自分らしく①

「常影。あれはどういうことだ」


 格納庫の中、斎藤雉早さいとう ちはやは常影に睨みを据えていた。

 常影は悪びれた様子もなく、堂々と腕を組んで言い放つ。


「本当に幻覚症状を克服したのか確かめていたのだ」

「それだけのためにあれは手荒すぎる! お前の悪い癖だぞ。真っ青になって震えていたではないか。発作だったらどうする!」


 仕事の一環で赤色人種について調べてきた雉早だが、幻覚症状を克服した赤色人種の例は滅多に聞かなかった。ほとんどの赤色人種は幻覚症状の発作のせいでいまだに隔離されていたり、比較的症状がおとなしくとも社会生活に馴染めないのが通例だ。


 あの赤髪の少年にとって幻覚症状が再発することがどれほど人生を狂わせるか、考えただけでいたたまれなくなり、雉早は少年を追いかけようときびすを返した。


「どこへ行く、雉早?」

「利賀二等宙士のところだ。発作が出ているのなら医療処置が必要だろう」

「あれで発作だと?」


 常影の言葉に、雉早は足を止めて振り返った。常影は続ける。


「確かに動揺はしていたが、あの小僧はよく耐えた。見事に克服している。そもそもあの発作が出てしまえば、当人が多少震えるような程度では済まんからな」

「……お前は赤色人種の発作を目の前で見たことがあるのか?」

「あるとも。まさか、お前はこのプロジェクトの実働リーダーのくせに見たことがないのか?」


 意地悪く言ってくる常影に、雉早は一瞥で睨んでから答えた。


「資料映像でなら見た。確かに……、幻覚の発作であれば体の震えだけでは済まんな」


 すると、常影は珍しく真顔で頷いた。


「そうだ。それにあの小僧はお前が来た後でも、しっかり私と視線を合わせていられた。発作の時は焦点が合わんのだ。幻覚に囚われて、こちらの目など見なくなる」

「赤色人種の知り合いでもいるのか……?」


 常影は真顔を崩し、いつもの皮肉気な笑みで肩をすくめて誤魔化した。

 一見こちらをおちょくっているように見えるが、長い付き合いの雉早にはそうでないとわかったので、話題を変えることにした。多分、もう聞くなというサインだ。


「では常影、無事幻覚症状を克服しているというのであれば、あの少年が次世代戦闘機の専属パイロットで異論はないな」

「馬鹿を言え。あんなので務まるものか」


 予想外の返答に「なに?」と思わず雉早は聞き返していた。


「あれは発作を抑えたにすぎん。それだけならば専属パイロットにする意味がない。雉早、お前も知っているだろう。次世代戦闘機に搭載された新システムの稼働条件を」


 そう言われ、反論の言葉は失われた。常影は冷静に告げる。


「ただ発作を抑えただけの小僧に、この機体を満足に操れるとは思えん」

「しかし……、彼以外に適任者はいない」

「そうだな。だがニワトリの雛などに用はないのだ」

「常影!」


 差別用語を用いる常影をたしなめようとしたが、常影はこう続けた。


「やつがニワトリかどうかなど私は知らんよ。何に化けるかは本人次第だ」


 常影は不敵な笑みを残すと、静かにそびえるヒト型のロボットを見上げた。

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