Ep.03 会敵~Encounter~
アーリーたちが出て行って十数分が経った。
まだモニターに映像は表示されていないが、鳴り続けていたサイレンは数分前から止まっている。誰が止めたかは知らないが、そういう仕様のものらしい。
「それにしても暇だなぁ……荷物は全部部屋に置いてきちゃったし……」
雪は今、日本でも味わったことのないほどの暇な時間を完全に持て余していた。
流石にずっと立っているのは疲れるので、雪は先ほどからコンクリートの床に直接座っている。そのためか、(服越しにではあるが)床の冷たさが雪にも普通に伝わってくる。
「寒いなぁ……って言ったところで暖房がつくわけないんだけど」
さすが武装庫といったところだろうか、先ほどからずっと見つめていたモニター以外には、何もない。
いや、正確には誰のものかもわからない巨大な武器が所狭しと置かれているのだが、武器オタクでもなければ機械オタクでもない雪にとってそれは部屋に置いてあるインテリア同然であった。
「よし、まだ時間もあると思うし、荷物だけ取りに行ってこようかな」
雪は外へ出ようと立ち上がる。
すると、ガチャリ、という音とともに武装庫の扉が開いた。
「あら、ここに人がいるなんて、珍しいこともあるものね。見ない顔だけれど、もしかして第二分隊の方の新兵さんかしら?」
扉の前に立った少女は言った。見たところ、どうやら雪よりも年上のようだ。
「あの、あなたは……?」
「私は第十七迎撃歩兵小隊、第一分隊のハンナ・ベルンシュタインよ。あと、人の質問にはちゃんと答えなさいね、私は気にしないけれど、人によっては失礼にあたることもあるのよ」
ハンナが雪を言い咎める。そう言う彼女の顔は微笑を浮かべているものの、どこか緊張感を感じさせた。
「あっ、つい……すみません。私、芹沢 雪、と言う者です。ところで、あなたは……ええと、ハンナさんはどうしてこの部屋に? もうアーリーさん達は行っちゃってますけど。それと、ここに人がいるのが珍しいってどういうことですか?」
緊張している雪が、慌てて矢継ぎ早に質問を投げかける。
「まあ落ち着いて。そんなに沢山の質問を一気にされても答えようが無いわよ。まあ、内容はちゃんと聞いていたから、私は構わないけれど」
そう言うと、「日本風にいうと……そうね、聖徳太子と私くらいよ、こんなこと出来るのは」と付け足し、雪の質問に一つ一つ丁寧に答え始めた。
「まず、何でこの部屋に来たのか、だったわね。まあ、ここに来たばかりで、その上向こうでも階級が決して高くはない貴女には分かることではないのも、当然と言えば当然でしょうね。理由を簡単に言えば、さっき出撃していった三人が全員戦闘不能になった時の保険、とでも言えばいいのかしら?」
その後も詳しく話を聞くと、どうやら出撃部隊が戦闘不能になった時の為に別の部隊の一人が武装庫で待機しておき、必要となった際にはそこから基地内のメンバーに召集をかけて制圧に向かう、というのがこの基地でのルールの一つとなっているようだった。
そして、そういう理由もあって大概武装庫にいるのはその一人だけの場合がほとんどのため、ハンナは自分の他に人が居たことに驚いたのであった。
「それにしても貴女、身なりは普通、というよりむしろ模範的にも見えるのに、どうしてそんなに上官への態度がなっていないのでしょうね。一度日本の海軍省の方にその旨を伝えておく必要がありそうです」
「はい……」
ハンナに言われ、雪はふと自分の身なりを確認した。
なるほど、ハンナのいう通り、長すぎず短すぎず丁度いい長さの茶色の髪、派手ではなく動きやすいが一応ファッション性もある服など、規範と呼ばれてもおかしくは無い。一つ問題点を挙げるとするなら、雪がその服装にあった行動をしていない事くらいだろう。そう考えれば、ハンナの指摘はかなり的確である。
「とりあえず、次に会う時までにはその態度を改めておきなさいね」
「はい、了解しましたっ!」
雪はえへへ、と愛想笑いを浮かべ、ピシッと敬礼を決めた。
* * * * *
「さて、到着まであと十数分だ。各自、作戦は先ほど言った通りでいく。異論のある者はいるか?」
アーリーが車内の二人に尋ねる。勿論異論などあるわけは無いので、二人は沈黙をもって答えた。
現在彼女たちは、ペンタゴンから三十分くらいの所にある、対サテライト迎撃用の旧市街へと向かっていた。もちろん輸送車を運転しているのは、唯一アメリカで運転免許を持つアーリーだ。
「ところで、本当に彼女を置いてきちゃってよかったのかな? 僕としては近くで直接見てたほうが学習できると思うし、なによりあそこに三十分以上もいるなんて、僕じゃ耐えられないよ」
後部に乗っているウィルがつぶやいた。どうやら、雪を置いてきたことに引け目を感じているらしく、何だかいつもより顔色が悪いように見える。
「大丈夫だ。いざという時は自分の身くらい守れるくらいでないと、我々の部隊にいる資格はない。それに、何かあったとしてもアイツがどうにかするさ」
アーリーがウィルを慰めるように言った。それを聞くと、ウィルはまたかという顔をしてアーリーの方を見た。
「ねえ、ハンナさんのことアイツ呼ばわりするのいい加減やめなよ。あれでも上官なんだから」
「断る。奴のあの態度だけは理解する気にならない。それに、奴と私の階級は同じ分隊長だ」
アーリーがむすっとした顔で言い返す。チラリとディーナの方を見ると、寝息を立てながら幸せそうに熟睡している。ウィルは、起こさないようにしよう、と考え、小さな声で訂正する。
「軍属期間はハンナさんの方が上でしょ……おっと、そろそろ到着かな」
「ああ、到着だ。ディーナを起こしてくれ。無駄話のせいで時間が押してる」
ようやく旧市街へと到着し、アーリーが急ブレーキを踏んだ。ウィルが勢いよくつんのめる。ディーナがゴロンと座席に倒れ、「何ダ……?」と言いながら起き上がる。どうやらウィルが起こす必要はもう無さそうだ。
いつもの光景。でも、やっぱり何か足りない。ウィルはそう思いながらも、それが何故かはわからなかった。ふとアーリーを見ると、もう運転席から降りて銃の調整をしている。どうやら時間が押しているのは本当らしい。
「今回は人数が少ない。もし敵を発見したら、核の破壊が最優先だ。持久戦に持ち込んでいては勝ち目が無いぞ」
銃の調整をしながらアーリーが言う。
サテライトには〈オペレーション・ユニット〉、通称『核』と呼ばれる部位がある。そこを破壊し、あるいは機能停止させることでサテライトは動きを止める。一部の研究者の話によると、サテライトが動いたり武器を生成したりするのに、核内部のエネルギーを使用しているのだそうだ。
「まだ付近にサテライトの反応は無いな……ディーナは一先ず狙撃ポイントへ移動しろ。ウィルは私に続いて付近の捜索を行え。ただ何処から敵が出てくるか分からないから警戒は怠るなよ」
武器の調整が終わったらしく、アーリーがゆっくり立ち上がりながら話す。ディーナはアーリーからの命令を聞くと、足早にいつもの狙撃ポイントへと走っていった。
「何をぼさっとしてるんだ、一緒についてこいと言ったのが聞こえなかったか」
アーリーに話しかけられ、未だ輸送車の中にいたウィルは急いで車を降りた。もう既にアーリーは数十メートル先を歩いている。ウィルが、急いで行かないと、と思った矢先、突然アーリーの持っていた探知機から警報音が鳴り響いた。
敵だ。
「右方向から
アーリーが襟についた無線機に叫ぶ。どうやら残る獣型一体はまだ見つかっていないらしい。ウィルは駆け足でアーリーのところまで走って合流すると、敵の攻撃に備えてクロウスライサーを身体の前に構えた。
少し待つと、右奥のビルの影から獣型サテライトが現れた。影のように黒いその体は、腕が大きく、一見しただけではゴリラのようにも見えるが、そのサイズはゴリラよりもひとまわりもふたまわりも大きく、まるで小さな怪獣のようだ。
「来たな……初弾装填、発射用意っ!」
アーリーが独り言のように叫ぶ。まだ敵の方に動きはない。アーリーは手に持ったガトリング銃の銃口を獣型サテライトに向けた。
「まずは私が奴に威嚇射撃をする。その間にウィルは奴との間合いを短くしろ。ウィルが攻撃を開始したら私は
「了解。さて、やりますか」
ウィルの返答を聞き終えると同時に、アーリーが銃の引き金を引く。
ゆっくりとガトリングの砲身が動き出す。
そして……一つ目の銃口が、火を吹いた。
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