Ep.04 開戦~Outbreak~
「――始まったみたいね」
ハンナが不意に呟いた。話の内容がなくなり再びぼうっとしていた雪がモニターを見ると、いつの間にか何か映像が映し出されている。よく見てみると、先ほど出発したアーリーとウィル、そして黒い獣のようなものが見える。
「あれって……!?」
雪が目を見開く。その目線は、画面の中の獣に釘付けだ。
「あの色……何で、夢の中と同じ……」
その色は、雪の見た夢の中の黒い化け物と同じ、影のような黒であった。
画面の中のアーリーが何かを叫び、銃の引き金を引いた。
どうやら細かい音声までは拾えないようで、銃の乱射音だけが部屋に響き渡っている。画面の中の獣は瞬時に左に避けると、咆哮をあげながら突進し始めた。
言葉を失っている雪に対して、ハンナはそれがいつものことであるかのようにじっと画面を見つめていた。
「さあ、メンバーを二人も失った状態での戦闘……さあて、一体どうなるのかしら、ねぇ?」
ハンナがぽつりとつぶやく。その顔には、何かを楽しむような微笑が浮かべられていた。
* * * * *
「やはり避けられたか……ウィル、ここは頼んだ!」
「合点承知ぃ! 後は僕に任せてアーリーは
ウィルが獣型サテライトに向かって駆け出す。
――その動きに、躊躇は無い。
そしてウィルはそのまま鉤爪形の武器――クロウスライサーを構え、敵の懐へと飛び込んだ。
「はぁあああああああっ!」
クロウスライサーの巨大な四枚の刃が獣型に向かって振り下ろされる。
――が、あと一歩のところでサテライトの腕に阻まれた。どうやら腕は硬化されているようで、刃が食い込む事はなかった。
ウィルが一旦獣型サテライトから距離を置き、呼吸を整える。
「やっぱり、一発目じゃ駄目か……だったら十回でも、二十回でも、とにかく斬り続けるだけだっ!」
ウィルが再びサテライトに向かって走り出す。獣型の方も、攻撃してきたウィルを潰そうと、再び突進を始めた。
獣型の注意が完全にウィルにむいている事を確認したアーリーは、手に持った探知機で鳥型のいる方角を確認した後、全速力で迎撃に走った。
「こっちか……クソっ、移動速度が速すぎる! 間に合うか!?」
アーリーがさらにスピードを上げる。いくら薬を使って肉体そのものを強化しているとはいえ、地面はただのコンクリートだ。一歩踏み出すたびに足が地面にめり込んでしまう。それによるスピードの低下を考慮すると、飛行している敵に追いつくのは難しい。そう考えたアーリーは、本来であれば迂回するコースをも突っ切って走った。
「距離あと三十メートル――行ける!」
目の前の角を曲がると、鳥型サテライトが見えた。同時に向こうもこちらを発見したらしく、急に飛行速度を下げて高度を下げ始める。
「我、目標と会敵! これより殲滅戦に移る!」
アーリーは敵の動きを見るが速いか急停止すると、右手の銃をサテライトに向け、引き金を引いた。
砲身が回転し、次々と銃弾が発射されていく。
――通常、地上の敵と比べ、飛行中の敵への銃撃は回避されやすい。そのため、アーリーのガトリング砲は対空使用の事も考え、もともと海軍で開発された対航空機・対ミサイル用の物を改造して作られたのだ。
いくつもの銃弾が飛行中のサテライトに命中する。少しづつではあるが、銃弾に撃ち抜かれ続けているサテライトの翼に穴が空き、形が歪になっていく。
あともう少し――とアーリーが思った瞬間、突然鳥型の降下速度が急速に上がった。どうやら、飛行を諦めてアーリーに直接体当たりするつもりのようだ。
「――何っ!?」
アーリーが、敵の突撃を急いで回避する。強化中も防御力が上がっているわけではないため、限界を超えるダメージを受ければ当然、死んでしまうのだ。
攻撃をかわされた鳥型サテライトが頭から地面に突き刺さる。深さからして、そう簡単には抜けないだろう。
――チャンスだ。そう思ったアーリーは鳥形の体部分に向けて銃を乱射する。しばらく撃ち続けていると、何かが割れた音がし、サテライトの動きが止まった。
「ひとまず核の破壊に成功……次は、まずウィルと戦っている
そう言うと、アーリーは再び元来た道を引き返していった。
* * * * *
「もう一回――っ!」
ウィルがクロウスライサーを振り下ろす。再びサテライトが腕でガードし、ウィルが少し距離をとる。
――完全な膠着状態だ。
「ディーナ! あとどのくらいで撃てそう!?」
ウィルが無線を通じて叫ぶ。普通に考えて、聞いている方はうるさくて仕方がないだろうが、今はそんな事を考えている暇はない。
『……残リ三十二秒程度ダロウ。ソレマデ時間ヲ稼イデクレ』
耳のイヤホンからディーナの落ち着いた声が聞こえる。彼女はいつもそうだ。だが、それは離れて戦っているから緊張感がないわけではなく、前線で戦うウィルたちを冷静にさせるためにやっているのだ。
「了解……じゃああと一回だけ、試してみますか」
ウィルがまた獣型の懐へと飛び込む。今回は敵の動きを止めてディーナの砲撃を当てることが目的のため、足を狙って切りつける。
さすがのサテライトも何度も狙われた場所でないところを狙われたためガードが遅れ、クロウスライサーの四つの刃が獣型の右脚部をそぎ落とした。
獣型がバランスを崩して膝をつく。少なくとも三十秒は動けないだろう。
「よし、足は潰した! ディーナっ!」
『確認シタ。発射マデアト三秒、二秒、一秒……』
次の瞬間、ウィルが耳に付けていたイヤホンから爆音が響き渡る。一応音量は下げてあったのだが、その音でウィルは、一瞬目の前が真っ白になった。
ギュウウウウン、という音を響かせながらディーナの発射した砲弾がサテライトめがけて飛来する。それに気が付いたサテライトが急いで腕でガードしようとするが、ギリギリのところで間に合わない。
ガァン、という鈍い音とともに、獣型の上半身が吹き飛んだ。核と腕を失った獣型は足を折って倒れ、飛び散った破片がウィルに降り注ぐ。また服を洗濯しないといけないな、とウィルはぼやいた。
「核の破壊を確認したよ。どうやらまたディーナの手柄みたいだね、お見事」
無線に向かってウィルがつぶやく。ディーナからの返答はない。いつものことだ。どうせ一人で次弾の装填でもしているのだろう。ウィルは気を取り直してもう一体を探そうと歩き出した。
ウィルの後ろで足音がする。振り返ると、息を荒げたままのアーリーが立っていた。どうやら鳥型を倒した後もずっと走ってきたらしい。そんなに心配しなくても大丈夫なのに、とウィルは心の中でつぶやく。
「どうやらもう先ほどの獣型は倒したようだな……良かった」
アーリーがほっとした顔で近づく。だが、その安堵の表情は次の瞬間、絶望の色へと変わった。その視線の先はウィルではなく、さらにその奥を見つめている。
怪訝に思ったウィルが振り返ると、そこには先ほどとは違う、巨大なサテライトの姿があった。今にも溶けそうな形に定まらない身体、木の幹のように太い脚、虚空を見つめる目、そして何もかも飲み込みそうなほど大きな口。間違いない、
その姿を確認したウィルは、瞬時の判断で後ろへと跳んだ。サテライトの破片のついた髪が顔にかかりそうになるが、今はそんなことを考えている場合じゃない。こいつはヤバイ。ウィルの頭の中で警告音が鳴り響く。
「ちょっとアーリーっ!
ウィルが叫びながらアーリーの方を見る。だが、彼女はまだ状況が飲み込めていないのか、全く動こうとしていない。
いや、アーリーは何度も未解明型と戦ったことがある。それに、未解明型は形状が不定のため他の型と混同されることがあることも知っている。状況の理解など三秒もあれば充分だろう。おそらく、動けないのには他に理由があるはずだ。ウィルはそう判断すると、アーリーの元へと駆け寄った。
「ちょっと、聞こえてないの!? アーリーってば!」
「……だ」
アーリーが何かをつぶやく。その眼は虚ろで、何処か遠い過去を見つめているようだ。
未解明型サテライトの右腕――それを右腕と呼称するのが正しいのかは知らないが――がだんだんと持ち上がっていく。どうやら二人を一気に叩き潰すつもりらしい。
「ディーナ! 援護射撃はまだなの!?」
『砲身冷却終了マデアト十秒……装填ト狙イヲ定メル時間モ考エルト、四十五秒以上ハ必要ダ』
無線からディーナの声が聞こえる。口調こそ冷静だが、その息遣いはいつになく焦りを感じさせる。
「何故……お前達は……」
アーリーがまた呟く。その顔には激しい悲愴感のようなものが垣間見えている。
そして、次の瞬間__その腕は、爆散した。
「爆発――!? いったい誰が!?」
アーリーが突然の爆発音で正気に戻る。たしか、自分たちの隊には爆薬を使用する人間はいなかったはずだ。
――いったい誰なのか。そう思いながら上を見上げると、そこには飛行服を着た見知らぬ少女が一人、立っていた。
「さあて、そろそろ私の出番だねぇ。さて、やりますか」
ビルの上の見知らぬ少女は、そう、呟いた。
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