邂逅⑥
「雪輝!」
千鶴が呼んでも、雪輝は振り向きすらしない。
「あれは現状を映した単なる映像のようなものだ。彼らがそこにいるわけではない」
千鶴の赤い鳥は言う。
「私の同胞たちもまた、君のように無垢な状態でやってきた者たちの中に降り立った。彼の中に降り立った私の同胞は、まだとても若い。だから簡単に捕まってしまったようだ。ああなっては、君の友人も私の同胞も、たとえ翼があっても飛ぶことは叶わない。君の友人は飛ぼうという気持ちを自ら閉じ込めてしまったのだ」
赤い鳥に背を向けている雪輝は、とても暗い顔をしていた。
「雪輝に教えないと!」
千鶴は鳥を見上げた。
「閉じ込められているのは俺じゃなくて雪輝だったんだ! まだあの檻の部屋から抜け出せていないんだ! それを教えてやらないと!」
そう訴えながら、千鶴は鳥に迫った。
「その翼の力を貸してくれ! ROP代謝を自在に動かせないと、ファルコンに乗る雪輝を止められないんだ! お前が俺の中に住み着いたことで備わった力なら、それがお前の言う翼なんだろ!」
「確かに、君の言うROP代謝とは、私が君の中に降り立ったことにより君の遺伝情報が書き換わったことで備わった。いわば物理的な翼だ。君が飛びたいと望めば、どこにだって飛んで行ける」
鳥は首を高く揚げた。
「さあ、見上げたまえ。これが君の空だ」
「空なんかどこに……?」
真っ白だけの何もない世界を千鶴は見上げた。やはり頭上も白い。
しかし、まるで雲が晴れていくようにみるみるうちに白は四方へ退き、真っ青な空が広がり始めた。空はどんどん大きくなり、果てのない青が頭上に広がった。
千鶴はエメラルドの瞳を見開いて立ち尽くした。
「この空は……!」
薬と幻覚の苦しみから解放された、あの日見上げた印象的な空だった。
「飛び立つための空が君の上にあるならば、そこへ行こうと望むのだ。君の翼を広げ、力の限り羽ばたいて」
千鶴は目を閉じて、翼を広げるイメージをした。それに同調するように、赤い鳥が大きな翼を広げたのがわかった。
「力任せではなく、考えながら羽ばたくのだ。何を理由に何を目的とするかを。幾重にも吹く風を読み、そして地を蹴って風に翼を乗せる。そうすればあらゆるものが君の飛翔を助けてくれるだろう」
鳥は羽ばたき始めていた。巻き起こされた大きな風が、千鶴の頬を撫で赤い髪を躍らせる。
「ただし軌道修正を怠ってはいけない。風はあらゆる強さであらゆる方向に吹いている。望むところを見失わないよう、君は常にその目を開いておかなければならないのだ」
赤い鳥が飛び立った。果てしなく青い空の中、大きな翼を気持ちよさそうに広げるイメージが瞼の中に広がった。
◆ ◇ ◆
千鶴はゆっくりとエメラルドの瞳を開いた。
うずくまっていたので視界は暗かったが、顔を上げると目の前には鉄格子の扉があった。
立ち上がり、転がっていたヘルメットを拾い上げ、千鶴は扉へ歩み寄った。鍵の壊れた扉は、手前に引けばすんなり開く。冷静に考えれば簡単だった。それならば雪輝の扉も簡単に開くはずだ。
千鶴は鉄格子の扉を抜けて走り出した。前を見据える眼差しに、すでに恐怖や不安はなかった。
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