第19話 山道を抜けて
翌朝、早速昨晩の提案を実行する事にした。
とはいっても大した事ではない。単にこれまでは別々の馬で移動していたのを同じ馬に乗るだけだ。只の二人乗りである。
これで今迄よりも長く馬に乗れ、移動距離も稼げるだろう。
経験値稼ぎや近場の探索をする時は今迄と同じで良いが、現在の様に拠点から遠く早く移動したい場合は、二人乗りの方が良いのではないか?と、あれから話し合い現在に至る。
結果、俺は後ろから【ウィンド】で敵の接近を阻みつつ、【索敵】で周囲の状況確認を行うのが主な役目に。
柳さんがそれらを踏まえた上で進行方向を決定する事になった。
移動距離を稼ぐ事に力を入れた編成の為、恐らく1匹もモンスターを倒せないだろうが、それは拠点の近場でやれば良いしな。
馬に乗り早速【索敵】を行う。
結構な数のモンスターが範囲内に引っ掛かったが、特に左手前方に広がる森林の反応が近い。
このまま森林側のこの道なりを進めば会敵するのは必至だろう。
とはいえ、反応数も少ないので、回り道をする必要も無さそうだ。適当に怯ませて突っ切ってしまおう。
「…森林内にモンスター反応が2つ。襲い掛かってきたら【ウィンド】で怯ませるので、その隙に駆け抜けてください」
「承知しました。では参りましょう」
前を向いたまま柳さんは答え、馬を走らせた。
数分後、モンスターと遭遇する事無く反応があった森林側まで到達。
目視出来るかもと思いその方を見るが、大人がすっぽり隠れてしまう程に伸びている草木のせいでさっぱり分からなかった。
念のため【索敵】も使ってみるが、此方に気付いていないのか最初に使った場所から殆ど動きも無いようだ。
このまま何事も無く通り過ぎれるか?と思ったその時、茂みが揺れる音と共にモンスターの反応が急速に迫る。
やけに速い。このスピード、下手したら駿馬より上か?
そんな事が頭を
光沢がある灰色の体毛が全身を覆い、獲物を威圧するかの様に鋭い眼光を持つ
一瞬犬かとも思ったが、その正体は狼だった。
すかさず【アナライズ】で脅威になるか確認する。
それなりに強いモンスターなのか、レベルは低いのに、能力は殆どの箇所で俺より高く、特に敏捷は3桁近くまであった。
もし仮に、1対1で戦う事になったら苦戦は必至だろう。
「そこだっ!」
勢いそのままに襲ってくるかと思い【ウィンド】を放つ。
だが、直ぐに茂みの中に身を隠してしまい当たらなかった。
その後も数発、反応を頼りに打つが手応えはまるでない。ただ最初は並走していたが、避ける際に無理な動きをしたのか、少しばかり距離を作る事が出来た。
次は出てきた所を叩いてやる。
そう息巻いて警戒を続けていると、突然遠吠えが響く。
いったい何のつもりなんだ?
その意図を測りかねていると、【索敵】の範囲内でその答えが出た。
今まで何も無かった場所から突如としてモンスターの反応が出てきたからだ。
その数も10、20とあっという間に増え、既に包囲されつつある。
「ッ!モンスターの反応が急激に増加!その数30以上。もう既に包囲されかけている状況です!」
「なんとっ!敵の能力からして降りて応戦…というのも現実的ではなさそうですな?」
「えぇ、流石にこの数では…。ですが、前方は他と比べ数が少ないので、そこの突破をお願いします」
「承知しました」
そう短く答えると突破を試みて馬のスピードをぐんぐん上げていく。
くそっ!これでも着いてくるか。
だが、寄れば寄るほど当てやすくなる。
ここからは俺の腕次第、か。
前方と後方はただの山道で、右手は岩場。
これらの場所は敵の姿も視認出来るからまだ楽に狙いをつけれる。
だが、問題は未だに1匹も姿を見せない左手の森林だ。恐らくこいつ等は俺が他の箇所を対処している隙を突いて襲って来るだろう。
少なくとも俺が相手の立場ならそういう攻め方をするし。まぁ、分かっていても防ぎようが無いのが辛い所だ。
時間があれば何か良い案が出て来るかもしれないが、それを敵が許す筈も無いだろうしな。
…とはいえ、心構えが出来るだけまだましか。
そんな事を考えている内に、狼共が次々と迫ってくる。
「ウィンド!…ウィンド!……くそッ!しつこいぞ!」
迫り来る敵に確実に【ウィンド】をお見舞いするが、その殆どを宙に飛ばすも体操選手顔負けな着地を華麗に決める。
そして、その後もすぐまた襲ってくるからたちが悪い。
お陰で殆ど距離が離れない。
「このままではじり貧ですな。…立花殿、前方に洞窟が見えて来ましたが、このまま進んでもよろしいですかな?」
寄ってくる敵を切り払いながら柳さんから提案が来た。
その口調はこの様な状況下であってもいつもと変わらぬ様子で、それがとても心強く感じる。
そこに目をやると、2人程が並んで入れそうな大きさの洞窟が目に入る。
急いで【アナライズ】で確認すると、何故かその洞窟内にモンスターの反応は1つも無かった。
理由は分からないが、このまま此処でこいつ等の相手をするよりはずっと状況は楽になるだろう。
となれば取るべき選択肢は1つだ。
「洞窟内にモンスターの反応無いので、それで行きましょう。それと通過後、入り口を【アース】で塞いでください。それでこいつ等も追ってこれなくなるでしょうし」
「なるほど。承知しました」
その後も【ウィンド】と噛み付いてきた奴には【麻痺斬り】で追い払う。
そして、MPが早くも半分程になろうかという時、ようやくそこに到着した。
馬が入り口を通過して、間髪入れずにそこを【アース】で防ぐ事に成功し、狼共の追撃も一先ずは終わりだろう。
もしそれを壊す術があるなら話は変わって来るのだが。
だが、どうやらその方法は無いらしく、1匹また1匹と来た道を戻って行き、数分で範囲内の反応も全て消えていた。
「ふぅ…、範囲内にモンスター無し。どうやら諦めて帰ったようで。これで少しは休めそうですね」
「そうですな。しかし、中々に戦慄を覚える状況でしたな」
「確かに。最後の方とか50匹位まで増えてたし」
窮地を脱したという事で安心でき、体の緊張を解いて内部を見渡す。
淡い青色の光を宿す大小様々な鉱石が洞窟全体を包み、どこか神秘的な空間を創り上げている。
また、どうやらこれらの鉱石は採掘可能の様だ。ピッケルがあれば此処で良い稼ぎが期待出来るだろう。
「ところで柳さん。ピッケルって持ってます?」
「いえ、生憎サブクラス関連はまだ何も」
「そうですか。まぁ、俺も持って無いんですけど。じゃあ此処は素通りですね」
そのまま短い洞窟を抜けると、今までとは異質な光景が広がっていた。
辺り一面に広がる草原地帯。そこに、遠目で見ても分かる程のボロボロになっているビルがあちこちに存在している。
あるビルは
その様はまるで、荒廃した世界のように思えた。
「これはこれは…」
「まるで映画の様な景色ですね」
どうやらもう山道の終わりまで来ていたらしい。
少しその景色に見惚れた後、その草原地帯まで真っ直ぐに続く緩やかな下り坂を進んでいく。
あのビル群は一体何だろうか?侵入不可のただの建物か?またはダンジョンの類か?
かなり気になるが、さすがに先ずは回復が優先だな。
目的地である
そんな事を考えていると、村の特徴である木の壁が視界に入る。
周囲に見えるプレイヤー達はレベル10越えが多い。
また、最近レベル上げを始めたと思われるプレイヤーもちらほらと見えたが、その何れも良い人と出会ったのかPTを組んでいる。
もっと殺伐とした状況かと思っていたからこれは嬉しい誤算だ。
村の人口も未だ300近くあり、雰囲気も今まで訪れたどの拠点より良い。
見た所、高レベルプレイヤーが積極的に声掛けを行いレベルの低いプレイヤーのアシストを行っているようだ。
「良い雰囲気ですな」
「ええ全く。もっとPKが横行して殺伐とした状況だと思っていたんですが」
揃って呆気にとられつつ、色々とアイテムが足りないので道具屋に向かう事にした。
「私は一先ず、あのビルについて情報収集をしますが、立花殿は如何なさいますか?」
「俺はMP回復用の料理をある程度用意しておきたいので、料理しに行きます」
「承知しました。では準備が出来ましたら連絡をお願いします」
「分かりました。ではまた」
そうして、買い物を終えた道具屋の前で別れた。
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