孤独な闘い②

 雪輝はファルコンを納めた格納庫を後にした。ヘルメットは片手に提げ、パイロットスーツも着たままだった。着替える気力もなければ理由もない。雪輝は艦長室に向かっていた。そこに雨宮と佐古がいると聞いたからだ。


 この船は外見は輸送船だが、内部は半分が戦艦だった。もう半分は輸送船の名残で貨物スペースとなっているようだ。カムフラージュのためか積荷もある。


 雪輝は格納庫から出る際、貨物部分を占領する巨大なコンテナを目撃していた。『pandoraパンドラ』 というラベルだけが見えたが、雪輝は特に気にもせず通り過ぎた。そんなことに気を留めている気分ではなかった。


 細い廊下を進むと、突き当りに艦長室の扉を見つけた。その手前で立ち止まると、中から雨宮と佐古の会話が聞こえてきた。

 雪輝はなんとなくそれに耳を傾けた。


「とりあえずファルコンが無事手に入ったので、これで一安心ですね」


 さっそく佐古の嫌味な声が聞こえてくる。


「あのニワトリのガキ、ファルコンに乗ったまま火星に行くなんて言い出すからひやひやしましたよ。雨宮さんまで了承しちゃうんですもん。びっくりしました」


 佐古の苦言に雨宮は穏やかな笑い声を返す。ニワトリのガキという言葉に雪輝はわずかに顔をしかめたが、そのまま静かに耳を澄ました。


「それにしても、ただも同然だったニワトリがあそこまで働いてくれるなんて、ホントにいい買い物しましたね。さすが雨宮さんはお目が高い!」


 雪輝は『ただも同然』という言葉に眉根を寄せた。知能は格段に高く、運動能力は千鶴には劣ったが努力で補えていたし、赤い鳥も手懐けて厄介な発作も起こさなかった。そんな自分にどうして価値がつかなかったのかがわからず、雪輝は耳を疑った。


 だが真実は、雨宮の口から明らかとなる。


「知能が高すぎて持て余されていましたからね。賢すぎると飼いならすのも難しくなりますし、反乱も起こしかねない。間引かれるところを引き取って正解でした」


 雪輝は血の気が引いた。生き残ろうとしていた努力は逆効果だったのだ。


「でも僕は彼のそういうところが気に入ったんです。彼はよく物事を考え、進んで学習する。だから洗脳も楽でしたよ。彼は赤色人種差別の資料を与えられただけで、それをしっかりと咀嚼し、この世は自分の敵であると解釈してくれた。あとは僕らが彼の味方になるだけです。僕はここに彼の唯一の居場所を作り、彼はここにしかいられないのだと自ら悟った。帰巣本能が鍛えられたニワトリの完成です」


 それに佐古が大笑いする。


「まさに家禽ですね!」

「誰が家禽だって?」


 雪輝が部屋に入るなり、佐古は慌てた様子で取り繕った笑みを浮かべた。


「おや、聞いていたんですね」

「全部丸聞こえだっつーの」


 雪輝は冷めた目で睨みつけてから、鼻で笑って続けた。


「なるほどな。処分寸前で価値のなかったものが次世代戦闘機を手土産に帰ってきたら、そりゃあその下品な笑いも絶えないよな」


 雪輝が目を細めると、佐古は苦し紛れに言った。


「君を褒めていたんですよ! ただ同然だったヒヨコが鷹になったってね! ほら、童話があるじゃないですか。醜いアヒルの子! アヒルだと思ったら白鳥だったっていうアレですよ」


 雪輝は白けた嘆息を佐古に返すと、ごく自然な動作で片手に提げていたヘルメットの中から隠していたハンドガンを取り出し、佐古の太腿を撃ち抜いた。

 佐古は汚い悲鳴をあげて床に崩れた。


「少しは黙ってろ」


 雪輝はヘルメットを床に投げ捨てると、雨宮に向いた。雨宮はデスクの重厚な椅子に腰掛け、至極冷静に微笑みさえ浮かべて雪輝を眺めていた。


「ありがとうございます。僕もかなり煩わしく思っていたので、助かります」

「別にお前のためなんかじゃない」


 雪輝は銃口を雨宮に向けた。雨宮はそれでも微笑んでいる。


「君がそのまま引き金を引くと、僕の心臓には風穴が開いてしまいますね」

「そうだな」


 雪輝の簡潔な肯定に、雨宮は小さく声を出して笑った。


「それで、僕を撃ってどこへ行くんです? 当てはあるんですか?」

「あるわけないだろ。あるならとっくにそこへ行ってるさ」


 雨宮は「そうですか」と答えると、立ち上がってデスクの引き出しを開けて何かを取り出した。

 小さなハンドガンだった。雪輝は雨宮に銃口を向けたまま警戒したが、雨宮はそれを雪輝に向ける様子など一切見せなかった。


 代わりに「雨宮さん! 助けて下さいよぉ!」と泣き叫びながら床に転がる佐古に歩み寄ると、雨宮は佐古の胸に向けて一発発砲した。途端に、佐古は静かになった。


「やるならこのくらいしてください。余計にうるさいですから」


 雨宮の笑みに、背筋がぞくりと冷えた。


「次世代戦闘機を手に入れ、側近の佐古を殺し、お前は一体何がしたいんだ! このままコズミックアークの影に隠れて逃げられると思うなよ。防衛省はすでにコズミックアークがトロージャン・ホークであることを知っているんだ」


「それは君が告げ口したんでしょう?」


「葉山家はもっと前からこちらを探っていた。俺が言わなくても気づいていたさ」


 雨宮はだから何だとでも言いたげに、肩をすくめる。雪輝は語気を強めた。


「何が本当の目的か答えろ。お前の行動は不可解だ。俺が火星に行くのを易々と許可したり、佐古を簡単に殺したり。襲撃にしてもお前にしては計画そのものがぬるかった。その様子じゃ、コズミック・アークが防衛省に目をつけられることさえ想定内なんだろ?」


「さすが、佐古君とは違って君は優秀だ」

 雨宮は銃を引き出しに片付けると続けた。


「以前教えましたが、コズミックアークは宇宙をまたいだ運送会社の顔を持ちながら、裏社会のワールドワイドな運び屋でもあります。金、ゴミ、麻薬、時には人。凍結受精卵を運ぶ仕事を請け負ったこともありましたね」


 雪輝は何も言わず、その眼光で話の先を促した。


「もちろん世界中の非公式な兵器の運送にもかかわりました。非核三原則を掲げるはずの麗櫻国政府からの極秘要請で、核兵器なんかもね」


 それは雪輝も初めて知る情報だった。


「麗櫻国が、核兵器を……!」

「さすがに保持しているわけではなさそうなんですがね。でも外交のためだとか研究だとか適当な言い訳を見繕って、輸出入を繰り返しているのは確かです。コズミックアークが実際にその手伝いをしていたわけですから」


 そこまで言うと、雨宮は大きなため息をついた。


「まさかこの会社がそんな仕事をしているなんて、父が死ぬまでは夢にも思いませんでしたよ。十三年前、人々や社会の役に立ちたいと情熱を燃やしていた二十代半ばの若僧をどん底まで落胆させるには充分な事実でした」


「だから汚い世界に汚い部分を思い知らせ、改善させたいと言っていたな。そのために次世代戦闘機について探ってきた。だが俺が聞きたいのはそこじゃない。このところのお前の行動は理に適っていない。流れに任せすぎていて計画性がないように思える。もしくは、計画をここで終わらせようとしているか、だ。どっちなのか答えろ!」


 雨宮は声を上げて笑った。


「君は鋭い! やはり君を選んでよかった! これで僕は安心してボタンを押せます」

「ボタン?」

「ええ、ボタンですよ」


 にこりと微笑んで雨宮は続けた。


「君は我々の輸送船が地球と月を頻繁に行き来していることを知っていますか?」


「当たり前だ。月の裏側は放射性廃棄物処理場だ。コズミックアークが世界中の原子力発電で排出されるゴミの運搬を一手に引き受けていることくらい誰でも知っている。放射線で危険な月面の立入禁止区域に特例で支社を作ることが許されたこともな」


「では、そこで何をしているかは知っていますか?」


 雨宮のにこやかな笑みに、雪輝はわずかな思考を経て「まさか!」と叫んだ。


 脳裏をよぎったのは、貨物スペースにあった巨大なコンテナだった。大きさはファルコンの何倍もあったはずだ。


「お前、まさか放射性廃棄物を利用したのか!」

「ご名答。大正解です。よくできました」


 雨宮は雪輝に拍手を送った。


「コツコツと頑張りましたよ。そういう分野では本当にど素人でしたから。でもうまく仕上がりました。放射性廃棄物から抽出されたプルトニウムで作った、特大サイズのミサイルです。もちろんミサイルの宛先は『地球の皆様』ですよ」


 雨宮の微笑みに雪輝は青ざめた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る