第八章 赤い翼
孤独な闘い①
研究所の外に出ると、すでにファルコンはなかった。千鶴は急いでクレインに乗り込むと主電源を入れた。
クレインが起動するなり通信画面が開く。
「千鶴! 大丈夫?」
真っ青な顔の陽介だった。
「大丈夫だ。雪輝と話してたんだ」
「本当に大丈夫なのよね? 怪我もしてないわよね?」
泣きそうな顔の莉々亜が画面に入ってくる。
「ああ、大丈夫。心配かけて悪かった」
千鶴は言いながらクレインの発進設定を変更していた。先ほどはヒト型でカタパルト発進だったが、次は戦闘機型のままで離陸しなければならない。
「こっちがワープ中なのにどうして電源を切るんだよ! ワープを出て通信回線が戻ったらクレインが行方不明になってたから心配したじゃないか!」
「本当に悪かった。こっちも余裕がなかったんだ」
陽介は納得いかない顔をしていたが、察した様子の常影が尋ねてきた。
「利賀二等宙士。そこは火星麗櫻国領の酸素発生機構開発研究所だな」
「はい」
「まさか、そこって……!」
陽介がはっと目を見開いた。
「貴様、なんともないのか……?」
訝しむように尋ねてくる常影に、「問題ありません」と千鶴は言いきった。
ほんの一瞬驚いた様子を見せた常影は、すぐにいつもの笑みをありありと浮かべた。
「少しは進歩したようではないか」
「ええ、多分」
千鶴はクレインの発進準備をしながら通信を続けた。
「艦長、俺はこのままファルコンを追います。陽介、最短航路の割り出しを頼みたい」
「目的地は?」
「この付近にコズミックアークの輸送船はないか?」
陽介は手元を操作すると、すぐに返答した。
「コズミックアークかはわからないけど……それらしきものが地球航路に一隻あるよ。大型輸送船だ。ちゃんと運行の手続きも済んでる正規の輸送船みたいだけど……どうしてこんなにゆっくり動いてるんだ?」
「それだな」
反応したのは常影だった。
「葉山二等宙士、そこを目的地として研究所からの最短航路を割り出せ」
そう指示をしてから、常影がモニター越しに真剣な眼差しをこちらに向けた。
「葉山家の情報通り、コズミックアークがトロージャン・ホークであったということだな、利賀二等宙士」
「はい、間違いありません。雪輝はファルコンに乗ってそこにいるはずです」
千鶴はスロットルレバーを奥へ倒し、メインエンジンの推力を上げた。クレインの呻り声が大きくなる。
「早乙女艦長、民間機への接触許可を下さい! 絶対に雪輝とファルコンを取り返してみせます!」
「許可する。ただしまずは非戦闘的接触を試みろ。通信コードはこちらで入手しておく。戦闘的接触はあちらから仕掛けてきた場合にのみ許可する」
「了解!」
操作レバーを握り、千鶴は前を見据えた。
「発進します! 利賀千鶴、クレイン、テイクオフ!」
エンジンの解放と共に赤土を巻き上げながら、クレインは大地を滑って火星の空へ飛び立った。
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