第18話 上がらぬ歓声

ざわ…ざわ…。


奴等を倒した後、最初のボス戦とは違い歓声が上がる事はなく、代わりにそこらかしこで大小様々なざわめきが起こる。


本来であれば、あのまま楽に完勝出来た所だったのに、奇襲を許し拠点を失うという結果になったのだから無理もない。


俺としても、道中貯まったGを使い此処で補給をしたかっただけにこの結果は痛い。

結局、これから行く山岳地帯の長さを考えると、当初の目的地である村迄はギリギリの物資になりそうだ。

もしかしたら、テントに関しては途中で足りなくなるかもしれない。

そうなったら、強いモンスターが徘徊する夜のフィールドを移動する事になる。

それは、まだまだ戦力も少なくレベルも低い今は、極力避けたい事態だ。


今回の様に偶然集落を発見する事もあるだろうが、基本的にそれを当てにするのは危険だしな。




時折、聞こえてくる話の内容は、生活の基点としていた拠点が消失した事への様々な感情や、これからの方針といった類いが大部分だった。

だが、「これでPKがやりやすくなる」と、明らかな殺意を持って放たれた言葉も同時に聞こえてしまった。

その発言を誰がしたのか?等、周りに数え切れない程いるプレイヤーの中で特定するのは到底出来る筈も無い。只、あまり良くない空気が更に急速に悪くなっていくのは感じとる事が出来た。




「立花殿。此方におられましたか」

プレイヤー過多で混戦の最中、いつの間にかはぐれていた柳さんが駆け寄る。

「柳さん。…この状況、本当に大変な事になってしまいました」

「左様で。しかし、こうなってしまった以上、此処で無為に時間を浪費する必要もありますまい。先を急ぐとしましょう」

更に耳打ちし、こう続ける。

「先の不穏な発言、立花殿も聞かれた事でしょう。いつまでも此処にいては我々にも危害が及ぶわも知れませぬ故」

「それは確かに。ではもう立ち去るという事で」

つられて小声でそう返すと、周囲の人混みに呑まれぬ内に馬でその場を後にした。







「っ…。立花殿、今回のボス。各地に甚大な被害をもたらした様です」

既に夜の帳がおり、緩やかな上り坂が続く山道の道中。ランタンが煌々と照らすテント内で、画面に視線を落としたまま柳さんはそう言った。

因みにその道中に聞いてみた所、柳さんのボス撃破報酬はCランクの槍だったそうだ。


「流石にあんな奇襲に特化した奴等なんて、初見じゃどうしようもないですよ。俺達もまんまとやられましたし…ね。それで、どれぐらいの被害なんですか?」

「私が説明するよりも見た方が良く分かるかと。地図画面で確認出来ますので」



「これはっ…!」

促されそれを開いた所で思わず息を呑む。


日本の全体図を写す画面には、赤く染まった×マークが現れた。昼間の拠点があった場所にも表示されている事から、これが拠点消滅を意味するマークだと理解出来る。


数はざっと見ただけでも数十はあり、それだけあのボスが猛威を振るったのだと思うと本当に恐ろしいことだ。



「やはりというか、日本各地でかなりの被害が出たみたいですね」

画面を見ながら思わず大きなため息が出る。


「そのようですな。それに、消滅した拠点に居たプレイヤーの動き次第で、次は死者の数が飛躍的に伸びかねないのもまた…」

「確かに。昼間にそういう発言をした奴もいたし、結局誰がしたのかは分からないまま離脱しましたが。でも、集落だとプレイヤー間にさほどレベルの差はない感じだったんで、PKしようとして逆襲されるなんて事も大いにありそうですね」

「…問題は村以上の拠点ですな。我々が居た太田村でも、不戦を主張した方々もおられましたな。さて、立花殿。もし貴方がPKを良しとし、拠点を無くした彼等を前にどう致しますか?」

「それは…、あぁ、成る程。彼等はほぼ詰んでると。レベルが1で装備も貧弱。アイテムも無ければスキルも無い。決定的な差は機動力ですね。馬を持たず移動手段が徒歩しかない彼等を殺るのはあまりにも簡単。正に絶好の狩り場といっていいですね。…ただ唯一、同レベル帯の他プレイヤーがどう動くか分からないのが懸念ですが。……あー、もしかして、これ本当に起こってたりするんですかね?」

我ながら中々に酷い状況を考え付いた物だ。

流石にそんな事は無いと、否定して欲しいが。



「…残念ながらほぼ確実に。何せクリア条件があれですからな。自身が生きる為に相手を殺す。そんな考えを持つ者が居てもなんら不思議ではありませぬ」

「そう、ですか。…だとしたらこれから更に合流を急がないといけませんね」


姉さんはこの状況でもやって行けてるだろうが、柳さん所のお嬢様とやらはどうなのかさっぱり分からない以上、急ぐ必要がある。


「えぇ、その事で少し提案がありまして」

その後も話し合いは続き、寝る頃には日が変わる間近だった。

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