3/ブラック == Murderer || お悩み相談

「人を殺したぁ?」


 素っ頓狂なその声に俺は首肯した。

 大学の食堂で不味い飯の箸を止め、友人のよこよしやは俺を怪訝そうに見る。


「おいおいツッチー。いきなり何を言い出すんだよ。とうとうクスリやり過ぎて頭が打っ壊れたか?」

「物騒な事言うな。俺は別にクスリなんてやってないし、まともだ。しかも何だツッチーって」

つちのとって呼ぶの面倒臭ぇんだよ。ってか物騒なのはどっち? 人殺しとかこんな公共の場所で言うのって頭悪いヨー」

「別に誰も聞いてないだろ。大体、まともに聞き耳立てる奴が居るか」


 それもそうだな、と横戸は箸を動かし始めた。


「で、何で殺した? つーか誰を?」


 こいつは俺の言葉を疑う気が更々無いが、責める気も無い。変人だ、数少ない友人の中での変人だ。


駒崎こまざきを殺した」

「駒崎、ねぇ。そう言えば最近行方不明になってたっけか。あぁー、この前繁華街の路地裏で見付かった身元不明の男性の死体ってアイツか?」


 横戸は記憶を探る様に様に食堂の天井を見上げてぼやく。全くどうでもいいといった様子だ、興味が無いんだろう。こういうところが、俺とこいつが友人関係を作れている所以か。互いにある程度のところまでしか踏み込まない。『友人』という笑える他人との繋がりを、さばさばとした調子で捌ける事。実際、してしまえば互いに捨てる事を厭わないと解っているから築けるモノだ。


 信頼も信用も無い要素。


 中々どうして理想的な関係だ。剰え、こいつは色んな汚いところに顔が利く。だからこそ、万が一にでもこいつが俺を警察に売ったりする事は無いと、容易く犯罪について語れる。何故なら横戸は警察が大好きだが、警察はこいつを毛嫌いしているから。


「ウザがってたのは知ってたけど、殺すかい普通。というか、そんなヘビーな話オレにしないで。法治国家の国民としては、警察機構に連絡しなくちゃならんよ、そしてテレビでオレはこう言うだろう。『いえ、真面目でいい奴でしたよ。あいつが人殺しなんて信じられません』。顔にモザイク、声はヘリウム持参で変えてやろうか」


 自分の顔を手で隠しながら、気持ち悪い裏声を出して横戸は言う。口元に芝居掛かった表情を作り出し、人を小馬鹿にした様な調子だ。ウザいと判っていてやっているのがまたウザい。


「後付の印象と心象程当てにならないものは無いだろうが」

「そりゃご明察な事で。ま、オレは警察に嫌われてますがね、先天的に」

「後天的だろ、完全犯罪者」


 因みに、これは『完全犯罪』者という意味ではなく、『完全』犯罪者という事だ。反則者でも可。こいつはそろそろ刑務所に打ち込まれてもいい頃合な気もする。


 犯罪行為に関して反省する気が無い人種なんだろう。寧ろ、自分で決めた一線以外は何でもするんじゃないだろうか。真性の犯罪者だ。パーフェクト。


「で、何? まさかオレに殺人の処理を頼むんじゃないだろうな、断るぜ」

「処理は頼まない。もう手遅れだし。俺は人を殺しても平穏に暮らす手段が欲しい」

「何だそれ。修羅場を潜った犯罪の先輩に頼み事って訳か? 己、お前勘違いしてるって。オレは法を犯すのが趣味じゃねぇんだ。やりたい事が犯罪になってんだ。だから殺人じゃあ、余りにも一足飛び過ぎる。俺のキャパを越えてまーす」

容量キヤパは無くても繋がりコネはあるだろ」


 ん、んー、と変な声を出しながら、横戸は箸で食器を叩いた。行儀が悪い。


「あるけど、一つだけだな、教えるとしたら。正直、巻き込まれんの嫌。勝手に死んでくれって感じだから。それでもいいなら教えるけど」


 この正直者め。次はこいつを殺してやろうか。


「何でもいい」

「わぁ即決? そりゃ凄い、相当切迫してるな。まぁ誰にも迷惑掛からないコネだからいいけどよ。じゃあ、商店街のアーケードの路地裏に入って黒猫を探せ」

「猫? 探してどうするんだよ」

「黒猫を見つけて付いて行けば、後は勝手に目的地に着くからよ。向こうにはこっちから連絡をしておくから。事態は勝手に進行していくぜ」

「…………」

「何だよ、疑ってんのか? 他人の平穏を奪っておいて平穏に暮らしたいんだろ? んな都合のいい願いが簡単に叶う程、この社会はまだ崩れてねぇのよ? だからとどのつまり、結果は手前の能力と責任次第なんだぜ? お解り?」


 人殺しの俺に、犯罪者は皮肉気に笑う。


 道徳に背いている人間と、秩序に背いている人間。一体、どっちがマシなものだろうか。守るべき道理と呼ばれているものには最初から興味が無かった俺だが、意識的に道を逸れている奴よりも、無意識に踏み外している俺の方がまともな気はする。


 こいつは自分のやらかしている事を、たまたま法に引っ掛かっているだなんて詭弁を宣う。俺は人を殺した事を異教的なだけだと思っている。似て非なる主張。『悪い事』をしている意識があるこいつは、社会的に間違い無く不適格な逸れ者だろう。俺にはそんな意識は存在しない。そこが明確に違う場所だ。


 


 別に率先して法に触れたい訳じゃない。出来るなら俺はまともに良識人として生きていたいと思う。ただここでは俺の常識は通用しない。人の生き死にが、道徳的とも冒涜的とも思わない。殺したいから殺したい。変えようの無い性根だ。


「おい、話聞いてたのかよ。もう一度訊くぜ? お解りユーキヤンスイー?」


 横戸が怪訝そうにウザく訊いてくる。俺は溜息を一つ吐いた。


 まぁ、どうでもいい事だ。

 俺達はギブ・アンド・テイクにも満たない、かったるいだけの関係だ。出すもの頼んで出されたものを貰う。そもそも互いに無償なんて考えてないんだから、対価は自然と何処かから出ている。


「解ったよ。お前の言う通り、猫を探す」


 この話で、何の利益も無い横戸が俺に求めている前提は一つだけ。


「どんな事になっても、俺のせいにすればいいんだろ?」


 言うと、横戸は楽しそうに「いいね、流石オレの友達だ」と子供の様な笑顔で嬉しそう笑った。

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