Ep.02 悪夢~Nightmare~
「それじゃあ、とりあえず今日はこのくらいにしておこう。続きは明日だ」
地下一階を一通り回ったのち、アーリーが雪に言った。
「夜まではまだ時間があるから、向こうの大部屋でゆっくりしていくか?」
「まだ会って一日も経ってないからね、もう少し君のことを教えて欲しいんだ。いいかな?」
二人が続けて言う。普段であれば雪も喜んで受けるところだが、今は事情があった。
「すみません、今は時差ボケでとんでもなく眠いんです……」
そう、先ほどから睡魔に襲われていたのだ。正確に言えば、自分の部屋を過ぎたあたりから。
「ふむ、そうか。なら仕方ない。先に部屋に戻って休むといい。何かあったら私たちは一階の武装庫にいると思うから、そこへ来てくれ」
「わかりました。何かあったら武装庫、ですね」
雪はアーリーがうなずくのを確認すると、一目散に自分の部屋へと向かって走り出した。
* * * * *
「はぁ、疲れたなぁ……」
雪は部屋に入るや否や、部屋の中にあった二段ベッドの下の段に潜り込んだ。
「二人がいい人でよかったなぁ……ウィルさんとは特に仲良くなれそう」
雪が目を閉じる。時差ボケの上、疲れがたまっていたためだろうか、数秒後には寝息をたて始めていた。
雪が目を開けると、そこは廃墟だった。
ああ、夢だ――と雪は無意識に思った。なぜかは分からない。ただ頭にそんな考えが浮かんできたのだ。
ふと見ると、目の前にアーリーがいた。その服は自身の血で赤くなっており、彼女の顔には、まるで悪魔か何かを見ているかのような絶望の表情が浮かんでいる。
アーリーさん――そう雪は話しかけようとしたが、なぜか体も、口さえも、一切動かなかった。
彼女の奥には、黒い箱のような物体がある。
その物体は、まるで影が三次元に出てきたような、暗い闇そのもののような色で、口を開いたように半分くらいのところでぱっくりと割れていた。
そして、その中には長くて黒い髪の少女と、青く光る正二十面体が浮かんでいた。
箱の中の少女がうつろな瞳をこちらに向け、助けを乞うように右手を前に出し始める。
――次の瞬間、箱の割れ目がガコン、という音を立てて閉まり、
少女の右手が、ぼとりと落ちた。
アーリーが絶叫する。雪もあまりの光景に、つい胃の中身を戻しそうになる。
遠くからサイレンの音が聞こえてきた。だんだんとその音が大きくなり、目の前の光景が霞みだす。
そして――雪は現実へと引き戻された。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
気が付くと、雪は汗だくのまま、寝ていたベッドから飛び起きていた。
「やっぱり夢……だったのかな……?」
朦朧としていた意識がだんだんとはっきりしてきた。耳を澄ましてみると、部屋の中のスピーカーから、先ほど聞こえていたサイレンの音が鳴っていた。
――何かあったのだろうか。雪は汗でびっしょりと濡れた服を脱ぎ捨て、鞄の中にあった着替えを着るが早いか、部屋を飛び出した。
雪は部屋を出ると、急いで階段を駆け上り、武装庫の扉を開けた。
武装庫の中には、落ち着いた様子のアーリーとウィル、そして見知らぬ少女がいた。
銀色の髪と赤い目の少女。どうやら、夢の中で見た少女とは別人のようだ。
「起きたか。無理もない。ここまでうるさいと寝ているわけにもいられないだろう」
アーリーが雪に話しかける。その声からは焦りや不安はみじんも感じられない。
「何かあったんですか!? まさか敵が攻めてきたとか!?」
雪が大きな声で叫んだ。そのあまりに大きい声に驚いたのか、銀髪の少女が雪のことを変なものを見るような目で見た。
「確かに敵は来ているが、まあ落ち着け。まだ出現が確認されただけで、上陸すらしていない。だから、今から私たちが迎撃しに行く。お前はまだ装備が届いていないからこの武装庫で待っていろ。分かったか?」
「ええと、あの……はい」
雪は、心を落ち着かせながら答えた。若干ではあったが、アーリーと話すことで先ほどまでの混乱は冷めていた。
「オイ、アーリー。一体誰ナンダコイツハ?オ前ト違ッテ、私ニハ初対面ナンダ」
銀髪の少女がしゃべりだした。雪には、そのしゃべり方はどこか独特というか、片言というか、棒読みというか、なんだか不思議なしゃべり方に思えた。というか誰が聞いてもそう聞こえるだろう。
「こいつは今日転属してきた、ユキ・セリザワだ。そういえばお前にだけ紹介できていなかったな。すまなかった」
アーリーが銀髪の少女に説明する。少女の方もどうにか理解してくれたようで、話を聞きながらうなずいていた。
「成ル程、理解シタ。私ハ、ディーナ・ヨセフ、ト言ウ者ダ。宜シク頼ム」
「えっと、よろしくお願いします」
心の内が読めない人だな、と雪は思った。
「おーい、今はそんなことしてる場合じゃないと思うんだけど」
先ほどから一人で黙々と装備類のチェックをしていたウィルが口をはさむ。その横には巨大な爪のような武器が置かれていた。
「ああ、そうだったな。それで、今回の敵の全体勢力はどのくらいだ?」
「
ウィルが状況を説明する。雪にしてみれば三対三でも十分大変だと感じるのだが、彼女らにそんな様子はない。
「そうか、なら話が早い。いつものようにウィルが近距離からクロウスライサーで撹乱しつつ攻撃、ディーナは長距離から援護射撃でいこう。
そう言うと、アーリーは手に持っていた注射器から右肩に液体を注入し、壁に立て掛けてあったガトリング風の銃と、背部に装着する特殊なユニットを身体に取り付けた。かなりの重さがあるようだったが、不思議なことに、アーリーの表情から察しても重そうな感じは一切ない。
「驚いたか? これが米軍の開発した『PP-027』の効果だ。よく分からん名前だとは思うが、まあ簡単に言うと増強薬の類だ。数時間の間、普通じゃ持つのもままならないような大型銃器も軽々と扱えるようになる。まあ、効果が切れた後、疲労と副作用による痛みで半日以上動けなくなるがな」
アーリーの言っていることは本当のようで、隣ではもう注射を終えたらしいウィルが先ほどの爪状の武器を腕に取り付けていた。
「まあ、外見にはほとんど変化はないんだけどね……っと、よし装着完了」
ガチャリ、という音がして武器がウィルの右腕に固定される。ふと奥を見ると、先ほどまでしゃべっていたはずのディーナも巨大な火砲を抱えていた。
「よし、全員準備完了だな。表の輸送車で海岸線近くの旧市街地まで行くぞ。今回はそこで迎撃する」
雪以外の全員が武装を装着したのを見たアーリーが二人に言った。それを聞いたウィルたちも黙ったままうなずいた。
「あの、私は……」
「お前は先ほど言ったとおり、この武装庫で待機だ。戦闘が開始されればあそこにあるモニターに小型無人機からの映像が入る。それでも見て次の戦闘に備えておくといい」
アーリーが天井からぶら下がるモニターを指差しながら言った。現在は何も映っていないが、アーリーの言うことが本当なら戦闘の様子を見ることができるのだろう。
「それじゃあ私たちはこれで出発するとしよう。まあ心配するな。こんな戦いなら何度もやって慣れている。帰ってきたらお前にも戦い方を教えてやろう」
「帰ってきたら、って言っても半日は動けないでしょ、アーリー? 訓練より先に、僕にもっとユキさんのことを教えてよ。日本でのこととか、ね」
アーリーとウィルが言う。雪がうなずくと、くるりと身体を反転させ、扉の方へ歩いて行った。傍でその様子を見ていたディーナは、少しこちらを睨みつけるようにした後、無言のまま外へと出て行った。
「帰ってきたら……か」
雪は、一人になった武装庫でぽつりと、そう呟いた。
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