RUN!!!(7)
096
RABBITは考える。
何で、こんなことになってしまったのかと。
早く、祭りの花火を上げようとワクワクする心と。
それを戒める、あの子の心。
昔は一人だったのが、三人になり、二人になった。
心は……まだ、三人のつもりだ。
いや、もしかしたらもう一人かもしれない。
どうしようもなく、もう、一人なのかもしれない。
「あの頃は楽しかったなぁ」
四番街は、昔はまとまった街ではなかった。
各地区ごとにバラバラに分断されていた。他の街とは違い、陸続きではなく、水路によって分断されていた。分断された水路は沼のようになり、衛生面は最悪、病気が蔓延し、かつ深刻な水不足が年中話題となり、そのため各地で激しい抗争が繰り広げられた。
だから、昔の四番街はまとまった思想や行動もなく、各地区ごとに族が存在して何から何までバラバラな街であった――だが、それを統一しようとする者達が突如現れた。
それが、現在の四番街を代表する族『牙』であり、その面々だ。
「……さびしいなぁ」
RABBITはつぶやく。
そして、このRABBITこそがその牙のリーダーであり、地下都市最強の能力者とも言われる男である。
「さびしいよ……」
もう一度つぶやく。
「だから、もう一度戦わなきゃいけないんだなぁ」
そうだろ、小鳥ちゃんよぉ。
と、RABBITは静かにあることを決めた。
097
■第三ライン、2ブロック。
「ジャケンノウ!」
虎柄のバンダナを頭に巻き、白いローブを着た男が、高らかに叫ぶ。
彼は今、痛みと機械族らの戦いに無理矢理割り込んで入ってきたのだ。
『誰だお前!?』と誰もが驚いた。
本当に突然だった。
痛みの乱入自体も突拍子のないものだったが、それ以上にこの火の玉のような男の乱入はめちゃくちゃだ。男は耳を聾するほど馬鹿でかく叫ぶと、腕につけたリストバンドからワイヤーを噴出させ、痛みの方へと上昇する。
「うらうらうらうらうらっジャケンノウ!」
バイクのエンジン音のようにボルテージを上げる絶叫。
痛みはその純粋な殺意に舌打ちし、突如現れた馬鹿に髪の攻撃を与える。十メートル以上はある髪はピアノ線のように鋭く、鞭のようにしなり、常人の肉眼じゃ視認できない速度で――「ジャケンノウ!」燃やされた。
「はぁっ!?」
痛みは目を見開いた。二度目の驚き。
男は持っていたバットを振り回すと、炎が散らばり、髪の毛を燃やしたのだ。「くっ――」痛みは後退する。119204号との決着もおろそかに、意識は乱入者に向けられた。
「……っ」(………)
何だこいつ、と119204号もローラー靴で壁に移動しながら思う。
絶叫する男は能力者――それも高位の存在で、いや、これは能力の優劣だけではない。
おそらく、優劣だけなら髪の能力者の方が上だろう。だが相性が最悪だったのだ。
炎を出して、燃やす能力者。炎を――バットから吹き起こす能力者。
髪の毛を操る能力者にとっては、天敵のような存在だ。銃弾ならいくら撃たれても弾き返し、避けることも、いなすことも簡単だったが――炎はそうはいかない。
「ジャケンノウ!」
空中で炎がきらめき、花咲いた。
髪の毛はしだれ桜が燃えるように燃えて、消失。痛みは髪の毛を切断、燃やされたものが燃え移らないようにと昔の消火のようにするが、そうはさせるか放火魔本人が迫る。
「ちっ――お前、何なんだよ!?」痛みは叫ぶ。
「わし!? わしはっ――」
と、言おうとしたとこで彼は思いとどまる。
(しもうた、わしはまだ言ってはならんかったのじゃ。というか、本来なら合図よりも先に戦ってはいけんかったじゃ。罰則じゃ!)
と、彼なりに頭の中で考えた。
(身なりとしては、白いローブを着ている――こんな奴がいるのか? とても、騎士団所属には思えない。騎士だったとしたら、任命した奴は馬鹿だ。……同じ、情報部か?)
痛み、の目が鋭くなる。
そして、おそらくはアヤネ様のモノではないと判断し――他の情報部は敵だと、彼女は強く殺気立てた。
「わし――わしはっ――」当の本人は殺気に気付いてなかった。
ずっと、あれこれ悶々と名乗るか名乗らないべきかを考えていた。
だが、彼の背中を押すように子分達が叫び合う。
「兄ぃ!」「親父ぃ!」「大将!」
その言葉に、彼にたぎる魂が熱く煽動された。
「わしは――十三大将が一人――熱血の、CAT様じゃ!!」
意外とかわいらしい名前であった。
◆
自身の館の執務室で、アヤネ・ベルクはまだかまだかと部下の連絡を待ち続けていた。
(何よ……痛みも怒りも連絡が遅いわね。仕事は成功してるのかしら? ……失敗したら、ただじゃおかないわよ)
部下がどういう目に合ってるかも知らないで、いい気なものである。
(大丈夫だとは思うけどね。性格に難はあるけど、痛みは応用性の高い能力だし、怒りはほぼ無敵の能力。だから――)
その怒りは、今奮闘中だということも知らずに。
098
■第二ライン、2ブロック。
「……あらかた、片付いたか?」
やや大きな家だ。
フリード・ニコルソン――あのガマガエルの愛人の家にしてはよくできている。
その家は瀟洒な洋館で、外壁は白く塗装され、清廉潔白な者達が住まうように見えた。(実際は、ここに住んでたのはガマガエルの愛人だったわけだが)使用人が数名と、愛人の女性、そしてその子供らしい少年が一人いた。怒りは、全員殺した。
「他愛ない」
愛人の子供であると思われる少年は、手に『バードスター』というコミックを持っていた。皮肉だ、と怒りは笑う。ヒーローは助けてくれなかったらしい。
(そうだ、そんなものに縋るからだめなのだ)
彼も、そして仲間であるメンバーも全員現実にあるものしか信じない。
(アヤネ様……)
彼は楽園教の外部保安部門の長であるアヤネ・ベルクの命で動いている。
そのアヤネ・ベルクは彼の奮闘も知らずに、さっさとしろとお怒りなのだが、おそらくは彼ならそれを聞いても「申しわけありませんアヤネ様」と言いそうだ。
「おそらく、奴は愛人の家に自身が飼っている情報部を送るはずよ。護衛としてね。――良い機会だから、そいつらを狩っちゃいなさい」
殺したとしても、騒ぎに巻き込まれたといえばどうにでも誤魔化しはきく。
愛人が住んでいる家は、アヤネやニコルソンが住む貴族エリアとは違う――上等団員が下等団員をこき使って働く、労働エリアに――住まわせていた。
「愛人といえど余所からきた女は貴族エリアには入れない。だが権力はあるから、良い家には住まわせるか……」
怒りは、護衛はいないものかと探す。
アヤネからは愛人や子供はどうでもいいと言われた。「あいつ、土壇場になると軽く捨てるから」だから、人質にする必要はない。てか、ならない。だから、いたら適当に殺しとけと言われた。
で、殺したはいものの、本来の目的である護衛がいない。
せっかくの機会だから、敵の戦力は少しでも削りたいのだが――と、怒りが不満がっていたときだ。銃声がした。
「ん?」
怒りが、ある部屋のドアを開けたときだ――怒りは、撃たれた。
だが、今床に倒れてるのは撃った方だ。「あっ……あぁ……?」何故だ。と、その男は顔で語っている。声は出ない。それもそのはずだ。彼は不幸なことに喉に当たってしまっていた。なまじ、腕が良いから怒りの首を狙ったのだろう。
「おい……まさかお前が情報部……」
と、聞く前に事切れた。
怒りはめんどくさそうに頭をかく。
(くそっ、こいつは違うよなぁ、多分。あまりにもあっけない。……おそらく、他にちゃんとした情報部がいるんだろうが)
しかし、自分より上ではないだろう。
というより、怒りだけじゃなく、痛み(ペイン)や、恐怖(フィアー)、悲しみ(ソロー)など、アヤネ・ベルクの下にいる仲間達に、匹敵する能力者はいないと思っていた。
(我々はアヤネ様に選ばれた精鋭。だから、こんな雑魚に傷一つつけられるはずがない)
選民思想が絆を持つと、こうなるんだという典型的な例。
他の部屋も怒りは探る。
どうやら、敵は数名ずつに別れて行動してるらしい。で、各部屋で待ち受けているのか。
しかし、怒りの能力により多くの敵が死んでいった。
「律儀に、能力やら銃弾やらナイフやら……」
それら全部が跳ね返された。
「我が能力に不足はない――」
そう、これが怒りの能力。
能力名は、『サウ・ア・マッチ』。翻訳すると、『何てクチだ!』だ。
そう、何てクチだろう。この能力は、彼が危険だと認識した瞬間――から、ずっと彼に与えられる攻撃を全てはね返す能力である。
(危険だと認識した瞬間から――だから、銃弾もその間は全てはね返せる。逆に、不意の攻撃には弱い。危険だと認識していない間は、だ)
だが、怒りはこの館に入ってからずっと危険だと認識し続けている。
故に一寸の隙もない状態だ。今の彼は、どんな攻撃もはね返せる。
「――ん」
寝室らしい部屋に入った。
愛人のだと思われるダブルベット――白い大きなそれの近くに二人の男がいた。
一人はベッドに腰掛けている金髪の青年。若くて、顔立ちが整ったいけ好かない奴。
もう一人は、怒りにひどくよく似た長身の男。胴体がでかく、足は短い。顔もとなりの男と比べると悲しい。
金髪の青年はニヤッと笑うと、ナイフを投擲した。
(――馬鹿めっ)
ナイフは、怒りの喉仏に刺さった。
「……っ????」
怒りは、大量の疑問符を浮かべる。
さ――ささって――刺さってる?
彼はふらふらとよろめき、必死に喉に刺さってるナイフを確かめる。
「あっ――ぁっ――」
血はダムが決壊寸前のようにナイフと喉の隙間からこぼれ出る。
「あっ――あ、あや――あや――」
このままじゃ、かわいそうか。
金髪の青年と、長身の男はアイコンタクトすると、もう一発ナイフが投げられた。
「命中!」
金髪の青年が言った。彼は二発とも、怒りの急所に当てた。一発目は喉仏――二発目は――心臓。
怒りは、膝を伏してうつ伏せに倒れてしまう。
それで、余計に喉に刺さったナイフが深く沈み込んでしまう。
「――あ、――あぁぁぁぁぁぁ――あや――ね――さ――」
最後に、呼んでも答えない主に助けを求めた。
「あははははははっ、何か言ってますよこの人!」金髪の青年はそれに爆笑し。
「……やめておけ」長身の男はそれをやんわりと否定した。
◆
「この人、堂々と当たるからビックリしたけど、何ですかねぇ」と金髪の男。
彼の名は、トラ。
赤と青の柄が刺繍されたジャケットを着て、下はブルージーンズを履いている。体つきは細身で、顔つきのせいもあって優男に見える。
「裏切り者は声も不愉快だな……いくら、今は同じ主の情報部員だとはいえ、節度をわきまえろ」
「はいはい、四番街のように裏切らないことを誓いまーす。あまり人も馬鹿にしませんってば」
現在は、相棒である長身の男とタッグを組んで行動している。
一応、五番街所属になってるようだ。
「……もしかして、能力で防ごうとしてたのではないか」長身の男は、最初にトラが言った話を続けた。死んだ男に近寄る。
「ナイフが当たったとき驚愕してたじゃないか」
ちなみに、この男の名はツナギ。
フリード・ニコルソンの飼う情報部員である。
名前の通りツナギを着ている。そのせいで、余計に錯覚が起きて長身ではあるのだがそれは胴が長いから、と思えてしまう。相棒のトラは顔立ちが若く見えるが、実は三十代くらいであるが、この男は見た目相応の歳――トラより年上だった。
元は、七番街で傭兵のような暮らしをしていた。利益のために働く、真面目な仕事男。
「しかし、やな仕事ですね。俺等以外、みんな死んじゃったじゃないですかね」トラが嫌そうに眉をひそめる。
「だから我々に女性と子供を守らせればよかったものを……ここにいる奴らが勝手にしきって……まあ、主も愛人のことはどうでもよかったらしいがな」とツナギ。
「家は買ってやるし、住まわせてやるけど、命はどうでもいい。……ちょっと俺には理解できないですね。惚れた人にそんな」トラは苦いものを噛んだように言った。
さっきまで、随分と楽しそうに人の生き死にを語ってたくせに。
だが、これ以上は余計な本音――彼に対する嫌悪感も出てしまうのでおさえるツナギ。
「おそらく、何に対してもそうなのだろう。我々とは違い、上の人達は権力争いで血眼だからな」ま、自分は収入さえあれば問題ない、という感じでツナギは言った。
「………」
「どうした、さっきから外ばかり気にして」と、ツナギが相棒に聞く。ツナギはというと、死んだ怒りの衣服を確認していた。何か情報が探れるものは――と。おそらくは、フリードが危惧してた通り、アヤネが放った刺客なんだろうが。(ちぃ、証拠になるものはないな)ツルギは何もないことに舌打ちした。
「いえね、さっきから外はにぎやかだなぁって……」
トラは、窓ガラスから外を眺めた。
処刑があった中央から離れてるとはいえ、楽園教は狭いからいつ騒ぎが飛び火するか分かったもんじゃない。
実際、ここからでも遠くの騒ぎや悲鳴は聞こえていた。
(あいつら、上手くやれてんのかなぁ……)
トラは、ツナギには言えないことだと四番街の者達を心配していた。
徐々にだが、爆発の数が増していっている。
◆
機械族の母から離れた溝鼠は――カラスになって飛んでいた。
「ちゅー」
誰も聴いていないのに、その一声を言うためだけにクチバシを一瞬変形させ、唇のようにしてつぶやいた。意味のない行動、彼は眼下に広がる五番街の擾乱を見て、笑いながら言ったのだ。
「……ちゅー」
大勢の人が暴れ、負傷していた。
溝鼠は白亜の建物群を飛び越していき、路地裏や、第一、第二、第三ラインも越えて――進んでいる。そのため、全体的に下等団員が暴れてる様子が分かった。
まず、下等団員の宿舎がある第三ラインの1ブロック。
そして、たまたま暴れた下等団員の部隊がいた第二ラインの2ブロック。
さらに、同じ理由で第一ラインの2ブロック――
以上、この三つ。
この三つで、暴動が起きていた。
もう、いやなんだ。
立ち上がれ。
一致団結して。
何が上等団員だ。
長年の恨みつらみが積み重なり、それらが一斉に爆発したようだ。
下等団員は能力者は少なく、そのため支給されたナイフぐらいしか戦い道はない。
それでも戦った。自分らに命令を与えていた上等団員を襲い、反乱を起こそうと――するヒマもなく、ほとんどは返り討ちになった。
上等団員の方が、能力者は多かった。
奇襲に成功したのは第二ラインだけ。第二ラインはそのノリに乗って、暴れまくったはいいものの、彼らを取り締まろうと騎士団が迫っていた。泣く子も黙るヤスキ騎士団――ダンネルの騎士団は中央広場でそれどころじゃなかったので、対応が遅れただけだろう。下等団員の天下は風前の灯火である。
第三ラインは、もう鎮圧されそうになっていた。
よりによって、彼らは大隊長を襲ってしまったようだ。彼らは返り討ちに合い、残り少ない反乱者は建物に隠れて籠城を――するヒマもなく、能力者が正面突破で乗り込んでいる。
「……ちゅー」
第一ラインの方はもっと悲惨だ。
たまたま宿舎にいた反逆者達だが、彼らは偶然居合わせた上等団員の能力者に殺されてしまう。それだけじゃ飽きたらず、ここに情報部まで介入して、暴動鎮圧を理由に騎士団を送り込ませ、この中に情報部員が紛れ込んでいないか――いたら、殺そうとしていた。
098
■貴族エリア、東区。
貴族が住む場所とまとめて言われることの多い貴族エリアだが、正確には大きく二つに分けられる。二等団員か、三等団員かの違いだ。
これは権力の差という簡単なものではない。いや、分かりにくいわけではない。というか、彼らが住んでいる建物を見れば一目で分かる。非常に分かりやすい違いである。
それほど、二等団員と三等団員には差がある。
三等団員はそりゃ四等や五等と比べると雲底の差、月とスッポンくらいはあるだろうが、それでも彼らが住むのは人類史においても常識の範疇と言える。……いくら、見た目はキレイな洋館、荘厳をまとう建築物に見えたとしても、まだそれは人の住処として済ませられるレベルだ。
だが、二等は違う。
いくらレプリカとはいえ、彼らが住むのは世界遺産と呼ばれていた建築物の数々で、アヤネ・ベルクなんてヴェルサイユのレプリカに住んでいるし、ヨーロッパの王宮は当たり前、大体がもう住んでいるし、他にも有名な寺院や、神殿など、人ごときが住むにはおこがましい建築群が彼ら、二等団員に所有されていた。
これらと比べると……フリード・ニコルソンの所有する住居は、大人しい方かもしれない。いや、それはあくまで、太陽と比べて木星が小さいというようなもので、地球に住む人間からしたら、途方もないことに変わりはない。
フリード・ニコルソンの住居は正確には住居だけじゃなく、住居前に広場まで作られている。建築というより建築群。彼が住むのは、人類史でいたとされる――ミケランジェロが設計した『カンピドリオ広場』のレプリカだ。
<check>◆</check>
幅広い石段をのぼると、両側には双生の英雄の石像が並ぶ。
</check>◆<check>
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そこから見える景色は、視界の端から端まで洗練された建築群。
</check>◆<check>
<check>◆</check>
床は精密な幾何学模様――否、フラタクル図形にすら見え、
俯瞰するといくつもの花が咲いて一つに結集したようにも見える。
</check>◆<check>
本来なら、中央にはあるローマ皇帝の銅像があるはずだが、ここにはフリード・ニコルソンの銅像がある。
左右は、人類史なら美術館と宮殿が並ぶが、現在は違うことに使われているらしい。
ともかく、中央――中央の、昔は市庁舎、もっと昔は公文書館だった建物。これが、フリード・ニコルソンが現在生活する住居だ。このためだけに、周りの存在はあるといっていい。これだけ、洗練され、美麗な、豪奢な建物群だというのに。
長方形を横に倒して、真ん中に時計塔をさしたこの建物に入ると、ここに集まる貴族達の笑い声が聞こえる。
――あははははっ。
――あはははははっ。
――あはははははっ。
――あはははははっ。
――あはははははっ。
――あはははははっ。
――あはははははっ。
耳に残る、旋律。
それは不協和音であり、常人なら不愉快すぎて耳をふさぐだろう。
ここには執事やメイドはいない。三等団員のようなことはしない。給仕の真似事もせず、彼らはエプロンもつけずに、来客者達の接客をしていた。
彼らはフリード・ニコルソンの家族達だ。二等団員は下等団員、いや三等団員すら招きたくないから、このような雑事も自分達で行うのだ。
しかも室内は暗く、夜のよう。ろうそくをポツポツと灯し、地下都市で失われてしまった夜を再現し、自分らで独占していた。
「いやぁ、あなたのおかげでおもしろいものが見られましたよ」と、小太りの男が言う。彼はジャッジ・ドグルネという名前を持つが、とくに覚える必要のないものなので、どうでもいい。小太りは、広すぎる応接間の中央にあるソファーで、自分が主だとでも言わんばかりにくつろいでいた。両手には家族を抱いている。右手には妻、左手には息子。
「いえいえ、これもジャッジ様のおかげですよ。私が六門委員会に入れたのも、もちろんジャッジ様の」
「いい、いい。言わんでも分かります」
ソファーは歯の並びのように曲がっており、その周りに大勢の貴族達がたむろっている。
どれもが豪奢な衣装、貴婦人は何層にも重ねたドレスだし、男性陣は品の良さそうなタキシードを着ている。暗い室内、ろうそくぐらいしか照明がない部屋は白い肌が栄える。女性はとくに白粉を塗り、口元や目元につけぼくろのようなものを描き、より白さを強調させていた。
「ほら、パパ! 四等や三等どもが死んでるよ! あはははっ!」
「おう、よかったなぁ」
小太りの息子らしい――二十代半ばぐらいの青年が笑う。
五番街の貴族とやらは、絆こそが命である。
絆が最高、絆こそが全て。
「全く、彼らは理解に苦しむ。一体、楽園教の暮らしにどんな不満があるというのか。ちゃんと飯も仕事も提供してるじゃないか。それだというのに、あろうことか暴動を起こして。何て罰当たりな。楽園を汚している……」
と、小太りは言う。
彼の言葉に周りの者は、うんうん、とうなづく。
それはただの同調圧力ではなく、暗闇に隠れてごまかすこともできたはずなので、ほとんど自発的にうなづいたようだ。そう、みんな同じ事を考えていた。
「絆。彼らにはそれが足りないのだよ。人と人のつながり、家族、友人、何でもいい。それらが欠如し、だから、真摯に優しくしてくれる楽園教にまで矛を向けるんだね。悲しいね」
この男は何もトチ狂って言ってるのではない。
正気で、正気でこの男は言っているのだ。
ようするに、この悪魔の発言にしか感じられないこの発言が、ここにいる者達とのスタンダードなのだ。
「絆こそ全て」
この小太りの男も、普段から家族に「人は一人じゃ生きていけない。人と人のつながりが大事なんだよ」と言っている。それを証明するように、彼は両手で家族を抱いていた。絶対に離すものかという、強さでもあり、弱さにも見える。
「……ちなみに、アヤネ・ベルクの件は」
「えぇ、順調に子飼いのを排除しております」
フリードと小太りが耳元でささやきあう。語られるのは、敵の情報。殺せるか殺せないか、いけるかいけないか、のささやき合い。
貴族達も下等団員のようにポイントという電子通貨を持ってはいるが、これは大して意味はない。あってもなくても、持てる者は金銀財宝を自由に使えるし、持てない者はいくらポイントを上げようとも大して上がらないものである。二等団員同士にもランクがあり、どういうランクかというと、言ってしまえばコネだ。
コネを、どれほど持ってるかどうか。
能力、性格、人間性、財力――はあまり関係ない。コネ。人と人のつながりを、どれだけ持ってるかどうか。それを操れるかどうか。
支配してるかどうか。
それらが、全てを左右する。
(……案外、簡単だな)
その点でいえば、フリード・ニコルソンのランクは高い――非常に、高いものであるといえる。
コネは、生まれたときから持つもの。
もしくは、自分自身の手で開拓するものと――二つに分けられるが。いや、大して意味はない。どっちも必要なのだ。どちらかが欠けていたら、相手にされないし、必要ない。
そう、ある意味、地下都市で一番選ばれた者だけの場所である。
フリード・ニコルソンのような男が、この五番街の貴族社会をあらわしている。
逆に、アヤネ・ベルクは異端だ。皮肉にも、彼らのような保守的で、選民思想をつきぬけた権力へのアディクトに対抗する存在が、アヤネ・ベルクなのだ。
貴族達に重要なのはコネ、人脈であり、連携であり、絆――そう、彼らもまたある種の族を形成しているのである。彼らはけして族と認めないだろうが、集団を形成し、目的を成すのだから五番街の外にいる族とどこが違うのだろうか。昔から人類は集団を形成し、目的のために行動した。それは民族で分けるともっと露骨で、家族の縁を強調するとこもあったし、そこから一生抜けだせないようにする者達もいた。
はたして、その集団が織りなす軋轢はどれほどのものであるというのか。
ソファーの前のテーブルには料理が並ぶ。
並ぶと言っても、野菜が様々な方法で調理されたのが並ぶのだが。
「……失礼」
フリード・ニコルソンの通信機器に反応があり、彼は応接室から席を外す。
廊下を歩き、二部屋ほど離れた小部屋に入ると、応答した。
「――うん――うん、そうか。いいぞ、その調子でアヤネ・ベルクを追い詰めろ」
フリード・ニコルソン。
周りからはガマガエルと言われるが、実際は――確かに、顔はガマガエルに似ているのだが、目は凛々しく、体つきも立派でたくましく、歳を取ってシワが多いとはいえハンサムな男に見える。確かに笑ったときの表情は頬が不気味に広がり、ガマガエルのようではあるが。
彼はツナギと話していた。
使っている通信機器は機械族から手に入れた折りたたみ式のケータイ電話。改造されていて特殊なものになっており、彼の飼う情報部員者専用のツールとなっている。(と機械族から言われているが、実際はそんな便利なものでもないらしい)
フリードは通話を切ると、今度は応接室で流しているTV映像を――撮影している者達に連絡した。
「――もしもし、フリードだが。あ? 何だって、ったく。主任が妙な芸術家肌を見せたのか」
彼はTVの映像を見ていたときに気付いた。
何故か、TVに映るリポーターの女性が熱く語っていたのだ。ただ、暴動の様子を撮ればいいというのに、どうして彼らは暴動したのか。聞きこみして、情報を集めようとしていた。そんなことはするな、見てる貴族達が不満を抱くだろと、フリードは怒る。
「馬鹿か、貴様等は言われた仕事をやればいいのだ。ポイントを減らすぞ? ――ったく、何? 彼らを調べることも大事だ? 何をいう、奴らは楽園教に反乱を起こした。ようは犯罪者だろ。犯罪者に何を同情して――あ? それじゃ客観性がなくなる? あのな、そんなものはどうでもいいんだよ。見てる方に訴える? それもどうでもいいの。あのな、私達は見てる視聴者が満足するのを撮ればいいんだよ」
それさえすれば、いくらでも稼げるんだよ。と、フリードは断言した。
稼ぐ。
フリード・ニコルソンは、実はTVの制作権もにぎっているのだが、それをコネの形成作りにも使っていた。楽園教のTVは自分らにばかり有利な番組を流すが、それを見ているのは主に貴族達だ。だから、彼らを取り込むにはこれが一番の方法である。彼がここまで来られたのも、創作物のおかげだ。番組のおかげだ。
「――いいか、言われた通りにするんだぞ」
フリードは通話を切った。
「全く、決められた通りにやればいいものを。何を馬鹿なことを言うのだか。貴族達は自分らが望むものだけを見たいというのに」
創作家というのはどうしても成長すると個を主張しはじめ、これまでの概念を覆そうとする。愚かな、現状で満足してる者がいるのだから、それでいいではないかとフリードは思う。
それは、芸術というものに大して価値観を持っていないからこそ言えることだ。
フリードは通信機器を懐にしまい、応接室に。
と、そこで悲鳴が聞こえた。
「馬鹿めが! 貴様、俺に意見するつもりか!」
「い、いえ! 滅相もございません!」
同じ二等団員のくせに、コネがどれだけあるかどうかで小太りがこの場を支配し、そして若い男を殴っていた。小太りが持っていた杖で、大勢の目の前で暴行を加えていた。
「………」
ちなみに、これを仕組んだのはフリード・ニコルソンである。
あらかじめ、あの若い男が暴行されるように悪い噂を流し、小太りの機嫌を損なわせたのだ。この若い男は、噂程度に聞いたがアヤネ派に傾倒してる可能性があった。
(集団生活で重要なことはいくつもあるが)
まず、第一は小まめに関係を保つこと。
贈り物をしたり、あいさつも欠かさず行う。基本中のことではあるが、基本は大事、ようするに使う機会が多いからこそ基本なのだ。フリードはそれを怠ることはなかった。
そして。
(なるべく、行動を起こすなら前に出ないことだ)
前線に出ると狩られやすい。
だから、フリードは小太りなんかについているのだ。これまで、フリードは何人もの自分のために犠牲にしてきた。自分が蹴り落としたい相手を蹴り落とすにはどうするか、他の権力を持つ人物が、そいつを蹴り落としてくれればいい。
そうすれば、蹴落とした相手からの恨みもそいつが全部請け負ってくれる。
(集団の中で生き残るには、和を大事にすること。協調性、そしてなおかつ隠れた上での大胆さだ)
「……や、やめっ……てっ」
若い男は亀のように丸まるが、それでも頭からは血が流れていた。周りは若干心配するが、どうやら杖がかすって切り傷を負わせただけらしい。重傷ではないようだ。
「まぁまぁ」フリードが、二人の剣幕に割って入る。「これ以上は無粋というものですよ」
と、殺人になってしまうかもしれない。そうなったら、せっかくの貴方様が汚れてしまうとクチから次々と美辞麗句を吐き出して小太りを説得した。正気の沙汰ではない、この暴行をプロデュースしたのはフリード・ニコルソン自身なのだ。
(あとで、殴られた男をフォローすれば利用できるかもしれないな)
下手したら、このまま二等団員の権力を剥奪されるかもしれない。
それだったら、せめて一矢報いてと感じるかも。
自分の代わりに、この小太りの男を始末してくれるかもしれない。
(……ふむ)
彼は、こうやって生きてきた。
ふと、TVに映った爆発映像を見ていく。
(しかし、これほどの暴動――一体、どんな奴らがやってるのやら)
TVに映っている下等団員の一人が、銃弾によって倒れ――それでも立ち上がろうとする。
『もう、支配されるのはごめんだ!』
だが、銃弾が頭に当たり、死んだ。
『わたし達は自由だ!』
皮肉なことに、それを言った連中から先に死んでいった。
◆
フリード・ニコルソンは応接間の一騒動のあと、再びトイレと称して場を離れる。
白く、精錬された空間に見えるトイレ。
個室が四つか五つあり、洗面所はキレイな鏡が一面に飾られている。
フリードは手を洗い、ガラスを見た。うしろに、青ざめた表情のヒゲ男が立っていた。
これが人類史にいた人々なら、ホラー映画か、と言いそうなほど恐怖を感じさせるものだ。
だが、フリードは淡々としている。
「どうした、そんな憂鬱そうな顔をして」
振り向くことはなく、まるで鏡に話しかけるように話す。手を洗い、蝶ネクタイをいじりながら。
「……本当に、やるのか」
ヒゲ男。
小柄で、太っている。縦より、横の幅が大きい男。
歳はフリードと同じように四十間近で、頭は禿げがかり、髪は白く、ヒゲも白くなっている。
「何をためらってるんだ」
「あのジャッジも殺す気だろ、お前は」
「丁度いいじゃないか。これまでもそうしてきたろ。あの男はちょっと調子に乗りすぎた。私が蹴落としたい奴をちゃんと蹴落としてくれたが、これ以上は危ない。やっかみを、私まで受けてしまうからな」
だから、いいじゃないかと。
男は、鏡に映るヒゲ男に向かって言った。
ヒゲ男――彼の名は、ドッド・エクスト。
彼も、六門委員会の一人である。担当は食料管理部門。楽園教の行政である六門委員会は、人類史の国家が行っていたこととは違い、もっと人々に対してストレートな役割を果たす。そう、明日何を食えるのか、食うものはあるのかと、非常に単純で分かりやすい問題だ。それを担当する。
「……アヤネ・ベルクもか」
「あの女もやりすぎだ。騎士団所有も肝を冷やしたが、何より情報部を明るみにしたのはな――」
その恩恵を受けたのはフリード自身であるというのに。
おかげで、彼自身も精鋭を集めて私設部隊のように情報部員を確保することができたのに。
「だが、もうそろそろ限界だよなぁ?」
自分に問いかけるように、鏡に映るドッドにも問いかける。
彼は、アヤネ・ベルクをこの暴動の最中に亡き者にしようとしていた。
「彼女とは根本的なところから合わなそうだしな。思想から、生き方から……他の街との戦いを積極的に行おうとする姿勢……何もかも、邪魔だ」
楽園教の貴族達にのみ通じる話だが、彼らには大きく二つの思想に分かれている。
それぞれ、思想を代表する者達の名が付けられてる。
一つは、教祖――シオンの派閥。
このままでいよう、楽園教はこの幸せを維持すればいいんだよという一派。
対して、楽園教の平和を他の街にも広げなければいけない――
革新を狙う、アヤネ・ベルクを代表とする一派。
「……生意気、その一言に尽きるね」
彼は憎々しかった。
自分の領域から逸脱し、自分の生き方を否定するような――集団を嘲笑うような、自分勝手な振る舞いを犯す彼女に。彼女の生き方、そのものに。
個人であろうとする、彼女に。
「しかし、どうするつもりだ。彼女だって貴族エリアからは出ないだろうし」
そこを、わざわざ襲撃させたら流石にまずい。
例えば情報部員を使ったら、まず貴族エリアに下等団員が入っただけで嫌がるだろうし、さらに襲撃なんてことになったら己の身を案じ、いくつかの勢力がアヤネ派に行ってしまうかもしれない。
「アヤネ・ベルクが襲われたら、そりゃ敵方の勢力――シオン一派の連中が、いや私がやったと大方は疑うだろうな」
「当たり前だろ。ここまで犬猿の仲なのも珍しいくらいだ」と、ドッドが言う。
その通り、アヤネ・ベルクとフリード・ニコルソンの対立は大勢に知られている。
だから、真っ先に彼女が死んだら彼が疑われるだろう。
「……そうだな」
フリード・ニコルソンは、しばし鏡を凝視したあと、そう呟いた。
「その通りだ」
彼は、感情に流される男ではない。
どれほど激情に包まれようとも、それに流されて己の首を絞めるようなことは一切しない男だ。
そう、普段から冷静に冷血に徹底していた。無駄なことはしないし、不用意なこともしない。いくら己の鉄が感情で熱せられても、それを瞬時に冷やし、現実的に物事を判断してきたつもりだ。
だが、彼は殴りつけた。
「……フ、フリード?」
ドッドは目を瞠る。
突如、フリード・ニコルソンが鏡を殴ったのだ。
彼の利き腕である右手で思いっきり鏡を割り、おかげで彼の右手は指はガラスが刺さり、血が噴き出てしまっていた。
「ど、どうしたんだお前。そ、その手、大丈夫か」
「そうだよな……殺す手段がないよな」
ないよなぁ、と悔しいのか。フリードの喉から出る声は、怨念のようにうめいていた。
確かに、方法はない。
今は。と、その眼球は鏡を睨み付けている。
それほど、彼は殺したいのだ。アヤネ・ベルクを。
己の、価値観の反対側にいる人間を。
「殺してやる」
099
■第一ライン、3ブロック。
見事だと、彼は思った。
(……大勢の騎士団員が、無力化されている)
DORAGONとツバサが通った道であり、そして、同時にあの少年がいる道でもある。
他のラインと同じように白亜の建物が両側に並ぶのだが、――景色は大分違う。
そこでは大勢の団員達が、全員物陰に身を隠して動きが取れない状態だった。
(ライフル使い……どういう、能力だ?)
まるで、敵が大勢いるかのようだと彼は感じた。
ここを無力化してる少年――たった一人で大勢を屈服させている『イナズマ』は、一体何者なのか。
武器だけは判明している。
スナイパーライフル――人類史でも活躍した、銃器の種類である。
他のどの銃器よりも射程距離が長く、一方的に相手を射殺できる死神のような――それを、大勢の相手を前に、同時に、何回も、使っていた。
(……だが)
いつまでも黙っているわけにはいかないと、男は感じる。
男の顔は、白い刺青を彫っていた。
肌は黒色肌で、その上に白い刺青。元が骨が張り付くほど痩せ細っているから、白く彫ったそれは骸骨の顔に見える――瞳は赤で、鼻息は荒く呼吸がざらつく。
「……はぁっ……はぁっ……」
服は黒のナイロンアノラックを着用、下はグレーのスウェットに、スニーカー。
彼は手をブルブル奮わせる。彼は、両手にも刺青を施していた。
――吠えろ
――戦え
――抗え
――立ち向かえ
彼の心酔する言葉が、幾何学模様を利用して描かれていた。
(……GO)
爆破した。
彼は、第一ラインの建物の中に隠れていた。そこから、彼お手製の花たちを鑑賞する。
(………)
上空に昇る黒い煙。
瓦解する建物群。
白い楽園教の世界が崩壊していく予感。赤い赤い、ラフレシア。
おそらく、あのスナイパーは困惑しているだろう。
祭りは近い。
100
■第三ライン、3ブロック。
「………」
窓ガラスを突き破り、ある建物に侵入していた。
まだ、囮は継続しなきゃいけない。少なくても、ツバサが逃げるだけの時間を確保しなければ――九鴉はすぐさま体勢を整え、部屋の奥に行く。部屋は一面が真っ白な空間で、豪奢な家具や装飾品がなかったら、白すぎて気持ち悪い場所だ。
「……っ」
爆発が、来ない。
何故だ?
九鴉は考えるが、しかし、まずはガラスの破片で傷ついてないか確認する。目や耳はOK、手足も問題ない。先にナイフを投げて破壊し、そのあとに突っ込んだとはいえ、かなり危ない賭けだった。昔の人類史の映画では気軽に窓から突入なんてするが、実際は窓ガラスで目や体を負傷する。かなり危険な行為である。
(攻撃が来ないぞ?)
もしかして、この館が関係してるのだろうか。
九鴉は館を確かめもしないで侵入したのだが、まさか、何か重要な施設だったのか。
一向に、攻撃が来なかった。
◆
九鴉を追い詰めていたはずの爆発をしかけている能力者達――タチロウと、双子の能力者で爆発を起こす能力者サコとウコは悔しがる。
「きぃー! あそこは攻撃できないわ!」「できないわ! あそこは貴族のじゃない!」
そう、自分らよりも階級が上の者の場所らしい。
それが、何でこんなとこにあるのか。
公共施設だから仕方ないとはいえ、不思議ではある。少なくても、ここで爆発なんて引き起こせば、彼らの首が吹っ飛ぶぐらいの影響力がある。
「ブー、すぐさま上に報告しようとしたけど。ブー、ダンネル様は一応応答してくれたけど元気ないブー」
あっちはあっちで大変なのだが、彼らはそのことは知らない。
ともかく、おかげで九鴉は他の者達が狩ることになったそうだ。
楽園教の騎士団は五つの大隊で構成される。(といっても、大隊の数はせいぜい数十人程度。人類史では大隊とはとても呼べない規模である)その内の一つ、メインとなるのがダンネル率いる大隊で、その他にも優秀な上等団員が大隊の長を務め、率いている。その中でも、好戦的な大隊の者達が乗り込むことになったそうだ。
タチロウ達の能力ではあまりにも破壊範囲が大きいため、館を全焼しかねない。
だから、なるべくは近接での格闘により倒したいのだろう。
「あの人達を乗り込ませるのね。随分、荒れそうだわ」「荒れるわね。あの人達、ちょっとテンションが高すぎるのよ。……ウコ達の方が穏便に済むと思うけどな」
皮肉なことに、他に手が空いている者がいないらしい。
九鴉や119204号、陸王丸の他にも囮となって大勢を相手どっている者がいる。そう、『イナズマ』だ。あの少年が予想外に、他の団員達を足止めしているようなのだ。
「ブー、大丈夫かなブー。いや、手柄が横取りの心配もあるけど。あの九鴉って奴、真っ当な方法で対峙したら一番やばいタイプだと思うブー」
その考えは正解である。
101
タチロウ達が心配した大隊の面々は、九鴉やダイチ、119204号のいる第三ラインにいた。
第一ライン、1ブロックにある宿舎を襲っているのが、この騎士団だ。
名前を、マダヤ騎士団。
楽園教の騎士団というと、どうしても家柄や実績によってダンネルばかりに目がいき、つい騎士団の団長は――という言い方になってしまう。ダンネルこそが、騎士団全てを束ねる長であると言われてしまう。
実際は違う。ダンネルにそんな権限はないし、騎士団全ての手綱をにぎるのは外部保安部門の担当であるアヤネ・ベルクだ。
「――ったく、こんなときに部隊を送れだなんて」
大隊はさらに五つの中隊に分けられており、マダヤ大隊長はその内の一つを、九鴉のいる館に送り込んだ。一応、その中隊は自分の部下ということになっているが、実は外部から来た傭兵のような輩である。
騎士団は長らく人材不足が続いており、権力とやらにうるさい上層部は制度を変えようとしない。入り口が狭いのだから、変えられる可能性が増えるわけもなく、少ない可能性じゃ何も発芽はしない。だから、彼らは得体の知れない外部の族と契約してまで、人材不足を補おうとしていた。
(ま、俺の部隊じゃないからかまわんが)
マダヤ。
おかっぱ頭で、鼻の下に細いヒゲを生やした男。
三十代半ばほどだろうか。
彼は、四等や五等団員が住まう宿舎の前で、各部屋を取り調べる光景を眺めながら思っていた。
(しかし、この一連の事件は何で起きてるのやら。何が不満なんだ、こいつらは。この地下都市で飯にありつけるんだぞ。それだけで貴重だろうに)
取り調べは法律なんて何もないから、騎士団の思うがままに行われる。
暴力は当たり前で、大勢が挨拶代わりに殴られ、床に伏せられ、あげくは少しでも反抗的な態度を見せれば平気で命を奪った。
(……ま、こんな奴らなんていくらでも代わりはいるけどな)
所詮、捨て駒さ。
マダヤは、目の前の光景にも、送り込んだ中隊にも――自分の意見が通じる言葉を、心の中で吐いた。
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