RUN!!!(5)

 077


 痛みは、双眼鏡を使って一連の戦いを見ていた。

「……え?」

 119204号――小柄なレモンイエローの髪の少女が、大柄な機械族に銃口を向けていた。

 大柄の機械族は、楽園教の少年によって動きを封じられている。

「どういうこと?」

 痛みは、119204号の唇までしっかりと読んでいた。


 ……かあ……おかあさん


「あれ、母親なの?」

 痛み、の表情が消える――


 ◆


 顔を隠して、名前を消した

 存在は歯車、ただの機械

 顔を隠して、心を消した

 何もかも、何もかも


 こんなものが人間性なら

 こんなものが人間だというなら


 捨ててしまおうと、ドブに捨てた

 顔にガスマスク

 名前は数字

 あとは機械があれば充分さ


 ――誰かが、どこかで、歌っていた。

 機械族の戦いを見ていた者が、口笛をふきながら歌っていた。

「地下都市は愉快」

 と、RABBITは歌っていた。


 078


 スミレは、兄の好きなヒーローコミックが大嫌いだった。


『みんなのために戦うんだ!』


 コミックの中でヒーローが言う台詞。

「………」

 スミレは、これまで多くの死を目撃してきた。

 自分が巻き込まれないように、大人に捕まる子供を無視したこともあった。

 目をそむけて、死体のある道を通ったこともある。

 すぐそばで、能力者によって殺された能なしも見たことがある。自分と同じ能なし。散々、能力者によって弄ばれた挙げ句、殺された。

 殺した奴は、笑っていた。

「………」

 スミレが大好きだったはずの『笑顔』。

 スミレはそれを見て吐きそうになり、現実にあるものを全ておぞましく感じ――


「だから、いいんじゃないか」


 兄は言っていた。

「現実にないから……だから、ここに描かれてるのはキレイなんだよ」

 ヒーローコミック、『バードスター』。

 キレイ?

 スミレは首をかしげた。

 キレイって、そんなにいいものかと。

 そんな、この世にないものに憧れるなんて。

「……ははっ」兄は、微笑を浮かべた。「それがなかったら、どうやって生きればいいんだい?」


 079


 スミレがはじめて母と会ったのは、機械族のアジトだ。

「はじめまして――と言っても声だけなら二度目か」と、大柄の女性は笑った。彼女は、スミレを抱きしめてくれた。「お前は、もう一人じゃない――」


 080


 119204号は、ツバサ達が処刑されそうな瞬間――あの光景を見た。


 青い空。


 このとき、119204号は母達と共にいた。

 そう、このときは母や自分も含めて五人いた。五人で編成を組み、念のためにと処刑を観察していたのだ。

 だが、処刑のときに前に進んでしまった。

「……待てっ」

 このとき、母が遅れて反応したのは何故だったのか。

 あの人も、あの光景に見とれていたのか。


 ◆


 119204号は、銃口を向けるだけで撃とうとしない。

「………」

 無言で構えるだけだ。

 母は罵倒したくなる。何をやってる、撃つなら今だろ。

 撃たれるのは自分なのに、苛立ってしまう。そんな舐めた気持ちで反抗したのか――私に申し訳ないと思って、反抗したのかと。

 ああ、そうだ。こいつはいつもそうだ。はじめて会ったときもうまく戦えたかと思ったら罪悪感に囚われ……それ以来、人を殺せなくなった。

 貴族の家でだって。爆発を起こしたのはこいつだ。

(そんなんで……そんなんで……)

 母は憤る。

 やはり、119204号は自分と全く似ていない。だから、これまでは好ましかった。

 だが、今は逆に疎ましく感じた。自分には想像も付かない躊躇……こいつは、あのツバサという奴らといっしょに行動するはずなのに――それなのに、こいつはこんなとこで躊躇している。

 過去の自分なら考えられないことだ。母が氷河だった頃は、そんなの考えるヒマもなかった。

(……忘れたのか、119204号。私には部下がいるんだぞ)

 いつのまにか、二人の部下が降り立った。

 二人は母のうしろで一列になり、アサルトライフルを119204号とダイチに向けた。


 うタナイナラ、コチラカラうツゾ?


 と、119204号に告げた。

「……おかあさん……わ、わたしは……」

 119204号は敵の増援により状況が変わったのに、まだ撃とうとしない。

 余計に母を苛立たせる。

「わたしは……、ら、楽園教の人や、三番街のひ、人とも話しました。……かあさん、彼らは、わたし達と同じでしたよ」と、かすれ気味の声で言う。「……わたし達と同じ、人間でした」

「ニンゲンじゃない」

 母は即座に否定する。

「同じじゃない――」

 だが、その声は弱々しかった。ダイチに拘束されてるからか。

「わたし達は、この地下都市で散々な目に合ってきたけど……能なしで、力がなくて……何もなくて……誰もいない……でも、でも、あの人達もそうだったんです」


 ――正当化するつもりはない。確かに、僕らがしてきたことは残虐非道だ。


 九鴉の言葉が脳裏に浮かんだ。それは、119204号にとって何よりも重い言葉だった。


 ――だが、じゃあ聞かせてもらおうか。

   どうすれば、よかったんだ?


 どうすれば、よかった?

 そんなの、分からない。分かるはずもない

 皮肉なことに、119204号自身もこの言葉は他人事じゃない。

(わたしも……人殺しだ)

 あのとき、どうすればよかったんだ。

 殺さないでいる方法なんて……それこそ、あのとき少年を見捨てればよかったのか。

「同じなんかじゃない……」母はなおも語る。「こんな奴ら、私達と同じものか。こいつらは、力なき者を嘲笑し、利用して」

「わたし達だって!」119204号は叫ぶ。

「わたし達だって……同じじゃないですか……思考麻薬で人を台無しにして……通信機器を独占して裏で情報を操作する……」

 そんなことしてたのか、とダイチは目を見開いた。

 母は、ガスマスクの中で神妙な顔になる。

「じゃあ、119204号。お前は、外の奴らと組めるってのか。奴らが、お前に何をしたか忘れたのか」

 忘れるわけがない。

 誰かに襲われたときは見て見ぬフリをされた。

 襲ってきた奴らは兄の記憶をぶち壊すように笑いながら、119204号を犯そうとしてきた。阻止したとしても、その記憶は呪いのように残っている。

 だが、119204号は言う。

「組めます」

 119204号は、迷いなく言った。

「わたしは、見たい景色がある」

 未だに構え続けている銃口のように真っ直ぐな瞳は、母を捉えて放さない。

「信用してるわけじゃない。彼らの思想も行動も、全て受け入れるわけじゃない。というか、ほとんどが受け入れがたいものばっかで、ひどく歪で、九鴉なんて男はとくに大嫌いで――」119204号は喉を振るわせながら言う。「でも、わたしと目的は同じだから」

 悲しいくらいに、みんな同じ傷を背負ってるから。

 だから、全員あの空を見て動いてしまったのだ。

「……だから、わたしは……」

 119204号は銃を構え続ける。

 母は、言葉を失った。

(……何故だ)

 ふいに、昔を思い出してしまった。

(こんな光景、見たことないはずなのに)

 何故なら、自分の姿は鏡でもない限りは見れないはずだ。

 だから、こんな光景は見たことない。

(……なのに、何故だろう)

 まるで、昔の自分のようだと思ってしまった。

 懸命に強大な力と戦う――あの頃の自分と重ねてしまった。

「………」

 母は、ガスマスクの裏で沈黙してしまう。

(……ちがう、ちがう、こんなはずは……このままじゃ、この子は)


//

プログラム4:[よし! ここで、氷河の顔をアップ! そう、そこだよ! 昔の日本映画のようにお涙頂戴だ!]

プログラム1:[やめろ、それこそ貴様の嫌う予定調和じゃないのか!]

プログラム4:[離せ! 人気を取れればいいんだよ。――そうだ。そいつを放り出せ。さーて、あとはもう一回119204号が感動的なセリフを言ってくれれば……ん?]

//


 母に通信が入った。

<―――>

 部下の一人が何か言ったらしい。母にとって聞き入れがたい内容だったようで、即座に否定された。

<いいから、黙って従え。合図を出すまで撃つな。いいな、絶対だ>

 だが、このとき部下はもう一言反論した。

 それが母の逆鱗に触れた。

「待てと言ったら待ってろ! 馬鹿なことを言うな!」

 突如声を荒げ、119204号は眉をひそませ、ダイチは大袈裟に顔が変化した。機械族の部下の一人も慌てる。

「………」

 怒られた部下の方は黙っていられなくなった。


 081


 VR


「おおっ、急展開だぞ」「おい、どういう話だよ。意味わかんねー」「何で、機械族キレてんの?」「お、おい――あいつ、何かしようとしてるぞ」「撃つ気だ!」「ヒューーーーーーーーーーwwwwwwwwwwww」「撃った! 撃った! ww」「母親、ざまぁww」「えぇぇっ、意味わかんねー」「ほんとに意味わかんねーか?」


 082


 プログラム達は困惑した。

[撃った!?]

 こんなの、想定していなかった。


 083


 けたたましい銃声。

 連続するマズルフラッシュ。

 ――フルオートでの射撃。

 母はアノニマスで全弾をガードするが、あまりにも近距離だったため衝撃を全て緩和すできず、銃声が鳴り止んだあと膝をついて倒れてしまう。

「おかあさん!」

 思わず、119204号は叫んだ。

「う、わぁ……」

 ダイチは咄嗟に床に転がってよけていた。

 彼は慌てて、手足をばたつかせながら119204号のそばに立つ。

「……き、きさまっ」

 母は唖然としていた。

「………」

 もう一人の部下も同じだ。今、何が起きたのか理解できてないようだ。

 119204号とダイチも、何が何だか。という有様。

 ただ一人だけ――撃った本人だけは、平然とガスマスクを脱いで、フードも取る。

 灰色の髪をした少女。目はややつり気味で、褐色肌。背丈は119204号より上だが、顔だけ見ると大して年齢差はないようだ。しかし、どことなく大人の妖艶さも兼ね備えている。

 彼女は、クスッと笑った。

 艶のある白い唇が形作る。

「MOTHER、FUCK」中指を立てて、言った。


 084


 VRのプログラム達は慌てる。

[何だ、奴は!?]

 と、プログラム4が吼えた。

[……あれじゃないですか、1や2が仕込んだんじゃ]

 と、プログラム3。

[ぬぅ……だがしかし、奴らは凍結したからな]

 プログラム4は、己の企画を通すためにプログラム1と2を捕らえ、凍結させてしまった。

(3は、うまく言い逃れて凍結されなかった。他には、5と6がいる)

[彼女は、119204号と同時期に機械族に所属したらしいな]プログラム5がいう。[名前は55343432号。随分と長い]


[彼女等は言葉ではなく文字で語りますから]と、プログラム6も語る。[数字ばかりでも問題はなかったのでしょう。逆にそれが、ダイチや九鴉が119204号の名前を呼ばない原因でしたが]


[そんなことはどーでもいい]プログラム4がいう。[問題は、何故母はあんな奴を野放しにしていたのかだ。いきなり、反抗するなど]


 プログラム6は笑いながら言った。[我々には理解しがたいですが、人間には反抗心は成長する過程で必要なプログラムですよ]


 プログラム5も言う。[その通りだ。奴らは親に反抗することにより自我を形成していく。我々とは違うのだ]


[そんなことはどーでもいい!]プログラム4は叫んだ。[とにかく、まず奴のくわしいプロフィールを]


[彼女は名前はなかったそうです。そう、55343432号がはじめての名前らしい」と、プログラム6。[以前は七番街で生まれ、辺りをさまよっていたらしいですね。その扱いはひどく、両親も生まれたときにボロぞうきんのように労働させられていた。鉄やスクラップを集める作業ですね。で、ある程度育ったら性奴隷として売られた]


 淡々と言った。

 まるで、人間にとっては地獄だが、プログラム達にとってはどうでもいいことのように。

 ……いや、実際どうでもいいのか。彼らにとっては。


[ということは、氷河以上に地下都市を憎んでるはずだろ。なのに、何故彼女は氷河に犯行を]プログラム4は聞く。

[愛情故らしい]と、プログラム5。

[……ん?]プログラム4は疑問符を浮かべる。どうやら、彼には理解できなかったようだ。


[分からないですかね、彼女はようするに愛情が深すぎて嫉妬してしまったのですよ]と、プログラム4にいうプログラム6。[119204号に――いや、何より母に苛立ったのか。こんなにも自分は母のために働いてるのに愛情が不足してるとか思ったんじゃないでしょうか。実際、機械族の中ではかなり熱心に働いていた]


[最初に数ヶ月勉強したあと、各族に機械を売る交渉人の仕事を担当――のちに、暗殺部隊にも所属。まあ、これは機械族に邪魔な奴を殺すってなっているが、実際は我々の命令の遂行だな。ざっと言ったが、これは機械族の中でもエリートの部類に入るらしい。本来なら、知識がゼロの者に知識や技術を教えるため、数ヶ月どころか数年かかるのが当たり前だ]だが、とプログラム5は語る。[奴はたった数ヶ月で終えた。天才だったのだろう。事実、彼女はいくつか自力でプログラムも構築したし、色々と実験していたようだ]


[……実験?]プログラム4はまた疑問符を浮かべる。[奴らには、必要最低限の知識しか与えてないのだろう。それこそ、奴らが自力で科学を発展させないために]


[そうだ。だが、中には例外もいる]と、プログラム5。[だから、119204号への嫉妬も少なくなかったはずだ。皮肉なことに……55343432号は、母にそっくりだったのだ]


[……昔の、氷河にか]神妙そうな表情を浮かべるプログラム4。[確かに、昔の彼女はあれくらい反抗心が強かった]


[皮肉だな、自分に似ていないから119204号を気にしていたが、自分に似ている55343432号はないがしろだ]とプログラム5。


[だが、嫌ってはいなかったのだろ?]と、プログラム4は聞く。


[そうだ。嫌ってはいなかった。……ただ、苦手というべきか。それだけだ。愛情がなかったわけではない]とプログラム5。


 だが、子供はそれを敏感に感じ取ってしまう。


[逆に、愛情がゼロだった方が幸せだったかもしれないですね。結局のところ、母は何も分かっていなかったってことです]プログラム6。[そもそも、本当に人間性を捨てるなら母なんて呼称はよくなかったのですよ。それさえなければ、どうにでもできたはずだ。……結局、機械族でも優秀な二人が機械族に反抗してしまった]


 119204号も55343432号に匹敵する天才である。

 彼女も数ヶ月で基礎教育を終えて、それから淡々と交渉や研究部門に務めていた。


[……心配だったのさ、氷河は]プログラム4はしんみりとした口調で語る。[彼女は、幼い頃に未練があるからこそ幼い少女達が悲しむのを見たくなかった。そう、いわば彼女がしてることは自己救済なのだ。……いや、そんなことを言えば全ての善行は偽善になってしまうが。しかし、だからこそ彼女は部下達に厳しくしてしまった。そう、彼女は自分が嫌いだから]

 無力な人間が嫌いだから。

[皮肉ですねぇ……]と、プログラム6。

[皮肉だなぁ……]と、プログラム5。

[全くだ]と、最後にプログラム4。

 偉そうに、語り終えた。


 085


 痛み(ペイン)は、ガラスのない窓から飛び降りて能力――『愛は何もかも越える』で着地。そのまま、機械族の元へ走って行く。

(――ふざけるな)彼女は珍しく怒っていた。

(持ってる者のくせに……痛みが、心底望んでたものを、捨てるな!)

 彼女は涙目で走っていく。


 086


 他にも、機械族の攻防をのぞき見してる者達がいた。

「……ホォ、機械族も意外とやるジャンノウ」と、大柄の男が言った。彼は派手な虎柄のバンダナを巻き、白いローブを着ていた。「ヘッヘッ、楽園教があっさり負けたのは驚かないが、妙なものを使った戦闘は中々オモシロイ」

 男は、遠く離れたビルの屋上から双眼鏡でのぞいていた。

 片手で双眼鏡をつかみ、もう片方の手で金属バッドをペン回しのように弄んでいる。

「大将、早く俺にも見せてくださいヨォ」

 と、小さい少年がせがんだ。彼は坊主頭で、目だけはかわいらしい。彼も白いローブを着ている。

「大将大将、オイラにも」

 と、もう一人の少年も。

「大将大将大将、僕にも」

 と、三人目もせがんだ。

「やかましいわ! あとにできんのかジャケンノウ!」

 大柄の男は怒声を浴びせて黙らせた。

 あまりにもデタラメな語尾だが、少年達にとってはちゃんと怒声になったらしい。

「……ふむぅ……早く合図が来ればワシもあそこに参加するんジャガノウ」

 男は、機械族に迫る一人の少女にも気付いていた――合図さえあれば、自分もすぐあそこに行けるのに。


 087


 55343432号の人生は、この地下都市ではひどくありふれた人生といえた。

 そう、ここは人がゴミのように死んで、屍のように生きる場所。彼女のような例など、ありふれすぎていて、『普通』なくらいだ。


 ジャア、とくべつニナラナイカ?


 55343432号の前に、手を差し出してくれたのは母だけだった。

 機械族の母。

 当時、55343432号は性奴隷管理を専門とする族に捕らえられていたのを――男をたらしこみ、油断したスキを狙ってナイフで刺してほぼ裸一貫で逃げ出した状態だった。

「………」

 彼女は訳分からんという疑問符を浮かべていた。

 褐色肌の体は所々傷跡があり、その全身を隠すのは心許ないボロ布一枚。


 ココデハ、ゴミノヨウニしヌノガふつうダ。


 大柄な機械族――55343432号の前に現れたのは自分よりも数倍でかく、顔にガスマスクをつけた人物だった。薄汚れた緑色のロングコートも着ていて、常にフードを被った状態――だがそのときは、フードを取り、ガスマスクを外した。

 現れたのは凛々しい顔立ちの女性だった。彼女は顔つき自体は厳しいが、ふっと出たほほえみはとても優しいものだった。

「ここから、抜け出してみないか?」

 この地獄から。

 今にも死にそうなこんな生活から――55343432号は、気がついたら手を取っていた。

「……っ」泣いていた。

「でも――アタシ――名前も、何にもなくで――」

 大柄な女性は抱きしめた。

「なら、私が与えてやる。お前の名は――」


 088


「アタシは55343432号って名を捨てるよ」

 裏切った少女は――にやつきながら言った。その笑みは、まるで痙攣して起こしたかのようだった。

(………)

 119204号は、それをしっかり見ていた。

「名前は――そうだね。AKでいいや」

 AK(エーケー)は、膝ざをつく母にAKライフルを向けながら言う。

「……へへっ」

 その表情は嘲笑しているように見えるが、実際はかなり無理をしている。

 無理をして、敵となった人物に挑んでいる。

「アタシは自由だ! アンタの駒じゃない。アタシはアタシだ!」

 母は、神妙そうに見据えると。

「……馬鹿が」と吐き捨てた。

 母は彼女に与えていた権限を剥奪、システムを全てダウンさせる。既に外れたガスマスクや、彼女の持つあらゆる機械が機能停止する。もちろん、アノニマスもだ。

 部下が、AKに銃口を向けた。

「無駄だよ」AKはニヤリと笑う。

 銃声とマズルフラッシュがつんざき、火を吹いた。

 ――だがそれで驚いたのは撃った本人だった。弾丸は空中で弾かれていた。

 まるで、アノニマスを使われているかのような。

「もう、アンタの思い通りにはならない」

 言われた母は驚愕する。

「……サーバーを乗っ取った。いやまさか……違う、独自のプログラムを作ったのか?」

「ここに来る前から、とっくにシステムを書き換えてた」

 アジトにあるサーバーを頼りにせず、母とも戦えるプログラムを組んでいた。

 そう、CREDLEに頼らないで自力で機械を使えるシステム。

「馬鹿な……電力は……他にも無理な要素はたくさん……」母はつぶやきながら驚愕を続けている。

「………」AKは動揺を隠す。

 実際は、AKが用意したシステムは急ごしらえで何がトラブルになるか分からない危ういものだ。電力だって、ほとんどのシステムを節約しながら大事に使ってるだけだ。正直言って、彼女のこの行動は革命とはいえない、家出程度の準備しかなされていない。

 だが、それでもAKは決めたのだ。

「それだけじゃないよ」

 必死にAKは虚勢を張る。

 頭上から何かが飛来した。

 人型をした金属の塊――bot兵と呼ばれるモノが現れた。


             <bothei>bot兵</ぼっとへい>

              自立思考型ロボット。

          敵を補足し、武器を構え、攻撃するなど。

          人間のような細やかな動作を自動で行う。

          攻撃する対象など命令が必要な場合もあるが、

           命令一つ与えればあとは勝手に行動する。

               <word>●</word>


 人の骸骨をそのまま形にしたようなbot兵。ただし、彼らはそれぞれAK-47を装備している。しかも一体や二体じゃない、ぞろぞろと数十体も頭上から落ちてくる。

「……どうやって」

「さーてね」

 実をいうと、これらの元はアノニマスである。(頭上から落ちてきたのは、それをバラさないため)

 粒子状の機械ではあるが、本来はこうやって使うのが正しい機械だ。

 そう、壊しても壊してもよみがえる不死の軍勢。


//

 プログラム4[まずいな、予想以上によくできてないか]

 プログラム6[第二次冷戦時代に作られた『不死の軍勢』。まさか、また見られるとは思いませんでした]

 プログラム5[人類は長い戦いの末、各地でテロが行われるものの一時的な平和を手に入れた。だがそれは、あくまで表向きでだけだ。実際は、陰で政府が企業と暗躍して情報を盗み取ろうとした『第二次冷戦』というべき事態に陥っていた。そのときに、この『不死の軍勢』は活躍したんだ]

 プログラム4[なるほど、粒子状から人型に――ようするに、どこにでも侵入できる軍勢か]

 プログラム5[その通り、このときの名前は『ファントム』。だが、存在が明るみになるとテロとの戦いで使われるようになったがな。ここで、『不死の軍勢』と呼ばれるようになった。ちなみに、このときの人類史は科学技術が頂点に達していて各地で『その技術で世界を大混乱に落とすようなもの』が大量発生していた。これ以外にもやばい科学技術はたくさんあり、我々が使用するのも――]

 プログラム4[おい、語り厨になっているぞ。いいから、ほらまだ何か起ころうとしてる]

//


「やめて……」119204号は、AKに銃口を向けていた。

 AKは、それを見て冷めた気持ちになる。皮肉にも、さっきまでは内心動揺していたのに急に冷静になった。冷水を浴びたかのような気分だ。冷酷になれる。そう、今なら誰よりも冷めて、冷静で、冷水を浴びたから――ブチギレられる状態だった。

「意味不明だなオマエ……さっきまで戦ってたのはそっちだろ?」正論だ。AKはbot兵を前に出してAKライフルを構えさせる。

「………」

 ダイチは急展開に戸惑うも、どうにか119204号を連れて逃げる算段を立てていた。

 多分。

「このままじゃ、……このままじゃ、取り返しのつかないことになるから」

「あ?」

 119204号はかすかに震えていた。

「このままじゃ! あんなに、あんなにお母さんのこと好きだったあなたが!」

 本能的に、AKは動いていた。

 苛つき――いや、恐怖によるものか。彼女は、恐れてしまった。それを母の前で言われることが、とても嫌だった。(ロクに知らないくせに!)

 耳朶を打つ銃声が鳴り響き、マズルフラッシュは瞬く間に光をかがやかせ――薬莢が辺りに散らばって――銃声が止む、が。

「……ぐはっ」

 喰らっていたのは、母だった。

「おかあさん!」

 咄嗟に身構えていた119204号は、目の前に現れた母に驚愕した。慌てて駈け寄ろうと――する前に倒れた。慌てて119204号が抱き起こす。

「おかあさん、おかあさん!」

「………」

 AKの言う通り、さっきまで銃口を向けていたくせに何て顔をしてやがる。母は苦笑した。アノニマスでガードしていたとはいえ、その衝撃は大人の拳よりも強い。全身に喰らってしまった母はアバラにもダメージを負い、息を吸うのが少し辛かった。

「くだらない……」AKは歯ぎしりをして憤る。「くだらない、くだらない! 何だその茶番は! アタシは、こんなことのために銃を向けたんじゃ――」

 ――と、そのときだ。

 アノニマスを使える全員が何者かの襲来を感知した。

 それは母やその部下――だけじゃなく、AKも同じだ。

 その移動速度は遅い。少なくても、九鴉が走ったら段違いの差が出るだろうし、AKがこれまで見てきたのでも遅い方だ。AKの方が、ローラー靴を使わなくても速いといえる。

 おそらく、あまり走り慣れてないのだろう。……貴族か何かか。

 もしくは、優れた能力者であるが故に走ることをあまりしてこなかったのか。

「――ちっ」だが、突如その人物から何かが向かって来る。AKは慌ててローラー靴を起動し、壁を上って屋上へ。

「え、な、何が起こって――」ダイチは現状がつかめない。

「……っ!?」119204号も似たような状況だが、しかし彼女は何となくだが予測はできていた。「敵?」

 その通り、AKを追いかけて砂塵が舞う。

「なっ――」「――あれは」ダイチと119204号の声。

 母は起き上がると119204号をどかし、部下に指示を与える。

<敵だ>

 建物にジグザグ状の砂塵が走る。

 それらはAKを追っていて、砂塵が走った建物は両断とまではいかないまでも鋭利な切れ味を残した。bot兵が何体か切断され、AKも危うくやられそうになるが(実際、胸元を切られて危なかった)ローラー靴でどうにかよけきる。

(ボトッ――、と何かが落ちた)

「や、やばい、早く逃げないと」「おかあさん!」

 ダイチは逃げようとするが、119204号は未だに母親が気がかりだった。


「………」


 母は選択を迫られていた。

(何なんだこれは……これも、VRの仕業なのか?)

 二択。

 そばにいる119204号を捕らえるか。

 それとも、AKを助けるか。

 どちらに?

(選べるはずがないだろう)

 彼女にとっては、どっちもかわいい娘だ。


 089


「皆殺しにしてやる……」

 痛みは自分の足じゃ遅いと判断し、髪の毛を建物の屋上に引っかけて、振り子のように飛んでいった。

「痛みがないものを見せつけやがって……機械族全員バラバラにして押しつぶして赤黒ジュースに変えでやるぅ……」

 痛みは目が血走り、正気じゃない。

 彼女の体はまだ機械族の元に着かないが――すでに、髪の毛だけは攻撃に転じている。


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 RUN!!!(6)

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