2/そもそもの端緒 == Murderer

 何で俺はあいつを殺したのだろう。


 ふと、考え込んでみる。


 確かに、俺はあいつが嫌いだった。生理的に受け付けられなかったし、顔を見る事、声を聞く事、笑う事――あいつの全てが嫌いだった。しかし殺意を抱いて行為に反映させる程のモノでは無かったと思う。殴りたくなる事や、怒鳴りたくなる事はあったが、それでも常識を踏まえて理性で十二分に抑える事は出来た。あの時は、どうかしてでもいたのだろうか。


 いや、特別な状況というものを想定する事に意味は無い。それを言ってしまえば、どんな事でも『特別だから』と括って逃げ切る事が出来てしまうから。徒でさえ、俺があいつを殺したタイミングは日常の一シーンを切り取った部分に過ぎなかったのだ。だから、やっぱり俺はあいつを殺したくて殺したんだろう。


 殺ってみた後は、案外に心は正常だった。


 我ながら不思議だとは思う。普通に考えて、人を殺せば怯えるなり悩むなりするものだろうから。『デスノート』だって、主人公は最初は人を殺す事に関して精神こころが磨耗していた。


 でも俺は違う。


 寧ろ楽しかった。一方的にあいつを肉塊にするのは、ただただ愉しかった。自分が『人間』という生物をぐずぐずにしている。蟻を靴の裏で擂り潰す様に。無心の背徳インモラルで、享楽から背筋が伸びて余計に身体に力が入っていった。ものを、自分で選んでそれを壊す事が出来た。何て快感だったんだろう。


 うっかりしていると、また……


 どうしてこんな風になったんだろうか。世間で騒がれたりする殺人鬼だったら、普通は端から何処かで怪訝しいところのある社会病質者サイコパスの筈だ。自分でこんな事を言うのも変だけど、俺は普通な人間だ。

 狂人は自身の狂気に自覚が無いとはよく言うけれども、俺は知り合いとのコミュニケーションは取れてるし、変な性癖も無い。マスターベーションだって健康的だ。そんなあかさまに変態っぽいところは無いし、言われないし、思い付かない。


 …………、考えても仕方が無い。


 俺はあいつを殺したけど、別に社会的にもあんな奴が死んで困る奴も居ない。泣く奴は居るだろうけど、正直どっかの誰かの悲哀なんて知ったこっちゃない。被害者に共感して世間が俺を責め立てるなら、同じ様に戦争を止めて来いって話だ。他人への同情は、ユニセフに募金してボランティアに心血注いでから始めるべきだろう。ノーベル平和賞が何で凄いか皆知らないのだろうか? 全く、正しい感情は往々にして偽善に摩り替えられるから困る。


 まぁ、唯一のは警察の捜査だ。


 あの日は雨だったし、場所も場所だったから証言も証拠も殆ど役に立つ様なモノは無い筈だ。あいつに遇ったのも偶然で、狙ったものじゃないし、殺したのも突発的なものだった。それに現場に俺という顔見知りっぽい痕跡がある訳でも、俺を特定出来る物証を残した訳でもない。

 たまたま、外をぶらぶらしている時に、俺はあいつのへらへらした気色の悪い横顔を見て打ち殺しただけだから。思うに、単純にウザかったんだろう。やはり、俺の殺意はそこに還元される。


 しかしまぁ、今回上手くいった事を考えると、存外に人を殺すのは簡単だ。まだ日も経ってないから、これからあいつを殺した事がどう展開するかは判らないけど、十中八九心配は要らないと思う。こんなにもあっさりとした行為を何故世間ではリスキーだと騒ぎ立てるのだろうか。全然そんな事はないじゃないか。ただ単純に、、人殺しはいけない事だという刷込みをしているとしか思えない。


 人殺しは別に悪い事じゃない。


 そう考える俺が既に狂っているのだろうか? だがしかし、何故人を殺してはいけないのかという問いに、皆が共通の答えを持っているか?


 そんな事は無い。

 そんな事は無いんだ。


 誰もがそれぞれの理由で人を殺す事が悪いというだろうが、極論、それは自分が殺される時の事を考えた打算で、『俺は人殺しは悪い事だと思うから、お前もそんな悪い事は俺にはしないでくれよ』という予防線を張っているに過ぎない。俺は自分が殺されるのは嫌だけど、別に悪い事だとは思っていない。誰かが悲しむ? 他人の悲しみだろう。暴力は酷い事だ? 俺は別に苦しくない。法律で罰せられる? その根拠は最初の問いに再帰する。


 誰か明確な理由を俺に提示してくれ。そうでないと俺はまた人を殺すだろう。

 別に悪い事だとは思っていない。けれども社会的に不味い事だと理解している。だから俺はこう結論する。


『人を殺してはいけないという考えは宗教だ』。


 俺はそこから改宗しただけ。だから、邪教徒として罰せられるだろう、審問されるだろう。だからこそ今後の事は、保険としてしっかりしておきたい。


 そうだ。


 ちょうどいい奴が居るから相談をしよう――次に、誰かを殺す時の為にも。

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