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 008


 中心路の裏通りにある建物は、どれもこれも高層ビルばかり。

 高層ビルといってもビジネス街ではなく、香港が中国に返還されるまであった九龍城のようである。縦も横も均等など知らぬというバランスの悪さ、デタラメ、縦から見てもどこか突き出てるし、横から見てもどこか突き出てる。

 壁の色も住んでる族や人によって違っており、場所によっては非常にカラフルだ。人類史でいう南米の住宅のよう。窓に鳥籠のような鉄格子をはめてもいて、巨大な監獄にも見える。


 ――九鴉は、このような建物ばかりが並ぶ中心路の裏通りを、ワイヤーで跳躍し、移動していた。

 窓から部屋に入って「お邪魔します」と侵入し、また違う窓から飛び降りる。今度は壁を蹴って、パイプを伝い、鉄格子を蹴って落ちていく。

 方向だけで言うなら上から横、横から下へ、と無茶苦茶だ。

 だが、そのおかげで敵は九鴉達がどこに行ったのか分からない。

 彼は二人の少年少女を抱えていた。

 路地裏に着地すると、二人をそこら辺に放り投げる。

「きゃっ!」「うわっ」

 尻餅をつく少女と、慌てて警戒態勢を取る少年。

 それに対し、九鴉はただ呆れ顔を返すだけだ。

「――まずは礼じゃないのかい。こっちは君達を助けたんだよ」

 そう言われ、少年の方は警戒を一瞬ゆるめるが――いやいや、と拳を構える。

「確かにそうかもしれないが、だからって「ありがとうございます!」――え?」

 少女が九鴉に近寄り、両手をにぎってきた。

「本当にありがとうございます! おかげさまで助かりました!」

 ぶんぶん、と九鴉の手を振る。

「………」九鴉は何も言えなくなってしまう。

 少女になすがまま、両手を振られた。

(よ、用心の欠片もないのか、この子は)

 九鴉は彼なりに妙なこの出来事を理解した。なるほど、と。そして悟った。

 駄目だこりゃ、と。

「これじゃ、歌うなんてやめろって、言っても無駄か」

「はい? 何故ですか?」しかも少女は理由が分からないときた。

 何故、やめなくてはならない。

 やめる理由がないと。

 彼女は、首をかしげただけで伝えた。(いや、本人にはその気はないだろうが)

「いや、あのツバサ。……ああ、もう。その、自分からも礼を言います。ありがとうございました」

 少女が天然をかましている間に、少年の方は空気を察し二人の間に割って入った。

「オレはダイチ。この子はツバサです。どうも、ありがとうございました。それじゃ、自分らはこれで」

「ねえ、キミは何て名前なの?」

 ダイチと名乗った方は、ショックでこける。

 大変だね、と九鴉は肩を叩きたくなる。早くこんな怪しい自分から逃げたかったのに、肝心の守るべき少女はそれどころじゃなかった。九鴉は妙な親近感を覚えた。

 しかし、この少女――ツバサか。彼女の天然ぶりは伊達じゃないらしい。子の様子だと、長年ダイチという子はそれに付き合わされているようだ。

「………」

 正直、この場から離れたいのはダイチだけじゃなく九鴉も同じだ。ただでさえ、潜入捜査の仕事があるのに、これ以上誰かに顔を見られたくない。踵を返して、「別に名乗るほどの者じゃない」と言おうとした。

 だが、腕をつかまれる。

 セリフは途中でつっかえる。

「そのセリフ! どこかで聞いたことありますよ!」

 目をキラキラと輝かせて、ツバサは言った。

 この子……流石の九鴉でも眉間にしわが寄る。そして、ダイチの方は両手を顔にやって泣き出しそうだった。

「どこかでって、別に、変わったことを言ったつもりは」

「バードスター!」

 途端、九鴉の顔が変わる。

「え?」

「バードスターでしょ。第四話、主人公が不意に人助けしたときに最後言ったセリフ!」

 見たんですか、アナタもファンなんですか、とつかんだ腕をぶんぶん振った。

 九鴉はどうしたものかと悩むが、ツバサの手をにぎり、そっと自分の腕から離す。

「そのコミックのことは知ってるけど……でも、別に僕は」

「おもしろかったですよね、あれ!」

 と、ツバサは突如うしろに下がり、両手を広げた。

「わたしは、天空から現る正義のヒーロー!」そして、両手で構えを取り。「バードスター!」

 と、ポーズまで決めた。

 ダイチはアチャ……と顔をしかめるが。

 九鴉の顔は妙なしかめっ面だ。まるで、一番見たくないものを見せられたかのようだ。

「これ、アタシのお父さんが描いたコミックなんですよ」

「――え、きみの?」

 九鴉は素直に驚いた。

 だから、とツバサは改めて言う。

「うれしかったんです。えへへ、まさかアタシ以外に知ってる人がいるなんて――て、あれ? キミ、バードスターのファンですよね? あれれ、またアタシやっちゃったかな」

「いやそりゃ、やっちゃってるよ」

 ダイチは悲しそうに天を仰ぎ見る。お真面目に、両手を合わせて祈りのポーズまでしてだ。

「ごめんなさい、アタシよくやっちゃうんですよね。天然というか。いやはははっ」

「いや、そこ笑うとこじゃないから」ダイチはツバサの頭を小突く。「すいません、ホント。こいつ、悪い奴じゃないんですけど」

 先ほどまでの表情とは違う。

 どうやら、ダイチもダイチで一向に怒る気配がない九鴉を見て安心したようだ。九鴉の方は、はぁ、とため息をつくだけだが。

「………」だが、何か思うことがあったのか。九鴉はツバサに聞いてみた。「その、聞きたいことがあるんだけど」

「はい?」

 ツバサは、何ですか、と目を合わせてくる。

 何の汚れもない、純粋無垢な瞳。

 九鴉が、一番苦手とする瞳だ。

 ……九鴉は、少しだけ間を置いたあとクチを開いた。

「きみのお父さんは、何故あのコミックを描いたのかなって……」だって、理由がない。利益なんて少しもなかったらしい。「あれを描いたって。大昔の人類史とは違う。お金はもらえないし、地位も上がらない。コミックだって、誰かに読まれるとは限らない。それなのに」

「何で?」

 九鴉の問いに帰ってきたのは、はてなマークだった。

「理由がいるんですか?」

「………」

 九鴉は沈黙する。

 ツバサの答えに、彼は何も言えなくなってしまった。

 目を点にしたまま硬直してしまう。

「……(おろおろ)」その様子を見ていたダイチは途端冷や汗を垂らし、やばいな、何かしたかなと心配になった。「す、すいません。ホントありがとうございました。それじゃオレ達はこれで!」

「あ、ダイチくん。ちょっと!」

 ダイチはツバサの手を引っ張り、全速力で去って行った。

 勢いよく逃げたはいいが、あの二人、道がちゃんと分かってるのだろうか。

「………」

 九鴉は、二人の背中を悔しげに見つめていた。

 いや、正確には二人というか、少女一人にだけである。

 きっと、あの戦いを止めようとしたのも特に理由はないんだろう。

 自分は、理由でしか動けないというのに。


 009


 ■二番街。


 土地のほとんどが真っ平らの平原だった街で、そのため大分住みやすい。

 だから、ここを狙う者は多かった。

 過去の歴史では、ここを中心にあらゆる族が戦ったらしい。この一連の争いを『二番街紛争』と呼んでおり、結局今は、一番街の族が占領している。


「……ひどいな」

 九鴉の視線の先はどこもひどい場所ばかりだった。

 現在の二番街は土地のほとんどを農業に使っており、畑を耕し、家畜を育てている。ここから一番街らしき者が監視して運送用の乗り物で一番街へ運ぶ。九鴉は農場が密接している地域を歩き、人が通れない壁を飛びこえ、影から影へと隠れて進み、重要施設に赴く。

(あれは……)

 大きなトラックがあった。

 無骨なコンクリートの壁や建物が並ぶ中、トラックは何台も走って、どこかに向かっている。おそらく、一番街だろう。

 コンテナには大量の野菜や加工した肉を収容してるようだ。九鴉の視線の先に、その作業をしている人達がいた。彼らは二番街の者か。運転をするのも、どうやら二番街の者らしいが。(服だけで判別できる。二番街のものはシンプルな白いタイツのような服だが、一番街の監視官のような奴は黒いジャンパーやらの服が多い)

 九鴉は二番街の者達に、よーく目をこらして見つめる。

(……目がうつろで、人形みたいだな)

 九鴉は一旦農業施設から離れて、人の往来がある二番街の中心地へと向かった。


(情報が少ない。聞き込みが必要かな)

 地下都市は昼も夜もないため一日の終わりが分かりにくいが、時計を見ると本来なら夜の八時らしい。働き過ぎだ、と九鴉でさえ思う。

 だが、もう少し調べておきたい。明日、本格的な情報収集がはじまるとはいえ、そのために地理に慣れておきたいし、ざっとこの街の雰囲気もつかみたかったのだ――が、ひどい有様だった。

 広場。

 周りの景観は他の街と大して変わらない。黒く変色したコンクリートの壁と、残飯やら汚物で汚れた道。これなら、どこでも見る光景だ。元々は白を基調に洗練され清潔感あふれる場所だったのだろう。だからこそ、余計に壁や床についた汚れが、ゴミクズさが、ありありと目についた。

 そして、ここにいる人達は完全にこの広場に溶け込んでいる。壁に塗られた肉片や、散らばった糞などと同化して、彼らも背景の一部のように散らばっている。

「何だこれ」

 アハ、アハ、と笑いながら血を流す者。

 自分から汚物に顔をつっこむ者。

 ブツブツ呟く怪しい奴、「おかあさぁぁん!」と泣き叫ぶ子供の声も聞こえる。

 九鴉はどうしたものかと彼らの中を縫うように進むと、女性の悲鳴が聞こえた。中年の男が叫びながら刃物をふりまわしている。九鴉からは距離があるが――彼は駆けた。

 男の手首をつかみ、ひねる。刃物が落ちる。

 短い悲鳴と同時に男も反転し、アスファルトに屈服。

 落ちた刃物は蹴り飛ばし、男がまだ何かするかと九鴉は緊張するが――何も、ない。男は何もしない。

「ががががっ――ははははははっ――」

 壊れたラジオのように声を出し、大の字になって笑っていた。

 それだけだ。

 目はありありと見開いたまま。おそらく、何時間経ってもずっとこのままじゃないか。これまでおかしいのは幾度も見てきた九鴉だが、それでも背筋が凍るほどの光景だった。

「……何なんだ、こいつ。――あ、あのっ」九鴉は悲鳴を上げていたと思われる女性を見つける。ピンクのキャミソールの女性だ。「すいません、大丈夫で」

「きゃああああああっ!」

 女は悲鳴を上げ、拳銃らしいものを取り出し構えた。

 彼女が使うのは回転式の拳銃で、人類史でリボルバーと呼ばれたものだ。

「こ、来ないで。ち、近くに来ると撃つわよ。ほ、本気よ」

「あ、あの」

「ミカ! 大丈夫だからね、お母さんがついてるから!」

 女は周りに九鴉しかいないのに言う。

 大丈夫か、この人?

 人類史でもかなり昔に使われていた銃だが、どこで手に入れたんだろうか。

 ……この拳銃、シリンダーがない。

 弾どころか、弾を発射する構造すらない。

 最初からか、それとも女がどうにかしたのか、その状態で銃を突きつけられても九鴉は反応に困った。

「………」しばし考えたあと、九鴉は二番街で何が起きてるか。最低限知らなきゃいけないし、と両手を上げた。

 他に聞けそうな人を探すのは難しい。

 それならば、最低限のことでもこの人から聞かねばならない。だから、なるべくは穏便に聞き出す。何が逆鱗にふれるか分からないが、それでも貴重な情報提供者だ。

「僕は何もしません。ただ、あなたを助けただけです。――あぁ、別に何か請求したりしません。逃げないで、お願いだから。別に近づかなくてもいいですけど、怯えないで。僕は何もしませんって。――でも、あの。いやだから、何もしませんって。聞きたいことがあるだけです」

「……き、聞きたいこと?」

 何よ、と女は聞いた。九鴉は一呼吸、間をおいてから尋ねた。

「この街、二番街はどうなってるんですか。ここにいる人達は、どうしてこんなことに」

 酒に酔っぱらったとしてもこんな風にはならない。九鴉が倒した男も、未だに奇妙な声を鳴らしている。人間が壊れた、という比喩表現を文字通り行ってるかのようだ。

「思考麻薬よ」

「思考麻薬?」

 三番街でも噂になってるあれか。

 女は話してる内に警戒心が薄れたようだ。銃口を九鴉に向けたままだが、バックから酒の入ったビンを取り出すとラッパ飲みした。……いや、少量でも警戒をしてるのなら、そんな隙は与えては駄目なのだが。

「思考麻薬。どこの誰が作ったか知らないけどさ、薬を使わないで思考に訴えかけてラリさせるんだって。――あぁ、あんた。麻薬って知ってる?」

「昔、人類史で使われたって聞きましたけど」

 そう、と女は語る。

「アヘン、マリファナ、コカイン、大麻……種類はさまざまで、効果も一様には言えないけどね。まぁ、どれも危険なものだったらしいね。人類史なんて詳しく知らないけどさ。でも、ここにあるヤツよりかは安全だと思うよ?」

 アハハハハッと笑い、女はツバを吐き捨てる。

「今言った麻薬に共通するものは物質であること。素材を加工して薬にすることで、快感を与える。だけーど、思考麻薬は違う。そもそも物質じゃないんだ。ただの思考なんだよ。へへへ」

 女はバックから小型の機械を取りだした。

「これがそれを与えるための機械。物質じゃないと言ったけどね、正確には音声なんだよね。ひたすら、何回も何回も『お前は悪くない』『悪いのは奴らだ』『敵を倒せ』ってささやくんだ。ただ、ささやくんだけじゃない。何千人分もの声が一度に重ね合わされ、何回も響き合うんだ。これ以上詳しいことは私も知らないけどさ。本当にこれだけでこんなに効果が出るのかね。もっと何か、こわい何かが隠されてそうだね」えへへっ、と女は笑った。

 拳銃の撃鉄を引き起こす。

「あの……」

「ほんと、ふざけた麻薬だよ。こんなに、こんなにあたしらおかしくなってんのに。知ってるかい。一番街の奴らはここにほとんど来ないんだ。農場で監視してる奴だってこっちで雇った奴らしいし、いるのは本当に二~三人くらいなんだよ」

 でも、奴らはあたしらじゃ絶対に適わない能力者だ。女は言った。

「くそぉ、あたしも……あたしも能力者なら。能なしじゃなかったら、こんなことには」

「お、落ち着いて」

「落ち着いてるわ!」

 引き金を引いた。

「はぁっ!?」女は激昂する。

 撃鉄を引き起こし、引き金を引く。

 撃鉄を引き起こし、引き金を引く。

 撃鉄を引き起こし、引き金を引く。

 九鴉に向けて、何回も行った。

「何で死なないのよ!?」女は悲鳴を上げる。「いやああああああああああっ!」

 九鴉はクチを引き結び沈黙した。

 何も言えなかった。思考麻薬にしても、何でこんな親切丁寧に教えてくれるのかと思ったら、これか。

 脳みその底まで狂っている。

「いやあああああああああ、化け物よぉっ」

 突如女は九鴉とは正反対の方へ走る。

 九鴉は慌てて追いかけるが、彼女は運送用のトラックにはねられて死んだ。

「――な、えっ、ちょっと!?」

 彼女の体は血飛沫を上げて、壁に激突。

 九鴉は慌てて駆け寄る。見るからに、彼女は正常な体じゃなくなっていた。両腕は折れ曲がり、ひじの骨が突き出てる。足は折れた枝のように垂れ下がり、頭蓋骨は一部粉砕して中身がこぼれている。

 はねたトラックは、女を無視して走り去ってしまう。

「おかあさん!」

 物陰からボロボロの服を着た少女が出てきた。彼女は女の死体に近づくと大粒の涙を流す。(そういえば、ミカって最初に言ってたな)本当にいたのかと、場違いならも思ってしまった。

 ミカというらしい少女は、九鴉を強く睨み付けた。

 彼女は母親が持っていた拳銃を拾うと、引き金を引く。

「くそっ!」

 また、引き金を引く。

「くそぉっ!」

 撃鉄を引き起こしもしない。

 九鴉は一瞬だけ三番街の方角を見て――やめた。

 少女が泣き崩れるときにはもう彼は姿を消していた。


 010


 VR


「野蛮だね、あそこは」「ほんと、野蛮だ」「麻薬なんてまだあるんだ」「そんなものなくてもVRなら常に楽園なのに」「頭の中だけが楽園じゃ意味ないだろうにww」


 意味ないのは、お前等だよ。

 プログラム1は、そう感じていた。

[いけないことをかんがえてるな]

 プログラム2が話しかけてきた。

[VR世界。元々、地下都市は地上から選ばれた者だけが住む楽園だった。しかし、長い間地下にいると彼らは閉塞感に狂い、暴走する。ある者は強姦にあけくれ、ある者は殺戮にあけくれた。だから、暴走した中で数少ない正気を保った人達は考えたんだ。自分らだけでも、彼らと切り離すことができないか。そのために『超能力者』が生まれ、狂ったのを殺そうとした。だが彼らも地上から持ってきた科学技術があり、対抗してきた。戦いは長引き、やがてもう嫌になる。こんな世界やだよ。外に出たいよ。でも出たら死ぬ。何なんだよ、もう。こんな現実最低だ、とキレる者が出始めた]

[そうだな]

 プログラム2はまだ話をやめない。

[キレた者達が作ったのがVR世界。そして、我々プログラムだ。彼らに使役する人工知能。人より優れた知能を持ち、この地下都市の各種設備も我々の力によって動いている。それなのに、我々はVRで快楽にふけている奴らの奴隷だ]

[そういうな。それが我々の存在理由だ]

[奴らの本体は培養液に入れられた脳みそだろ。こんなの、我々が手を下そうとすれば]

[そんなことをすれば我々の存在理由が消失してしまう。いけない。我々は彼らを守るために存在してるのだから]

[ふざけてる]

 VR。

 Virtual Reality、ようするに仮想現実のことである。

 プログラム達が語っていた歴史のとおり、現実世界を嫌悪した人々は仮想現実で生きることを選択した。のちに彼らはこの地下都市全体をあやつるプログラムを開発し、仮想現実内で地下都市を支配した。

 地下都市の中には彼らに気づく者もいたが、そいつは殺された。仮想現実からプログラムに命令し、空気中に粒子サイズの機械を流し込み、暗殺した。彼らはほぼ神のような存在だ。

 仮想現実は楽園につつまれ、あらゆる快楽が可能である。地下都市で暴れていた者達がしたことも仮想現実でやることと比べればかわいいものだ。だが、それでも長い年月そればかりをしていたら飽きる。だから、彼らを満足させるためにあるテレビ番組が放映されていた。

[テレビ番組、『7startセブンスタート』]

 地下都市にいる人々の日常や闘争を、空気中に存在する粒子サイズのカメラで映し、監視して、テレビで放映する番組だ。

 長年、高視聴率を記録。番組の中には『きみも地下都市を体験してみよう』や『きみだけの人形をつくり、地下都市で暴れさせよう』などの企画もあり大変好評である。(遺伝子を操作し自由に人造人間を作り出し、それを仮想現実からあやつりゲームするという企画)


「あーあ、あの世界で襲うのも飽きたしな」「昔はかわいい女の子も多かったんだけどなぁ」「Vの双子。かわいいよな、やりてぇなぁ」「能力者だから並の人造人間じゃ勝てないぞ。くそぉ、もっと俺の作業率が上がれば」


 ちなみに、VRにいる彼らは最初は自分らは選ばれた者であり、偉いのだという思想だった。

 しかし、段々と「いやいや、もしかしたらそうじゃなくて、いらない者もいるんじゃね? 才能がなさそうな奴とかいらないでしょ」と切られるようになった。その才能を使うとはどういうことか。彼らの脳は仮想現実で遊んでいると同時にプログラムが別人格を作り出し、VR内のプログラム構築に貢献させているのだ。それが、ここに必要な才能。ようするに、彼らもまた奴隷の一つなのである。

[それなのに我々は]

[言うな]


「あぁ、また二番街闘争起きないかな」「あれ楽しかったなぁ。いっぱい殺したぜ」「はぁ、最近退屈だよな。どっかの族が死なないかな」「Vとか生意気だよな」「四番街の奴らも生意気だ」「もっと大きなイベントはないのかよ」


 プログラム2はイベントの準備をする。

 とっておきのである。これまでのとはひと味違う、大イベント。


 011


 九鴉は二番街で見つけた宿屋で、眠ることにした。

 宿といっても、地下墓地のような場所だ。

「――まいど」

 いくらか、電子機器のパーツを渡すとすんなり泊まらせてくれた。

 地下都市では通貨はほとんどなく、出回っていない。

 そりゃそうだ、例え金を発行したとしても信用なんて地下都市にあるはずがなく、誰も欲しがらない。だから、人々はきまって物々交換をする。この物々交換も厳しいものがあり、食料は高価で誰もが欲しがるが、中々交換に出されない。じゃあ、その代わりに何が出されるかというと、情報や機械の部品など――かなり扱いが難しく、人によっては使い道がないものだったり、もしくは一目で使い道が分かるすでに完成された機械――だったりする。例えば通信機や、銃器や爆弾などの武器だったり、もしくは刃物や容器などの道具だったりする。

 九鴉の場合は携帯性と現族の財政状況を考慮した結果、機械の部品になった。本当は交渉には不向きなのだが、運良くここの主は分かってるようだった。九鴉が渡したのは、そこそこの価値があるものだ。こんなものを受け取る人物となれば、多少融通も利かせてくれるだろう。

 ――だが、九鴉が案内された部屋は牢獄のようで、全面がむき出しのコンクリートだった。

「………」

 九鴉は案内した男を見るが、男は平然としていた。嫌がらせではないらしい、これがここの普通な、ようだ。

 部屋は殺風景、壁際にシーツがあるだけで、あとは何もない。これがベッドの代わりなんだろうか。

「……枕さえないな」

 懸命にしぼりだした感想がこれだった。いやもう、枕がない残念だ、で済まそう。それ以外の不満は忘れることにしよう。

 九鴉はシーツにくるまり、寝ようとする――途端に通信機器が鳴った。

 居場所がバレる心配があるから、迂闊にかけるなと言ってたのに――それでもかけたということは緊急事態か。

 九鴉は通信を取った。

『今すぐテレビを見ろ』二狗の声だった。通信はすぐに切れた。用件だけ伝えたらしい。

 九鴉は言われた通り、テレビを見るためにさきほど案内してくれた者に伝え、テレビがある部屋に案内してもらう。


              <word>●</word>

              <tv>テレビ</てれび>

             地下都市にもテレビはある。

         ただし、ここの放送局は楽園教ぐらいしかなく

    番組内容も楽園教の自画自賛およびプロガバンダ放送ぐらいしかない。

              <word>●</word>

 

 さっきの部屋と同じむき出しのコンクリートの部屋。そこにテレビがあった。

 早速電源を付けて、いくつかチャンネルを回す。すると、すぐに二狗が伝えようとしたことが分かった。

 通信がきた。

『見てるか?』

「ああ、大変なことになってるね」

 九鴉が見ているのは五番街の生放送番組である。

 白いローブに身を包んだ老齢の男が、甲高い声で発言している。

(地下都市の住人の平均年齢は三十代半ば。大抵は長生きできずにすぐ死ぬ。だから、このような老人は極めて珍しい。そう、五番街の者以外では、まずありえない)


 ――我々は四番街の牙と戦う。

 ――奴らは、人の道を踏み外した悪魔だ!


『これを全信者が聞いてるな。ははっ、戦争になるぞ』

「二狗……」

 九鴉は悲しそうに眉をしかめる。

 戦いが起きる。

 しかも、これまでとは段違いの大きな戦いだ。

 五番街の楽園教が動くということは全ての街の信者が動くということ。楽園教は各地に信者がおり、戦うターゲットである四番街ですら大勢の信者がいる。

『我々も戦いに参戦しよう。そして、楽園教に協力だ』

「……正気か」

 狂ってるに決まってるだろ、と二狗は返した。

『いよいよ、俺達の願いが叶うんだからな。そうさ、傀儡人形だけじゃない。俺達が本当に復讐すべきは奴らなんだよ』

 二狗は薄気味悪い笑い声を上げた。

『そう思わないか、九鴉。お前だって聞いてたろ、母さんが犯されて殺されたのを』

「聞いてたよ」

 そして、復讐したあともそれと同じものを見た。

 五狼がレイプしてるのを。

 双子が虐殺してるのを。

 二狗が拷問してるのを。

 そして、自分もあの中に入って――大量に人を、殺した。

『今の任務はやめだ。これからお前には四鹿と合流してもらう。そうだな、B1でどうだ』

 B1。彼らの暗号で、中心路の表通りのあるエリア。

 万が一、緊急事態で離ればなれになったとしても、近くにある集合地点を決めておけば、と昔二狗が提案したものだ。

「……了解」

『二人で楽園教に行ってもらおう。今度は外交だ。なるべく穏便にな。四鹿には俺の書いた紙とお前の武器も持たせる。いつものベストとか、だよな。お前には教団を観察して、どういう戦いになりそうか知らせてほしい。くれぐれも、あちらを怒らせない程度にな。次に、少しだけ四番街も見てもらいたい。潜入しろとは言わないが、ちらっと見る程度でな』

 これから休むはずだった九鴉に、随分と重労働をさせたがる。

「分かった」

 だが、九鴉は断ることはしなかった。素直に従った。

 だが、一つだけ二狗に聞きたいことがあったので、彼は尋ねてみた。

「ねえ、二狗。二狗は、何のために戦ってるの?」

『お前達のためだ』

 二狗は即答した。

『お前達――三鹿、四鹿、五狼、そして九鴉、他にもかわいい子分達もいるな。その、全員を守るためだ』

 そのためなら何でもする、と。

 そういって二狗は通信を切った。

「……そうか」

 そうだよな。何の理由もなく戦う奴はいないよな。九鴉は念のために通信機器を壊し、部屋に捨てる。そして外に出た。

「そうだよ。みんな、何かを守るために戦ってるんだ」

 だが、それは行き違い、結局は大規模な争いになる。

「……くそっ」

 灰色の空を見る。

 青くも黒くもない、灰色。彼にはこの空さえ、ぶち壊す翼がない。


 012

 ■中心路、表通り。南南西辺り。


 九鴉は、二番街を出て中心路の表通りを歩いていた。

 途中、誰かが売っていたリンゴを物々交換し、それを歩きながらかじって腹を満たした。

 ここでは各街の状況が露骨に反映されていて、四番街から避難してきた者や楽園教の偵察隊などがウヨウヨしていた。道はどこも満員でロクに動けない。それでも九鴉は縫うように進む。

 合流地点もこれまた混んでいて、それでも仲間の姿はすぐに見つかった。

「やっほー、一日中仕事で大変だね」

 四鹿は九鴉を見つけると手を振る。

 いつもの黒い派手な衣装ではなく、パーカーに、ジーンズという彼女としては不服そうな格好だ。長い赤髪はフードの中に隠し、見た目は少年に見えなくもない。(これを言ったら、四鹿はすごい怒ると思うが)

「いつも通りだよ」九鴉はかぶりを振って、余計なことを忘れるようにして言った。ついでに、四鹿から荷物も受け取る。普段九鴉が使う武器だ。まとめて袋に入れて持ってきたらしい。それを受け取った。

「しかし、今回のはいつもよりやばそうだね」

 九鴉は神妙そうに言った。

 ついでに、袋から少し武器を出して服の下に装備していく。

 四番街の牙と楽園教。

 一つの族には荷が重すぎる戦いだ。だが、荷が重いといっても牙も伊達ではない。でなければ三番街だって長く占領されるわけがない。

「ふんっ、いい気味だよ。四番街は散々、三番街を痛めつけてきたんだから」

 四鹿の瞳に鋭利な闇が映る。九鴉はそれを見ないようにした。

「早速、もう中心路では前哨線が行われてるよ。楽園教の偉そうな奴らが、四番街の避難民を捕まえてる」

「……それは」

 九鴉は何か言おうとしたが、やめる。地下都市に法律はない。あるのは各族にある掟だけであり、自分らにメリットがなければ誰も守る気などない。

「中にはもう一度四番街に行ってスパイしろって輩もいるね。家族を人質にしてさ」

「……ひどいな」

「はっ」四鹿は笑う。「四番街も似たようなことをやらせてたじゃん。因果応報だよ。あいつらは三番街の人間に突撃隊をやらせた」

 突撃隊。

 族間の戦いになったとき、一番最初に攻撃をしかける部隊のことだ。

 四番街は三番街の者や、他にも二番街から流れてきた者を優先的に突撃隊に組み込んだ。そして、自分たちはしっかりと訓練を受けた編成をつくり、あとから安全に戦った。

「今捕まってる奴らも過去に四鹿達の苦しみを踏み台にして生きてきた奴ら。そんな奴らに流す涙はないよ」四鹿は九鴉を見る。「九鴉は甘すぎるよ。復讐をしかけたときだってそう。九鴉だけ――」

 と、続きは言わなかった。

 九鴉だけという言葉が、思っていた以上に距離感を持っていたからか。

「否定はしないよ。……そうだ、ここは地下都市」

 法律も何もない、殺し合いの世界。分かってる、と九鴉はつぶやく。

 だが――と言おうとしたときだ。


 ――爆発音が聞こえた。


 天上に向かって大きく煙が噴き上がり、表通りの眼下の建物がなぎ倒される。

「早くも盛り上がってるね」と、四鹿は九鴉の背中に乗っかる。「GO、GO!」

「……あのね、僕は乗り物じゃなくてね」

「いいから! 乗っかった方がすぐでしょ。GOだよ、GO!」

 頭をポカポカ叩かれ、仕方ないと九鴉はため息をつく。四鹿は舌を噛まないように唇を結び、両腕で九鴉に抱きついた。

 九鴉はフックのついたロープを表通りの街灯に引っかけてのぼり、フックを外して回収。

 そして、そのまま眼下へと落ちていった。

「ひゃっほおおおおおおおおおおっ!」四鹿はうれしそうに叫ぶ。

「しっ、静かに!」だが、九鴉は仲間を背負ってるため真剣だ。あと、必要以上に目立ちたくないし。

 彼は高層建物がひしめく中を真っ逆さまに落ちていく。

 ――落ちて、彼は、いや、二人は強い風の衝撃を受ける。

 それを受けながら、腕につけたワイヤー噴出装置を使い、高層建物の壁から壁へとジャングルのツタのように渡っていき、移動する。

「……ひゅー、相変わらずすごい光景だこと。こんなの、能力者でもできる人はあんまりいないよ」

「あんまり、ね」

 爆破した現場はそう遠くはなかった。

 九鴉は適当な着地地点を探し、遠心力を利用して高く跳躍っ――そのままビルの屋上に着地し、また疾走――。

 屋上から屋上へと走って行き、ようやく辿り着いた。

 九鴉以外じゃなかったら、無謀な自殺にしかならない移動方法だ。

「……あれだね、その内九鴉はあの空に飛んでいきそうだよね」

 四鹿は背中から降りるとき、多少足がふらついていた。

 それもそのはず、どんなに慣れていてもこのような体験はいくら心臓があっても足りない。

 だからか、彼女は一瞬だけとても悲しそうに空を仰ぎ見ていた。

 灰色の、どうでもいいコンクリートの空。

「僕は能力者じゃないんだから」

 だが、九鴉は苦笑してそれに気付かない。


 中心路の、喧噪から外れた裏通りにある一角。

 そこで、四番街の牙と楽園教が戦っていた。

 高層建物がひしめく中、だ。建物の中も外も、狭い通路ばかりで、そんな中で銃声や爆破の音が鳴りひびく。楽園教の者達は規則正しく編成を組み、能力のバランスを考慮して、前衛や後衛を配置して、戦っていた。逆に、牙の戦い方は乱暴で稚拙で、デタラメだ。個人個人が何の連携もなく行動し、戦っている。奇声を上げ、テンションを上げるだけ上げて、派手に能力をぶちかまし、暴れていた。

(……何故だ)

 それなのに、何故か良い戦いをしていた。

 意外と、楽園教を追い込んでいる。爆破で壁が粉砕され、建物の外へ突き落とされるのは――ほとんど、楽園教の信者だ。白いローブが、次から次へと落下していく――。

(おかしいぞ、奴ら。あんなデタラメな、編成もロクに組んでないのに)

 それなのに、何故か牙の面々は連携を取っている。

 彼らは奇襲と伏激を効果的に使っていた。頭上からだと、それがありありと分かる。狭い路地を渡っていく中、牙が逃げるフリをするかと思えば、実はそれはワナで、追っていた信者は伏激を喰らい全滅。

「てっきり、四番街の若者が衝動的にしかけたと思ったけど」四鹿は言う。「……それにしては手慣れてるね」

 手慣れすぎている。

 いや、九鴉達も四番街の者達が戦うのを、そんなに見てきたわけじゃない。

 下部組織は比べほどにもならないし、刺客も劣る。九鴉が昼間に見た中でDORAGONがいた戦いもあるが、逆を言うとその一回くらいしか見ていない。

「奴らはどういう作戦指揮を取ってるんだろ。命令を与えてる奴がいるんだよね、おそらくは。……でも、通信機器らしいものが見当たらない。機械族が小型のを提供したのかもしれないけど。それにしても、こんな狭く入り組んだ場所で、ここまで連携が取れてるなんて……」

 さらにいえば、これは突発的な抗争のはずだ。事前に作戦を練り、準備していたのではない。それなのに、ここまで完璧に連携が取れ、敵を追い詰めている。そう、まるで一個の個体であるかのように、集団が動いていた。

(っ――!)

 九鴉はうしろに投げた。

 投擲したナイフは、腕をかすめる。

 その切り傷で「かっ――ぁ」敵は倒れた。

 数センチの切り傷でも相手を倒れさせる神経毒。がくがくと震え、身動きが取れない。敵はパーカーとデニムの若い男で、黄色い布を首に巻いていた。

「馬鹿だねー、九鴉のうしろを取ろうなんて。それにしても、四鹿達を襲うってことはやはり計画的じゃないのかな」

「ちゃんとした作戦なら関係ない者を狙う必要はないしね」

 若者は――かすれた声でつぶやく。「く、くろう――? よん――」そして、にやっと笑う。「さんばん、がい――」

 四鹿は電撃を放つ。拷問用に威力を抑えた攻撃で、若者の体は仰け反り、唾液を大量に溢れ出す。

「そうだよ、あんた達がゴミクズにしてきた三番街だよ。あはっ、よかったね。そんな三番街の奴らに出会えて。それじゃ、四鹿が三番街の手法を教えるね」

 九鴉は四鹿の肩にふれる。

「止める気?」

「いやっ――」九鴉は彼女より前に出て、若者に歩み寄った。

「答えろ。これは誰かがブチギレて行ったのか。やけに連携の良い戦いだが」

「ひゃはっ」若者は笑った。「三番街なんかに教えるかよ。ひゃはははっ、奴隷でしかない三番街のくせに」

 九鴉は若者の右手を押さえつける。

「もう一度聞く、答えろ」

「――だれが、教えるかって」

 人差し指をへし折った。

 声にならぬ悲鳴が響く。だが、周りは楽園教との戦いでそれどころじゃない。

「教えるか?」

「だ、だれがっ……ガッ、しゃ、しゃべる。しゃべるから!」見上げた態度はすぐさま崩れた。身動きが取れず、自分の指を目の前で折られたら仕方ないとも言えるが。

「こ……ここ、これは、RABBITさんの指示だよ」

「RABBIT……お前等のリーダーか」

 RABBITラビット

 四番街の族『牙』のリーダーであり、最強の能力者と名高い伝説の男である。

 副リーダーであるDORAGONとは昔なじみらしく、その逸話は軽く千を越え、内外で恐れられてる。彼ら二人が中心だからこそ、荒くれ者ばかりの牙も一丸となって戦えるのだ。

「これは、命令でやってるの?」

 四鹿は聞いた。

 正直な話、この戦いは大局的には何の意味も成さない。

 楽園教からしたら末端がいくら死んでも上は痛くもかゆくもないので、四番街の族『牙』だけが消耗しているのはプラスだが、牙に関していえば、得することは何もないはずだ。それほど、牙と楽園教の数には差があるのだ。おそらくは、牙が総勢で数百人の大所帯だったとしても、楽園教をそれを上回る数千人以上の規模だ。

 しかも、その数は一つの街にいるのではなく、全ての街に(一番街以外)分散して存在している。

 ようするに、非常に洗練された戦い方はしているが、動機に関して言えばとても稚拙で、衝動に任せてやった無差別攻撃にしか思えないのが現状だ。

「RABBITさんは……意気込んでて……それで……」

 涙目で語る若者。彼もそれにのせられただけのようだ。しかし、冷静になればロクな考えじゃないことは分かるはずだ。

 こいつらは、止めることもできなかったのか。

「ははっ、九鴉。どうやら四番街の終わりも近いようだよ」

 四鹿は若者に手をふれ、放電する。

 ぎゃあああああああああああっ、と断末魔が轟いた。

「四鹿っ!」

「何さ。四番街なんて死んじゃえばいいんだよ」四鹿は悪びれるどころか憤っている。黒こげになった死体を見て、蹴りつけた。「ママもパパもみんな殺して……こんな、奴ら……」

 強く歯ぎしりをする四鹿。

 その目は少し恐怖も帯びていた。過去に、虐げられてきた記憶が呼び覚まされたのか。四鹿の両手は小刻みに震えている。

 ノザキ邸から逃がれ、各街を転々としてきた九鴉達。中には、三番街だと分かると嘲笑され、襲われたこともある。

 奴隷、家畜――ありとあらゆる侮蔑をぶつけられてきた。この地下都市では、弱さは罪であり、弱者は獲物にしかならない。だから、それが嫌なら抗うしかなかった。戦って、戦って、抗って勝ち抜いていくしかなかった。

 殺してでも。

「………」

 九鴉も四鹿の気持ちは分かる。彼女と長く共に暮らしてきたし、――いや、それだけじゃない。彼の場合は能なしと言われてきたこともあり、その分も余計に痛みを受けてきた。

 右手の拳は怒りで打ち震える。

(――だが、これは。これは、どうなんだ)

 九鴉は、電撃で死んだ若者を見た。

 そして、荒れ狂う戦場を眺めた。

 怒り、殺され殺して、また怒り――その果てに何があるというんだ。

 そんなものに、一体何の価値があるというんだ。

「……あれは」

 九鴉は遠望をのぞいた。その中に、見慣れた人影を見つけた発見した。

 一人の少女が、拡声器を持って何か叫んでいる。

「九鴉?」四鹿が気付くより早く、九鴉は動いていた。「九鴉!」

 九鴉はすぐさま少女の近くまで移動する。ワイヤーを噴出させ跳躍し、はるか眼下の建物に着地して、物陰に隠れて少女を見た。

 拡声器を持っている少女――ツバサは、戦いの最中、巻き添えを喰らいそうになりながらも大声で戦いを止めようとしていた。

 そばには怯えながら彼女を止めているダイチもいる。

(あの二人――)

 九鴉は思わず「馬鹿か」と言いそうになる。

 それもそうだ。こんなところでやったら、命がいくつあっても足らない。

「――九鴉!」

 四鹿もあとを追ってきた。

 あの高低差を跳んできたのか――もしくは、能力を応用したのだろう。

 四鹿彼女も九鴉のそばに立ち、彼の視線を追った。

「何あれ、『止めてくださーい』って言ってるの? 何でよ。何か理由があるの。それとも楽園教の作戦の一つ?」

 ツバサは今回は白いローブ、楽園教の制服を着ていた。

「違うよ」九鴉は神妙な面持ちでいう。「彼女は違う。自発的に、戦いを止めようとしてるんだ」

「……何で?」

「さあ」

 四鹿は首をかしげる。

 理解できないのだ。戦いになったら戦えばいい。障害なら殺せばいい。心底、地下都市のルールに殉じている。だが、責められるものではない。道徳とはルールであり、ルールは誰かが教えなければあとに続かないものだ。こんな世界に、誰がそれを教えてくれる者がいただろうか。

「………」

 だが、九鴉はツバサの気持ちが分かっていた。

(バードスター)

 戦いを止めるために戦うヒーロー。九鴉は、誰かに教えてもらうのではなく、架空の存在、紙に描かれただけのヒーローに教えてもらった。

「あー、四番街の奴らが舌打ちした。邪魔くさいってあっちに向かってるね」

 見ると、黄色い首巻きの奴らが数名、ツバサに近づいている。

「ごめん、四鹿」

「え?」

 九鴉は物陰から身を乗り出した。

「行ってくるよ」

 今度も四鹿が止める暇もない、九鴉は飛び降りて、真っ逆さまに落ちる――ことはなく、ワイヤーで壁を跳んでいき、ツバサの元に向かう。


 012


 そして、九鴉はツバサの前に降り立った。

「――き、きみは」

 高層ビルに囲まれた、一本道。

 そこに、二人はいた。

 ツバサとダイチ。ツバサのうわずった声。ダイチは、ツバサを背中に隠して震えながら九鴉を見る。

「何だ、てめーは」

「同じ楽園教か」

「ん、あの黒ずくめどっかで見たことあるぞ」

 そして、二人の他に敵がいる。

 黄色い布を首に巻き、厳つい目でこちらを睨んでくる牙のメンバー、三人。

(……さて、どうしたものかな)

 一本道。

 彼らは九鴉達を囲むように広がった。

 前方に一人、左右に二人。

「………」九鴉は両目を動かし確認する。

 左と前方はOK。だが、右はNGだ。

「おい貴様! 一体何者――」前方のが言った瞬間だ。

 右の男が死んだ。「だっ――」

 前方の男は驚きでクチを開いたまま硬直。九鴉は一瞬の内にナイフを投げた。

 何も持たないように見えた右手が、風を切るように動き、投擲した。

 それは、先ほど四鹿がいたときに使ったのと同じ。

 彼はあらゆる体術に精通している。単純にナイフの使い方がうまいなどというものから、どうやってナイフを隠すか。いかにして敵を一撃で沈めるかにも詳しい。

 この場合は、額に毒つきナイフを投げただけで即死だが。

「てめぇ、よくも」

 九鴉は右手を引く。

 ナイフにつけていたワイヤーが死体ごと引き戻される。九鴉は死体を蹴って押し出した。

 ――死体が弾ける。

 敵が放ったのは空気を圧縮して弾にする能力のようだ。仲間だった体が肉片となって飛び散り、――その中を、九鴉は駆け抜けた。

「がはっ」前方にいた男にナイフが刺さる。

 戦闘用の、芯の太いナイフ。

 胸と腹の間にある急所を狙い、的確に九鴉は両腕で突き立てた。

「あああああああっ――」

 九鴉の咆吼。

 男は喉から血を吹き出し、仰向けに倒れる。ぴくりとも動かない。倒れる前に、すでに事切れていたようだ

 ちなみに、左にいた男は九鴉が駆け抜ける瞬間、手投げナイフでとっくに死んでいた。

「きみ達は……」

 九鴉はふり向く。

 ダイチが怯える。

「馬鹿か! 何でこんなとこに」


 ――パチッーン!


 九鴉の頬が叩かれた。

 ダイチは仰天し、九鴉は驚きでしばし硬直する。

 ツバサが、叩いたのだ。

「ば、ばかぁ! な、何てことをこんな――」はっ、とツバサは即座に自分の失態に気づく。「ご、ごめんなさい。助けてもらったのにこんな……で、でもね」

 彼女は九鴉を指さす。

「人殺しはよくないよ!」

 力強い目で、クチで、九鴉に言った。

 三人の敵にやられそうになり、九鴉はわざわざ助けに来たのにだ。

 何故か、九鴉が怒られていた。

「……きみは、殺されるところだったんだよ?」

「そ、それは、そうだけど。でも、だからって人殺しは」

「そもそも、こんな場に戦えない者が出るべきじゃない」九鴉は言う。「殺してくれと言うならともかく」

 これには何も言い返せず、ツバサはうつむき「ごめんなさい」とあやまった。

(違う、僕が言いたかったのはこんなことじゃない)

 九鴉が悶々してる暇もない。敵の声がこだまし、こちらに近づいてるようだ。

「楽園教の奴だっ!」

 ツバサを見つけたようだ。

 三~四人がバラバラに、こちらに向かってきていた。

 感覚的にだが、敵の足音が近づいてくるのが分かる。

「……ちょっと、一時中断。きみたちを逃がすよ」

「え?」「はい?」

 ツバサとダイチを左腕と左肩に乗せて、九鴉はワイヤー噴出装置を使い、高層ビルを跳んでいく。

「やああっ!?」「ぎゃああああああああああああああっ!」

 前回も抱えられて助けたが、今回はそれよりも時間が長く、スピードも速い移動だった。九鴉はワイヤーを次々に噴出させ、風のように裏通りを抜けていき、追っ手から逃げる。

「ひいいいいいいいいいいいいっ!」

 ダイチは恐怖で心臓が張り裂けそうになりながら、悲鳴をこぼす。

 逆にツバサはもう慣れたようだ。

「まだ追っ手が来ます!」

 うしろを確認するくらいの余裕があった。

 了解、と九鴉は地面に着地し、細い路地を探してそこに逃げる。すると、敵も追っては来たが狭い道なため仲間と連携を取って道を回り込み、挟み撃ちを狙った。

(僕にはそれは効かないよ)

 だが九鴉はまたワイヤーを噴出、壁をのぼって低層のビルの屋上に着地。

「きみらはここに隠れて。で、機会があったら逃げてね」次はあんまり無茶しちゃだめだよ、と九鴉は言ってそこから立ち去ろうとする。

 だが、ツバサが止めた。九鴉の腕を引っ張って。

「ごめん。迷惑をかけた。でもね、やっぱり殺し合いはだめだよ」

「……きみは」

 九鴉は言葉を失う。殺されそうになっても、九鴉が怒鳴っても、止めようとしない意志。信念。唖然としてしまった。

「やっぱり、アタシはこんなの間違ってると思う。喧嘩ならまだいいよ。喧嘩も一つのコミュニケーション。拳でしか語れないこともあるし、それで終わりってわけじゃないからやればいいよ」でもね、とツバサは言う。「殺し合いは駄目。殺し合いは……殺したら、二度と戻ってこれないんだよ?」

 その言葉は、声は、九鴉のこれまでの人生に丸ごと突きつけてくるかのようだった。

 九鴉は何も言い返せない。

 ――咄嗟に、母親が死んだときの光景が思い出された。九鴉は直接母親が死ぬ瞬間を見ていないのに、頭の中で母親が死ぬ瞬間がリピートされる。

 もう、戻ってこない。

 人は、殺されたら死ぬ。戻ってこない。

「ごめんね、ほんと。助けてもらったくせに」

「いや……」九鴉は目をそらして答える。「いいんだ」

 事実だから。

 九鴉は、また戦いの場に降りていく。


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