自殺監視人

コザクラインコ

File.1 出会いの始まり

File.1 Report.1

泉 仁志


平日の真昼間、誰もいない部屋で僕はただ一人薄汚れた天井を見上げながらどうして自分が何もしていないのか考えていた。

大人は自分の都合のいいことばかり言う。大人は子供にいつも

「夢を持ちなさい。その夢を叶えるために勉強しなさい」

とばかり言っている。子供は無邪気にその言葉を信じ、医者、警察官、ケーキ屋さん、アイドル、漫画家、果てはヒーローなどと色々な夢を持つ。

しかし就職が近づきいよいよ夢まであと一歩となった時、未だにそんな夢を叶えようとしていると

「夢なんか捨てなさい。現実はそんなに甘くない」

などと言い出す。

もちろん育ててくれた親には感謝している。しかしそれではあまりに酷いではないか。そんな大人の言葉を信じず、反対を押し切ってまで上京してきた僕、泉 仁志はそのようにして見事に失敗した1人であった。

「……〜〜〜〜〜〜〜〜ッッッ」

顔を枕に押し付け言葉にならない悔しさの叫びを抑える。酸欠で頭がクラクラする。そこでようやくやらなきゃよかったと後悔する。こんなことを昨日から繰り返していた。

親の反対を押し切って上京して失敗した。考えれば考えるほど悔しさが溢れてくるのだった。




僕は絵は上手い方だった。というよりそう思いたい。勉強はそこそこ出来たが運動神経があまり良くなく、外で遊ぶ時間を絵に費やした。そのせいか、普通の人よりは上手い方になった。たぶん。

また、絵だけでなく漫画にものめり込んだ。毎週少年誌を買って何度も何度も読み返した。無論そんなことをすれば少年誌はいずれ溢れかえる。それを理解していないその頃の僕は、親にその少年誌を捨てられるたびに泣きじゃくっていた。親は「外で遊べ」と言うばかりであった。

やがて僕は自分で漫画を描くようになった。とは言っても所詮は子供の描いたもので、色々な漫画の内容を少々いただいて組み合わせた粗末なものだった。




そして僕は青春を全てスルーして大学に入った。その頃には漫画好きが周りに沢山集まっていた。そんな中でも僕は絵は上手い方だった。たぶん。

それで調子に乗ったのだろう、僕は漫画家になるために上京した。




無謀だった。よく考えればわかることで、漫画は絵だけでなく話も自分で考えなければならない。沢山の漫画を読んできた僕は内容を考えているとどうしても他の作品の内容に似通ってしまう。自分の描いた漫画はどこに持っていっても受け入れてもらえなかった。そして今日、最後に持っていった会社から連絡が入った。ダメだった。絵は特に駄目出しもされなかったが、やはりストーリーが鉄板で面白みがないと言われた。それ以後のことは放心状態で何を言われたかすら覚えていない。




わざわざ田舎から出てきたのにこんな仕打ちはないだろと自分勝手なことを考えながら顔を枕に沈めていた。そんな僕の気分とは裏腹に外では快晴のようで、6月にも関わらず蝉が騒がしく鳴いている。アパートの一室は梅雨特有の、湿気のこもった暑さを孕んでいた。それが余計イラつきを増幅させる。

ここに来たのは春だぞ。なんでこうなった。思えば上京して金の入り道は仕送りしかない。心配している母親が、勝手に出て行って怒っている父親に内緒で仕送りをしてくれているのはとてもありがたかった。とはいっても流石に何かしないと懐が危ないことはよくわかっていた。




もはやここにいる意味はなかった。だかここで帰ると父親に「所詮お前はその程度、黙って親のことを聞け」と言われるのは目に見えている。そう考えると余計イライラしてきた。考えないでおこう。




だめだ、何を考えてもイライラする。気分転換に近くのコンビニに行くことにした。コンビニの自動ドアが開くと心地よい涼しさが溢れてきた。少し心が落ち着いた気がする。ここにきて正解だったと思った。しばらく読んでいなかった少年誌を読もうと少年誌コーナーに行き週刊誌を手に取った。

しかし、少年誌は包装されていた。田舎にある自分の家の近くのコンビニでは包装されておらず、そのノリで手に取ったため気付かなかった。落ち着いていた気持ちが再び激しく暴れ出す。来るんじゃなかったこんなとこ。





帰ろうとするといい年をした、いかにも胡散臭い茶髪のおっさんの店員に呼び止められた。何事かと思いしばらく話に耳を傾けていたが、どうやらただ話すために呼び止められたらしい。迷惑極まりない事だ。クビにならないのか。にしてもおっさんのテンションはやたら高い。こっちは客だぞ。酒でも飲んでんのかこのおっさん。そんな僕の気持ちを知る由もなくおじさんは世間話をし続ける。ふとレジに他の客が来ないことを疑問に思い、周りを見ると客は自分だけだったようだ。もう帰って寝ようと心に決めた。




僕は適当に話しを切ろうとした。するとおっさんはそれを見透かしたように話を切り替えた。

「ところで泉くん、漫画上手くいってる?」

頭の中が真っ白になった。そして漫画が落とされたことを再び自覚し、喪失感が込み上げる。

なんだこいつ。なんで僕を知ってるんだ?ストーカーか何かか?

心なしかおっさんがにやけた気がした。少し間を空けておっさんが口を開いた。

「今ちょっと人手が足りないんだけど、バイトしない?」

「はい?」

ここで僕は初めてまともに返事をした。とういうよりしてしまった。元々話す気などなかったが、突然自分のことを当てられ戸惑ってしまった。疑問は尽きなかった。とりあえず一番気になったことを聞いた。

「何故僕のこと知ってるんですか?」

おっさんは明後日の方向を向いた。

「バイトすればわかるよ」

とても素っ気なく返された。さっきのテンションはどこへ行ったのか。ただ、様子からしてコンビニのバイトではなさそうだ。危険な香りがプンプンする。おっさんは分が悪くなったのか僕に問い詰めてきた。

「やるの?やらないの?」

「やります」

気がつくと、おっさんに返事をしてた。条件反射というやつだ。言葉を発した瞬間、自分の言ったことを理解し後悔する。今日、何回後悔しただろうか。憂鬱になってきた。

おっさんは再びにやけた。あー、やっちゃったよ。これ絶対ダメなやつだよ。

「よし、んじゃ行くか」

そう言うと、おっさんはいそいそとコンビニの制服を脱ぎ始めた。

「え、コンビニはいいんすか?」

「友人から制服借りてただけだからな。お前のスカウトのためにいただけ」

なんて無計画な。他の客が来たらどうするつもりだ。そもそも僕の気分が変わってここに来なかったらどうするつもりだったのだろう。どこまでもよくわからないおっさんだ。それにしてもどこに行くのだろう。おっさんはコンビニの前の車に乗り、早く乗りなと僕を急かす。この時の僕は、断るタイミングを完全に失っていた。他のことで頭が一杯だったのだろう。自分が嫌になる。車に乗り込むとすぐに沈黙が訪れた。それから少しして、車内にエンジン音が響き、程なくして車窓の景色が動き出した。




相変わらず、沈黙が続いている。しばらくまともに人と会話していなかった僕はそんな空気にすら耐えられなかった。とりあえず何かを話そうと僕は決心した。

「何故僕なんですか?」

「君どうせ暇でしょ?」

正論であるが……。にしてもよく初対面でここまで言えるなこのおっさん、何者なんだ。ムカつく。話しかけなけりゃよかった。少し間をおいて思い出したかのようにおっさんは口を開いた。

「ちなみに泉くん調べたのはバイトと全く関係ないよ。」

さっきバイトすればわかるよって言っていたではないか。ここでようやく気付いた。




ハメられた。




もう、今日何度目かわからない後悔をした。




少々頭に血が上っている僕は、なるべく穏やかに尋ねた。

「なんのバイトですかねぇ」

穏やかになれなかった。おっさんは鼻で笑った。馬鹿にしているのか?何にせよ腹がたつ。おっさんは僕の心情を面白がっているように感じた。

「簡単に言うと、自殺する可能性のある人の一時監視をしてもらう」

にやけていたはずなのに、今までとは声の重みが違った気がした。

「自殺する可能性のある人の監視なんて危なくないですか?そもそもそれプライバシーの問題も……」

「今の日本の年間自殺者数のは年間死者数のどれくらい占めてると思う?」

突然遮られた。イラっとしたが確かに増えているとニュースでうるさいほどやっていた記憶がある。この頃は見なくなったが。

「それで、特例の場合一定期間観察下に置くことが出来るようになったんだ。まあメディアが取り上げないのはよくわからんが」

いつの間に決まっていたのだろうか。そんな内容の話は聞いた事がないが。メディアが取り上げない時点で政府が汚いことをしてそうな予感がする。ふと車の外を見ると、全く知らない景色が流れていた。





おっさんが思い出したよう切り出した。

「さっきの質問だけど、そりゃ危ないよ。言いにくい話だが殺されかけた監視人もいる」

バイトだったがなと小声でオマケみたいにおっさんが言った。

「……下りていいですか?」

僕が聞くとおっさんはにやけてこういった。

「まあ聞けって。バイトがなんで今まで危険を顧みずやってたと思う?そりゃ命かかってんだから時給もかなり期待できるぞ」

何、金だと。親に頼りっきりの僕には捨てがたい話だった。とりあえず話だけ聞こう。我ながら安い人間だ。

「あと俺は昌平。国の役人とでも思っとけばいいよ」

随分適当な自己紹介をされた。やたら腹の立つおっさんとは言え、一応目上なので、下の名前で呼ぶのには抵抗がある。




「着いたぞ」

いつのまにか駐車場についていた。おっさんは駐車場の隣の建物へ向かう。よく見るとこの駐車場の料金はかなり高かった。あのおっさん見た目に合わず金持ちなのだろうか。おっさんの方に視線を戻すと、おっさんは早く来いと僕を急かしてきた。満面のにやけ顔で。




中は普通の事務所だった。何かを監視しているという感じはしない。ただ、どの机の上にも沢山のファイルと黒い無線機のようなものが置かれている。ファイルに至っては机のほとんどを占拠し、本棚や無造作に置かれた段ボールの中にもぎっしりと入っていた。働いている人たちは全く気にしない様子で事務作業を黙々と進めている。

「今日はとりあえず説明するから、仕事入り次第連絡するね」

いつの間にかやることが前提になっている。

「内容は自殺する可能性のある人の監視。外出時も付いていってね」

「んで、自殺する動向が見えたり、自殺しようとしたらそれを阻止すること。しなくてもいいけどその場合大量の資料を出さなきゃいけないし時給もかなり落ちるし、何より君が人間を一人見殺しにしたのと変わらないからな」

「あと、監視する時に渡すけど監視対象にも金が50万ほど支払われる。名目は自立の為の資金、要するに仕事に就くまでの繋ぎだが大抵別のことに使われるけどな」

「それと、国がわけわからん技術でよくわからん装置作ったらしいからそれをつけて監視すること。監視対象以外には視認できず触れても認識されないんだってさ。人知超えてて俺にゃよくわかんないや」

大体こんな事を言った。相変わらず適当で、ムカつくにやけ顔を浮かべている。僕はわかりましたと適当に言って帰り道を教えてもらった。駅が近く、立地がいいため出勤には困らなさそうだ。とりあえず今日は帰って寝たい。





アパートに戻った頃には日が暮れかけていた。ドアを開けると独特な蒸し暑さが押し寄せてきた。僕は窓を開けてベットに横になった。眠いといえば眠いのだが、生憎お腹が空いて寝れなかった。とりあえずおっさんと出会ったコンビニに行くことにした。





自動ドアが開き心地よい涼しさが押し寄せてくる。目に付いた弁当を取ってさっさと帰ろうと思った。

ふと周りを見ると、まばらではあるが客がいた。店員も2人程いる。昼のように客と店員が一人ずつということはなかった。狐につままれたような気分のまま、弁当をレジに置いた。





ここに来て2ヶ月、このコンビニにはよく来るため、店員の顔をうろ覚え程度にではあるが覚えてきた。

「お弁当は温めますか?」

僕は静かに頷いた。僕の弁当を温めている間、後ろの人の精算を素早く終えた。それをしているのは大学生くらいだろうか、可愛い女の子だった。自分が漫画ばっかりで女の人と関わらなかったからかもしれないが、僕には可愛く見えた。とは言えそれ以上は何とも思わなかった。隣のレジは中々良い年をしたおじさんだった。人が良さそうな顔だが、あの年でコンビニの店員とは、行先が不安に思える。

視線を戻すと、女の子と視線が合ってしまった。気まずくなり、僕は即座に目をそらす。チンッと高い音が小さく耳に入った。女の子は素早く袋に入れ、弁当を差し出した。僕はもう一度視線を合わせる。女の子はしばらく僕を見つめた。女の子から笑みが溢れたかと思うと女の子は慌ててお辞儀をした。

「ありがとうございました」





蒸し蒸しした中弁当を食べ終え、さっとシャワーを浴びてその日は早めに寝た。

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