赤色人種②
赤色人種とは、鮮やかな赤い髪とエメラルド色の瞳が特徴の人種である。肌の色が赤いわけではない。むしろ色白気味だ。
十九年ほど前から約五年間の短い期間に火星で誕生し、この世にたった数十人しか確認されていない。それは火星の麗櫻国領にある研究所で、極秘でかつ非人道的に行われていた人間兵器の研究中に生まれたためである。
赤色人種の誕生は想定外であったと関係者は訴えたが、ヒトの受精卵に遺伝子操作を施して研究を進めていた痕跡があり、その証言に信憑性はなかった。
そして赤色人種はその多くが何かしらの秀でた才能を持つため訓練次第で戦闘に有用であると見込まれ、五年の間に生産されたのである。
それが明るみに出て施設ごと一斉摘発されたのが約十年前。当時七歳になっていた千鶴は、他の赤色人種の子供たちと共に火星の研究所から救出された。
火星研究所事件と呼ばれたこの事件は、平和主義を掲げる麗櫻国の恥とされ、国はこの事件の被害者である赤い髪の子供たちを手厚く養護すると宣言した。
しかし世間は赤い髪の子供たちを受け入れるどころか、原因不明の幻覚が原因で発作的に暴れだしたりエメラルド色の瞳が真っ赤に変化したりする彼らの特徴を、遺伝病や火星の感染症の類によるものだと推測するようになった。
そんな根拠のない噂により赤い髪の子供たちは火星から未知の病原体を持ち込む厄介者として疎まれ、色白の肌に赤い髪を持つ容姿はニワトリと比喩されるようになった。
今や『ニワトリ』は赤色人種を指す差別用語となり、赤色人種の特徴をニワトリ病と名付けるものまでいた。
赤色人種は保護された直後から徹底的に検査され、未知の病原体は保菌していないことが証明されている。それでも赤色人種のほとんどは髪を染めてカラーコンタクトを用いることで偏見から逃れているのが現状であった。
しかし千鶴はその解決法に疑問を抱いていた。自分らしさを隠さなければならない生き方が正しいとは思えないのだ。
ただ、残念ながら偏見に惑わされる無知な者は悲しいほど多い。だからこそ千鶴はあえてその容姿を隠さず堂々と笑って生きていくことで、赤色人種が他の人間と何も変わらないことを証明しようとしていた。
「でも、雪輝の言いたいこともわかるなぁ」
千鶴がぽつりと言うと、陽介が「ええ!」と批難した。
千鶴は至極真面目に続けた。
「だって髪や目を隠してしまえば偏見のない日常が手に入るわけだし、それが人生で有利に働くこともあるんだろうし。雪輝は俺が生きていく上で赤色人種であることが不利になるんじゃないかって心配してくれてるんだよ。それに、確かに俺と一緒にいることで雪輝や陽介まで不利になったら笑い事じゃないよな」
「それは千鶴のせいじゃないよ!」
「わかってる。でも確かに雪輝が言うように世界は純粋じゃないからな」
千鶴はぺろりとホットドッグの残りを食べ終えると、雪輝のピザに手を付けた。
「お! これキノコがいっぱいのっててすっげぇ美味しい!」
陽介の悲しそうな吐息が聞こえる。
「千鶴は強いね。でも辛いときはちゃんと辛いって言ってほしいんだ」
「大丈夫、大丈夫! 心配しすぎだなぁ、陽介は!」
笑い飛ばしながら言ってみたが、少しわざとらしかったかもしれないと千鶴は胸中で反省した。
自分が理不尽な差別に対して取り乱すほど怒ったり反論したりしなくて済んでいるのは、代わりに陽介が怒ってくれるからだ。そう言いたいのを千鶴はぐっとこらえた。言ってしまったら、それが親友思いの陽介の使命になってしまうから。
けれども、陽介は自分の代わりにこうして笑顔までも失ってしまう。雪輝の叱責は陽介のためだったのかもしれないと、千鶴はピザを頬張りながら考えた。
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