Report.2

葉山 英里


それは、人生で2度目の恋だった。

1度目の恋はまだ小学生にもなっていない時の話。私より年上の男の子2人と良く遊んでいた。その内の1人に、私––葉山英里は幼いながら恋をした。それが初めての恋だった。

そして2度目、とある理由でコンビニのレジを打っていた時だった。1人の若い男性がコンビニに入ってきたのだ。

それは一目惚れだった。

顔立ちは整っているが、それ以外はこれといった特徴がなく、言ってしまえば平凡な男性だ。どこに惚れたのか聞かれれば答える事は出来ないと思う。自分でも何故恋をしたのかわからないのだ。

その男性は平日休日関係なく、頻繁にコンビニに訪れた。普通に考えれば気味が悪いが、私にとっては一方的とはいえ彼を見ることが出来て幸せな時間だった。

メルヘンチックだと思われるかもしれないが、これが正真正銘、私の2度目の恋なのだ。




蝉が忙しく鳴いている、ある日の事だった。コンビニ内はクーラーが滞りなく行き渡り、快適極まりない。平日の昼間であるにも関わらず、客はほとんど来なかった。

「英里ちゃん英里ちゃん」

ぼーっと突っ立っていると仕事の上司のおじさんが話しかけてきた。仕事と言ってもコンビニの店員ではないのだけど。コンビニの制服を持った上司––昌平は言葉を続ける。

「今からちょっと控え室行ってて。仕事のスカウトするから」

そういっておじさん、と言うよりかはおっさんと言うべきか。昌平はいそいそと制服を着始めた。

「スカウトって、私達の仕事を引き受ける人なんているんですか?」

昌平は制服のボタンを留めながら嫌なにやけ顔を浮かべた。

「金のこと持ち出せば大体釣れるだろ」

釣れなくても無理やり釣らなきゃいけないしな、と昌平は妙に含みのある言葉を呟いた。

「それってどういうことですか?」

返答はわかっているものの、それについて疑問を投げかけた。昌平は再びにやけ顔を浮かべる。

「それって何かな?」

私は軽く溜息をついた。

「それはそうと、お前にも後輩が出来るんだぞ」

「あ、確かに」

後輩……か。つまりは私が先輩と呼ばれるのだ。私はまだ顔も見ていない後輩に胸を躍らせながら控え室に向かった。




しばらくすると、昌平と僅かに聞き覚えのある男性の話し声が耳に入ってきた。私は控え室からレジを覗いた。

それは、私が思いを寄せている人だった。




それから昌平と男性は共の何処かへ向かった。それと入れ替わるようにして遅番の優しそうなおじさんがコンビニに入ってきた。

「こんにちは!」

「こ、こんにちは。良いことでもありましたか?」

おじさんは引き気味に私に尋ねた。

「はい!ありました!」

私に尻尾があったらきっと今頃荒ぶっているだろう。




それから私は淡々とレジ打ちや品出しを終えていった。そしてそろそろコンビニを出ようとした時に、来店を知らせるチャイムがなった。

「いらっしゃぃ……」

来店したのは、昌平がスカウトした男性だった。驚きと緊張のあまり声が尻すぼみとなり、情けない声を出してしまった。私は堪らず俯いた。男性は弁当コーナーに行くとすぐに弁当を掴み取り、少々店内を見回しながらレジに向かってきた。私は良いところを見せようと素早く精算をすませる。

「お弁当は温めますか?」

男性は静かに頷いた。弁当をレンジに入れ、男性の後ろの客の精算を終える。その後私は無意識的に男性の顔を見つめた。男性はもう1人の店員のおじさんを見ている。近くに、好意を寄せている男性がいる。それだけで私の胸は高鳴った。男性が急に視線を戻し、2人の視線が重なった。私は恥ずかしくなり、堪らず視線を外した。男性に一瞥くれると、男性も同じだったのか目をそらしていた。チンッと高い音が小さく耳に入った。私は素早く袋に入れ、弁当を差し出した。もう一度視線を合わせる。男性はまじまじと私を見つめていた。頬が熱くなっていくのを感じる。

「ありがとうございました」

私は慌ててお辞儀をした。自然に笑みが溢れていたのを感じていた。



***


海崎 颯人


平日の昼間ということもあり、バーにいるのは俺1人だった。店内には小洒落たジャズが流れている。俺––海崎颯人はグラスに残ったハイボールをグッと飲み干した。それから少々余韻に浸る。しばらくしてから静かに立ち上がり、会計を済ませて店を出た。

外はじっとりとした暑さを孕んでおり、非常に不快だった。俺は襟元を引っ張りつつ、次の店を探して歩き始める。周囲の人間はやや引き気味に俺に一瞥をくれていく。

何処からともなく蝉の声が響き渡った。

髪をかき上げ、オールバックを軽く整える。忍ばせた護身用の獲物が一層重く感じる。視界に居酒屋の看板が目に入った。俺は頬を緩めて扉を開いた。




***


泉 仁志


次の日、僕は早めに起きた。というより起こされた。朝から携帯が鳴り続けて寝れたもんじゃない。親かと思い電話に出ると、あのおっさんの声がした。

「運がいいのか悪いのか、仕事きたぞ」

電話の向こうでおっさんがにやけている気がした。

「早速明日からそこに向かってもらう。とりあえず事務所で詳しい内容を教えるから来い」

そう言って切られた。質問される気は無いらしい。今更だが監視対象の家に行くのか。本当になんにも教えてくれないおっさんだなと改めて思った。

ふとおっさんに出会ってから今までの事を思い返した。記憶が正しければおっさんに電話番号など教えていない。背筋が凍るのを感じた。


***


事務所に着くとおっさんはパソコンに向かって真剣な表情で考え事をしていた。にやけ顔ばかり見てきた僕にはなんだか少しかっこよく見えた。おっさんが僕に気づきにやけ顔に戻ってしまった。さっき思ったことは撤回しよう。とは言え、あんまりにやにやされると慣れてくる。昨日程はムカつかなかった。昨日程は。

おっさんがファイルを取り出し、僕にそれを差し出してきた。

「今回の監視対象のプロフィール。まあ読まなくても監視に支障はないがな」

だったらなぜ渡す。色々疑問が浮かんだがおっさんは構わず続けた。

「監視は1ヶ月行ってもらう」

「風呂は監視対象の家のものを使ってもいいし、事務所に連絡して風呂の間交代を要請してもいい。便所も同じだ。監視対象から見たら居候見たいな感じだろうな」

「それと、飯を食う時間は決められてる。その時間にはこちらから代わりを送る。夕飯の時に代わりが着替えを持ってくるから忘れないように」

「睡眠はどれだけとってもいいがなるべく目は離さないように。睡眠がどうしても足りないなら要請してもいいがその場合回数ごとに給料から引かれてくからな」

突っ込みどころ満載である。1ヶ月?長くないか。おっさんは睡眠をどれだけとってもいいと言っているが遠回しにあまり寝るなと言われているようなものである。労働基準法も何もあったものじゃない。

僕が唖然としていると

「明日からだから今日はたっぷり寝ろ」

と言った。僕の反応を楽しんでいるような表情だった。どうも好きになれそうにない。




家に帰り昼飯を食べていた時、ふとファイルのことが気になった。何故読まなくても良いものを渡すのだろう。ちょっとした好奇心でファイルを開いた。

最初のページには決まり事のようなことが書かれていた。



1.監視対象と過度の接触は禁ずる。

2.監視対象に暴力行為や法律に反する行為を行う事を禁ずる。

3.監視対象が自殺の動向を見せた時、または自殺を試みた場合は上記の1及び2を常識の範囲内で反しても良いものとする。



A4の紙の真ん中あたりにこの3つが書かれていた。その下に誰のものかわからない直筆の文字が書かれていた。



1はあくまで原則で過度に接触してもみんな黙認する。それで止められるならの話だが。



おっさんだろうか。それともこのファイルを作った人だろうか。どちらにせよ、監視対象を守りたいという意思は伝わってくる。僕はページをめくった。

そこにはなにやら決まり文句のようなものがズラ〜っと並んで書かれていた。先ほどよりも文字が小さく、見辛い。量が量で見開き2ページほど続いている。読む気がしないので後でゆっくり読む事にした。

決まり文句のページをめくるとなにやら履歴書のようなものが書かれていた。



河原 遼太郎

27歳

無職

家族構成:父親は仕事中の事故により他界。シングルマザーの苦しい家計の中で育つ。2人兄弟で2人の仲は良好。弟は現在実家付近の町工場で働いており、生活は充実してる模様。

自殺未遂方法:首つり、リストカット

概要:首つりは縄を結んでいた金具が外れ、失敗。リストカットで緊急搬送され一命を取り留める。以後も自殺する可能性あり。

経緯:元は大手企業に勤めるも馴染めずに3ヶ月で辞職。アルバイトで生計を立てるが生きる意味を見出せず鬱が入り始める。当時交際していた女性と別れ、自殺に踏み切る。



ここまで読み、僕は「メンタル弱っ」と一人呟いた。しかし監視対象は僕ではない。僕が想像できないほどの事があったのかもしれない。

そう思い直し、次のページをめくる。何も書かれていなかった。僕は戸惑った挙句、おっさんに電話をかけた。おっさんはワンコールで電話に出た。

「もしもし、どうした」

声の調子からして、おっさんには悪意は無いらしい。恐らく何か意味のある空白なのだろう。

「ファイルが空白なんですが……」

ここまで言っておっさんは電話した意味を察したようでまたも僕の話を遮った。

「ファイルの空白はその監視対象に関するデータをお前が埋めるんだ。監視対象に関することならなんでもいい。これから自殺する可能性の有無を書くだけでもいい。それどころか何も書かない奴もいる。監視が終わったらまた次の監視対象のデータをそのファイルに挟み、お前が埋める。それを繰り返すための空白だ。つまり、それはお前が作るんだ」

理解が追いつかないが、わかった事にしておこう。僕はありがとうございますと言って電話を切った。





翌日、僕は朝早くから事務所にいた。世間ではそれが普通なのだろう、事務所ではもう皆忙しげだ。たっぷり寝たおかげで眠くはないが緊張が胸を締め付けている。おっさんがいつも通りにやにやしながらもう一度説明をした。

途中までは昨日と同じようなことだったが、違う点が二つほどあった。

1つは昨日言っていた国が作ったという装置だ。マイク付きヘッドホンの耳に当てる部分が片側になったようなものだ。本当に周りから見えなくなるのかとつけてみるとおっさんが何やら無線機のようなものを取り出し、僕に付けていない方の耳を塞ぐように言った。言われた通り耳を塞ぐとおっさんが無線機を口に近づけ何かを語りかけた。直後、僕のつけていたマイク付きヘッドホンに音声が届いた。

『ヘッドホンの部分にボタンが付いてるだろ。それを押してなんか喋ってみろ』

そう言われると何を喋るか迷うもので、僕は無難に「あー」と喋った。おっさんはちゃんと聞こえたようで軽く頷く。そして再び無線機を口に近づけもう外していいぞと言った。僕はヘッドホンを外しておっさんの方に向き直る。

「んじゃ、仕事の説明するぞ」

おっさんは話をどんどん進めていく。肝心の超越的な機能の使い方を教えてもらってない。どこまで適当なのだろうと思いながらおっさんを呼び止めた。

「おっさ……。昌平さん、前言ってた超越的な機能の使い方は……」

軽く後悔の念が押し寄せたが、おっさんは何事もなかったように説明をした。

「ヘッドホンの上の部分に切り替えスイッチがあるだろ。それを切り替えればいい。後ろに切り替えれば自分だけ、手前に倒せば自分の周辺のものも見えなくなる。真ん中はオフだ。ここで使うなよ?お前が見えなくなったら、俺が説明してるのが1人で馬鹿みたい喋ってるように見えるからな」

それも悪くないな。僕はそう思った。しかし本当にそんなことができるなら色々犯罪に使えてしまう。このおっさんはそれをわかって僕にヘッドホンを渡しているのだろうか。

「んで、仕事だが1ヶ月、30日続くことは前説明しただろ。その中で週3日は必ず休め。精神的に参っちまうからな」

「食事は代わりに送る奴が持ってくる。時間は各1時間。食えなかったら持ってかれるからな。水分も代わりのやつが持ってくるからその点も心配しなくていい」

「後は自分の好きなものをある程度なら持ち込んでも黙認されるぞ。今までならそこで小説書いてた奴や勉強してた奴もいたな」

食事や水分は問題なさそうだ。休日があるとは思ってなかったが、不幸中の幸いと言ったところだ。にしても監視中に他ごとをするとは。そっちに集中して監視をほったらかしにしてしまいそうな気もするが。

「給料だが、フルに出たとすると週3日の休みを引いて144万4000円だ。簡単に言うと時給3000円。税は抜いてあるから手取り金がこれと考えれば悪くないだろ」

確かに下手したらそこらの正社員よりも高いがこのハードなスケジュールに釣り合ってない気もする。待てよ、一年ぶっ通しで働けばざっと……1600万ほどだろうか。いいではないか。

「一年で仕事できる件数は3件な。精神面とかいろいろ考慮するとそれで限界。ただ担当する監視対象がいなくても仕事がないわけじゃないからな。さっき言ってた食事の時の代わりや要請があった時の対応をしてもらう。無論その時間も働いた時間に入るからな」

やはりダメか……。

だが、監視を担当していない時も最低で1日9000円は入るかもしれない。貯金していれば困ることはなさそうだ。

「あと監視の補佐すらない月がある。その時はまた別の仕事を任意ですることができる。またその時が来たら説明してやるからな」

とっても気になる。どうせ詳しく言わないのだろうけど。




おっさんは説明が終わり、やれやれという表情を浮かべた。質問はあるか聞いてきたが、そんな表情をされては聞きたくても聞けない。そりゃあれだけ喋り続ければ疲れるだろうが……。今の所質問はないので、大丈夫ですと答えた。するとおっさんは急に真剣な表情になった。

「前に説明するとき、監視できるのは特例の場合のみと言ったな。そのことについて説明しておく。自殺する奴らは幾つかパターンがある。その中で緊急搬送された奴らは大きく分けて2種類だ。一つは突発的に自殺に踏み切ったもの。大体はこっちだ。根本的に解決しないと自殺を繰り返すが、まだ楽な方だ。そしてもう一つは少数だが、病的に自殺を繰り返すもの。これは少し鬱などの精神疾患が入ってる場合が多い。もちろん精神科にも見せるが原因がわからないと治せないこともあるんだ。そういう奴の監視を行うのが俺らだ。いいな?」

説明を聞いた途端に緊張で締め付けられてた胸が潰れそうになった。おっさんはそんな僕の心境を読み取ったかのように少しにやけた。

「頑張れよ」

緊張で締め付けられていた胸が少しではあるが和らぐのがわかった。いつものにやけ顔とは何かが違い、どこか安心感のある、笑顔に近いものだった。

その後おっさんから監視対象の部屋の合鍵とヘッドホン、それと監視対象に渡す金を受け取り、住所を教えてもらった。

住所はおっさんに教えられなくとも、ファイルに乗っていた。おっさんは意外と世話焼きなのかもしれない。






***


作者の後書


本作品を読んでいただき、誠にありがとうございます。

本作品のReport1〜2は設定に関する説明のような内容でした。

ここから先は本作品を楽しみたいという方はこのまま読み進めることをお勧めします。

「自殺未遂者を監視する」話しを読みたいという方はReport.13以降をお勧めします。


と言うのもReport.3〜12は自殺未遂者と言えるのか疑問なものでしたので……。図々しいようですが何卒よろしくお願いします。



作者が書き込める場所がなかったのでこの場をお借りしました。失礼致します。

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