火星の記憶②

 艦長の号令の直後、レールに沿ってクレインの移動が開始した。


 足を固定された状態でゆっくりと上昇し、格納庫を抜ける。上がったところには分厚い扉が待ち構えていた。その扉が左右に開き、クレインはゆっくりと前に移動を始めた。


 そしてまた前方に分厚い扉が立ちはだかる。その扉の目の前で一時停止すると、背後の扉がゆっくりと閉じた。扉の四隅の赤い回転灯が光り、その扉がゆっくりと開き始める。扉の前にトンネルが姿を現した。


 トンネルにはカタパルトが真っ直ぐに続いている。その先には無数の星が輝く宇宙空間がぽっかりと見えた。


 クレインはゆっくりと前進を始めると、あるところで停止した。ガチンという音と共に機体が揺れる。その間に、後ろの扉は閉まる。


「カタパルト接続完了」


 陽介の声が告げた。千鶴はすぐにコックピット内のスイッチを手順通りに入れ始めた。指差しでいくつもの計器を確認し、針路の再確認をする。


「発進前確認完了」


 そして右手側にあるスロットルレバーをゆっくりと奥へ倒した。コックピット内に響く唸りが徐々に大きくなる。


「メインエンジン起動。異常なし」


 左右の機体操作レバーに持ち替え、千鶴はクレインの膝を少しだけ折ってやや前傾姿勢をとった。


「ヒト型発進姿勢、完了。いつでもいける」


「射出トンネル、案内灯点灯」


 陽介の声の直後、手前から奥へトンネル内に明かりが灯る。カタパルトに沿って直線のラインが一本ずつ、トンネルの天井と両側壁に三本ずつのライン。そして遠近感がわかるように、トンネルを一周するリング状のライトが手前から出口に向けて等間隔に点灯した。


「射出経路、オールグリーン。発進十秒前、9……8……7……」


 陽介のカウントダウンが始まる。千鶴は前を見据えた。


「3……2……1、カタパルト解放」


「利賀千鶴、クレイン、テイクオフ!」


 クレインのジェット噴射を合図に、クレインはカタパルトを滑った。豪速で射出トンネルを抜け、宇宙に飛び出す。重力も空気抵抗のない宇宙ではカタパルトの勢いは劣ることなく、その豪速は維持された。


 広い宇宙を突き抜けながら千鶴は機体を戦闘機型に変形させ、さらに加速させた。


「雪輝、どこにいるんだ……!」


 千鶴は火星航路を進みながら、レーダーの範囲を広げた。精度は下がるが、その分広範囲を監視できるようになる。


 すると、早速ずいぶん先の方で所属不明の機体がレーダーに引っかかった。動いている様子はなく、その場でぴたりと停止しているようだ。


「これか!」


 千鶴はクレインをさらに加速させ、アンノウンに近づいた。


 前方に小さい粒が見えてきた。

 拡大すると、紫がメインカラーの戦闘機がこちらを向いていた。紫の機体で一部黄色い塗装があり、白いラインが入っている。ファルコンだ。


 千鶴はファルコンの前でクレインにブレーキをかけ、ヒト型に戻した。


 唐突にコックピットに通信が開いた。紫のヘルメットを被ったパイロットが映し出される。

 シールドの奥には、隙のないエメラルドの瞳が光っていた。


「遅かったな。待ったぞ」

「雪輝……!」


 言いたいことはたくさんあったが、千鶴はひとまず抑えた。


「白……。なるほど、CRANEクレインか。お前のためにあつらえたような機体じゃないか」


 雪輝は笑ったが、すぐに目を細めて嘆息した。


「ファルコンは鷹、クレインは鶴。俺たちにぴったりの機体だ。皮肉なもんだな」

「雪輝、早く戻ろう。今ならまだ間に合う!」


 雪輝は沈黙を挟んだが、結局答えなかった。


「ついてこい。見せたいものがある」

「……どこへ行くつもりだ」

「火星だよ」


 戦闘機型のファルコンは方向転換をした。


「別に不意打ちで攻撃するつもりなんてないから安心しろ」


 そう告げると、雪輝は通信を切って火星航路を加速した。千鶴はためらったが、ファルコンの後を追うためにクレインを戦闘機型に変形させた。


「千鶴、罠に飛び込むつもりなのか!」


 陽介の制止が聞こえるが、千鶴は静かに言った。


「攻撃してくる気はなさそうだし、こちらからしかけるのも得策じゃない。トロージャン・ホークのことも気になる……。早乙女艦長、このまま警戒しつつファルコンを追跡します」


「かまわん、行け。敵の本拠地があぶり出せるかもしれんからな」


 千鶴はクレインを加速させ、ファルコンを追った。


 火星に向かう間は静かだった。

 コックピットにはエンジンの唸りが響いているだけで、レーダーはファルコン以外に何も感知しなかった。


 しかしステルス性能や光学迷彩が搭載されている機体がどこかに出現する可能性はあったので、千鶴は気を抜くことなく感覚を研ぎ澄ませてファルコンの後に続いた。


 火星航路を進むと、巨大なドーナツ状の建造物がどんどん近づいてくる。ワープゲートだ。


 ファルコンは躊躇なくワープゲートに飛び込んでゆく。輪の中に入ったファルコンは一瞬にして消えてしまった。


 千鶴は通信を開いて陽介に告げた。


「これよりワープゲートを通過する」

「松波も後を追う。千鶴、相手が雪輝だからってあまり気を許さないで。雪輝のことだから全て計算済みのはずだ」

「わかってる。クレイン、これより地球側ワープゲートに入ります」


 千鶴はクレインを加速させてワープゲートの輪に飛び込んだ。


 輪を通過すると、コックピットから見える星たちは流星のごとく後ろに流れ、その速度はどんどん上がってゆく。


 速すぎてついに星も見えなくなり真っ暗になったかと思ったら、何色とも言い難い不思議な色の光の中に入った。


 その光の中を数分間突き進むと、また暗闇の中に飛び込む。次第に前方から星が流れ始め、その流れは遅くなり、迫りくるワープゲートを抜けると正常な宇宙空間に戻った。


 遠くに無数の星が輝く漆黒のそら。しかし先ほどとは違い、そこには巨大な赤土の惑星が浮かんでいた。


「火星……」


 千鶴は深呼吸をしてざわつく胸を抑えながらファルコンを探した。


「千鶴、こっちだ」


 唐突に雪輝からの通信が開き、火星への着陸航路が転送されてきた。


「さっさと降りるぞ。着陸したらクレインの電源落とせよ。予備電源もだ」


 それだけ言ってまた雪輝の通信は切られた。

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