7start 2.0

蒼ノ下雷太郎

プロローグ

type[9]:Starting blocks 1-1

 Opening


 家が襲われた。

 門が爆破し、鉄柵が吹き飛ぶ。

 警備兵は炎や雷で焼かれて死んだ。

 九鴉クロウ達は子供部屋で遊んでいたのを母親に連れてかれ、備品庫の床の隠し倉庫に閉じ込められた。

「いい、じっとしてるのよ?」

 九鴉は子供部屋に『バードスター』というヒーローコミックを忘れたが、とても言い出せる雰囲気ではなかった。じっとしていると、頭上から誰かの物音が聞こえてきた。耳を澄ますとそれは、母親とそれ以外の男達によるモノで。

【喜べよ女、このJACKAL様が味見してやるんだぜ】

「――母さ」九鴉はクチをふさがれる。

 五人の中で最年長の二狗ニクは、苦々しくかぶりを振った。

 双子の姉妹である三鹿サンカ四鹿ヨンカは、二人にしがみつき恐怖で震える。

 最年少の五狼ゴロウはブツブツ何かを呟いていた。

 このとき、子供だった彼らは何が起きようとしているのか理解できていない。

 男達は何故鼻息が荒いのか。

 何を言っているのか。

 母親も何で悲しそうに――何故、二狗は聞くなと――

【あ? 何だよ兄貴。こっちはお楽しみの――あ、早くしろだ? ……ちっ、わーたよ】

 ――ゴキッと、何かが折れる音がした。

 最後になってようやく、母親がいなくなったのだけは分かった。



 その後、九鴉達は男達が離れるのを待ってから隠し倉庫から抜けだし、家――ノザキ邸からも脱出した。

 二狗の能力のおかげで外に出るのは容易だった。

 暗い森を走る。黒い樹冠の影は悪魔のようにゆらめき、うしろをふり向くとさっきまで暮らしていたノザキ邸が燃えていた。

 灰色の空と同じ色をした煙が、吸い込まれるように昇っていく……。

「いつか、戻ってこよう」二狗は言った。「……絶対に」

 彼の目には炎が宿っていた。

 怯えていた双子も、五狼も、そして九鴉もうなづき返した。

「絶対に、戻ってこよう」

 絶対に、と。


 ――それから、十年後。


 あのときと同じ灰色の空の下、敵の拠点に侵入した。

 手始めに九鴉が先行し、警戒用のトラップを破壊。ドアの鍵も開ける。巡回していた警備は忍び寄って殺し、物陰に隠す。合図を上げた。

 鉄柵の門が吹き飛ぶ。

 炎と電撃、双子の能力――三鹿と四鹿が派手にかますと、続いて五狼が肉体強化で突撃し、銃火器で対応する警備兵を殺していった。


               <word>●</word>

          <nouryokusya>能力者</のうりょくしゃ>

         通常の人間を逸脱した力を起こす者の総称。

            能力は人によって様々であり、

            科学的に説明できるモノから

         科学的に説明できない規格外まで存在する。

               <word>●</word>


 ここまで来るのに十年も掛かったが、やってみると案外簡単だった。

 九鴉は戦闘用ナイフを振るう。敵を刺して切って関節ワザを決めて、を延々と繰り返し、ある男の部屋まで続けた。

「……な、何だ貴様は」

 大部屋の寝室。

 床一面に赤い絨毯がしかれ、奥に天蓋付きのダブルベッド。(壁には黒板があるのが不釣り合いだ)この部屋の主は数名の女を抱きながら、こちらを睨め付けていた。

 九鴉は彼を一旦無視し、女達に目をやる。あっち行け、とあごで指示。

 女達は言われた通りに部屋を出た。彼女等は二狗が仕掛けた罠の一つだ。

「き、貴様っ――俺に適うとでも」男は九鴉のナイフを見て笑う。「ナイフ如きで、このJACKAL様に……」

 ナイフを投擲すると一瞬で弾かれた。何か、能力を使ったらしい。

「問題ない」九鴉は天井に跳ぶ。

 そして、ベッドに舞い落ちる。

「がっ――」神経毒を塗った針を刺し。

 男は喉をつかんで苦しそうにもがく。舌を垂らし、目は魚のように飛び出る。罪悪感はない。仲間からの連絡があり、JACKALをある部屋に運んだ。

 そこには、JACKALの兄がいた。

「あっ……ぁ……」

 彼の兄は椅子にロープで縛られ、全身をクギで刺されていた。

 足のつま先から頭の天辺までサボテンのようである。

 彼は寝言のように「ぁ……」とうめくが、喉にも刺さっているので何を言いたいか分からない。そもそも、彼の両目両耳はクギが刺さってるので誰が来たのかも分かってないだろうが。

「不思議だな。怒りがあるだけで、俺達はこんなにも躊躇がないんだ」

 クギを刺していたのは、九鴉達のリーダーである二狗だ。

 彼は知的あふれる青年に成長していた。右目は黒髪で隠れているが、左目はしっかりと怨敵を見すえている。

「さて、どうするか九鴉。兄を弟の前で苦しめるか。それとも、弟を兄の前で――」

 いや、と二狗は言葉を止める。

「もう、視覚も聴覚どちらもないか?」

 それを聞いた瞬間、JACKALは神経毒に犯されながらも手を伸ばして助けを乞うていた。「やっ……めっ……ろ」そして、自分を指さした。

 やるなら、俺をやれと。二狗は哄笑した。

 心底愉快だと、声を張り上げる。

「………」

 九鴉は笑えなかった。

 二狗はまた兄にクギを刺していく。


 拷問は二狗に任せて、他のメンバーを探しに行った。

「あはははっ、こんな弱かったなんて」双子の姉である三鹿が笑い声を上げる。「ほら、見てよ四鹿。こいつら何か言ってるよ?」

 それに対し、同じく笑い声で返す妹の四鹿。

「――ははっ、ウケる。四鹿達は、こんな雑魚どもに怯えていたんだね」

 施設の大広間で、二人は大勢の四肢を焼き、皮膚を燃やし、残虐の限りを尽くしていた。

「あ、九鴉」四鹿は九鴉が来たのに気づき、笑顔を向ける。敵にしたのとは種類の違う笑み。だが、本質は変わらないように思えた。

 九鴉は逃げるようにそこから立ち去り、その先で五狼を見つけた。

「ごめんなさい、ゆるしてください、おねがいだから――やだっ――やめてっ」

「そうだ、もっと泣けよ」五狼は女性を暴行し、強姦していた。「……っ」九鴉は咄嗟に予備のナイフを取り出すがそれをしまい、素手で五狼の頬を殴った。


 これが、彼らが復讐を遂げた日に起きたことだ。

 ふと、床を見ると九鴉が落としたものじゃないはずだが――あのときと同じヒーローコミックが、血で真っ赤に塗れていた。

 その血をたどっていくと、名前も知らない少年の死体を発見した。


 001


 VR


 実体のない彼らはTV画面を見て楽しんでいる。もはや体もない、精神もあるかどうか分からない凡庸で曖昧な存在なはずなのに彼らは笑みを浮かべ、そして刺激を求めた。人の欲がそのまま具現化したかのようだ。【TV画面にはが映っている】【の街。の地下都市】【そこは時計回りに一番街、二番街と街が続き、最後に中央の七番街を入れてが存在する】多くの人々が住み、暮らしている。暮らしは質素で汚く、どこもVRとは比べほどにならない。「野蛮ね」「野蛮だね」「汚らしい」「下落人め」下落人というのは彼らへの蔑称だ。VRの世界の人々は地下都市に住む人々を嘲笑しながらも、彼らの生活にスリルやアクションを求め、視聴している。さあ、今日も楽しい番組がはじまるぞ。


 002


               <word>●</word>

            <tikatosi>地下都市</ちかとし>

          人類は争いの果てに地上を地獄にした。

        それでも生きたい人々は広大な地下都市を建設。

      限られた者だけを住まわせ、あとは地獄に置いて見捨てた。

        空ではない空、真上にあるのは灰色のコンクリート。

        きんぴかのライト。統一感あふれる灰色の街並み。

            雨すら降らない、壁のような空。

               <word>●</word>


 三番街。

 六角形で、右から時計回りに一番街、二番街と続き、三つめの街。

 土地のほとんどを森で占めるここは、『フォレスト』とも呼ばれる。

 樹木が多いからそれを伐採し利用した産業が多く、木材を加工して出来た家々や、燃料、工夫すれば食料となる植物も多く、さらに地脈は木岐で洗われた水が流れ、清くおいしい。

 人間にとって、楽園のような場所だった。

 だから、過去に他の街から侵略され、占拠されていたことがある。そう、四番街の族に襲われたことがあるのだ。


               <word>●</word>

              <tribe>族</トライブ>

      生まれた環境や目的によって結集し、組織化した集団のこと。

         地下都市では大小さまざまな族が存在する。

               <word>●</word>


 地下都市の各街には、街を代表する族が存在し、拠点としている。(もちろん、小さい族もウヨウヨいるが)

 現在の三番街の代表は『ファイブ』という族だ。


 ■三番街、二番街との街境エリア

 場所は変わって、街境エリア。

 森は二番街の平野に接触することで薄れ、緑よりも茶色の地面が垣間見られる。それを防ぐように、街の境には金網が果てまで伸びていた。

 六角形の地下都市は、七つの街がそれぞれどこかと接触して存在する

 一番街は二番街と六番街、そして七番街となるように――三番街も、二番街と四番街、そしてどこも共通して七番街と境を接触していた。

 ここからあそこへ、豊かな環境に移り住みたいのはどこも同じ。

 一応正門入り口があるが、そこには受け入れられないとあきらめた者は無断で街境を越えて密入しようとしていた。

 ――少年兵は困っていた。

「くそぉっ……」

 彼が警備していた区域から突如現れた密入者は三名。彼らの内、二人は殺したが、一人は金網をのぼられ逃がしてしまい、少年が慌てて追いかけようとするが――すぐに無線が入り、代わりにある人物が始末してくれると連絡が入った。

「――っ」

 少年は歯を食いしばる。

 せっかくありつけた職なのに、いきなり失敗してしまった。

 族の制服である黒のジャケット(背中にゴシック体でデカデカと『V』と刺繍されている)を着て、ライフルをヒモで肩から下げた彼は街の方を見て泣きべそをかいていた。

 すぐに連絡が入る。

『――こちら、九鴉。追跡に成功。遺体を頼む――どうぞ』

 ナンバーズの者だ。


<check>◆</check>

Vはピラミッド型の組織構造をしており

一番下の土台は警備などを任される少年兵。

その上に多少戦い慣れした経験者がいて、

</check>◆<check>


                           <check>◆</check>

           さらにその上には族の最高戦力――ナンバーズがいる。

           Vを結成した初期メンバーであり、全員が十代の若者。

                           </check>◆<check>


 子供達ばかりの新興勢力ではあるが、四番街から街を奪還した実力は本物である。

『――こちら、境界警備0023。す、すいません、九鴉様。自分が、自分なんかが見逃したばかりに――どうぞ』

『――こちら、九鴉。気にするな、そのために僕がいる。あまり気を張らずに――っておい! 死体は丁重に扱え!』

 怒声が聞こえて少年はビクッと震えたが、どうやら彼にではなく、九鴉の近くにいる部下数名にしたものらしい。

『――ごめん、こちらのことだ。ともかく、気にするな。交代まで落ち着いて任務にあたれ――どうぞ』

「――こ、こちら、境界警備0023。了解です。あ、ありがとうございます――」

 少年は無線を切り、感極まって泣きそうになる。

『以上、0023』も忘れてだ。

 流石はナンバーズ。彼らの中にはおっかない人もいて、数名の少年兵が暴行されたと聞くが、逆に九鴉という人は穏やかで優しく、頼りになる人だと聞いていた。それを実際に味わい、少年の中で、またナンバーズの株が――というか、九鴉の評価が上がった。


 003


 九鴉はあとのことを部下に任せると、交代する少女が来たので拠点にもどることにした。

「それじゃ、あとは頼むよ三鹿」と九鴉が言う。

「………」三鹿は無視する。

 赤毛のツインテール。

 黒いロングワンピースを着て、足は戦闘には不向きなハイヒール。

 彼女も九鴉と同じナンバーズの一人である。

「――じゃ、あとはお願い」

 嫌われてるのかな、と首を傾げながら、九鴉は足早に拠点にもどった。

 長身痩躯の少年。

 黒を基調としたVの制服の上に、タクティカルベスト。(左肩に鞘入りのナイフ、各ポケットに武器やら道具やらがある)を着ている。

 全体的に細いシルエットだが、建物の屋上から跳躍し、ワイヤーを飛ばして進む姿は弱々しくは見えない。全身の筋肉は黒い制服の下で引き締まり、軽々と街を疾走する。

 拠点近くの通りに着くと、九鴉は一旦足を止めて往来する人々を眺めた。


<check>◆</check>

元は、学生通りという名前だったらしい。

おそらくは過去と同じぐらい人で溢れかえっている。

</check>◆<check>


                            <check>◆</check>

            街路樹が電柱と同じぐらい並び、新緑あふれる外観。

         子供達に地下都市でも恵まれた環境を与えたかったようだ。

                            </check>◆<check>


 過去、人類にまだ優しさがあった証拠であり、今はないという証明。

 建物自体は無機質なコンクリートが多い中、花壇や街路樹を積極的に取り入れていた。だが、それが逆に放置しすぎたために、現在は建物のほとんどがツルやツタで覆われ、コケも生え、緑化どころか真緑になってしまった。

 だが、こんなとこでも人は住む。

 元は飯屋だった店を宿屋にしたり、元は文房具屋だった店で植物を調理し販売していたり。

 建物があった頃から幾数年も経ち、その建物本来の機能を失ってしまったが、それでもまた違う役割を与え、暮らしていた。

 正門での審査さえ通れば、行き来は自由なので名の知れてる小規模族の者もいくつか見受けられた。

 露店で飲み物を販売してるのが、商売系の族。

 情報を聞き回っているのが情報屋の族で。

 他にも電柱を歩いたり走ったりしてる者達――電柱族でんちゅうぞく(通称)も、いる。


「……よかった」


 数ヶ月前までは四番街に占領され、奴隷のようにこき使われてきた人達。

 それが活気を取りもどし、人らしい生活を送っている。

 九鴉はこの光景を見るだけで、胸が温かい気持ちになれた。

「あ、九鴉さん!」

 小さな制服を着た子供達が、九鴉の元に駈け寄ってきた。

 その中のリーダー格である土竜モグラという少年が敬礼した。

「おつとめお疲れさまです、九鴉様!」

「かしこまらなくていいよ。リーダーは執務室?」

 九鴉は笑って敬礼のポーズだけする。土竜はそうです、執務室にいますと返答。

 九鴉は彼らを連れて拠点へ向かうことにした。

 通りで行われている売り買いのほとんどは物々交換。人類は衰退し、通貨となる紙幣や硬貨は失われてしまった。そのため、現代で最もポピュラーな販売方法は原始時代と同じだ。

「あ、九鴉さま。いつも、ありがとうございます。これ、つまらないものですが」

「ナンバーズだ!」

「九鴉さん、これもらってください」

「九鴉さま!」

 九鴉に関してはもらってばかりで交換ではないが。

 いや、日頃の彼の苦労を考えるとこれでも足りないくらいだ。九鴉はもらった品々を子供達にあずけて街の評判を聞いて回る。今のとこは問題ないらしい。ただ、最近は思考麻薬しこうまやくなんてものが出回ってるため、不安はゼロではないようだが。

(……ん?)

 九鴉はふと、怪しげな姿を見つけた。

 緑色のガスマスクとロングコートを着た者達。彼らはどれも同じ格好だが、中身はバラバラで体格の差が出やすい。今、九鴉が見つけたのは大柄な機械族だった。

(機械族か。最近、よく見かけるな)


               <word>●</word>

            <kikaizoku>機械族</きかいぞく>

    他の族とは違い、生まれや環境以外の理由で集まった謎の多い族。

 今じゃ失われた科学技術を用いて、どこの族とも交流し、敵対しない中立派。

       事実、彼らは武器提供は行うが武力介入は行わない。

    もし機械族に危害を加えたら全ての族が敵に回る可能性すらある。

               <word>●</word>


「………」

 九鴉は眉をしかめながらも、子供達といっしょに前進を止めない。

 だが歩いていると、信号にぶら下がっていたものを目撃し表情を曇らせてしまう。

 死体。

 腐乱した首つり死体だ。

 もはや揺れることすらなく、全身の体液を流し終えたあと。

 ミイラのように痩せ細り、ハエがたかり、ウジ虫が跋扈している。

「へっ、言いざまだ」土竜は吐き捨てるように言った。九鴉はたしなめようとしたが――止めた。「奴ら、俺の父さんや母さんも殺したんだ」

 首つり死体は元四番街の人間。この街を占領してきた者だ。

 死体は一体だけじゃなく、どの交差点でも見受けられた。近くには食料品もあるのに死体は異臭を放ち、離れたとこからでも鼻につく。周囲の人々は気にしない。何気ない日常のように過ごしている。

「………」九鴉はしかめっ面で歩き、少年達は途端に話しかけにくくなった。

 だが、不意に九鴉の背中を飛び蹴りする者が現れた。

「暗い! 暗いよ九鴉!!」

 飛び蹴りした人物は、痛がる九鴉に対して追い打ちをかけるように叱った。

「――ちょ、き、きみはねぇ……」

 九鴉はまたしかめっ面をする。

 だが今度は、慣れてしまった攻撃に対するいつもの反応だ。子供達も不意に小さな笑みを浮かべた。

「毎度痛いよ、四鹿」

「だって、九鴉ってばまた暗くなってるんだもん。ほら、子供達もビクビクしてるよ?」

 四鹿。

 先ほど警備の仕事を交代した少女、三鹿の双子の妹であり、顔や服装は瓜二つといっていいほど同じである。

 だが、九鴉に対する態度は一八〇度違うようだ。

「姐さん、今日もお疲れ様です!」

 土竜が四鹿に敬礼し、慌てて他の者も敬礼した。四鹿は笑いながら、「こちらこそありがとうございます!」と敬礼を返した。

「………」

 九鴉はその光景を見て、先ほどの感情は忘れることにした。

 彼なりに話題を変えてみる。

「三鹿と交代したけどさ、彼女僕のこと嫌いなの?」

「あぁ、うん。三鹿は四鹿と違って不器用だからね。思うことがあるんじゃない?」彼女はけらけらと笑う。「ま、そんなに心配しなくていいよ。嫌うって言っても、殺したいってほどじゃないだろうし」

 九鴉の背中を小柄な彼女がバンバン叩く。

 何気ない話題転換だったのに、あまり穏やかにならない結論に達してしまった。


 004


 現在、Vの拠点はノザキ邸と呼ばれていた場所で、以前は四番街の者も使っていた。


<check>◆</check>

 入り口には『第三地区小中高学校一番地』と記載。

</check>◆<check>

                            <check>◆</check>

                   元々は子供達の学舎であったようだ

    四つの横長の校舎が真ん中に空白を開けて、十字のように並んでいる。

                            </check>◆<check>


 それもそのはずで、敷地は広く、建物も大きく施設や設備も充実。各種機械や素材も用意された研究室や実験室や、バカでかい演習場、運動場、さらにはたんまりと長期間保存の利く食料が置かれてた食料庫まであった。


 九鴉は子供達と別れ、四鹿と共に入り口から入る

「修復も大分進んだよね。ほら、あの入り口の門だっていつのまにか直ってるし」

 四鹿が指さしながら言った。ここの正門は奪還する際に派手に壊したのだが――今は、もうほとんど直りかけている。形だけはもうできていて、あとは細部を徹底するだけらしい。

「……機械族の仕事だからね」

 門の内側には――校舎に続く道には、十数名の機械族がうろついていた。

 この者達が直してるのだろう。見たこともない機械を使い、建物の修復や資材の移動もしている。

「そういや、九鴉は昼食取った?」

 九鴉はしばし誰かを探してるようだったが、意識が会話にもどった。

「いや、時間がなくて」

「駄目だよ。九鴉はただでさえ肉体を酷使するんだから」四鹿は九鴉の手を引っ張り、リーダーの元に向かわなきゃいけないのを無視して第三校舎にある食堂に連れて行った。

「ちょ、二狗のとこに報告を……」

「そんなのいつでもできるでしょ。放って置いたら、九鴉は一日中食べないんだから」

 食堂はまだ整っておらず、壁紙は剥がれ、テーブルもほとんどが錆びついて変色したままだ。占領していた奴らはここを使わなかったようで、ある意味では一から修復するよりも大変だ。

 だが、一応キッチンは使えるらしい。四鹿は調理のおばちゃんとぺちゃくちゃ話し、皿の上に肉やらパスタやらを大盛りにして九鴉に渡した。

「……これを?」

「余裕でしょ」

 あ、そうだ四鹿も用事があるんだったと言い、彼女はそのまま立ち去った。嵐のような少女だ。量が多いがせっかくもらったものだしと、九鴉は食堂を出て、歩きながら肉やパスタを食べる。

 途中、土竜の友人である少年、ヘビを見かけた。

「……ん?」

(あれ、あの子はパトロールに行かないのかな)

 蛇は九鴉が見ていることも知らず、校舎とは反対側、グランドの方へ――さらにその奥へ――進んでいった。

 何か大事そうに袋を抱えていた。年長者に用事でも頼まれたのだろうか。


 ――悲鳴が聞こえた。


 さっきまでいた食堂だ。九鴉はすぐに向かう。丁寧に、皿の上に載った食べ物を落とさないで。

「――は?」

 九鴉が着くと、大柄で筋骨隆々の男が少年の首を掴み上げていた。

 男は怒りの形相で睨み付けている。

「てめぇ、何オレ様にこぼしてんだよ」

 見ると、男の制服にはパスタがべっとりと付いていた。少年が転んでぶつけてしまったのか。

「聞いてんだよ、あぁっ?」答えられるはずがない、少年の首を絞めてるのは彼自身だ。

「五狼!」九鴉が声を荒げる。「何やってんだお前、そんな小さな子に」

 だが、言われた本人はあっけらかんとしていた。めんどうな奴が来たと、大柄の男――五狼は肩をすくめる。

 彼は、掴んでいた少年を九鴉に投げた。

 九鴉は両手で受けとめる。勢いよく投げられたのに、難なくだ。体術の達人だからか、全く微動だにしなかった。

(ただし、皿は落としてしまい、床に食べ物が散乱した)

「ははっ――流石は、ヒーローだな九鴉。偽善者が」

「偽善者で結構。子供を絞め殺すよりかマシだ」

 九鴉はちらりと周りを見て、少年を近くの子に任せた。

 そして、彼自身は五狼と対峙する。

 五狼。

 彼もVの初期メンバーであり、ナンバーズ。ノザキ邸が襲撃されてから、今まで九鴉達といっしょにいたはずなのだが、何故か彼だけは人間性がひん曲がってデカくなってしまった。

 九鴉も背は高い方だが、それでも五狼の方が頭一つ分は大きい。髪は坊主で、筋肉は太そうだが黒のダウンジャケットで隠れている。アンダーウェアは黒のTシャツ『I mine.俺は俺のモノ』と書かれており、下はベージュ色のカーゴパンツを履いている。

「偉そうに。にこにこ仮面の顔浮かべて気持ち悪い野郎が。オレに命令するな」

「命令じゃない。これは道徳だ。子供を絞め殺すなんて、わざわざ教わらなきゃ分からないのか?」

 五狼が動く。そばにあった長机をぶん投げた。

 九鴉はそれを足で受けとめるが、即座に五狼が追撃。「――ちっ」肩を大きく振りかぶり、拳を放つ。長机を粉砕。だが九鴉は間一髪で避けて床を転がり、五狼のうしろに回った。

「……相変わらず気持ち悪い動きだな」

「技術の一つだ。いい加減にしろよ。ナンバーズ同士の死闘は」

「分かってる」

 禁止されていることぐらいは。

 と言いながらも、五狼は床に放り出されたパスタや肉を忌々しげに踏みつけた。

「こんなの冗談だよ。ほら、笑えたろ?」

「センスがない」

「はっ」鼻で笑うと五狼は捨てセリフを残して立ち去る。「能なしのくせによ」

「………」

 九鴉は侮蔑の言葉を言われても何の表情を浮かべない。むしろ、憤りが激しかったのは周りのようで五狼を怨敵のように睨んだ。

「あ? オレ様に何かようか」だが、五狼に気づかれるとしゅんと火の気が消ええた。「――ちっ」

 舌打ちを残して、五狼は去って行く。

「………」

 九鴉はしばし五狼が行った方を眺めていたが、しばらくすると、自分で長机の破片を集め、そして、床に落ちてしまった料理も拾い集めた。


 005


 紆余曲折あったが、九鴉はリーダーがいる執務室に着いた。


<check>◆</check>

校長室と書かれた札の上に

執務室と書いた紙を貼り、上書き

</check>◆<check>

                             <check>◆</check>

                            校長なんていない。

                           いるのは彼らだけだ。

                             </check>◆<check>


 第一校舎の二階にある部屋。

 ブラインド越しにやっと光が入る程度の薄明かり。

 細身の男が机の上にいくつもの資料を並べている。白いシャツ、黒いスウェット。制服の上着は椅子にかけられている。

 彼はVのリーダーであり、幼い頃から九鴉達を支えてきた仲間、二狗だ。

「ああ、また五狼がやらかしたんだな。しょうのない奴だ」

 開始早々、彼は九鴉が何も言わないのにため息をついた。

 右目は黒髪に隠れて見えないが、左目はそれでも穏やかなように見える。

 彼の能力は、周囲にいる人々の。これのおかげで、幼い頃にノザキ邸が襲撃された際も、簡単に脱出できた。

「ともかく、仕事ご苦労」

「五狼にきつく言っておいて。子供にまで暴力を振るうなんて考えられない」

 タクティカルベストを外して上着掛けに。

 九鴉は棚から缶の飲み物を出して、ソファーに座って蓋を開けた。

「……確かに。あいつの横暴は目にあまるな」二狗は言う。九鴉は飲み物にクチをつけながら二狗の顔を見た。「心配するな。処分まではしないさ。あれでも俺達の弟分だからな」

 もちろん、それでも厳しくはするがな、と二狗は言った。

 九鴉は立ち上がり、ベストからナイフを取り出してガラスのテーブルに置いていく。

 彼は戦闘用ナイフの他に、投擲用、その他、予備、必殺のナイフといくつもの種類を装備していた。ナイフを一本一本、具合を確認し、大丈夫なもの、研ぐ必要、交換した方がいいのと分けていく。趣味ではなく、生き残るためだ。彼は拳銃も扱うが、事情があってそれよりもナイフの方が肌に合っている。だから、いつも確認を欠かさない。怠れば、何が起こるか分かったもんではない。

「………」

 二狗は資料をまとめて一旦机のわきに置き、九鴉を見た。

「実は頼みたいことがあるんだが」

「仕事が多いこと」まだ、交代からもどってきたばかりだ。

「すまない。お前が最適でな」

「諜報?」

 九鴉はナイフの刃先に目をやりながら聞く。

「ああ」

 九鴉は体術の達人だが、それは何も表立った戦闘にとは限らない。むしろ、諜報戦こそが彼にとっての真骨頂といえる。追跡、侵入、ときには暗殺。彼の体術は能力者相手にも通用するが、だからこそ、音を消し気配を隠しての諜報戦にこそ優れている。

「四番街の奴ら?」下部組織が倒され、四番街が逆襲しに来るのを危惧してるかと九鴉は問うた。事実、これまでも何度か刺客が送り込まれている。

 だが、二狗はかぶりを振った。

「むしろ、俺は二番街を調べてきてほしい」

「二番街?」

 隣の街。

 だが、こことは争いはない。交流もないが、悪くもない。三番街が占領されていたからではない。二番街も占領されているのだ。現在も。彼らは一番街の者に、占領され続けている。

「もしかしたらだが、四番街が二番街のに働きかけ二手に攻めてくる可能性もある。それを含めて調査してきてほしい」

「考え過ぎじゃ……」

「要心に越したことはない」二狗は立ち上がる。「過去の情報を収集すると、このような事例は一つや二つじゃないんだ。確かに、二番街を占領しているのは実質一番街の奴らで、一番街はこの地下都市で唯一他の街と交流しない街だ。だが、だからって、安心するのはまだ早い。もしかしたら、二番街独立を目指してる奴らがいて、四番街と協力するかもしれない」

 三番街のVを襲うことを条件に、独立に協力する。

 確かに、過去の人類史でも山ほど例がある。そのせいで、どれだけ多くの少数民族や勢力が利用されてきたか。

「しかし、二番街にそんな気概があるかな」

 九鴉は立ち上がり、ナイフの選別もそこそこに部屋の棚にある服に着替える。

(といっても彼は黒色の服を好むから、自然と似たような服装のままだが)

「それを調べるのがお前の仕事だ」二狗は机の引き出しから袋につつまれた本を取り出した。「お前にはすまないと思っている。便利だからって働かせすぎてな」

 と言い、紙袋を九鴉に投げ渡した。

 九鴉はうしろを向きながらも、それを受け取った。

 中を開けるとそれは、九鴉が長年愛読している『バードスター』というヒーローコミックだった。


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この地下都市にもコミックはある。

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                             <check>◆</check>

                  とはいっても、少数しか刷られておらず、

        人類が繁栄していた頃のと比べるとクオリティも大分落ちるが。

                             </check>◆<check>


「気が利いてるね」

「だから言ったろ。本当にすまないと思ってる。悪いが、それで許してくれ」

 九鴉は苦笑した。

「探すの苦労したでしょ」

「いや、たまたま拾った」

 こんな、新品のものが落ちてるものか。

 九鴉はこの巻(サブタイトル『vs悪党貴族』)は既に持っていたが、クチにはしないし、考えないようにした。二狗は不自然に思ったかもしれないが、九鴉なりの優しさだ。彼は着替えを終えて、袋を持ち、ナイフはそのまま置いていくと「ありがたく、いただいとくよ」部屋から出て行った。


 006


 VR


「戦闘はまだなの?」「おせーな」「ちんたらしてんな」「あの五狼ってのと戦えばいいのに」「殺し合いしろよ、ボケが」TV画面に有象無象が文句を垂れる。それを観察しているプログラムは困惑した。さっさと彼らを楽しませないと。何でもいいから、戦いをさせないと。彼らはスイッチをポチッと押した。


 007


 ■七番街、表通り。東南東辺り。


 九鴉は中心路ちゅうしんろに着いた。

 中心路とは七番街の通称だ。ここは、六角形の都市の中心。故に全ての街につながる街であり、交差点。故に中心路と呼ばれている。


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中央には馬鹿でかいビルがそびえている。

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                             <check>◆</check>

                           ビルのてっぺんには

    両手でつつみこまれるような地球の看板が飾られている。一番高いビル。

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 ――この街には、二種類の道がある。

 まずは、『表通りオモテドオリ』といわれる道。

 まずは、『表通り』といわれる道。

 元は車が走りやすい高速道路として建設された。T形橋脚により支えられ、地面から立体交差して何百メートルも離れている。俯瞰図は円環状であり、また細かく分かれた枝葉のように全ての街に道が伸びている。

 現在は、車を使う者はほとんどなく、持ってる者さえ少ない。そのため平気で道路のど真ん中で倒れてる者や、売り買いをしてる者達がいる。道だけじゃなく市場など複数の意味合いが持たされるようになった道。

 二つ目は、『裏通りウラドオリ』。

 空中を立体交差する道とは逆に、地上にあるビルやその他の建物との間にある道。ようするに、普通の道路。不均等で、細く、ときおりクネクネしている。

 ここでは人目につきにくいから、襲われることも多く、ここを通るのは自殺行為と思われても仕方がない。(逆に、表通りは空中に浮いてる道だから人目につきやすい。人目につきやすいってことは、人を襲ったらそいつ自身も誰かに見られやすいということだ。強奪目的で襲ったりしたら、その盗んだものを狙われる可能性があるし、誰かがそれを見て襲われた者の関係者が復讐する可能性だってある。だから、表通りは暗黙の了解で安全性の高い道となった)


 九鴉は、表通りを歩いていた。

 彼なら裏通りでも奪われる側ではなく、奪う側になりえるが。しかし、わざわざ潜入捜査するのに騒ぎを増す必要はない。

 彼は今、制服を脱いでダサいシャツを着て、帽子を被り、変装をしていた。(それでも見た目は黒系統のを選んでいる)

 顔も薄汚れた感を出すためにススやドロで汚していた。万が一、捕らえられてもバレないように、武器は全て二狗のとこに置いてきた。

 彼は今、完全に周りの群衆に溶け込んでいた。

 大通りでは物々交換で商売をやっている者、もしくは情報屋、もしくは売春、代行屋、誰にも気付かれないで行動してる者、などが交差したり、すれ違ったりしている。

 この中には、九鴉と似たような目的の者も存在するだろう。

 だが、わざわざこの群衆の中からそれを見つけようとする者はいない。暗黙の了解もあるし、何より、その程度でバレる諜報員なんて、最初から誰もいらない。

「………」

 だが、九鴉は神経を尖らし、油断がないように警戒しながら歩いていた。

 表向きは争いがないといっても、あくまで表向きだけだ。実際はスリをやらかす輩はいるし、それを日常にしている族も存在する。一番タチが悪いので、スリではなく誰かに発信器を付けるタイプ――狙ったターゲットに付ける場合もあれば、誰でもいいから無差別にってのもある。もし、その相手が襲いやすそうだった場合、格好の的にできるかもしれないからだ。

「……っ」今の九鴉にとっては、それが一番タチが悪い。知らない奴の発信器付きの諜報員なんて、シャレにもならない。

「……ん?」

 九鴉は、ふと視界の隅に異変を感じた。

(……誰か、戦ってるのか)

 表通りの下からコンクリートの空に向かって、煙が上っていた。

 ここからは大した距離ではない。裏通りの道で起きてるのか

(……誰が戦ってるのかな)

 本当は余計な詮索は命取りになるのだが、このときは妙に胸騒ぎがした。

(最近はただでさえキナ臭いから、もしかしたら、大きな族同士が抗争してるのかもしれないし)

 そうだった場合は、なるべく見逃したくない。

 地下都市では情報はかなりの価値を有している。生ものより腐りやすい商品ではあるが、だからこそ新鮮な情報はある意味、過去の人類史でいう宝石よりも価値が高くなる。

(……よし)

 九鴉は煙の方に足を運ぶ。

 表通りは円環状だが、下に降りる道ももちろんあって、九鴉はそこから下に向かって走っていき、途中、道路から飛び降りてワイヤーでビルを飛び、目的地に進んだ。

(あれか――?)

 九鴉は目的地に着くと、すばやく物陰に隠れる。そして、そっと戦いをのぞき見た。

 ――大勢の若者が、たった一人の大男を相手に戦っていた。

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおっ、何て卑怯な奴らダッ」

 大男はオレンジ色の布きれをパンツ代わりにしてるだけで、ほぼ全裸だ。

 だが、それでも男の強靭な肉体は貧しくは見えない。むしろ、その巨体――五狼さえも凌駕する筋肉、二階建て建築と同じくらいの体格は、威厳あふれた迫力に満ちていた。

(あれは、六番街の人間か?)

 九鴉は思う。

 六番街とは、森と呼ばれる三番街とは違い、ほとんどが山ばかりの街だ。

 それ故に移動するだけで険しい道を越えねばならず、自然と屈強な戦士ばかりが誕生する。街を代表する族も何故か存在せず、たまに他の街に出てくる戦士はいつも孤高を気どる。彼もその一人だろう。六番街の戦士とやらはどいつもこいつも似たような変態――パンツ一丁の姿ばかりだ。

 そして、そんな彼に挑むのは皮肉にも逆の価値観を持つ者達。

 孤高よりも集団で、服を着ないことがアイデンティティではなく、むしろ目印となるファッションを持つことでアイデンティティを築いている。

 黄色い布がトレードマークの者達。

 ある者は首巻きに、ある者は頭に、腕に、腹に、巻いている。

 彼らの名は、『キバ』。四番街を代表する族だ。

 ――そう、下部組織を三番街に送り込み、占領してきた奴らである。

(……牙の奴らに目立つ者は――いた。族でナンバー2の人物だ)

 長身痩躯で、褐色肌のメガネの男。

 黒いスーツのような衣装を着ていて、左腕に黄色い布を巻いている。

 彼は周りから離れた場所で観戦していた。命令を与える瞬間は見当たらず、彼がこの戦いを指揮しているのだろうか。

(奴はDORAGONドラゴンって名前だったか。……牙のナンバー2)

 ――殺せるか?

 九鴉は機会を伺うが、敵に隙はない。

 周りには神経を張った護衛が、常に四~五名はいる。とてもじゃないが、これ以上近づけばそれだけで気付かれそうだ。こちらも気配を殺してるから、まだ距離があるから気付かれないのだろう。あちらには一寸の隙もない。

(くそっ――)

 あまり長居すると悔しさで殺気がこぼれそうだ。このままじゃ、感づかれる。

 ……口惜しいが、九鴉はその場から立ち去ろうとした。

(いいさ。いつか、あいつは殺す……)

 必ず、と胸に誓って。


 みなさん、戦いを止めてください!


 だが、九鴉は足を止めた。

 不意に、甲高い声が聞こえたのだ。それも、拡声器か何かで音をでかくしたのか。耳をつんざくノイズを走らせながら、あの争いに身を投じるように叫んでいた。

 九鴉は物陰に隠れながら再び争いの近くにもどる。壁に背中をくっつけて、ゆっくりと顔をのぞかせる。

「みなさん、戦いなんて止めましょう。それより、アタシの歌を聴いてよ!」

 拡声器を持った、白いケープの少女。

 頭には同じく白のベレー帽を被り、下は黒いロングワンピースを着ている。魔女と聖女が重ね合わさったかのよう。

「ちょ、だからアタシの歌を聴いてってば!」

 だが、顔つきは幼く感じる。声もやたらと声質が高いので、余計にだ。


 争いを止めよう、今すぐやめよう

 そんなことよりも、お空を見よう

 こんな灰色じゃなくてさ


 陽気に彼女は歌い出すが、争いの真っ最中にそんなの無意味。誰も聴いちゃい無い。

「……ん?」

 いや、六番街の男。パンツ一丁だけは首を傾げていた。

 おそらく、何故あの女は歌ってんだ、と不思議なんだ。いや、三番街の自分から見ても不思議だ、と九鴉は感じる。

 四番街の者は、どうせ頭がアレな奴だろアレ、と完全に無視。(中には中指を立てたり、ケラケラ嘲笑する者もいる)

「もう、聴いてってば!」

「……や、やばいってツバサ」

 少女のそばにオドオドした少年がいた。彼は少女とは違い、九鴉がどこかで見たことのある服を着ていた。

 白いローブ。赤い団員番号も書かれている。

(楽園教の奴か? ……何者だ、あいつもあの少女も)


               <word>●</word>

          <rakuennkyou>楽園教</らくえんきょう>

            実質、五番街を代表する族。

       ただし、彼らは族ではなく宗教団体と名乗っている。

     機械族と近く、本拠地は五番街だが信仰により集まっている。

 彼らは五番街に留まらず、各街に信者がおり、ある意味では地下都市最大の族。

      そして、おそらくは一番街に匹敵するほどの力を持っている。

               <word>●</word>


(楽園教の信者だと、四番街もうかつに手を出せないが――だが、六番街のような世間知らずに政治云々で手を出さないって分かるだろうか。ただでさえ、奴の能力は攻撃範囲の広い能力らしいし)

 パンツ一丁が拳を振るうとそれだけで風が起こり、建物が崩れ、アスファルトを割った。四番街の者達が銃で一斉射撃しても無駄だ。弾丸は明後日の方向にそれて一発も当たらず、戦士は四番街の奴らを殲滅していく。

「聴いてよぉっ!」少女は地団駄を踏んで、怒りを表す。

 いや、この子は本当に場違いにも程があるのだが。

 自分が生きるか死ぬかってときに、誰かの歌を聴く余裕があるものか。

 しかし、少女はそんな当たり前のことが分からず、文句を言った。

 それが運悪く、六番街の戦士の逆鱗に触れたようだ。

「うるさいダァッ!」パンツ一丁の戦士は大声で叫ぶ。「戦士の戦いを邪魔するでネェ! オラ、怒ったド!」

 と、近くにある瓦礫を拾い上げ、それを少女に投擲した。

(なっ、あの馬鹿っ――)

「え?」


 ――粉塵が舞い上がる。


 投げられた破片はアスファルトごと地面を抉り、少女の背後にあった建物も貫く。

 だが、そこに少女の姿はなかった。

「……んだ?」六番街の戦士は目を点にする。

 ちなみに、少女のそばにいた楽園教の少年の姿もない。

(おかしいダ。気のせいか、一瞬だけ黒い影が見えたような)

 そして、それがあの子供達を助けたような。

 戦士はあごに手をつけて考える。しかし、牙の団員に攻撃され気を散らされた。

「うるさいダなぁ……」

「何がうるさいだ、余所見する暇なんてねーぞ!」

 団員の一人は、電気をバチバチ放電させて威嚇する。

「――はっ」お前如きに?

 この、オラが?

 六番街の戦士は鼻で笑った。


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