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 014


 牙の追っ手は、四鹿に足止めを喰らっていた。

(彼女は、ホント多人数と戦う方が強い)

 九鴉の身を案じたのだろう。彼は感謝すると同時に罪悪感を抱く。

 四鹿ははるか遠くのビルの屋上から電撃を放ち、広範囲に攻撃を放っていた。

 彼女の電撃は数百万ボルトにまで高められ、その攻撃はもはや大砲のようにとどろく。彼女が手をかざすと、一瞬にしていくつもの粉塵が飛び、消えた。

(――いや、これならまだ手加減してる方だ)

 四鹿は多人数を相手に、同時に一人で戦える。

 彼女は、念じた場所に自在に放電できる能力者。

 電気は周囲の金属片をかき集め、四鹿の思うままに動かされ、放たれる。

 ある者は弾丸のように撃たれ、ある者は鉄槌のように砕かれた。

 場合によっては通路の壁にして道を防いだり、盾にして攻撃を防ぐこともした。

(これなら、僕の出る幕はなさそうだな)

 だが、それじゃあまりにも申し訳ないので、彼は念のための予防線を張ることにした。

 ワイヤーでひとしきり移動したあと、九鴉は高層ビルの壁にくっついた。

 このとき、道具は何も使っていない。

 まるで、指から粘着質のゴムでも出してるかのよう。

「………」

 いや、これは能力でも何でもない。

 どんな直角に見える物体も細かく見れば、実際はちょっとした凸凹があるものだ。九鴉は、強靭な握力によってそれに掴んでいる。だからこれは、彼にとって能力でも何でもなく、鉄棒をにぎっている程度にしかすぎない。

「……いた」

 九鴉は動く。

 敵の中には広範囲の攻撃にもめげず、立ち向かおうとする者がいる。

 そういうタイプは、仲間との連携を強める『通信系』の能力者が多いので、それを狙うことにした。

 九鴉は電撃の嵐の中、その通信系の能力者を捜し終えた。彼は隠れるのが上手いのと同時に捜すのも上手い。隠れる心理を分かってるが故に、九鴉はもう敵を見つけてしまった。

「んっ――」一人で物陰に隠れていた敵は、首から血を吹き出して倒れる。

 九鴉にクチをふさがれたまま、仲間に気づかれることもなく。


 ――殺し合いは駄目。殺し合いは……殺したら、二度と戻ってこれないんだよ?


 九鴉はかぶりを振った。

 簡単に言うな。彼は叫ぶのをこらえて電撃の中を突き進んだ。

 ワイヤーは何度も噴出され、その度に振り子のように跳び、壁や廊下に躍り出て駆け抜けた。四鹿は仲間を撃つヘマはしない。むしろ、九鴉の進路を阻む者がいれば逆に妨害し、お互いに無意識にではあるが連携が取れていた。

(一つ、二つ――)九鴉は建物に隠れる敵を狩って行く。

 窓から窓へと移動し、部屋の中で格闘する。

 彼の優位性は体術を極めているということだ。

 それは、暗殺術も含まれている。武器を誰にも気づかれず持ち運び、使うことができる技術。そして、誰にも気づかれず忍び寄るのもそうだ。

 駆け足で廊下を移動、敵の部屋に突撃してナイフ。敵が死ぬ。また窓から飛び降りて移動し、狭い部屋へ。そして格闘、敵は狭い部屋で奇襲されちゃ、能力がロクに使えない。すぐさま殺した。足音もほとんどせず、窓ガラス自体が地下都市ではほとんどないため、死神に免罪符を与えてるようだ。ナイフが一本一本、血で汚れて壊れ、廃棄する。本数が限られると、関節技をジャブのように決めて、首を絞めていった。

【――こちら、α。β、どうした。応答しろ】

 敵が持っていた無線がザーザー鳴っていた。

 九鴉はそれを手に取り、しばし聴き入る。閃く。

 これを利用させてもらおう。

「こちら、β。う、うわああああああっ、だ、誰だお前。助けてくれ!」即興の演技、声マネ。悲鳴を参考。

【β! おい、β! 何があったって言うんだ。応答しろ!】

「助けてくれよぉ! 大男が俺を殺しに、ぎやあああああああっ!」

 無線を壊す。九鴉は窓から身を乗り出し、なるべく辺りを見回せる高い建物を探した。あった。飛び降りて、ワイヤーでそこに向かい、着地。

(あそこか――)九鴉は敵を見つける。

 どうやら仲間を助けるために外に出たらしい。勇敢なことだ。だが、地下都市ではそれが利用されやすい。

(出てきたのは二人だけ。――ということは、あの中にはもっといるかな)

 九鴉は先に建物の中を狙う。

 足音を立てず、建物の壁を伝って移動。敵の位置は耳をすまし、呼吸を聴き取って確認した。(部屋の中に二人。思ったより少ないな)開始、九鴉はドアを開けると、一瞬にして飛びこみ一人を殺害。次に、敵が九鴉を視認した瞬間首をついて殺した。この一連の行動、たった二、三秒。

(さて、外に行ったのは……)

 飛び降りて、壁を蹴って移動。

 さっき出た二人はまだ辺りをウロウロしていた。

 あれほどの悲鳴が上がったのだから、能力者と判断したのだろう。だから、ひどい惨状になって一目で分かるとふんでたに違いない。

 だが、違うのだ。世の中には能力者じゃなくてもすごい奴はいる。

(ま、僕は一応能力者だけどね)

 二人は建物から出て、狭い路地裏を歩いていた。

 運の良いことに、二人とも九鴉に背中を向けていた。

 九鴉は服の下に着たベストから二本の細長い棒を取り出す。

 先端が尖り、過去の人類史で棒手裏剣と呼ばれたものらしい。投げるにはコツがいるが、携行性に優れ殺傷力も高い。力を込めて、弾丸のように投げた。

 だが、敵は気付いた。

 一人は素手で弾き、もう一人は叫びながら弾いた。

(っ――心を読む能力者でもいるのか、気づかれないと思ったが)

 敵二人は九鴉を見ると、即座に駆けた。二人同時に。(まずいな、敵がどういう能力か分からない)さらにいえば、場所が悪い。狭い路地裏。奇襲をかけるなら最適だが、バレたらこれ以上まずい場所はない。

 九鴉は慌てて後退する。

「させるかよ!」

 二人の内の一人、筋肉質の男が雄叫びを上げた。

 彼は先ほども大声を張り上げて棒手裏剣を弾いたが、今度は大声を出しながら拳で壁を破壊し、その衝撃を九鴉の頭上にまで広げた。

「――っ」

 咄嗟に、これ以上下がるわけにもいかず、足が止まってしまう。

 九鴉の逃げ道を瓦礫が落ちてふさいだ。

(衝撃を伝える能力者――だろうか。レアな能力だ。こんな奴もいるのか)

 二人の内の一人、筋肉質じゃない方――細身の男は、九鴉を指さした。

「なっ」間一髪でかがむ。

 一条の光が空間を貫き、後方の瓦礫にも穴を空けた。

 レーザー。

 どうやら、敵は二人ともレアな能力者のようだ。少なくても、九鴉の大したことのない能力より数百倍マシだ。

 九鴉はかがんだままの低姿勢で駆け出す。その脚力は凄まじく一瞬で肉迫したかに見えたが、即座に筋肉質の男が前に出た。

 九鴉と対峙。敵は雄叫びを上げ、その衝撃を全身に巡らせた。

(――驚いた、あれって自分自身にも使えるのか)

 単なる遠距離だけじゃない。敵は九鴉に殴りかかる。一発、二発と外れるが、その風切りはどれも鼓膜が破れそうで、それだけで九鴉を震撼させた。

(すごい、これはすごい、今まで見たことのない)

 ――だが、それだけだ。

 九鴉は相手の手首を取り、ねじ切った。

 今度は痛みによる絶叫で能力じゃない。相棒のレーザーは大男が邪魔で撃てず、九鴉は大男を蹴り飛ばして相棒にぶつけた。

 あとは、簡単。毒つきナイフを投擲。敵を殺した。


 015


 プログラム1は語る。

[あの九鴉という少年はすさまじいな]

 プログラム2は語る。

[でも、何故あいつは能力を使わないのだ。能なしではないんだろ?]

[実際は能なしと変わらん」とプログラム1は答える。

 彼の能力は、『心を強くする』能力だと。

[……それって、目に見えないな]

[そう、外面には何もないように思える能力だ。実際は多大な貢献をしてるのだが、これまで大変だったらしいよ。能なしと同じような扱いだったからな]

[だが、奴はリバーシ-だろ?]

 リバーシ-。

 それは、プログラム達によって番組を面白くするために改造した存在のこと。

 九鴉の場合は、過去の人類史において発展した格闘技などの技術を無意識下に植え付けた。

 技術というのは偉大だ。ある技術が出るまで、世界のほとんどの戦闘は力で敵をぶち倒すだけのものだった。弱者が強者に勝つということなどありえない。そんな、つまらない世界だった。だがそれを、技術が覆した。

 それ以降、人類の格闘技は進化して、あらゆることに応用されるのだが――現在、九鴉にはその技術のほとんどが脳に刻まれている。何も知らない地下都市の者達からすれば、九鴉の体術こそが能力に見えるだろう。大昔の人類史に出てくる霊能力者や魔術師が、奇術で恐れさせたのと同じように。

[もっといえば、心が強いってことは恐怖にも立ち向かえるということだからな。戦いには強くなる]

 さらにいえば、狂気で狂うこともなくなる。

[ある意味、最強の能力者といえるな]

 だが、逆をいえばそれだけだ。

 四鹿のように電撃を放つことも、二狗のように心も読めない。何ら、特殊能力らしいものはない。戦うなら、己の身一つでやるしかない。それが、九鴉の限界であり、それが全てだった。


 016


 数時間もすると、九鴉と四鹿は牙をほとんど倒していた。

 彼らが戦っていたのが全て下っ端の者達とはいえ、戦術ではおそらく圧倒していたのに、戦力が異常な二人によってあっけなく潰えた。あまりにも呆気なく。これが、もっと上の戦力だったら話は別だったのだろうが。

 しかし、ともかくこの場は、四番街の『牙』は負けてしまった。


 状況は楽園教が切迫していたのだが、二人のおかげで流れは変わり、あとは地道な殲滅戦になっていく。

(……そしてまた、楽園教の横行がはじまるんだな)

 元々は楽園教が四番街からの避難民を捕らえていたのがきっかけだ。

 だから、この戦いが楽園教の勝ちになると流れは最初にもどるだろう。

「………」

「九鴉!」九鴉が遠くその光景を眺めていると、横から四鹿が突撃してきた。全体重を乗せた飛び膝蹴りが見事に入る。「馬鹿! 一人で突っ走って! もう、いつも馬鹿なんだから。馬鹿!」

 目尻に涙を浮かべて、四鹿は言った。

 彼女のパーカーはいくらか攻撃が当たり、裾が焼かれ、腕も傷を負っていた。

「四鹿、それは」

「え、あぁ、これは大丈夫だよ。流れ弾でね、服がやられただけ。ほら、お肌は傷ついてないでしょ」 と、切れた箇所を見せてくる。右肩辺りにやられたとこ。

 確かに、服は無残にも裂けているが体には届いてなかった。小さな服だが彼女にはこれでも余裕があるのだろう。逆にそれが幸いした。

(一歩間違えたら彼女も巻き添えにしてた……)

「ごめん、四鹿」九鴉は頭を下げる。

「え、ちょっと、別にいいって。仲間でしょ。これくらいのことは、ね」

「……でも」

「うるさいな! いいったらいいの!」

 またキレのいい蹴りを喰らい、黙らされる。

 しかし、九鴉は心の中で深く悶々としてしまう。

(あそこで僕が行ったら彼女もついてることは分かってたじゃないか。……闇雲に行動した結果が四鹿を傷つけて――これじゃ)

 ふと、九鴉はあることに気がついた。

 四番街の奴らが、ときおり小型の何かを取り出し、耳に刺していた。

「何だ、あれ……」

 九鴉は遠くを見据えながらつぶやく。

「あ、思考麻薬」と、四鹿が不意にクチに出した。

 それを、九鴉は聞き逃さなかった。ぎょっ、と彼女にふり向くとすぐに問いただした。

「知ってるのか、四鹿」

 二番街で蔓延し、ある母親と子供もトチ狂わせた悪魔の薬。九鴉はあのときまで、薬の効果や簡単な内容ぐらいしか知らなかったが。

「……九鴉」四鹿はしばし目をそらしたあと、九鴉を見返した。「まさか、知らないの?」

 何故か、四鹿は違うようだ。


 017


 ■三番街、正門入り口付近。


 九鴉は胸が張り裂けそうな思いで、三番街に帰った。

 彼は楽園教との外交の仕事を放棄し、四鹿まで置き去りにして、の本来なら許されない大暴挙をしでかした。

 だが、そうでもしないと抑えきれない衝動だった。

 これは、すぐにでも問い質さないといけないものだった。

「二狗!」

 執務室に入る。そこでいつも仕事をしている彼の姿は無く、第一校舎を出て辺りを探し回るが一向に見つからない。

 探してないのは、新しくできたグランド向こうの林にある――研究施設だけだ。

 九鴉は、意を決して向かう。


 新しくできた研究施設とやらは、簡単に組み立てできる木造の小屋であり、見た目は怪しげな雰囲気じゃない。だが、九鴉は中に入る。

「あれ、九鴉さん」

 そこにいたのは、蛇という名の少年だった。

「蛇。きみは、ここにいたのか」九鴉は室内を見回す。

 小屋の中にはいくつか機械が置かれていた。大型でボタンがいくつもある複雑なものから、シンプルそうなデザインの機器まで色々。

 中には容器に入れられた植物を観察する機械もある。

「……こんなもの、一体」

「二狗さんが機械族から手に入れたんですよ。いや、最初はかなり交渉が手こずったらしいですけど。奴らの中にも思考麻薬を売り出したいって奴がいて仲介してくれたらしくて」

 九鴉は、それを聞き逃さなかった。

「――思考、麻薬?」

 目を見開いてたずねる。

「え、知ってるでしょ。九鴉さん」ここに来たってことは、と言いたいかのように蛇は聞いた。彼は棚の中から小型の機械を取り出す。それは、人類史でミュージックプレイヤーと呼ばれていたものだ。イヤホンという、音を耳に直接届けるパーツもあり、思考麻薬はこれで摂取するのだろう。

「最初はこの機械はいくつも作れないだろうってあきらめてたんですけど、どうにか策をこらして量産に成功したんです。いえね、一度しか使えないって言ってこれを売るんですよ。確かに一度使ったら自動的に消去するようプログラムされている。でも、機械自体は残る。だから、それを売れば三分の二はもどってくるから――それを延々と繰り返せば、客もあまり損をした気にならないんですよ。笑えるでしょ。あ、そこの植物は本当の麻薬を作れないかって研究してるとこでして」

 蛇の他には誰もいない。

 今は遅い時間帯なので、他は寝てるらしい。九鴉は見ていなかったが、よく見れば数人分のスケジュールが書かれた黒板もあった。

 そして、蛇は研究熱心なため自発的にここに残っていたのだ。

「……きみらが、作ってたのか?」

 今この場には蛇しかいないのに、きみら。

 はたして、九鴉はどういう意味できみらと言ったのか。

「え? えぇ、まぁ。結構広まってるでしょ。二番街なんて特に売れて」

 九鴉は、左手を押さえた。怒りで、彼を殴ってしまいそうだ。

 脳裏にあの狂った女が思い出される。シリンダーがないのに引き金を引いたあの女。

 そして、街の様子。泣き叫んで母の死を見た少女――母親と同じく、シリンダーのない拳銃で九鴉を殺そうとした子。

「きみらは……」九鴉は絞り出すようにつぶやく。「それで、何が起こるか考えなかったのか」

「く、九鴉さん?」

 何度も、あの光景が思い浮かんだ。

 九鴉が、一番思い出したくなかった――あの記憶を、思い返すような――。

「ああああああああああああああっ――」

 機械を壊す。

 円を描いて体を回し、勢いのついた蹴りを大型の機械にぶち当てる。うしろの壁ごと突き抜けたそれは地面を転がり粉々になった。

 小型の機械も壁にぶつけて壊す。「やめてください、九鴉さん!」蛇が体を張って止めようとするが弾き飛ばす。

「きみはっ」叫ぶ。「こんなことをやって平気なのか。馬鹿じゃないのか。こんなんで、こんなんで! 人は簡単に死ぬんだぞ!」

「だからやってるんですよ!」

 蛇は鼻から出た血をこすりながら言う。

「……九鴉さん、どうしちゃったんですか。あんな、自分たちにも優しい……九鴉さんが」

「僕は優しくないよ」

 鈍器にしたた小型機器を投げ捨てる。

「こんなの作っていたなんて知らなかった……じゃ、済まされないな」

 九鴉は小屋から出る。

「みんな、やってるじゃないですか」

 蛇は、去りゆく九鴉の背中に突きつけた。

「そもそも、機械族の奴が持ち込んできたんですよ。この話は。――俺等がやらなかったら、誰かにやられてたんですよ!?」

 自分達がしなかったら、他の奴がやっていた。それこそ、三番街が二番街のようなことになっていたかも。

 そう、蛇は言っていた。

 だが、九鴉には聞こえない。もう、聞きたくない。

 彼は、二狗を探す。


 018


「不機嫌だな、九鴉。仕事をほったらかしておいて」

 二狗はすぐに見つかった。九鴉がいつも寝泊まりしている部屋にいたのだ。

 彼はベッドぐらいしかない部屋で、ベッドに座る。

 九鴉はVの拠点から離れた、雑踏の多い集落の中で寝泊まりしていた。大勢の宿無しが急遽集まって暮らす中で、九鴉は部屋をもらっていたのだ。そう、本当にベッド以外はとくに何も。

「……コミック以外に何もない部屋だ」

 そう、あるとしたらコミックが数冊だけ。二狗は二冊の同じコミックを見つけた。同じのを渡してしまったのだと、彼はそれで知った。

 九鴉は以前ならそれを見て申し訳ないと感じたかもしれない。だが今は、何も感じない。

「二狗なら、言わなくても分かるだろ。……どうしてだよ」

 二狗は心を読む能力者。

 すぐに九鴉が言いたいことを察する。

「思考麻薬は重要な収入源だ。あれがあるおかげで、俺達もいくつか機械を手に入れることができた。パソコンというものだけじゃない、盗聴器や発信器、高性能の通信機器、監視カメラ、さらには爆弾の製造方法までな。それだけじゃない、能力者じゃない者も銃器を使えば戦える。ライフルだけじゃなく、携行性のある拳銃や、遠くを撃てるスナイパーライフルなどどれも実用性の高いものばかりで」

「僕は、二番街を見てきたよ」

 二狗は、すぐに九鴉の記憶を読む。

「……狂った母親、そして娘か。確かに思考麻薬はいたってシンプルな麻薬だからこそ、弊害もあると聞くな。俺も最初は驚いたよ。まさか、幻覚作用まであるなんて」

「罪悪感を、持たないのか?」

「弱いから死ぬ」

 二狗は即答した。

「弱いから死ぬ。ただ、それだけだ。俺達も弱かったらあーなっていた。それだけのことだろ」

「僕達は、四番街の奴らに何もかも奪われ、さまよい……多くの苦しみを味わってきた。だからこそ、だからこそ、やっちゃいけないことがあるんじゃないのか」九鴉は言う。「同じ苦しみを、誰かに与えちゃ」

「理想論だよ、九鴉」

 二狗はベッドから立ち上がった。

「他の奴らだって密かに思考麻薬を流している。たまたまうちが一番効率よくやってただけで、他だってひどいものさ。四番街なんて仲間内でやってるだろ。そもそも、うちはまだできたばかりの族。やろうと思えば真っ先に誰かに狩られる立場。それなら、手段は選んでられない」

「こんなことをして何のために。機械を手に入れたって」

「四番街をつぶせる」

 二狗は言う。

「下部組織じゃなく、奴らの本体をな。忘れたのか九鴉。俺達は奪われたんだぞ。奴らに、何もかも。全てをだ」

 それなのに、お前は甘いことを言うのか。

 二狗の冷え切った視線が九鴉を凝視する。

「そのためなら何だってするのかよ」

「そのためなら何だってするんだよ」

 九鴉に合わせて、言葉を連ねる二狗。

 人の心を読む彼なら、容易くできる芸当。だが、普段はあまりしない。する必要がない。こんな、話の主導権をにぎるためのワザなんて、身内にするはずがない。

「楽園教と四番街が争う今がチャンスなんだ。そして、現在の状況を打開する。一気に四番街をつぶし、この三番街の地位を安定させるんだ。そのうち、他にも能力者を見つければ勧誘して」

「……二狗」

 九鴉は問いかける。

「きみは、一体何のために」

「身近な人達を守るためだ」

 即座に、二狗は言った。心を読める能力者だからこそできる先回り。いや、身内だからそんなものがなくても可能だったか。二狗は、以前聞かれたときと同じことを言った。

「はっきり言おう、九鴉。俺はお前達を守るためなら何でもする。だが、お前達以外はどうでもいい。どうでもいいんだ。一応、その枠にはVの部下達も含んではいるが、正直な話、優先順位は初期のメンバーが全てだよ」

 二狗、三鹿、四鹿、五狼。

 そして、九鴉。

 二狗は、部屋から出て行こうとする。

「あの少女は捕まったぞ」

 九鴉を目を見開く。

「楽園教の奴に捕まったそうだ。何でも、スパイ容疑があるとかでな。実際はどうだか知らんが、憐れなものだな」

「……二狗」

 九鴉の手は震えている。

 力強く、拳をにぎりしめていた。

 二狗はそれを、しっかりと目撃していた。

「恨むなら恨め。俺は後悔しない」


 019


 プログラム2は語る。

[このままじゃ話が続かないぞ。ツバサが死に、九鴉はこのまま納得できぬ戦いに身を投じるのか]

[まさか]とプログラム1は答える。

[ここから、なんだよ。私の考えた物語は実行されている。まあ、任せろここからが大事なんだ]

[そうは言うが]

 プログラム1は言う。

[ほら、VRにいる人間達も楽しんでるじゃないか。ドキドキしてるんだよ。九鴉はどうなるのか、ツバサはどうなるのかと。ここから、九鴉はツバサを助けに行く。楽園教にいる者に連絡はしておいた。TVで放映して処刑も盛大にしろってな。大規模になるぞ。それで、九鴉は目の前で助けるかどうか悩むんだが、そこはある仕掛けが用意されていて]

[仕掛けねぇ……]

 プログラム1は言う。

[そう、仕掛けだ。おそらく九鴉は、それにより一瞬で答えを選ぶだろう]


 020


 ■五番街、入り口。


 九鴉は五番街へ向かった。

「はぁっ……はぁっ……」

 流石の彼も体力が尽きかけてるのか、到着したときから息が荒かった。

 彼は仰ぎ見る。

 五番街の入り口は、巨大な門がそびえていた。

 ヨーロッパ風の彫刻が門の形に集積してる。

 真下には常に警備兵がおり、普段は人の出入りを厳しくチェックしているが、今回は違っていた。来る者拒まず、誰でも中に入れる。

 だから、入り口は人々の大軍群衆が押し寄せてにぎわっていた。九鴉も、そのの波に混ざり込んだ。

 喧噪がうるさく、周りに人だらけの密着状態。

 襲われたらひとたまりもない状況。

 九鴉が、最も嫌がるシチュエーションだ。

「……あっ」

 だが。


<check>◆</check>

――巨大な門を通ると、そこは真っ白な空間だった。

</check>◆<check>

                           <check>◆</check>

           人類史の情報でいうなら、白い地中海風の建物ばかり、

            もしくは時代ごっちゃまぜのヨーロッパ建築が並ぶ。

         地下都市ではまず類を見ない、清潔で潔白な空間に見える。

                           </check>◆<check>


「……うわぁっ……」

 九鴉は圧倒されていた。


<check>◆</check>

碁盤のように整理された区画であり、

縦に八、横に五の長方形。

右、左、真ん中に直線の道があり、それがメイン。

あとは、細かな小さな道が所々に走る。

中央には、大きく開いた広場。中央広場がある。群衆はそこに向かう。

</check>◆<check>

                           <check>◆</check>

            ――元々は、VIP専用の娯楽エリアだったらしい。

               それが今じゃ、白い地中海風の街並は仕事場で

 その周りにある世界遺産のレプリカは、お偉い方専用のエリアとなっていた。

                           </check>◆<check>


 九鴉はそれを知らず、ただ周りの景色に圧倒されるばかり。

 それはここに来た大勢の群衆も同じようで、ただただ感嘆する声がこだました。

 現在でもここは度々車が通るのか、道は歩道と車道に分かれ、その境も柵が分断してちゃんと区切られている。

「………」

 まるで、天国のような場所だと。九鴉は、思ってしまった。


 中央広場。

 ローマのコロッセオを模したような。しかし、観客席までは再現せず、ただ円環の形だけを模範した作り。殺し合いではなく、生贄の祭壇のようでもある。

 人々はある巨大な場所の前に集まっていた。

 二階建てほどの高さの処刑台、それがこの群衆のお目当てだ。

(あんまり、前に行けない)

 人の数が多く、渋滞している。

 広場には情報屋やら機械族、商売してる者まで、公開処刑には関係ない者も数多く見受けられた。

(人を多く集めて公開することで、見せしめにするのか。そもそも、スパイ容疑が確かかどうかも怪しいか。ただ、戦いをはじめるキッカケにしたいだけかも)

 ともかく、もう少し辺りを見渡せる場所がほしいと周囲を探す。

 バレるとまずいだろうが、近くにあった教会の壁をのぼった斜塔の上からならよく見えるはずだ。

 九鴉が人のいない道に行ってからのぼろうとすると――手を引っ張られた。

「やっぱりここにいた」四鹿だった。

 彼女は、この大勢の中から九鴉を見つけたようだ。

 彼は周りに紛れるように変装していたのにだ。

 皮肉にもそれは、中心路での待ち合わせのときと似ていた。

「四鹿……」

「いいから、四鹿も連れてって」

「いやっ、でも」

「早く!」

 大声を出されるとまずい。

 仕方なく、九鴉は彼女を抱きかかえワイヤーを噴出し、斜塔をのぼる。

 すると、人々のにぎわいが勢いを増した。まさか、と思った矢先目に入ったのは、処刑台に上らされるツバサとダイチの姿だった。

(あれは……)


 ――この者らは、牙と内通しており我が楽園教の敵だったことが分かった。


 人々の静かな息づかいが、深みを増す。

 九鴉は斜塔に着くと、眉をしかめてそれらを眺めた。

「あの子、馬鹿だよね。どんなに理由があっても死刑になっちゃ意味がないのに」

 四鹿がいうあの子は、処刑台で膝をついている。両側には刃を持った楽園教の兵士。ダイチは何かを叫んでいるが聞こえない。その代わり、教祖が拡声器で大勢に伝えている。


 ――この者らは反逆者だ。我々に逆らう悪魔だ。

 ――我々のこの度の戦いは聖戦である。

 ――それなのに平和という言葉を悪用し、悪しき思想を広めようとした。

 ――大きな罪である。


 ようするに、拡声器で平和を訴えていたということが罪なようだ。

 皮肉なものだ。あの少女は拡声器で平和を訴えたのに、あの老人は拡声器で死刑を宣言していた。

「ねえ、九鴉はこの光景が嫌なの?」

「……えっ」

 四鹿は神妙そうな声でつぶやいた。

「四鹿はね、ある程度は納得してるんだよ。そうだよね、こうなるって。だって、ここってこんな場所じゃん。地下都市って、力ある者が全てで、みんなみじめに死んでいく。それだけの場所だもの。灰色の空。いえ、本当の空を見たこともない。名前だけしか知らない四鹿達。馬鹿だと思うよ」

 でもね、と四鹿はいう。

「それでも、四鹿は――九鴉といっしょにいたいと思うよ」

 ぎゅっと、九鴉の手をにぎってきた。

「……四鹿」


 きいて……


 突如、九鴉の脳内に声がひびく。

「な、何?」

 と、四鹿も驚いて声を上げていた。

「き、きみもなのか」

「どういうことなの、九鴉も聞こえたの?」

 見ると、観衆の人々も全員がざわついていた。


 楽園教の語る楽園は嘘です。

 ここは楽園じゃありません。

 偽物の楽園です。

 本当の楽園は、この上にあります。


 それは、どこかで聞いたことのある声だった。

 九鴉は処刑台の方を見る。

「アタシの声を聞いて!」

 先ほどまで、全く聞こえなかったはずの声が脳裏に反響した。

「アタシは、あきらめたくない。この灰色の上には綺麗な空がある。それを見るまでは、アタシは死ねない」

 そばにいた兵士はツバサを殴り飛ばした。

「このっ、小娘が何をした」

「能力者か、貴様今まで隠して」

 いや違う。前々から使えていたなら、何度も命の危険があったときに使っていたはずだ。少なくても、一瞬にして大勢の心に干渉する能力だ。これがあれば、大抵の危機は乗り切れるはず。

 ――だとしたらこれは、今ここで突然芽生えたのか?

「アタシは、空が見たい」

 ツバサは立ち上がる。

 だが、兵士がまたブン殴る。

「アタシは……空が見たい……」

 それでも、懸命に立ち上がろうとする。だが彼女の腕を、兵士が足で踏みつける。

「――この地下都市は狂ってる」少女は言う。「人が人らしく生きられない、人らしく、死ぬことすら許されない世界。みじめに死に、生きていたことすら知られず、ただゴミのように……死んで……こんなの、こんなの間違ってるよ。人は、人は! もっとちゃんと生きなきゃいけないの! こんな、何もない世界なんか、住んじゃだめなんだよ!」

 兵士がサーベルの柄で殴った。

「この小娘がぁ」

 教祖が叫ぶ。

「やってしまえ! もうかまわん。その小娘を、処刑しろ!


 この上には、空がある!


 一斉に、人々の脳裏にある映像が浮かんだ。

 それは、空だった。

 今じゃ見ることができないはずの空――広大で、青い、……空だった。

「……え」

 九鴉は気がついたら泣いていた。

「何これ……」いや違う、四鹿も泣いていた。

 いやいや違う。

 その映像を見た人全員が涙を流していた。公開処刑に集まった人々は全員が全員が泣いていたのだ。

(これが――空?)

 こんなにキレイなのが、空なのか。

 九鴉の鼓動が高鳴る。彼は自然と頭上を見上げていた。

 今あるのは灰色の天井だけ。

 だが、あの向こうには本当は空がある。本当の、空がある。

「処刑しろ! 早くしろ、何をしている!?」

 教祖が絶叫する。

 九鴉は決心する。

「駄目だよ!」四鹿が止める。「駄目、いかないで……九鴉……」

「四鹿、僕は――」

「バードスター」

 彼女は突如、普段クチにしないことを言い出す。

「九鴉のヒーローだよね。ははっ、あの殺風景な部屋にいつまでも手放さないの。……でもね、四鹿にとってこれまでは、ヒーローは九鴉だったんだよ」

 人々のすすり泣きが聞こえる。

 ツバサに対して、興味で見に来ただけのはずがいつのまにか彼女を神聖視していた。

「九鴉は、いつも四鹿達を守ってくれたもんね。汚れ仕事も四鹿の代わりにやってくれた。かばってくれた。……冷たい夜、四鹿が仕事を失敗して山で迷って死にそうになったとき、助けに来てくれたのは九鴉だったよね」

 四鹿の服が涙で濡れていく。

 九鴉の目が、彼女を離さなくなる。

「九鴉……お願い、お願いだから……行かないで」

 九鴉は、しばし視線を迷わせた挙げ句「僕は――」


 021


 プログラム2はたずねる。

[ツバサは能力者……ってわけじゃないよな]

 プログラム1は返す。

[もちろん、これはただの仕掛けだよ。タイミングよく、能力が花咲くように仕掛けた]

 彼ら、プログラムからすれば地下都市にいる特定の人間を決まったタイミングで能力者にすることなど、容易なことだった。

 だって、能力者は科学技術の中で花咲いたのだ。

 プログラム1は語る。

[ネタバレすると、九鴉は助けに行くよ。他を顧みず。四鹿を見捨てて]」

 プログラム2は返す。

[ひどい話だ。四鹿だって悪い子じゃないだろうに]

[だからだよ。だからこそ、九鴉にとっては重りでもあるんだ。皮肉だね。付き合ったら最高の相性だったろうに。逆を言えばそれだけでしかないんだ]

 命を賭けるほどではないんだ、とプログラム1は言った。

 プログラム2は言う。

[それにしても、あの場面で捨てるか普通]

 プログラム1は語る。

[捨てるよ。ある言葉をきっかけにね]

[しかし、助けたとしてもどうする。本当に外の世界を目指そうとしたら]

 プログラム2は危惧した。

 何せ、ツバサの能力は強力だ。


 ――ツバサのことを思っただけで、ツバサの意識とつながる能力。


 今回のタイミングでは最強の能力だ。

 さらにいえば、彼女もリバーシ-だ。彼女は、何故か地上にある空を知っていた。それは、無意識下にプログラム1によって埋めこまれたからだ。

「そこはそれ。所詮はエンターテイメントだから用意してるよ。どうしようもなくなる方法がね。それに、どうせ助けるのは九鴉一人だ。それなら、いくらでも手はあるんだよ」

 潰す方法が。

 ツバサの能力はこの地下都市全体を揺るがす大事件だが、プログラム1はそんなこと全く気にしていなかった。心底、人間というものを舐めきっていたんだろう。


 022


 ツバサの目には、大観衆が映っていた。

 近くにはダイチもいるはずである。

 だが、クチをふさがれてるらしい。「んっ――んぅぅ――」と呻き声が聞こえるだけだ。

「早く処刑しろ!」

 ツバサにとって、叔父だったはずの教祖は険しい形相で叫んでいた。

 彼女の父親と不仲だった叔父。

 だからって、こんなことになるとは思わなかった。まさか処刑されるほどとは。

 ツバサはスパイなんかしていない。していたとしても、流す情報なんてない。

 彼女がしたのは平和を訴えることだ。

 そして、こんな世界はまやかしだと突きつけることだった。

 外の世界には自由がある。空がある。もしかしたら――いや、もしかしたら、ここよりひどい場所かもしれない。こことは違って食べ物もないし、いや下手したらまだ放射能があるかもしれない。

「でも……」と、ツバサはつぶやく。

 教祖は叫ぶ。

「早く処刑しろ!」

 ツバサの父親は言った。

 自由とは、心の中にあると。

 空がどうとか、狭いか広いかじゃないんだと。

 心を訴える何か。生きててよかったと心から叫べる何か――それこそが、自由なんだと。

 ツバサは天を仰ぎ見た。

 こんな灰色じゃ、誰も自由になれない。

「アタシは……」

 兵士のサーベルが、白刃を光らせて首元に迫る。

「キレイなものを、守りたいだけ」


 023


 その瞬間、折れたサーベルの刀身が舞った。


 人々のクチが大きく開かれる。


 四鹿は、斜塔で一人泣いていた。


 024


「……これは」

 ツバサは、目を閉じて半ば死を受け入れていた。だが、一向に自分の首は飛んでいかない。

 ゆっくりと、目蓋を開いていく。

 ……すると、自分はまだ生きていた。

「え?」と首を確かめる。

 しっかりと、つながっていた。

 そして、辺りを見回す。

「……キミ達は?」

 ツバサを囲むように、五人の乱入者が現れた。

 一人は、小柄な機械族。

 一人は、六番街の大男の戦士。

 一人は、小柄で頼りなさそうな金髪の少年。

 一人は、四番街を代表する族、牙の副リーダーにして参謀役、DORAGON。

「他はどうか知らないけど、僕は守るために来た」

 そして最後に、黒ずくめの男。

 三番街を代表する族、Vのナンバーズの一人、九鴉がそこにいた。


 ◆


 VRでは、プログラム1が叫ぶ。

[……な、何故だあああああああああああっ!?]

 プログラム2は疑問符を浮かべる。

[何故叫ぶ。あれも、お前の計画通りなんだろ]

 彼が練ったストーリーは、九鴉がツバサを助けるのだから。

 だが、プログラム1にとって、これは予想してない事態であった。

[……何故、五人いるのだ?]

 助けに来るのは、一人だけだったはずなのだ。


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