番外編⑤ 声 -voice SS[溝鼠]-
001
7start 2.0
●番組
ゲームプレイ
データ
オプション
アイテムを使用
終了
TVチャンネルの番組を表示します。
僕はメインメニューを操作し、番組からゲームプレイに移動する。
7start 2.0
番組
●ゲームプレイ
データ
オプション
アイテムを使用
終了
アバターを使用してのゲームプレイとなります。
ポイントも十分溜まったし、丁度良い。
――あの仕事を受けようと思う。
何で僕にあんな仕事が来たのか不可解だけど、でもこれはチャンスだ。チャンスを逃したくはない。
ゲームプレイ
●7start 2.0
●ニューゲーム
ロード
デモ
地下都市情報
族診断
新規ゲームを開始します。
――ここから、はじめる。
クソつまらないVRの世界なんて、おさらばだ。
7start 2.0
ロード中 ... 。 o ○
……長いな。
早くしろよ。
GAME START
よし、始まった――。
002
――七番街。
――F・23489042地点。一階、二号室。
――排出、組織編成、結合――骨格――細胞――血液――循環――脳――心臓――各種臓器――
――形成、完了。
003
「――うわぁっ」
僕は、七番街の高層ビルの一室で生まれた。
仰向けに寝てたのを起き上がり、全身でライトの光を浴びる。窓ガラスからはコンクリートで覆われた天井、そして虫の目のようなライト――何より、円環のカタチをした立体道路が見える。あと、林のように生えているビル群も。
「……て、僕は裸か」
どうやら、VR世界からこの現実世界――いや地下都市に移る際は、こうなるらしい。
いや、移るというのは正確な言い方ではない。
肉体を失い、脳みそを培養液につめられてる僕らはVRの世界で日々架空の日々を過ごしているが――たまに、現実世界にもどりたいって奴が出てくる。そういう奴のために現実世界の出来事をテレビ番組として仮想世界――VRの人々に放映する番組がある。
「そして、ゲームとしてプレイすることも可能だ」
その場合は、VRMMOというのが人類史にあったが、それに近いプレイスタイルとなる。
地下都市のとある地点に肉体を生成し、そこに意識を転送させる。脳みそを培養液から移植ではなく、脳みそからこの肉体までアンテナで受信するように意識を送信するらしい。だから、普通の人間より反応速度はコンマの単位で遅れるようだ。といっても、それに疑問を抱くのはよほどの玄人だが。
(interface_guide)
ようこそ、いらっしゃいました。
ガイドの101です。
(/interface_guide)
視界に拡張現実で、ウィンドウが表示される。
地下都市でガイドを務めるインターフェースのAIだ。
これは視界の隅にちょこんとある程度なのだが、しっかりと文字は脳裏に伝わっている。
固形物を飲むのではなく、まるで分子状にまで分解して鼻から吸ってしまうかのような感覚。
「僕の仕事は、ここでプログラム達の命令に従えばいいんだろ?」
(interface_guide)
はい。
(/interface_guide)
地下都市。
地上にいた人々は争いのはてに地上を地獄に変えた。彼らは最後の希望として、地下都市に居住。
しかし、いくら巨大な空間でもコンクリートの空じゃ閉鎖的&圧迫感が強く、すぐさま争いが起こった。
結局、人間はいつでもどこでも争いが好きなのだろう。それこそが人間なんだ。
だが、中には争いなんてごめんだとぬかす奴がいて、そんな奴らは仮想世界に――争いのない世界に逃げ込んだ。
脳みそを培養液につけて、あとの管理は自分らで作った機械のプログラムに任せてね。
で、話は最初にもどる。
逃げたはいいが、帰りたいとぬかす奴らもいた。最初と言ってること違うだろと思うが――僕は、それとはまた違う。VRにいる人々はゲーミフィケーションで頭脳労働をし、一応働いてもいるので、彼が死ぬのは困る。いなくなったら困る。だから、彼らの精子や卵子を抜き取って密かに人工授精をし、子供を育て――そして、脳みそを取り出して培養液につけこんで、仮想世界にやった。僕は、その人工授精から生まれた者だ。
そして、僕は地下都市に行きたいと思った。
一度VRにいたら帰ることはできず、これもあくまで仕事のためだが――もう、二度とVRにはもどりたくない。できれば、仕事が続く限り――ずっと、ここにいたいと思った。
(interface_guide)
服は下にあります。
(/interface_guide)
見ると、黒のスーツ一式が揃えられてある。
ま、僕に与えられた能力なら服は必要ないんだけどね。
試しに、僕は自分の姿をDORAGONに変えてみる。
「……どう?」
(interface_guide)
そっくりです。
(/interface_guide)
褐色肌に、短髪。
生意気そうな目つき、知的あふれる切れ目ともいえるが何よりしなやかな肉体。
細身でありながら筋肉は引き締まっている。頭脳担当というにはもったいない体だ。
――テレビ番組で見ていたヒーローの姿を、ここまでありありと再現できるなんて。
僕の能力――プログラム達は人類史で栄えていた科学技術を存分に扱えるが、万能というわけじゃない。機械の目には届かないことも、この地下都市には存在する――だから、そのために僕のような機械の目を補う人の目が必要となる。
そして、そんな者達には強力な能力を与えられる。
僕が与えられたのは、姿を自由自在に変えられる能力だ。
一度見たものならどんなものでも――動物や道具、人間だって可能だ。
「着ている服も全て一旦分解され、そして再構築される。便利な能力だな……ま、例えばこの高層ビルに変身――は流石に無理だろうけどね。質量の問題がありすぎる」
だが、やろうと思えば一階建ての小屋くらいなら可能だろうか。
一度、ちゃんと実験した方が良いな。
(interface_guide)
早速、依頼の方をお願いします。
(/interface_guide)
ガイドは随分と遠慮がない。
こいつ、人工AIで動いてるらしいが、それにしちゃ人間味が足りなすぎる。
AIってもっと頭良いと思ってたんだけどな。
僕はウィンドウを操作し、改めて依頼を確認。
「五番街にいる反乱分子の重要人物を排除せよ――か」
スーツ一式を着ると、窓ガラスを壊した。壊した際に――窓から飛び降りた。
カラスに変身した。
向かうは、五番街。五番街にある楽園教の本部――
004
楽園教は、人類史で広まっていた各種宗教と比べると大分毛並みが違っていた。
違っていたというか――宗教の一部分というか、枠組みだけを扱って、肝心の核を違うものに差し替えたかのようだった。
僕がもう少し博識なら、その差し替えた核とは何か答えられるんだけどな。悲しいかな、言えなかった。
五番街。
本来は他の街と同じぐらいの敷地を持っているはずが、ここは大多数が使える場所は限られている。
権力を五等分して、下は五等団員、上は教祖である一等団員や貴族と呼ばれる二等団員や三等団員がいる。三等までは貴族で、それ以下はゴミクズのような扱いだ。
本当にゴミクズのように扱う。
彼らは宗教の原則として命を大事にというから、最低限の生活はさせるが、それ以外は何も与えない。生きてるんだから、別に問題ないだろと。彼らに知性も、尊厳も、集団生活らしい集団生活も、そして名前さえも――下等団員から剥奪した。
地下都市は貧しい者達がほとんどで、明日は飯も食える――どころか、一秒先も生きてられるかどうか分からない。だから、比較的安全とされる楽園教に大勢の人々が来るのだが。
悲しいかな。
来てみたら、重労働、非人道的扱い――ある意味では、他のどんな場所よりも地獄だ。
「……悲しいかな」
僕が排除しろと言われたのは、四等団員の男だった。
彼は七番街で情報屋をやっていたが、仕事に失敗して信用をなくし、食い扶持をなくす。で、五番街に来て楽園教に入団。
それ以降は辛い修業を耐えて、五等団員に。そして、厳しい努力を重ねて四等団員に昇格した。
ここまではよかった。
だが、それ以降は限界だ。下等団員――外から来た者は四等団員までしかなれないという暗黙の了解がある。
これは下等団員が決めたことではない。上等団員が勝手に決めたことだ。
下等団員が出世できるのはこれまでだった――これまで、彼は熱心に楽園教の教えを守り、大事にしてきた。
楽園教は、地獄のような地下都市を『いえいえ、あなたが住むここは地上と比べたら~』と言って楽園だと説得する信仰だ。
それのためにあらゆる論法を使い、相手を納得させようとする。この一連の儀式のような技術は本になっているが、彼はこれを熱心に毎日読みふけた。もう二度と、七番街のような失敗は繰り返さないと。
だが、彼はいくら努力しても四等団員から上がることはなかった。
というか、いくら努力しても彼の命は上等団員から見れば大したものではなかった。
いくら努力しても、何度も戦いに派遣される。
死にそうになる。
労いはない。
同期はほとんど死んだ。
だが、上等団員は滅多に死ぬことはない。
汚れ仕事や危ないのはいつも自分らの役目になる。
死んで、死んで――周りがいなくなっていくのを見ていく内に、彼は怒りを覚えた。
密かに反乱分子を集め、作戦を練り――破壊行為まで目論んでいたのだが。
「………」
彼は死んだ。
流石にやばいと思ったプログラム達が、溝鼠に暗殺させたのだ。
現在、溝鼠は彼の住んでいたアパートにいた。
「………」
布団以外はとくに何もない部屋。
彼は、この部屋で十年間以上を過ごしてきた。
……十年以上も、どれほど働いても、年下の上司に嫌味を言われるような暮らしをしていた。
だが、殺されたのだ。自分に。
(interface_guide)
依頼、完了。
ごくろうさまです。次の依頼もよろしくお願いします。
(/interface_guide)
無機質すぎて肉体のように死んでるかのような文章が頭に浮かぶ。
僕は吐き気を催す。
おい、お前――これを見て何とも思わないのか?
僕は……僕は、なけなしのチップを払って賭けにでたこいつを殺したんだぞ。
(interface_guide)
その問いにはお答えできません。
そのような問いは――
(/interface_guide)
聞くだけ無駄だった。
機械がどうとか言うつもりはない。だが、このAIはただ僕が仕事をちゃんとするかどうかで動いてるらしい。
クソだ。
まるで、VRにいた頃のような……。
005
VR。
意識が芽生えた頃から仮想世界の中にいた。
モデルは二十一世紀の日本。
僕は人工AIの両親の元で、何一つ不自由なく育てられた。
いや、最初からこの世界は偽りで実は現実世界というものがあるんだよと言われていたけどさ――正直、何それ、現実世界ってこの街の橋の向こうにあるのと? とよく分かっていなかったんだ。
それが、段々と分かってきた。
具体的に言うと、十歳になってからだ。
十歳になってからは、現実世界の光景を見られるテレビ番組を見せてくれた。
番組の名は『7start』。
そこには、地下都市という――場所で暮らしている人達の日常を見ることができた。
こことはえらい違っていたよ。
二十一世紀の日本をモデルにした仮想世界は平和だった。殺人事件なんて滅多に近くで起きないし、爆発なんてまずありえない。火事がたまにあるくらいか。でも、近くでそれが起きたことはない。死人はいなかった。暴力事件だってケンカなら見たことはあるが、それで人が死ぬなんて見たことがなかった。
でも、地下都市では全て見ることができた。
「――うわぁっ」
気がついたら、その地下都市に惚れ込んでいた。
006
仮想世界では、人とのコミュニケーション――僕のように人と話すことは、滅多にない。
だって、仮想世界内はつながっていないから。
分断されているのだ。
そう、だから僕はAIの両親に育てられたし、教育に関してもAIがやっていた。友達もAI、たまに嫌なことをする奴もAIだった。それぐらいの傷を与えないと対人コミュニケーションに支障をきたすらしい。対人?
いつ?
どんなときに?
どこで?
それは、『7start』というテレビ番組でたまに流れるコメントを見るときぐらいか。
そう、VRのテレビ番組では仮想世界にいる他の人物のコメントが表示されるのだ。
これに、慣れるため。
こんなものを見るためだけに対人関係を鍛える……アホらしい……。
VRの中で、ここまで人と人のつながりを断絶させているのには理由がある。
単純だ。
争うからだ。
人と人が争う理由は簡単だ。そういう生き物だから。だったら、争わせない方法も簡単だ。
人と人を離せばいい。
でも、人って孤独が嫌な動物じゃないか。
だったら、AIと話してればいい。
それが、このVRという世界だ。
007
僕は三番街にいた。
ここで、僕と同じように地下都市に参加してる者がいるらしい――と聞いたから。
プログラムの命を受けて仕事をする者――『管理者』にはそのような権限が与えられている。
そう、他の一般プレイヤーも下手したら何するか分からない。この地下都市のバランスに多大な影響を及ぼすかもしれない。だから、そのためにたまにのぞきに行かなきゃならない。
「………」
その、三番街に生まれたプレイヤーとやらのせいなのか。どうなのか。
クジラという名の少女が殺された。
首を切断されて。
カバタ族という、三番街の森の奥深くに住む族らしい。少数の族で、ある族から分派したものらしいが、その大本というのが三番街を代表する族となった『V』とモメているらしいのだ。
で、カバタ族はVの下っ端の子供を誘拐し、人質にし、無理難題をつけて殺す。そうすることで、Vにいる者達にVに猜疑心と不安を与えるのが目的らしい。
「………」
そんなことで、この子供は殺されたのだ。
作戦のパーツとして、この子は殺されたのだ。
「ちゅー」
それ以降、僕はちゅーというのを口癖にした。
憧れていた地下都市。
毎日が退屈でつまらかった現実世界よりかはマシだけど――でも、あまりにも人の命がゴミクズとして捨てられる。
008
僕がこの地下都市に来たのは、生きている実感を得たいから。
VRじゃ味わえない刺激を求めたから。
――溝鼠なんて名前にしたのも、理由はある。
あんなくそつまらないVRの世界より、こっちの方がマシだと思ったから。
溝鼠の方が、マシだと思ったからだ。
それなのに、どういうことだろう。
この地下都市でも、VRに流れていた悪い空気が――くそむかつくものが、漂っていた。
これを何と呼べばいいか。とてもじゃないが、言語で簡単にまとめられるものじゃない。それほど言葉は優秀じゃない。
怠惰でもいい、衰退でもいい、堕落でも、減退でも、枯渇でも、ともかくこの地下都市では簡単に命が失っていく。
いつも、命を奪うのは圧倒的強者。強大な能力を持った者か、もしくは大きな集団に属している者。
くそつまらないルールがこの地下都市を覆っていた。
僕が一番嫌なものが、この地下都市を支配していた。
「……っ、ふざけるな」
それが嫌で僕はここに来たっていうのに、何でそんなものがある。支配してる。
009
「――この地下都市は狂ってる」
溝鼠の思いを代弁するかのように、よりによって自らの処刑のときに叫んだ少女がいた。
「人が人らしく生きられない、人らしく、死ぬことすら許されない世界。みじめに死に、生きていたことすら知られず、ただゴミのように……死んで……こんなの、こんなの間違ってるよ。人は、人は! もっとちゃんと生きなきゃいけないの! こんな、何もない世界なんか、住んじゃだめなんだよ!」
それは、溝鼠がVRで思ったことだった。
そして、この地下都市でも見つけてしまった――真実だった。
それを、覆そうとしているのだ。
この上には、空がある!
途端――溝鼠の脳裏に、青い空が浮かぶ。
VRで何遍も見た青い空――それとは段違いに美しい、本物の空。
何遍も見たはずなのにそれは――これまで見てきたどの青い空より――仮想世界の空より、美しかった。
「これだ……」
あのとき、溝鼠はカラスの姿で処刑台を見ていた。
ツバサを見ていた。
「彼女こそが、僕の求めていた存在だ」
何かを覆す存在。
何かを変えようとする存在。
そうだ、いつだって求めてきたのはそれだ。
いつも同じ場所にいることを許容できるはずがない。
そうだ、人は常に何かを変えていかなきゃいけないのだ。
ブチ壊さねばならないのだ。
彼女のように――
「ちゅー……」
これから、本当に楽しい地下都市ライフがはじまる。
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