事をしている気がする。

「まだ起きんのか?しょうがないな……」

声の主は昌平のおっさんだった。どうやらヘッドホンから話しかけているようだ。ふと、声が途絶えたと思った矢先、何か空気の流れの音を聞き取った。

息を大きく吸う音だ。


マズい。


僕は急いでヘッドホンのボタンを押しておっさんに喋りかけた。

「起きてます、起きてますってば!」

手遅れだった。




まだ耳がキンキンする。おっさんはあの後本気で叫んだ。そんなことをすれば音も割れ放題。ヘッドホンを付けている僕と僕の右耳が悲鳴をあげた。




事態が落ち着いた後、おっさんからヘッドホンについての説明を受けた。どうやらヘッドホンを付けている人が何をしているかは大体わかるそうだ。

「耳は薄いからな。強い光を当てれば透けて見えるんだ。そうして耳を透かして毛細血管の流れを見る。それで寝てるかどうかは大体判断できるんだ」

恐ろしい話である。ろくに寝てもいられないじゃないか。遼太郎をチラッと見ると未だに寝ていた。さっき僕はかなりの音量で叫んだのに、なぜ起きないのだろうか。




体のあちこちが痛い。床に体操座りで寝たのは多分これが初めてだ。それ以外にも要因はある気もするが気にしないでおこう。時計を見ると、針は8時を指していた。生活習慣が良い人ならばとっくに起きている時間だろう。僕は2ヶ月間、12時に起きる癖がついてしまったため、今日はとても眠い。監視対象である遼太郎が朝に弱い点は良かったのかもしれない。




何もすることがない。なぜおっさんは僕を起こしたのだろう。取り敢えず今日の分のレポートを書こうとファイルを開いた。中学校の時、日直が回ってきた時内容を書くのが面倒で朝から書き上げてしまう、アレである。

ふと、昨日書いたレポートが目に付いた。



僕は何を書いているのだろうか。



書き方がまるで自分ではないようだ。



誰も見ていないのに恥ずかしくなった。



一通り今日の分のレポートを書いた。それでも時間は有り余っている。おっさんの話では小説や勉強をする奴もいたとか。聞いたときは、いつそんなことをするんだと思っていたが、いざ監視期間に入ると空き時間だらけで暇だった。

僕はレポート用紙の裏面を使い、軽い漫画を描き始めた。今思いつくものをどんどん描いていった。ストーリーや登場人物の構成、ストーリースタイルなどの詳細も書き込んでいく。久々に漫画の事に没頭できるかもしれない。

そうだ、いいストーリーを思いついた。忘れないうちに書き込もう。

その瞬間、突如玄関の扉が開いた。何事かとそちらを見ると、昨日の優しそうなおじさんが立っていた。やはりおじさんは副担当のようなものらしい。手にはコンビニのレジ袋が握られていた。朝食のことをすっかり忘れていた。

外に出て行っても食べる場所がないので部屋で食べた。

優しそうなおじさんは僕の食べる様子を見守っていた。サンドイッチとミルクコーヒーだった為すぐに食べ終わった。おじさんは食べ終わったのを確認するとすぐに出て行ってしまった。監視について色々聞きたかったのだが……。優しそうなのに実際は無愛想なのだろうか。



おじさんが来る前に思い浮かんだストーリーを綺麗さっぱり忘れてしまった。あのおじさんめ……。




今日も遼太郎はゆったりと起床した。僕はもうとっくに昼ご飯を食べた後である。昨日は決して遅い時間に寝たわけでもないのにどうしてこんな時間に起きるのか理解出来ない。さすがの僕でも呆れて言葉が出ない。

「んぁぁ……。おはようございますぅ……」

目をこすりながら挨拶をしてきた。おはようございますと返事はしたがまだ寝ぼけているのか反応がなかった。彼の事を色々聞きたかったが今は聴けそうにない。食事の後に聞くとしよう。

彼は少し遅い昼食をとり、近くの書店へと向かった。僕としては漫画コーナーにとても行きたい。だが広さが昨日のコンビニとは違いかなり広い。勝手に店内をブラブラすると、どうしても見えない場所が出来る。それは避けるべきと判断し僕は遼太郎の後を大人しく付いていった。遼太郎はしばらく歩き、ライトノベルや小説が置かれたコーナーで足を止めた。隣を見ると漫画コーナーである。何に対するものかもわからない怒りが巻き起こった。また夜に読みにこようかと思ったが昨日の弁当に突っ込んできた蛾の事を思い出し、即座に却下した。無難に今週の休みを使うことにした。

彼は熱心に小説を読んでいた。ジャンルはあまり気にせず、読みたいものを読んでいるという感じだった。何度見ても顔立ちがいいため立ち読みしている彼の姿は少女漫画のワンシーンのようだった。きっとこんなシーンで主人公の少女が現れ、真剣に小説を読んでいるイケメンに惚れて話が始まるんだろう……。ベタな展開かな。まあ身だしなみを整えればの話だが。

やはり暇だ。僕は小説を読むかこのまま見守るか悩んでいた。小説を読んでいると気が付かないうちに置いていかれそうで怖い。とはいえ見守るのは暇である。悩んだ挙句、彼の読んでいる小説を後ろから見ることにした。遼太郎は後に、この行為の圧迫感を僕に熱く語るのは、大分後の話である。




結局その書店に5時間近く居座って立ち読みしていた。彼の選ぶ本はどれも魅力的で後ろから読んでいた僕も引き込まれた。読み切る前にページをめくられてイラっとした事が何度かあった。自分勝手な話である。

時計を見ると、とっくに夕食の時間を超えていた。時間内に食べきらなかった場合は持って行かれるとおっさんは言っていた。つまり僕の今日の夕食は今頃あの優しそうなおじさんの腹の中……。

この時の僕は夕食の事しか考えてなかったと思う。だからどうというわけでもないが。




遼太郎の家に戻る前に遼太郎はコンビニに寄り、弁当を買って部屋に戻った。それから遼太郎が弁当に手をつけようとした時、タイミングよく玄関の扉が開いた。期待通りのおじさんだった。時間が過ぎているのにどうしてこんなにタイミングにおじさんはきたのだろうか。手に持っているものを見ると弁当のようだった。

「わざわざ待っててくださったんですか?何にせよありがとうございます!」

久々に本気でお礼を言った気がした。

「いえいえ、あなたはまだ若いんだからたっぷり食べなさい。それと、その様子だと説明を受けていないようなので私から説明しますね」

声は顔と合っているというのか、どこか安心感のある声だった。あのおっさんといい、遼太郎といい、漫画ならいい味出すキャラクターが揃っている。だが、リアルにいるとストレスでしかない事が多い。

「ヘッドホンにはGPSが内蔵されています。そこから常に周辺情報が発信されるので、あなたの行動などを見ながら弁当の大きさや時間を調整してます。それと何かリクエストがあれば次の飲み物や食べ物は決めれますよ。それとリクエストの場合あんまり高いものをリクエストすると給料から引かれるのでお気をつけて」

このヘッドホンのどこに色々な技術が詰まってるのだろう。製作者はすごいなと薄っぺらい感謝を胸に浮かべた。別段好きな食べ物や飲み物もないのでリクエストはあまり僕には関係ないと思った。おじさんが口を開いた。

「あの……」

「……あ、どうかしましたか?」

少し躊躇っておじさんは言った。

「魚……苦手でした?」

そうだ、弁当を食べる時間だった。

「あっ、いや、考え事で忘れていただけです」

少し恥ずかしく感じた。

弁当を出して合掌したときふと遼太郎の姿が目に入った。見るからに寂しそうなオーラが出ている。会話に入れずに困るのも無理はない。彼の弁当は全く減っていなかった。僕が弁当を一口食べると遼太郎も食べ出した。僕が食べるのを待っていたのかもしれない。もしそうだとすると彼はかなりいいやつだ。僕に気を使う必要などないのに。ますます彼の経緯が気になった。




弁当を食べきり、ゴミをレジ袋に詰めておじさんに渡した。おじさんはがんばって、と一言声をかけて帰っていった。遼太郎も大体同じタイミングで弁当を食べ終えた。遼太郎も綺麗にレジ袋に詰め、部屋の隅のゴミ箱の中に押し込んだ。

「えーと、やる事もないので寝ますね」

まだ彼の事を何も聴けてないのだが……。まあ監視対象の行動に口を出してもしょうがない。わかりましたと返事をしてカバンの中身を整理して再び体操座りになった。

「布団1セット余ってますが、使いますか?」

そういえば遼太郎は彼女がいたとか。え、一緒に寝なかったの?勝手に想像を膨らませた。彼から見たらいいお世話である。

「本当ですか、ありがとうございます!」

何にせよやはり遼太郎はいいやつだ。そして僕はやはり都合がいい。ようやく全身の痛みから解放される。1日しか寝てないけど。

遠慮も特にせずに僕は布団を敷いて横になった。体が痛くなくてストレスがない。やはり布団は恋人だ。電気消しますね、と遼太郎が一声かけて電気を消した。

今日1日を振り返ってみた。何をしたのだろう。ほぼ意味のない1日だった気がする。こんなことがまだまだ28日ほど続くと思うと憂鬱で仕方がない。

そんなことを考えていると遼太郎が話しかけてきた。

「監視員さん、えーと、仁志さん、でしたよね?」

「はい、覚えてくださってたんですか」

僕が自分の名前を名乗ったのは初対面の自己紹介の時だけだ。……ったかな?僕は何度人の名前を言われても覚えられないが……。

「仁志さんはこんなに長い時間いて、えーと……。あの家族とかは……」

なるほど、確かに聞きにくい質問だ。だが僕は期待するほど悲惨な境遇ではない。寧ろ普通だ。

「いますが僕一人で上京したので、家に帰っても誰もいません。実家に戻れば全員いますよ。それと僕の方が年下なのでさん付けや敬語は大丈夫ですよ」

1歳差、それも同じ年度かもしれないが、誰かにさん付けや敬語を使われるとむず痒くてしょうがない。

「そうでしたか。何か訳ありなのかと……」

こんな危険な仕事をしていたらそう思うのも仕方ない。敬語が治ってないが使うなと言われても中々直しにくいものである。勝手にそう解釈した。

「遼太郎さんは家族とは交流してるんですか?」

「僕の母親はシングルマザーなので家計は苦しいものでしたが、今は弟がなんとか回してます。僕がここに居られるのもそのおかげです」

なるほど、弟のおかげか。ヒモでもない臑齧りでもない、新種のニートを見つけたぞ。にしても遼太郎から話しかけてきてくれたおかげで色々聞けるかもしれない。

「僕の父さんはとても真面目でずっと働いてたそうです。そんな父を母はいつも自慢してました。こんなにいい男はいないって。違う意味だったかもしれませんが」

遼太郎が悲しそうな笑みを浮かべた気がした。見えたわけではないが鼻で笑う音が聞こえた。

「父さん、竹を取りに行ってまだ帰ってこないんです……」

そうか……遼太郎も大変らしい……。




…………は?

「今のは冗談ですよ。かぐや姫じゃないんですから、今時そんなことあるわけないじゃないですか。父は職場の工場の事故で亡くなったんですよ。物心つく前でよく覚えてないので触れても問題ありませんよ」

なんてわかりにくい冗談だろうか。笑っていいのかダメなのかすらわからない。お茶目なのはわかったがコミュニケーション能力の問題が高そうだ。ただ、彼はニコニコ笑ってた気がして、自然と僕も笑顔になった気がした。

それからしばらく遼太郎とお互いの生い立ちについてしばらく語った。性格は真摯で、まだ2日しか経ってないが、とても自殺する様な人間には思えなかった。明日からは自殺する可能性のある人間の監視、という名目は置いといて遼太郎という1人の人間として接しようと思う。

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