Ep.05 乱入~Stormed~

「おーい。最後の一体、倒さないなら私が貰うけど、構わんでしょうかー?」


 ビルの上に立った少女は叫んだ。それを聞いたアーリーが憤慨して言う。


「――誰だ、貴様!」

「あれあれぇ、もしかしてフランス空軍の強化歩兵部隊で一、二を競う新進気鋭のエース、このノエル・ニコラスさんを知らない奴がいるとは、さっすが世界は広いもんだねぇ。まあ確かに、戦闘の許可は貰ってないんだけど。もし本当は私の事を知っててとぼけてるんなら、そりゃ相当な根性の持ち主だねぇ。褒めてあげるよ」


 少女――ノエルのマシンガントークが炸裂する。これだけ喋れば先程のサテライトが再び攻撃して来てもおかしくないのだが、奴は未だロケットランチャーで受けた傷を再生するのに専念している。


「フランス空軍のエース……ということはまさかお前が!?」

「そうそう、この私が精鋭部隊である第十七迎撃歩兵小隊第二分隊の新メンバーで、ゆくゆくは分隊長の座を狙っているというノエル・ニコラス様だよ。あなたが今の分隊長さんでしょ? せいぜい役職を取られないよう頑張りなよ。っていうか二回もフルネームで自己紹介したせいであいつが起きちゃったじゃん」


 アーリーがサテライトの方に目を向けると、右手がほぼ再生し終わっている。時間を稼いでもらおうとウィルの方を見たが、疲労が蓄積したのかあるいは薬が切れたのか、近くの壁にもたれて座りながら意識を失っていた。

 マズい。アーリーは急いでガトリング砲をサテライトに向け、引き金を引いた。

 だが、なぜか弾は発射されない。


「弾詰まりか!? くそっ、こんな時に……!」


 急いで給弾回路をチェックするが、どこがおかしいのか、パッと見ただけでは分からない。

 それを見たノエルがここぞとばかりに、持っていた九連装のロケットランチャーをサテライトに向ける。先程一発撃ったため、残弾数は八発だ。


「やらないんならこっちが行くよっ! 目標ロックオン! 全弾斉射、放てぇ!」


 ノエルがロケットランチャーを一斉に発射した。

 その弾は未確認型アンノウンの腕に、脚に、顔に、身体に、次々と命中し、爆発していく。流石の未確認型サテライトといえどここまでの攻撃に耐えられるはずもなく、核も含めて木っ端微塵になった。

 ――まさに、一瞬の早業だった。


「一丁あがりぃ。武器の手入れは念入りにしておきなよ、隊長さん?」


 ノエルはビルの上からアーリーを見下ろし、今日一番のドヤ顔でそう言った。


 * * * * *


「はぁ、まさか彼女が……戦闘経験のないユキさんといい、今回の転属、何か裏がありそうね」


 映像の途切れたモニターを見ながらハンナが呟く。

 雪は目まぐるしく変化する状況をうまく理解できなかったようで、口をぽかんと開けたままぴくりとも動かない。


「それじゃあ、私はこれで失礼するわ。さようなら、ユキさん」


 私の役目は終わった、と言わんばかりに、ハンナが足早に立ち去る。

 そして、再び一人きりとなった武装庫の中で、雪は寝不足が祟ったのか、睡魔に襲われ、壁にもたれたまま眠りに落ちた。


 * * * * *


 雪が目を覚ますと、そこはまだ見慣れない自分の部屋だった。おそらく帰ってきたアーリー達に運んでもらったのだろう。窓の外――地下なのに外につながる窓があるのは兵士たちへの精神的だ、と出撃前にアーリーが言っていた――を見ると、日が東にある。どうやら武器庫で眠ってしまったあと、一晩中寝ていたようだ。

 雪が寝ぼけ眼のままゆっくりと起き上がる。机の上の電子時計は二月十七日午前八時三十二分をさしている。戦闘終了が六時半だったから、計十二時間、半日以上も眠っていたらしい。

 ふと二段ベッドの上の段を見ると、ノエルが戦闘時の服装のまま着替えもせずに寝息をたてている。彼女が起きないよう、小さな声で「お疲れ様です」とつぶやき、雪は扉を開けて部屋の外へと出た。


 廊下へ出てみると、共同リビングの方から物音がする。不思議に思った雪がこっそりと覗いてみると、ウィルがソファに座って何か本を読んでいた。その目には眼鏡がかけられている。


「おはよう。随分早いんだね……って、半日も寝ていれば当然かな」


 ウィルが目線を雪の方に向けて言う。すっかり気付かれていないとばかり思っていた雪は、つい焦って物陰に隠れてしまった。


「大丈夫だよ。取って食べたりはしないからさ、こっちに来て話でもしよう」


 読んでいた本にしおりを挟みながらウィルが言う。その顔には優しそうな笑みが浮かべられており、悪意などは感じられない。雪はウィルの言葉に甘えてソファの端の方に座った。


「あの、昨日は部屋まで運んでいただいたようで……ありがとうございました」


 何か話す話題を作らなければ、と思った雪は、とりあえず感謝の意を述べた。これは、日本で培った雪なりの処世術だ。


「いえいえ、というか、お礼ならアーリーたちに言いなよ。実際に運んだのは彼女たちなんだから」


 そう言われればそうだ、と雪は思った。確かに、ウィルは戦闘が終わる前に、意識を失っていた。流石に薬が切れているのに、人を悠々と抱えあげられるような人はいないだろう。


「そういえば、確か君は実戦経験が無いんだったね。もし良かったら僕が色々教えてあげようか?」


 雪がなんだか気まずそうなのに気が付いたウィルが、気を利かせて話題を変える。


「はい、ぜひ! 私、自分なりに役に立てるよう、精一杯頑張りたいなぁ、とは思ってるんです。でも、戦い方も分からないのに前線に出て戦ったりしたら、皆さんに迷惑をかけるんじゃないかな、とも思っていて……」

「大丈夫、君ならきっとすぐに慣れるよ。そんなに自分を悲観しないで。もっと前向きに考えれば、きっとなんとかなるはずだよ」


 落ち込んだ様子の雪に、ウィルが温かい言葉をかける。あまりに突然のことだったので、かなり抽象的なフォローになってしまってはいたものの、その言葉は雪の心を動かすのには充分すぎるほどであった。そんな言葉が来るとは微塵も思っておらず、油断していた雪がうっかり泣きそうになる。


「あの……いえ、ありがとうございます。すみません、涙脆くて」

「いえいえ。それじゃあ、そろそろ説明を始めようか。そっちのほうが君も楽だろうからね」


 そう言うと、ウィルはこと細かに、説明を始めた。

 サテライトについて。

 戦闘方法について。

 増強薬について。

 この部隊について。

 ウィルの説明は、重点を置いた場所がわかりやすく説明されており、完全な初心者である雪にも問題なく理解できた。また、サテライトの核の場所はそれぞれのサテライトの種類によって決まっていること、それが唯一分かっておらず、戦闘のごとに場所が変化する特殊なタイプを未解明型アンノウンと呼ぶこと、など前線基地の所属者のみにしか知らされていない機密事項でさえも余すところなく解説が行われた。

 一通りの説明が終わると、ウィルはソファの背もたれに身をまかせるように伸びをした。


「さて、これでもう大丈夫そうかな。多分日本人だから通常装備は中距離用の機関砲だと思うよ」

「ありがとうございます、助かりました!」


 雪が目を輝かせながら言う。なんて素敵な人だろう、私もこんな風になりたいな、と雪は思った。


「おやおや、お二人さん、そこで何をしておいでですかな?」


 廊下の陰から声がする。この中途半端に人をイラッとさせる口調はおそらく、というか声からしても間違いなくあのノエルと名乗る少女だ。部屋を出てくるときには確かに寝ていたはずだが、いつ起きたのだろうか。そう雪が思うが早いか、彼女は二人の方へ走ってくると、ソファの前に仁王立ちになった。薬の副作用によって痛みが出ているはずだが、そんな素振りは全く見せない。


「ふむふむ、これはこれは私と同時期に転属してきたという新兵と、昨日気絶してて私の素晴らしい活躍を見ていなかった近距離特化で低スタミナの先輩さんじゃあありませんか。おっと、そういえば挨拶がまだだったろうと思うのでここで挨拶しておきましょう、フランス空軍期待のエース、ノエル・ニコラスです、どうぞよろしく。っていうか多分新兵君の方は映像で見てたと思うけど」


 ノエルが例の口調でまくしたてる。その顔にはニヤニヤとした笑いが浮かべられ、彼女のウザったさをさらに浮き立てている。本人もそれは分かっているようで、先ほどからずっと微笑のままだ。ウィルは特に気にしていないようだが、雪はもう睨むようにノエルを見ている。


「ああ、君が例の。もう話は終わったから、僕かユキちゃんに用があるんなら、どうぞ」

「了解了解。それじゃあお言葉に甘えてそこの新兵君と部屋で話でもしようかな、ってことでどうせ同じ部屋だし、帰るついでにちょっと話でもしようかねぇ」

「えっ、なんで私!? ちょ、ちょっと待ってぇ!?」


 ノエルが雪の腕をつかんで引っ張る。その細い腕のどこにそんな力があったというのか、まったく反抗することもできず、雪はズルズルと引きずられながら連れて行かれてしまった。

 二人が行ってしまった後、一人リビングルームに残されたウィルは、まるで何もなかったかのように、再び本を開き、呟いた。


「まったく、あの子達ったら……また大変な二人が入ってきたなぁ……」

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