RUN!!!(6)
?
???:突如、乱入して申し訳ない。きみは言うのだろう。ぼくの出番はまだ早
いと。
だが、ぼくの気持ちも分かってくれ。こんなものを見せられたら、出た
いと思うのは当然じゃないか。
??
???:そう、人には本質がある。いや、それは魂だとか生き方だとかイデア
――
呼び方は何でもいい。周りにとっては光輝かないものかもしれないが、
当人にとっては世界を支える土台のようなもの――があると。
???
???:ぼくがやろうとしていることは、それを探すことなんだよ。
人には本質がある。
呼び方は何でもいい。これを見る全員が各々勝手に変換してくれればい
い。
????
???:本質はあまりにも純粋で、柔らかすぎるモノだ。
だから人は、それを余計なもので守ろうとする。
常識だとか、偏見――どこで買ったのか外国の知識で理論武装したりも
する。
だが、忘れてはいけないのだ。人が本当に美しいと思えるのは本質だけ
なのだ。それしか、ないのだから。
?????
???:人類史は惜しいことをした。せっかく、科学が限界まで近づいたのに
ね。
だが、皮肉にも人類は宇宙には出られなかったよ。
月や火星に移り住んだり、小型の宇宙船が普及することはなかった。
それよりも人工衛星にばかり金をかけたね。あれがあると便利なんだ。
たった一つの人工衛星で全ての軍事力を無力化することができる。
だから、人工衛星は大量に打ち上げられたよ。人の欲望の花――
そして、その花を刈り取るために宇宙空間で活動できるドローンも作ら
れたね。
??????
???:ああ、大したものではないよ。これは単なる『破壊魔』だったから。
人工衛星を打ち上げる技術、と同時に流行ったのは人工衛星を破壊する
技術。皮肉だね。うん、ぼくもそう思うよ。
???????
???:昔の人類は科学に希望を見ていた。
偏見や差別はなくなると思っていたし、全ての人が幸福になる――
そう、きみたちが見たら笑い出しそうなことを本気にしていたんだ。
だが、ぼくがいた人類史ではそうはならなかった。
車は空を飛んでないし、人工AIのロボットは軍事に使われるぐらい。
それ以外にロボットが普及していたのは性処理用だ。
他には、差別は結局ならくならなかったな。
ケータイがスマフォに、やがて物体を持つことすら煩わしくなっても
――
???:皮肉だね。他にも歴史を変える発明は大量にあったんだが。
どれも結果は同じだったよ。
それじゃ、太平洋戦争だよ。
それじゃ、ヒトラーと同じだよ。
それじゃ、それじゃ、と繰り返し。
どれもこれも、二番煎じなものばかりだった。
????????
???:ぼくはね、人間にはまだ可能性があると信じているんだ。
例え科学を限界まで追い求めてもそれは駄目だった。
だがね、本質なら――人の本質をつきつめていけば、変わるのではない
かと。
ぼくはまだ信じられないのさ。
人類が行き止まりに着いたってことが。
まだ道はある。
まだ我々には道があると――そう、信じたいのだ。
一度、そのために人類が滅びかけたとしてもだ。
ああ、分かってるよ。きみは、まだ早いと言うのだろう。
だが、こんなものを見せられたら反応するのが人じゃないか。
そう、本質。
他人にはつまらないガラクタも、誰かにとっては宝物。
そう、信仰でも何でもいい――ともかく、その人の奥底にあるものこそ
が、人類に残された唯一の可能性だとぼくは――
090
■第二ライン、4ブロック。
――楽園教、中央広場。
ローマ・コロッセオの外壁だけを真似て、観客席のないここは――何故か、一方向だけ極端に破壊されていた。
まるで、巨人がチリトリで掃除したような。
一方向だけ石畳が剥がれ、建造物は崩壊し、吹き飛ばされた人の肉片が散らばっている。
「アアアアアアアアアアアアアアアアッ――」
ダンネルは咆吼を上げる。
彼の怒りは極度に力を増やす。だが、これでも陸王丸に届かない。ダンネルが剣を振るう度に能力は激しくなるが、それが過度な負担をかけた。すでに、彼が使っていたロングソードはボロボロで、所々欠けている。陸王丸はそれを見て、呆れた。
「おめぇ、なしてそんな弱ぇーのにムキになってんダ?」
弱いなら、死ねばいいのに。
彼は本当に分からなかった。何の嫌味もなく、率直な気持ちで、そんなことを言ってのけた。
何故、彼は怒るのか。
何故、彼はここまで奮闘するのか。
そう、六番街にとって力の強い弱いというのは、ほとんど生まれ持った資質によって決まると信じられている。
故に、弱き者は生きるべきじゃないと、彼らは弱者に対してかなり冷酷だ。
逆に言えば、普通の人の常識がない。どんなに少数派で、偏見を持たれそうな者でも、強靭な精神や力を持ってるなら、弱者と見なすことは絶対にない。
だが、ダンネルはそれに含まれるか。
「アアアアアアアアアアアアッ――」
その答えを示すように、彼の剣が折れた。
剣先は撃ち抜かれた鳥のようにクルクル回転し、カァッーーーンと地面に落ちた。
「アアアアアアアアアッ――」それでもダンネルは戦おうとする。陸王丸は容赦なく拳を突き入れる。ダンネルの体がくの字に折れて吐血――そしてトドメの一撃を入れようとした矢先、何ものかが斬りかかってきた。
「ぬっ!?」
テレポーテーションの能力者。
瞬間移動で現れたのは、白い団員服に身をつつんだ騎士団の一人。
「団長!」
彼は陸王丸の攻撃を剣で邪魔し、ダンネルにふれて遠くに移動させる。
■第二ライン、3ブロック。
「……あ」
ダンネルは、移動させられていた。
窓ガラスがなく、ふきぬけで――自身が先ほどまで戦っていた中央広場が一望できる三階建ての建物に移動させられていた。
中央広場では――部下が、たった一人で陸王丸と対峙していた。。
「……やめろっ」
やめてくれ、と彼は部下に言った。
もちろんだが、この距離からは聞こえない。
■第二ライン、4ブロック。
陸王丸に対峙する団員は、ニヤリと笑った。
「は?」と、陸王丸はこの状況で笑えていた団員に疑問を抱いた。。
何だこいつはと。
その能力は貴重だがダンネルよりも強い気迫はしないし、今この瞬間も陸王丸の拳が彼を捉えようとしていた。団員の胸元に――大木のような穴を空けてやろうと、狙っていたのだ。
「ははっ――」だが、団員はさせない。笑いながら彼は。「騎士団に栄光アレエエエエエエエエエエエエエエエエッ!!」
自爆した。
◆
――中央広場の光景を、彼は愉快そうに眺めていた。
「傑作だなっ――」
坊主頭で、黒のダウンジャケットを着ている少年。
五狼。
(そろそろ、オレも何かしなくちゃいけないんだが、もうちょい見ていたいな。中々、おもしろい喜劇だ)
彼は、近くの建物から一連の戦闘を眺めていた。
中央広場では爆煙が広がり、熱い空気がガラスのように割れて消えていく。
吹き飛ばされた瓦礫はちりぢりに砕けていた。
(予想以上に芸達者だな……)
煙が腫れていく。
五狼は興味深そうに笑った。
091
■第二ライン、3ブロック。
「……は?」
ダンネルはクチを、あんぐりと開けてしまった。
唖然。
呆れは自分にか、相手の異常なまでの強さにか。
陸王丸は生きていた。
「………」
風の鎧は、近距離の爆破さえも防いだ。
白い筋肉美は一つの汚れさえもなく、オレンジ色の布きれ一枚ですら――焼け焦げたあともない。部下が命を賭けたのにそれはあまりにも理不尽な強さだった。
堂々と直立し、つまらなそうにあくびまでしている始末。
自分は、あれと戦っていたのか。
神話の怪物?
自分がこれまで戦っていたのは人間ではなく……化け物だった。
――ギシッギシッ。
ダンネルは、己の心が軋む音を確かに聞いた。
◆
だが、逆に他の騎士団員達は血気盛んだ。
「うおおおおおおおおおおおおおおっ――」と、拳をかかげて、全員が奮い立たった。
彼らはたった数十名、しかし、あのテレポーテーションの能力者が、いや団員が救えた唯一の面々だ。彼らはそれぞれの武器を手にし、あの化け物へと向かって行った。
あまりにも超次元だからか。本来なら、団長が戦っているときでさえ、サポートもできないような集団だ。それなのに――いや、だからか。あまりにも想像力が欠けていて、相手との実力差を計算できなくて、だから――何の迷いもなく駆けて行った。
(つ、付き合いきれねーよ……)
その中には、上等団員だけじゃない下等団員もいた。
その中には、特攻精神に乗り気じゃない者もいたのだ。
(し、死ぬならあんたらだけでやってくれよ。何だよこれ、自爆も意味わかんねーけど。それでも爆破しても死なない奴に、何でこんなテンション高ぇーんだよ)
ウオオオオオオオオオオオッ――と、騎士団員達は、陸王丸へと向かっていく。
彼らもダンネル同様、遠く離れた建物からだったのだが、一人一人飛び降りて、ある者は屋上を跳躍しながら、進んで行った。
(馬鹿じゃないのか!? 死ぬぞ、あんな化け物相手は死んじゃうぞ!? 何人束になっても勝てねーよ、何でそれなのに突き進むんだよ!?)
下等団員は全く理解できなかった。
だが、彼もあの自爆した団員に助けられた身(いや、おそらくは階級を見分ける時間がなかったんだろうけど)。
気がついたら、それが仇となって己も進んで行った。
人は分かっていても、論理的じゃないことをするときがある。
■第二ライン、3ブロック。
「……何やってるんだ、ワタシは」
ダンネルは、拳を強く握りしめる。
092
■第三ライン、2ブロック。
両側を白亜の建物ではさまれた通り。
通り――その道は、いやどこもそうだが、二本の柵が間の車道を囲っており、今は機能を果たしていない役目を担っている。だが今は、ときおり活躍した。
柵の上に緑の姿をした者が現れ、消えていった。
彼女らは頭上高く飛び上がり、両側の白亜の建物まで足場にして疾走――激しく回転したり、跳躍したり、空間を縦横無尽に駆け回るが、それは自由にしているのではなく、不自由に逃げていたのだ。
「くっ――」AKはローラー靴で逃げていた。彼女を追いかけるのはいくつもの髪の毛。髪の毛だ――それが、刃のように切断し、あるときは巻きつき、へし折ろうとする。「くそっ!」
彼女は、AKライフルの7.62mm x 39弾を発射。ほとばしるマズルフラッシュ、排出される薬莢、しかし、髪の毛には何の意味もない。例え当たったところで、一本、一本が切れる程度。髪の毛は何百本何千本何万本とある無数の蛇――だから、追跡は止まらない。
「bot兵っ!」
そして、これも無意味。
彼女は自身のアノニマスからbot兵を形成。ドクロ型の戦士が向かうが、すぐさま髪の毛が巻き付き、へし折る。霧散――蛇が獲物を絞め殺すのを連想させるが、その一本一本はどの蛇よりも細く、どれよりも長い、髪の毛だ。黒い髪の毛。
「何なんだよ、これ髪の毛か!? 髪の毛が何でっ」冷静になれば分かる。これは能力者だ。しかもタチの悪いことに、AKの持つ科学技術が全て無意味になるほどの能力者。
AKライフルは効かず。
bot兵は盾にもならない。
かといって、敵の姿が近くにいるわけでもない。
(どうする――どうする!?)
彼女の心臓が鷲づかみされる。恐怖という名の、冷酷で冷徹な独裁者が、彼女を襲う。
(反抗したばっかだろ。やっとあのババアから逃れられたのに――自由に、自由になれたのに、こんな!)
速攻で死ぬのかよ!?
迫ってくる髪の毛。槍のように鋭くなり、こちらに向かって来る。
AKライフルが悲鳴を上げるようにマズルフラッシュを――の最中、母が現れた。
「っ!?」
AKは目を瞠った。
母は突如現れたかと思うと、AKの前で大の字になり、髪の毛の攻撃を全て受けた。
「――か、かあさん?」
串刺しにされた、母親――AKは、それをまざまざと見せつけられる。
093
「茶番がっ!」
痛みは、憤った。
もうそろそろ、と機械族の元に近づいている。
伸ばした髪の毛に引き寄せられ、空中を飛ぶように向かう。
「ふざけんな……ふざけんなふざけんなふざけんなっ!」
彼女は何故か激昂していた。
尋常な状態じゃない。
「痛みが見たくないものを、これ以上見せるなぁぁっ!」
◆
虎柄のバンダナを巻いた男達も――駆けていた。
「流石は兄ぃじゃ! わしらの願いきーとくれた!」
「流石じゃ!」
「まじ、兄ぃじゃ!」
彼ら独特の会話。言葉。
三人の少年達が絶賛する中、中肉中背の男はにやつく。
「よせやい、あんまり褒めるじゃナケンノウ!」
本当は、合図があるまで動くなと言われていたのに彼らは建物の階段を下りて、機械族と痛みの戦いに参加しようとしていた。あまりにも子分達が言うものだから、大将が我慢できなくなったのだ。
「今から行く、ジャケンノウ!」
094
――串刺しになったといっても、ほとんどはアノニマスが防いでいた。
「ぐふっ――」だが、無傷ではない。
胴体の四十八箇所に細い針が刺さる。
その針は急所を貫くものもあれば、比較的安全なとこも刺している。
アノニマスは手足重点に力を入れ防御。いや、本来なら銃弾さえ防ぐアノニマスである。とてもじゃないが、能力者とはいえそう簡単に貫かれないはずだが――「がはっ!」
母は針が抜かれると思わずふらつき、そのままローラーに動かされるまま落ちそうになる。
「……何、してんだよ」
AKは、お礼を言うどころか怒っていた。
何、今頃助けてるんだと。
「これまで――何もしなかったのに、アンタは!」
AKはライフルを構える。
三点バーストが何度も発射され、マズルフラッシュがきらめく。撃ったのは、よりによって自分をかばってくれた母だった。いくら、アノニマスが防いでいるとはいえ、無慈悲にもほどがある。
「………」
この程度ならいくら防げるとはいえ、母にとっては娘に撃たれてること自体がダメージらしい。
「……っ」
ガスマスクの裏側で、唇を噛んでいた。
◆
119204号はAKが落としたものを拾っていた。
(こ、これは……)
小型のフラッシュメモリで、彼女は即座に携帯用端末で確認、それはCREDLEをデータ改変し、機械族の鎖から解き放たれるプログラムであった。
彼女はすぐさまそれを自身のCREDLEにやろうと走る。人の群れをかきわけて、先ほど脱ぎ捨てた中に起きっぱなしだったガスマスクを拾い、データを注入してみる。
「ぐはっ――」
と、頭上で声がした。
「か、かあさん――?」
母が、頭上の外壁で髪の毛の攻撃を喰らっていた。
「危ない!」
と、ダイチが119204号を担ぎ上げ、逃走。
それを追うかのように髪の毛が襲う。髪の毛はさざ波のように広がり、切っ先で辺りにいた者を切断した。胴体が、手足が、野菜のように刻まれていく。血肉が水しぶきのように爆ぜる。
「――あっ」
119204号は、それらをダイチに肩でかつがれながら目撃した。
誰のものか分からない能力にかけられ、操られた人々。そして、また何ものか分からない能力者によって切断される――彼ら。
そして、母。
「――ふ、ざけるな……」119204号は拳を強く握りしめる。「ふざけるなっ!」
わたし達は、わたし達の命は――お前らに弄ばれるものじゃない。
彼女は、目に見えない髪の毛を睨み付けるように――
「……っ」
だが、彼女は抑えようとする。
(で、でも……今ここで助けて)
どうするつもりだ?
あのツバサという子を助けるなら、すぐさま離脱した方がいい。
自分はあくまで囮だ。
母と決着をつけるためでも、助けるためでもない――だから。
「行った方がいい……」
だが、耳元でダイチがつぶやいた。
「……は?」
お前に聞いてねーよ、と119204号は眉をしかめるが。
「行った方がいい! 助けたいんだろ!?」
だが、ダイチは走りながら、無様に逃走しながら言った。
「きみには力がある。行った方がいい。助けた方がいい。何もできない――オレとは違うんだろ!?」
その声は、無様だが必死だった。
何も出来ない無力な自分を認めつつも、だからこそと、誰かの背中を押した。
「……っ」119204号は、必死な声を無視できる子ではない。
彼女は、頭上を見つめる。
◆
AKはまたしても舌打ちした。
「てめぇーまで来んじゃねぇよ!」
彼女の目に映ったのは白いローブを着た小さなガスマスク――119204号。壁を鮮やかにのぼると、銃弾で髪の毛をリズミカルに攻撃。だが、敵はゆるがない。すぐさま、細い針を伸ばし、119204号を襲う。だが、119204号は難なく避けていく。彼女は身体能力が高いのか、ローラー靴を自在に動かし、知性が芽生えたアメンボのように曲芸的な軌道を魅せる。
「このっ、――あ、あんた、さてはアタシのぱくったな」AKが落としたのが悪いが、彼女のディスクを使い、確かに機械を再起動させた。
逆上したAKは119204号にライフルを構える。
だが、119204号はすぐさまトリガーを見て、同時に相手の銃口に標準を定め――計算――CREDLEを動かし、二丁拳銃。――火花っ。
音が重なり、一見何が起きたかと思うが、両者の銃弾がどこにも当たっていない。
「なっ」
119204号が当てたのは、敵の銃弾。AKが撃ったと同時に銃弾に銃弾を当てて、相殺させた。
「馬鹿か!」
意味のない攻撃――そんなことしなくても、避ければいい話。だが、119204号はあえてした。
FUCK
くだらないことすんじゃねーぞ、と中指を立ててAKにケンカを売る119204号。
「あ、あいつ――っ」と、怒り心頭どころじゃない。AKはローラー靴を動かして避ける。
髪の毛はまだ攻撃を止めていない。
◆
痛みは、もうすぐそこまで迫っていた。
「だから、ふざけたことすんじゃねえええええええええええええっ!!」
095
そのまま隠れてればいいものを――119204号はため息をつく。
この髪の毛の能力者は、わざわざ119204号達の前に現れた。
「うがあああああああああああああああっ――」うるさい、声を上げながら。
現れたのは黒い髪を生やした少女。
彼女は自身の黒い髪に導かれて――引っ張られて、この場に現れた。AKはライフルをお見舞いするが、全てが髪の毛の盾で防がれる。一本一本の耐久度は低いが、これがいくつも束ねれば、何重にも折り重なって盾となれば、銃弾さえ防げる。
(……タチが悪い)
AKは舌打ちする。
とてもじゃないが、銃弾じゃ倒せない。だからといって、近づくのも難しい。あの髪の毛は攻防兼ね備えた無敵の能力。攻撃したら髪の毛が束になって防ぎ、防御しようと構えると、無数の針が全ての角度からこちらを狙う。ただでさえ、足場が少ないのに奴の髪の毛は空中を自在に伸ばして広がる。
「………」
だが、119204号は痛みへと走って行く。
◆
「馬鹿がっ!」
髪の毛で宙を浮かぶ、痛み。
彼女は壁をローラーで回転し、スピンを掛けてこちらに跳ぼうとする119204号を――あざ笑い、針で突き刺そうとした。
「これでも喰らって死にな!」
痛みは、無数の針を自身に迫る119204号に打った。
(……標準)
ガスマスクのゴーグルは無数の――小さな、小さな針の先を視認し、標準を定める。
CREDLEの有効性はこれにある。どんなに小さな敵も、速い敵も、このゴーグルで、機械で視認して、標準を定め、体を機械が動かして撃ってくれる。ハエも、銃弾も、やろうと思えば水しぶきだって、撃つことができる。
119204号はCREDLEに指示し、無数の針からいくつかを狙い、銃弾を撃った。
一本一本ならどんなに針の威力があっても、銃弾で撃ち砕ける。
(で、銃弾には勝てなくても普通のよりかは弾力あるだろ?)
119204号は、ある一本の髪の毛の周りを銃弾で撃った。
そして、その一本の髪の毛に乗って、ローラーで伝って行く。
「――はぁっ!?」
痛みは、目を見開いた。
そりゃそうだ、まさかそうやって向かって来るなんて思いもしなかった。
完全無敵の能力だと思っていたのが、まさかその能力を利用して向かって来るなんて――自身の髪の毛をレールにして向かうなんて、思ってなかった。
痛みは、119204号を落とそうと髪の毛を動かし邪魔するが、他の髪の毛に跳躍されて逃げられる。
(くそっ――)
痛みは他の髪の毛で攻撃するも銃弾で砕かれる。避けられる。
(何でだよっ!?)
彼女の能力は、けして完全無敵ではない。
そう、彼女が使っているのは髪の毛だ。
髪の毛、そう切り離したら使えない髪の毛――だからこそ、その髪の毛を追っていけば、本体にぶつかる。
「……よし」
そして、119204号は銃口を狙って痛み本体を狙う――が。
「ジャケンノウ!」
甲高い声がとどろいた。
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